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リアクション
【百合園女学院・2】
「もふもふ〜♪」
体高150センチを誇る超巨大わたげうさぎ『苺』に身体の全てを埋めるようにしながら、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)は中庭へ注す暖かい日差しにのんびりとした心地を味わっていた。
「はぁ、今日もいいもふもふね〜苺……」
「ミリアさんは本当にもふもふがお好きなんですね。いつもそうしてるんですか?」
ナターシャ・トランブル(なたーしゃ・とらんぶる)が感じ入る様にそう言うと、スノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)が白い髪をミリアの隣で同じ様に毛に埋めながら微笑んだ。
「そうですねぇ〜、いつものことですぅ〜」
麗らかな午後。
ともすれば眠ってしまいそうな中で、ぴょんと跳ね起きたのは及川 翠(おいかわ・みどり)だった。
「アレクおにーちゃん発見なの!」
言うが早いがもう走り出しているパートナーに、ミリア達は顔を見合わせる。
「ふぇ〜、アレクさんが百合園の来るなんて珍しいですねぇ〜」
「あ、そういえば学校見学に回るとか聞いたような……」
「あぁ〜ミリツァさん達の学校案内ですかぁ〜」
会話に一人付いていけず、ナターシャは翠が駆けて行った方向を仰いだ。黒髪の青年が、ぶつかりそうな勢いで走ってきた翠を器用に抱き上げている。
「アレクおにーちゃん!」
と翠の声が聞こえてきて、ナターシャはやっと頷く事が出来た。あの青年はきっと、パートナー達の一部が「おにーちゃん」と呼ぶ噂の人物だ。
「ふむ、あの人がアレクさんですか……覚えておかなくちゃ」
確かめる様に独り言を呟きながら、ナターシャは巨大な狼に乗って先を行くミリアとスノゥを追い掛けて行った。
「――見た事無い顔だ」
「パートナーのナターシャさんだよ」
「宜しくナターシャ」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
翠を抱いたままでは膝を折る訳にもいかず、そのままの姿勢のアレクの長身に見下ろされて恐縮しつつ、ナターシャは雑談を続ける一行の中でスノゥへ小声で問いかけた。
「あの……アレクさん達は学校見学にいらしたんですよね。
学校紹介は……しなくていいんですか?」
「いつものことですぅ〜」
ミリアと一緒に狼の背中をもふもふと撫でて堪能しながら、全く気にしていない様子のスノゥに、ナターシャは困惑してしまう。
「ねぇねぇアレクおにーちゃん、次はドコいくの?」
「んー? 知らない。
翠は? 行きたいとこあるか?」
本来ならば案内する立場である在校生に行きたいところを問うアレクもアレクだし、彼にくすぐられて声を上げて笑っている翠も翠だし、ミリア等は学院を紹介するのではなくもふもふをアピールしている始末だ。
だからと言って、在校暦の短い自分ではガイドとしては余りに頼りない。
ナターシャが困った顔で居ると、キアラがそれに気付いて首を横に振った。
「もーすぐ部活案内してくれる人が来るっスよ。
だからそれまで耐えてて。『いつものこと』っスから、ね」
*
中庭でナターシャがお兄ちゃんと妹の戯れる声と、もふもふの素晴らしさと、サラウンドで聞く事十数分。漸く部活案内の為に生徒がやってきてくれた。
「百合園女学園にようこそ、お嬢様☆」
ウィンクをしたのは『バトン・チアリーディング部』の部長桜月 舞香(さくらづき・まいか)、彼女のパートナーの桜月 綾乃(さくらづき・あやの)だ。
所属する『生徒会執行部白百合団』として、学校見学への対応は大事な仕事でもある。
「――でも堅苦しい話ばかりでもつまらないわよね」
キアラの肩を突っつくと、笑いながら「そうっスね」と返された。
「折角だから、女の子向きの華やかな部活の紹介ってことで、今日は私の所属する部活を見学して貰おうと思うの。
部室迄案内するわ!」
そうして舞香の案内は始まった。
「どう、ここまでの印象は?」
「そうね、親しみを感じるわ。
それが何故と問われるとどう答えていいのか分からないのだけれど」
ミリツァは自分の中に疑問を残してそう言うが、彼女以外の人間は皆分かっている。
お嬢様学校なのだから、お嬢様が親しみを感じるのは当然だと。
「そうそう、そうなのよ。
百合園の特徴といったら、なんといっても女子高ってことよね。
綾乃みたいな世間知らずなお嬢様でも安心して通えるわよ」
「わっ、私は世間知らずなんかじゃないよぉ!
まいちゃんのいじわる!」
頬を膨らませる綾乃に和やかな笑いが起こる中、ネージュはシェリーの手をぎゅっと握った。
ここなら大丈夫だよ。と、安心させる笑顔に、シェリーの表情が更に柔らかくなる。
「百合園は、貴族や名家ののお嬢様とかも大勢通っている学校ですから、
実社会の経験が乏しくてもサポートする体制が整ってるから安心して通えますよ」
受けて、破名は、ふむと内容を吟味する。
「どこも違うようで似ているな。通う者の為の配慮が行き渡っている」
「資金力もあるのでお金の面でも奨学金とかも充実してますから、
スポンサーさんに頼るの心苦しい、って思わなくっても大丈夫です」
「さてと、堅苦しい話は終わり。
ここが私達の『バトン・チアリーディング部』よ」
足を止めた扉のドアノブを捻って、舞香が一行へ入室を促したのは華やかな部室だった。
「チアリーダーっていうのは、スポーツの競技で応援するチームの事よ。
百合園女学院はこう見えて、スポーツ系の部活も盛んなの」
「ソフトボール部にバレー部、それから野球やサッカー、他にも色々な部活の応援に行きますよ」
綾乃が説明している間に、舞香が道具を運んできて一行の前に置いた。
「これが私達が何時も使うバトン。
パフォーマンスに使われるの。こんな風に――」
見てて、というように視線を合わせて舞香はバトンを手や指で回転させ、ポンと空中へ投げた。
こういったものを初めて見るシェリーは思わず「あ!」と声を上げてしまうが、空中でくるくると回ったバトンは見事に舞香の手に収まった。
「これがバトントワリングよ」
それを当然としている舞香にシェリーは大きく目を見開いている。
「本来はこうやって色んなパフォーマンスをして競技を応援するものなんだけど、チアリーディングっていうのは、チアリーダーが行うこういった技を競い合う一つのスポーツなの」
「技だけじゃなくって、笑顔や元気さや皆とピッタリ合ってるかっていうのも問われる、難しいけど楽しいスポーツなんです」
「これを見れば、一番分かって貰えると思うわ」
そう言って舞香は、シェリー達を部室の奥へ案内した。ピンクやブルーやイエローの色が眩しいカラフルなユニフォームに、彼女達から感嘆の声が上がる。
「チアリーダーのプリーツスカートって、女の子の憧れの一つよね」
ミリツァがそう漏らしたのに、舞香と綾乃の顔がぱっと輝いた。
「どう? 一緒に簡単なダンス、踊ってみない?」
*
ネージュ、翠、ミリア、スノゥ、ナターシャ、舞香、綾乃、キアラに見送られ一行はまた次の目的地へ向かって出発した。
「ザンスカールまで迂回するのに結構時間かかるから休んでな」
運転手のアレクが言った頃には、後部座席でミリツァとシェリーは仲良くお互いの頭を預けて眠りに入っている。舞香と綾乃のチアダンスの体験で、汗をかく程頑張った所為だろう。
「疲れちゃったみたいですね」
そう言うナオの言葉も欠伸が混じりだ。
「暫く静かにしていた方が良いな」
「うん、そうしよう」
破名とかつみがそれきり黙ってしまったのに、アレクは空京大学のカフェで仮眠を取っておいてよかったと嘆息する。間もなくイルミンスールの森へ近付くところだった。
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