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季節外れの学校見学

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【波羅蜜多実業高等学校】


 それはザンスカールからタシガンへ向かう途中だった。
 突然運転手がブレーキを踏んだのに、車の中の全員がアレクへ注目する。
「どうした?」
 助手席の破名が問うのに、アレクはフロントガラスの先を指差した。
「変な女が居る」
 此処は荒野だ。 
 だだっ広いだけで道路以外は何も無い、そういう場所だ。
 そんな道路のど真ん中に女が、それも一人で立っているのだ。『変』というのも頷けた。
「迷子かしら? 大変、荒野で迷うなんて大変だわッ」
 シェリーが狼狽して外へ飛び出してしまったのに、皆は慌てて彼女を追い掛ける。
「あの、大丈夫ですか? 乗り物は? どうしてこんな場所に――」
 と、シェリーの手を取って女は微笑んだ。まるで天使のように。
「こんにちは。あなた達を待っていたわ。
 此処は波羅蜜多実業高等学校よ」
「が、っこう?」
 波羅蜜多実業高等学校が此処だと示されてシェリーはくるんと目を剥いて驚く。
「ええ。パラ実の校舎は、かつて完成から一年で崩壊させられてしまったの。
 だから今は、此処が校舎なのよ。
 さあ、早速授業を始めるわよ。
 本日、特別に魔法の授業を担当する事になった宮司美沙です。よろしくね」
 怪しい。怪し過ぎる。
 破名が横目で見てきたのに、アレクは早口で答えた。
「確かに波羅蜜多実業高等学校のこの辺りだ。
 校舎も崩壊しているし、新校舎の完成予定も4649年とか巫山戯た事言ってるが、実際所属する生徒達は件の廃墟に通っている筈で……こんな青空教室じゃない。
 それから今日案内役をすると聞いていたのは、男子生徒だ」
 大方何処かで彼等の情報を掴んだに違いない。女はご丁寧に荒野に教卓と椅子を準備していた。
 しかし荒野に椅子、荒野に教卓、幾らなんでも唐突過ぎるからか、流石のシェリーも戦いて座ろうとしない。
 すると宮司美沙と名乗った女は、首をちょこんと傾げてみせた。
「え? パラ実らしくない? 大丈夫、これから『らしく』なるわ」
 直後、女の呪眼が妖々と輝き、奥に埋め込まれた呪印が解放される。破名が危険そうな女を転移させるべきか、それともこちらがこの場から消えるべきか等と選択肢を選んでいる間に、周囲にはあっという間に霧が立込めていた。
 渦巻く瘴気の中、荒野の乾いた土が盛り上がりを見せる。皆がそこへ注目した瞬間、バッと地を割る様に汚(ケガ)れた腕が飛び出した。
「――――きゃ――」
 シェリーが上げかけた悲鳴は、アレクが汚れた腕ごと地面を踏みしめた音に掻き消された。
 刹那の時だけアレクの足下に広がった文字は消え広がり、氷床と姿を変え荒野の大地を包み込む。単なる現代魔法に古代魔法を組み込んだだけのものだ。
 此処暫くある人物に師事しこの古代魔法の応用編の概念を頭に叩き込み具現化する方法を繰り返し学んでいたのだから、この程度の基礎は息をするより簡単だった。
 プログラマー研修のような眠気を誘うあの地味過ぎる修行を考えれば、楽なものである。
「え? え?」
 思わず抱き合ってしまったミリツァとシェリーが狼狽している間に、破名はアレクの隣へ駆け寄って行った。
「嫌な気配、いや、匂いがする」
 破名には一時共に組んでいたネクロマンサーの魔女がいた。その時に感じていた感覚に現状が似ていて神経がざわめいている。
「死体だらけだ」
「でも、どこに――」
「お前の足の下だ」
 アレクが平然と言うのに、破名は跳ねるように自分の足下を見る。そこには道路を残してアレクが張った氷が敷き詰められていたのだが、その更に下から床を叩くような音がドンッドンッと響いていた。
 音は一つではない。複数――それもかなりの数だ。背中に怖気が走る。
 腰が抜けそうなシェリーと、何とか取り繕っているミリツァを連れてナオが車へ戻っている間に、かつみは周囲を警戒していた。が、女の姿は既に何処にも無い。
「あいつ、霧に紛れてったのか……」
「あの女、野盗か? あっさり引いて、中途な」
「野盗なら何故もう消えてる」
「……絡まれたのか、運が悪い」
 外に出たいと氷を叩く死体。怨嗟の衝撃。呪わんばかりの地鳴り。死体を弄る魔女を知っている破名は、ただ遊ばれているだけの死者達に、まっすぐとアレクを見た。
「『飛ばす』」
 転移の能力で死者達を消そうと破名の瞳の紫が銀に変わろうとした瞬間、アレクの掌がそこを覆うように引っ叩いた。ビルジーじゃなかったのは優しさだ。
「余計な事すんな。死体遺棄の方がやべぇだろ。
 放っとけよ、どうせ暫く出られない。三、四日……太陽が元気だったらの話だけどな」
 そうしている間に、動く死体は術が切れてただの死体に戻るだろう。アレクの言葉で踵を返したかつみの足の裏が、カサと音を立てた。
「何だ此れ、メモ――?」
 拾い上げた小さな紙。そこに踊る文字をかつみは自然と口に出していた。
授業料はまけておくので、この子達の後始末よろしくね☆
「お断りだ。何だか知らないが後始末なんてご免だな」
 と、アレクはかつみの手からメモを奪い取る様にして、手の中で焼いてしまう。
「通報しないのか?」
「これだけの死体を作る人間だぜ?
 もう何度も通報されてるだろ」
 こうしてアレクが吐いて捨ててしまったので、破名は釈然としないまま車に乗り込む事になった。
「良く有る事だ、多分」
 それは破名にかけながらも自分に言い聞かせるような言葉になってしまい、かつみは自嘲する。彼も何がなんだかさっぱりだったのだ。
 しかし運転手が興味を持たなかった為、程なくして車は何事も無かったかのように再び道路を走り出した。
 さて、例の女の正体は高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)
 紛れも無く波羅蜜多実業高等学校の生徒ではあったのだから、これもある意味学校見学には違いない。例えそれを知ったとしても、この先輩を見習って欲しいとは、かつみもアレクも破名も、全く思わないだろうが――。



 置き土産の死体が暴れている場所から更に車を走らせること数十分。
 見えてきたのは何らかの事情で建物の大半を失ったのがありありとわかる、派手に崩れた廃墟だった。
 不吉な空気を纏い風化を待つしか無い状態の廃墟に、なんとも表現しずらい顔で車から降りた面々に酒杜 陽一(さかもり・よういち)はやっと来たと、その廃墟の、たぶん入り口らしい一際崩れの激しい場所からひょっこりと顔を出した。
「こんにちは。そして、ようこそ波羅蜜多実業高等学校へ」
「今日はありがとう。よろしくお願いします。
 でも、本当に波羅蜜多実業高等学校?」
 不安そうな顔で聞き返すシェリーに陽一は首を傾げた。
「本物だ。……ああ、道中何かあったな?」
 在校生と名乗っているうちの大半の生徒達の性分は同じ所属生徒である陽一は想像がつくから説明しなくてもいいと首を振り、でも、と校舎を振り返って付け足した。
「強面だが根は悪い奴らじゃないのも居る」
 勿論そうではない人間は中にはいるが、全部が全部じゃない。言う陽一に、この学校が本物と知って安堵したシェリーは頷いた。
「ええ、少し前にね、あ、私孤児院に身を寄せてるんだけど、その孤児院の改装に、この学校に通っている人がお手伝いしに来てくれたの。あの時は本当に助かったのよ。家の改装って大変と思うのに、一日で終わらせて、私自分の目で見てるのにとても信じられなかった」
「ああ、中には本気を出してとても高度な技術を身に付ける者もいるからな。そうか、それはよかった」
「ええ!」
 じゃあ早速、と見学を陽一は歩き出した。しかし陽一はこの校舎へ通った経験が無いらしい。そんな話を苦笑混じりにして階段を上がる。
「足元気をつけて。かなり危なそうだ」
 彼が指摘する通り階段の床はリノリウムが剥がれ、その下が丸見えだ。何時抜け落ちてもおかしくない状態だった。
 このように校舎が崩壊した状態でも、熱心な教職員やボランティア講師によって授業は行われている為、授業を受けにくる生徒も存在する。
 通りがかった天井が吹っ飛んで吹き抜けという斬新なデザインの教室に何人か生徒がいるらしく、青空教室さながらの授業風景を見ることが出来た。
 見慣れない団体が見学に来ていることで、廊下に立っていた生徒の一人が思いっきり「何見てるんだコノヤロウ」と睨みつけるが、陽一がその生徒に「絡むな」と逆に諌めていた。ミリツァが「無礼者」の頬を張り付ける前に動いてくれて良かったとアレクは思う。彼がよく妹と手を繋いでいるのは、この為もあるのだ。
「ミリツァ、なんか不思議な学校ね」
 天井は愚か壁が無かったり床が無かったりおよそ校舎と呼べない廃墟同然の内部を身を寄せ合うように歩きながらシェリーはナオに囁く。
「皆学校の状態を気にしているように見えないわ。天井も無いのに、机と椅子があればいいって感じがするの」
「そうですね。それに皆ちゃんと先生の話に耳を傾けてます」
 授業の邪魔にならないようトーンを落とす囁き声に、陽一は足を止めて振り返った。
「どんな環境でも、大事なのは本人のやる気だとおもうよ」
 やる気が無ければ学校に通うこともない。だが此処では沢山の生徒を見る事が出来た。
 波羅蜜多実業高等学校は、校舎こそ廃墟ではあるが、学び舎に間違い無かった。
 心がけが大事。陽一の一言にナオは、かつみを振り仰ぐ。自分はこの人にやる気を伝えないといけないんだと、漠然とした不安が明確な形になったのを感じる。