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第1部 目指せ! マ・メール・ロア
chapter1.それぞれの思い
タシガン空峡。
この場所では、これまでに幾度となく人々の思いが交錯し、数多くの争いが繰り広げられてきた。
そして今、やはりこの舞台で、最後の一大決戦が幕を開けようとしている――
「よし、これで準備は万端ね!」
技師ゴーグルをもちあげた朝野 未沙(あさの・みさ)は、充足した表情で額の汗を拭った。他のマ・メール・ロア突撃部隊が空峡の浮島で出撃準備を行っている間、彼女は古代戦艦ルミナスヴァルキリーと飛空艇ポーラスターの最終メンテナンスを行っていたのだ。
「あとは、と」
未沙はポーラスターから降り、フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)、リフル・シルヴェリア(りふる・しるう゛ぇりあ)、パッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)の三人のもとへ向かう。彼女たちはそれぞれの想いを秘めて空を見つめていた。
「リフルさん、初めまして」
未沙はリフルに挨拶をして、胸にラーメンの刺繍を施したエプレンを渡した。
「フリューネさんには、これ」
フリューネには翼の刺繍を施したエプロン。二人がエプロンを受け取ると、未沙はこう言った。
「みんなが帰ってきたら、あたしとフリューネさんとリフルさんの三人でお料理をしよう。裸エプロンでね!」
そこにパッフェルの名はなかったが、それは、未沙の好みがノーマル趣味の女の子だからだろうか。一人蚊帳の外のパッフェルが寂しそう……かどうかは、彼女の表情からは分からない。
「もう、キミって子はこんなときに!」
フリューネが未沙に小言を言う。リフルは物珍しそうにエプロンを見ていた。
「あはは。それじゃあ、あたしは一足先にルミナスヴァルキリーに戻ってるから。一緒にジャンボギョーザ作ろうねー」
未沙は、笑いながら手を振って去っていく。
「やれやれ。ま、みんな無事に帰ってこられるといいわね」
「……ティセラの……裸エプロン」
「らーめん……」
三人を包む決戦前の緊張感が、ほんの少し和らいだ気がした。
「あーあー、みなさん、改めましてこんにちはー。本艦の通信士を務めさせていただきます、桐生 ひな(きりゅう・ひな)ですー」
出発間近のルミナスヴァルキリーに、ひなの艦内放送が流れた。
「間もなく離陸の時間となりますが、その前に今一度重要事項をおさらいしておきましょうー。まず、本艦の攻撃手段は……船首によるラムアタックしかありませんっ」
知っていたことだとはいえ、やはり乗組員の間からは不安の声が上がる。
「でも、装甲は強固ですのでご安心下さいー。そしてそして、本艦では、フリューネさんとお揃いの衣装を、制服として着用することが義務づけられていますっ。メンズサイズもご用意してありますので、こちらもご安心くださいー」
全員がこのルールを知っていたわけではない。艦内からは、更に大きなどよめきが上がった。
「ちょ、ちょっと。そこまでしなくても」
未沙に続いてひなまで。フリューネは艦橋、ひなの横で慌てた様子を見せた。
「どうしましたー? 別に今に始まった決まり事ではないですよ?」
「それはそうだけど……」
フリューネが言葉を続けようとすると、後ろからナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)に胸を鷲掴みにされた。
「あんっ」
「同じ衣装をまとうことで、志気も上がるというものじゃ。そうそう、今回もわらわは艦長として協力させてもらうが、構わないにゃ?」
ナリュキは、胸を揉みながらフリューネに言う。
「それは……はんっ、こっちから……ふんっ、お願いしたいくらいだけど……その手を離してえ!」
「にひひ。戦いの前に、もーちょっとうぉーみんぐあっぷなのじゃ」
一方、こちらはポーラスター。クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が、真剣な眼差しでリフルに尋ねていた。
「本当に、私が艦長で構わないのか」
リフルはしっかりと頷く。
「あなたの方が、ずっと適任」
臨時でポーラスターの艦長となっていたリフルだが、彼女は艦長に向いているとは言えない。そこで、リフルはクレアにこの船を託すことにした。
「分かった。やるからには、全力を尽くさせてもらおう」
クレアが艦長席に座る。戦うこと自体を否定する気はないものの、クレアは医の道を志す者。いかに犠牲少なくしてマ・メール・ロアに近づくかを、懸命に考えていた。
「わたくしは、通信士をやらせていただきたいと思います」
クレアのパートナーハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)は、穏やかな表情でそう希望を述べた。
「私に砲術長を任せてもらえないかしら。教導団砲兵科で培った知識と狙撃手として体得した技能を、最大限に生かせると思うの」
次いで申し出たのはローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)だ。パートナーのグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は、ローザマリアの指示で砲撃を担当するという。
リフルは、ハンスたちの要望を受け入れた。
やがて、全ての乗員の準備が整った。いよいよ出撃のときだ。
「こちらポーラスター、出撃準備完了です。そちらはいかがですか?」
ハンスが、通信機でひなに連絡を取る。
「こちらルミナスヴァルキリー。いつでも出発オッケーですっ」
「それではルミナスヴァルキリー、先に出撃してください」
「ナリュキ、発進ですっ」
「ルミナスヴァルキリー、いざ発進にゃー!」
ひなの合図を受けて、ナリュキが指示を出す。
「了解ですぅ。ポーラスターは火力がありますけどぉ、装甲がルミナスヴァルキリーに比べ劣ってますぅ。ルミナスヴァルキリーが囮兼盾になってぇ、敵を引き付けましょぉ」
操舵手の朝野 未那(あさの・みな)が、ルミナスヴァルキリーを発進させた。
「マ・メール・ロアまで、皆さまを無事にお届けするですぅ」
クレアもこれに続く。
「ポーラスター、出撃」
強固な装甲の古代戦艦に、昔ながらの帆船型飛空艇。その外観同様対照的なノリで、2隻の船は空へと飛び立った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(ティセラ……私は要らない子なの?)
高度を上げていくルミナスヴァルキリーの中、パッフェルは、窓の向こうを流れる雲をぼんやりと眺めていた。
騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、そんな彼女が気になって声をかけた。
「どうしたの、パッフェルちゃん? 寂しそうな顔をして。パッフェルちゃんはもう一人じゃない。沢山のお友達がいるんだよ」
「詩穂……」
詩穂の言う通りだった。激戦を通してできた仲間たちは、優しくも頼もしい笑みを浮かべて、パッフェルを囲んでいた。
「パッフェルくんは新しい居場所を見つけたようだね」
桐生 円(きりゅう・まどか)が、パッフェルを遠巻きに見て呟いた。円も、幾度となく体を張ってパッフェルを守ってきた少女だ。
「うん、仲良しさんが増えて楽しそうだねー。ミネルバちゃんも挨拶してこよーっと!」
パートナーのミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が、パッフェルに向かって歩き出す。円は、ミネルバを引き留めた。
「ボクらが近くにいると、またややこしくなる。離れて行動しよう」
「ふーん、そうなの?」
ミネルバは、不思議そうに首をかしげた。
「必要であればまた守ったりしてあげたいけど……必要はないんだろうなぁ」
「円、何か言った?」
「いや、何も」
今の境遇は、パッフェルにとって幸せなものだ。友人として、自分も喜ぶべきだろう。そう思ってはみるものの、円にはもやもやした気持ちを消し去ることができなかった。彼女は気分転換に、戦闘開始まで艦内を歩くことにした。
「わー、ペガサスだ! かっこいー」
白砂 司(しらすな・つかさ)の作ったペガサスドック兼ハルバード置き場にやってくると、ミネルバはフリューネのペガサス、エネフを見て感激の声を上げた。が、彼女は間もなく、もっと興味深いものを見つけた。
「ああエネフ、また会えたね! やはり綺麗だ……」
鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、恍惚の表情を浮かべながらエネフをなでつけている。彼は、【ペガサスファンタジー】野郎と呼ばれるほどのペガサスマニアなのだ。
「なるほど。アルデバランから話は聞いていたが、実に美しい白馬だな。腰から脚にかけてよく鍛えてある」
「雷號もそう思うだろう!」
尋人に同意したのは、パートナーの呀 雷號(が・らいごう)だ。彼も、フリューネの美尻よりエネフに興味があるらしい。そして、アルデバランというのは尋人の愛馬の名である。獣人の雷號は、アルデバランの言葉を解することができるのだ。
「エネフ、誰にも傷つけさせやしないからね……」
「全く、どうして私の周りにはこう変なやつが多いのかしら。まあ、エネフを守ってくれるのは助かるけど」
尋人の態度を見てため息を漏らすフリューネに、白砂 司が言った。
「変なやつで悪かったな」
司はドックの隅で壁に寄りかかりながら続ける。
「散々決闘を先延ばしにされてきたが……この戦いが終わったら、今度こそ決着をつけさせてもらうぞ」
「望むところよ」
「ま、そのためにも一時休戦だ。お前に手伝いはいらないだろうが、後ろを任せるくらいは構わんだろう?」
「頼りにしてるわ」
二人のやりとりを、サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)は顔をニヤニヤさせながら見守っていた。
「サクラコ、何がおかしい」
「いえね、司君はフリューネさんのこともリフルさんのことも評価してましたけど、選んだのはフリューネさんじゃないですか。やっぱり胸のおっきい人が好きなんだなと思いましてっ」
サクラコは司をからかいながらも、巨乳派への敵意をメラメラと燃やす。
「!」
「サクラコ、それは……」
フリューネが言葉に詰まり、司が弁解しようとしたとき、艦内放送が響き渡った。
「前方にキメラの群れを発見ですー。総員配置についてくださいっ」
「――了解。本艦は作戦通りルミナスヴァルキリーを盾役とし、制空を支援する。各自戦闘準備に入ってくれ」
ルミナスヴァルキリーから敵との遭遇の知らせを受けたポーラスターでも、クレアの言葉がハンスを通して船内に流れる。いよいよ迫った大舞台に向け、乗組員たちは十人十色の様子で動き始めた。
そんな中、アイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)は、落ち着いた声でリフルに尋ねた。
「女王陛下や仲間たちのこと……今までの旅で、少しは思い出すことができたでしょうか?」
「わずかにだけど」
リフルの答えに、アイシスは微笑みを浮かべた。生徒たちと共に様々な体験をすることによって、リフルの記憶は少しずつ解放されつつあった。
「まあ、それはよかったです。リフルさんは、ティセラや他の十二星華たちのことを、どう思っていらっしゃるの?」
「まだよくは分からない。……でも、パッフェルたちに会ったときは、懐かしい感じがした」
そう。今回の作戦に当たり、リフルはようやくパッフェル、{SNL9998933#セィニィ}と顔を合わせたのだ。実に5000年ぶりの再会だったが、リフルも相手も、互いにどう接していいのか分からなかった。
「パッフェルさんたちとも、少しずつ関係を築いていけるといいですね。私も戦います、シャンバラの仲間たちを救うために。この戦いは負けられません」
「その通りだ」
アイシスの後ろで、シルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)が頷いた。
「リフルと見つけた飛空艇で決戦か……感慨深いな」
「俺もわくわくしてるぜ」
そこに、渋井 誠治(しぶい・せいじ)が加わった。
「友達として、ラーメン好き仲間としてリフルの力になろう。そして、クイーン・ヴァンガードとしてはミルザムさんを無事に送り届けたい」
「ああ。ルミナスヴァルキリーに比べてポーラスターは防御面が心許ない。マ・メール・ロア突入前にやられてしまわないよう、なんとしても守り抜こう」
クインーン・ヴァンガードとしての使命に燃えるシルヴィオは、誠治と握手を交わす。今回ミルザムのことは仲間に任せ、シルヴィオはポーラスターの護衛に専念するつもりだった。
「私がいる限り、ポーラスターは墜とさせないぜ!」
リフルに対する思いは、自分だって劣っていない。シャミア・ラビアータ(しゃみあ・らびあーた)も負けじと意気込んだ。
「すべてが終わったら、またあのチーズケーキのお店に行きましょう。約束ですわよ?」
そうリフルに声をかけたのは、藍玉 美海(あいだま・みうみ)だ。リフルは思い出す。蒼空学園に転校してきた翌日、誠治に神竜軒で開いてもらった歓迎会を。そして、その後に寄った久世 沙幸(くぜ・さゆき)お勧めのケーキ屋での穏やかなひとときを。
「好きだから、また一緒に学園生活を楽しく過ごしたいから、私はリフルを守るよ。リフルが十二星華かどうかなんて関係ない。親友だもん!」
沙幸は、いつものように真っ直ぐな気持ちを言葉にする。イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)も、信頼の眼差しをリフルに向けた。
「キミの生徒として、俺もみっともない姿は晒せないな。一人で背負わず、頼りにしてくれよ」
「また授業をしてくださいね」
とセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)。イーオンとセルフィーは、以前リフルが古代シャンバラ史の講義をした生徒だった。
「みんな……ありがとう」
パッフェル同様、リフルにも数多くの仲間ができた。今では、お礼の言葉も最初に比べて随分と自然に言える。
「さて、そろそろ行かないとな。そうだ、参考になればいいんだが……」
予めマ・メール・ロアを捜索していたシルヴィオは、最後に、その設備や砲台などの情報から割り出した、安全だと思われる飛行ルートをリフルに告げる。その内容は、リフルからクレア、そしてナリュキへと伝えられた。
「それじゃあ行ってくる」
「ちゃちゃっとやっつけてきちゃうからね!」
一人、また一人と生徒たちが戦闘に出てゆく。
「どうか無事で帰ってきて」
今の自分では戦力にならない。船内に残ってサポートに回るリフルは、もどかしさを感じながら、仲間の背を見送った。
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