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リアクション
「戦場ヶ原で訓練と聞いた時は何事かと驚きましたけど、これはこれで自然を間近に感じられて、いいかもしれませんね」
「ま、そうだね」(ちぇっ、訓練だーって聞いて面白そうだから来てみたら、清掃活動になっちゃってて残念だな)
自身が見たことのない植物を興味深そうに見入るセシル・グランド(せしる・ぐらんど)に頷いて、一ツ橋 森次(ひとつばし・もりつぐ)が少し当てが外れたとばかりに心の中でため息をつく。
「この後は温泉でしたか? 温泉とはどういうものですか?」
それでも、あれこれ聞いてくるセシルを見ていると、まあいいか、という気になってくる。
「じゃ、パパっと終わらせて一緒に温泉入るか! 運動した後の温泉は気持ちいいぞ〜!」
「温泉とは気持ちいいものなのですか? それは楽しみです」
勝利して温泉を楽しむべく、二人が青軍として作業に取りかかる。そこへ、近くを走る道路からバイクの音が響き、やがてジェシカ・アンヴィル(じぇしか・あんう゛ぃる)とステイア・ファーラミア(すていあ・ふぁーらみあ)が二人の前に進み出、敬礼を交わし合う。
「作業、お疲れ様であります! 現在青軍は、戦場ヶ原全体の約3割を勢力下に収めました! 各団員は気を抜かず、これからの作業に邁進してほしいとのことであります!」
現在の状況と、これからの方針を伝え、二人は道路まで戻りそこからバイクで次のポイントへ移動する。
(流石は団長……清掃活動というカモフラージュを施しつつ、来たるエリュシオンとの戦争に備えるという算段でありますか)
各隊への情報伝達が滞れば、それだけ作戦に無駄が生じる。一つ一つは小さなものでも、それが複数集まればいずれ致命的なミスを生むことになる。それを防ぐ意味でも、例え清掃活動という名目であっても気は抜けない。
そのことを強く意識し、ジェシカがバイクのエンジンを噴かす。
(戦う事しか頭にないのか、この学校は? くだらん……)
後を行くステイアも、心では教導団のやり方に不満を覚えつつ、ジェシカに遅れることなくバイクを走らせていく。
(危惧していましたが、やはりマナー違反ですわよね……。他の皆様が意見を述べたのでしょうか、名目は変わりましたけど、やり過ぎて景観が損なわれなければいいのですが)
戦場ヶ原を流れ下ってきた湯川の末端にかかる竜頭の滝を目下に、ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)が用意してきたバケツに水を汲む。
戦場ヶ原には主だった水場がなく、涼しくなったとはいえ長時間の作業では、水分の確保は必須といえた。
「れ、レオ、ようやく、着いたのですか? 結構、距離が、ありましたね」
後ろを付いて来たルディ・スティーヴ(るでぃ・すてぃーぶ)が息を切らせて、うっすらと浮かんだ汗を拭う。教導団所属とはいえ元は魔道書、運動は得意ではないようである。
これが一昔前は教導団といえば機晶姫で、他種族は極少数であったと思われたが、最近は様変わりしているようである。
「スティ、手早く済ませてしまいましょう」
場を離れている間に、水が足りないことによる問題が起きてしまっては、平穏無事な修学旅行はとても望めない。
せっかくの観光名所を台無しにしないためにも、二人は滝の景観に目を奪われつつ、作業を進めていく。
やがて、各地で作業を進める団員たちに補給物資が配給され、団員たちは引き続き作業に取りかかる。
「結局、戦うということはなくなったが、どうせなら別の場所で戦いたかったな。この地は実際に合戦が起きたという史実はないのだからな」
「あれ? でもさっきこれ買ってきた時、『『戦場ヶ原』という地名は、山の神がこの湿原を舞台に争いを繰り広げたという伝説に由来している』って書いてある看板を見たけど? ま、史実じゃないから、ヨーゼフの言ってることは間違いではないわね」
ヨーゼフ・ケラー(よーぜふ・けらー)の言うように、『〜ヶ原』と付いているにも関わらず、『関ヶ原』のように史実の中で戦が起きたことは一度もない。由来はエリス・メリベート(えりす・めりべーと)の見た看板に書いてあるように、神々の戦いがあったという伝説からであるとされている。
「……うん、この羊羹、甘さ控えめでレーションよりもずっといけるわ。今日みたいな何時間も待ちぶせなくてはならない任務には最高ね!」
「どれ、私にも一つくれ。……確かに、これはいい」
「! ヨーゼフ、いた!」
「!」
二人して羊羹を頬張りつつ、現れた鹿を適切に駆除して回る。
(きっとこの訓練は、近い将来教導団が戦わなければならない新たな戦場を想定してのものに違いありませんわ。
……湿地帯、湖、その中に浮かぶ敵の拠点……ハッ!? も、もしかして、この訓練の真の狙いは、ヴァイシャリー侵攻作戦の予行演習!?)
湿地に生えたオオハンゴンソウを抜き去りながら、エミリア・ヴィーナ(えみりあ・う゛ぃーな)が何か間違った思考へと突き進んでいく。
(あー、そろそろ止めた方がいいかな〜……エミリアって悪い娘じゃないんだけどさぁ、もうちょっと肩の力を抜いてリラックスする事を覚えた方がいいと思うんだよな)
コンラート・シュタイン(こんらーと・しゅたいん)がエミリアを止めに入った時には、彼女の中では教導団は、ヴァイシャリーに続いてイルミンスールも支配下に収め、反エリュシオン一大勢力としてシャンバラに君臨していた。
確かに軍人として、妄想で行動するのは危険であろう。
「……ちょっと、これどういうこと!? 教導団の訓練があるからって来てみたら、清掃活動になってるじゃない。どういうことなのって問い詰めようとしてもあいつどこにもいないし!」
「確かに、姿が見えないのはおかしいですね。少々、探らせてみましょうか」
諸葛涼 天華(しょかつりょう・てんか)に連れられて戦場ヶ原の視察に来た横山 ミツエ(よこやま・みつえ)が、鋭峰の姿が見えないことにプンプン、と文句をつける。
教導団を一手に預かる指導者を『あいつ』呼ばわりとは、流石はミツエ、としか言いようがない。
『金鋭峰の所在が判明しましたわ。彼は『日光大江戸村』で女性とデートをなさっているようです』
「……はぁ!? あいつがデート!? あの年中「リア充爆発しろ」って言ってるような根暗が!?」
ショコラ・ヘクセンハウス(しょこら・へくせんはうす)からの報告を受けて、ひとしきり驚きと鋭峰への罵倒というか嘲笑というかを紡いだ後で、ミツエが何かを思いついたように不敵な笑みを浮かべる。
「……そうね、そのまま泳がせておきなさい。あ、もちろん証拠になる写真は確保しておいてね。……ふふふ、面白いことになりそうね」
ミツエの指示に忠実に従う天華が、ショコラに鋭峰の追跡を行うよう指示を下す――。
しばらくして、鋭峰が戦場ヶ原に戻って来た。相変わらずの無表情ながら、どこか機嫌の良さが見られる鋭峰は、日没を作戦終了と定め、野営を行わない旨を団員に通達する。
その連絡が団員に行き渡るや、温泉は二日目のことで、絶対初日は野営だと思っていた団員たちは一気に士気を回復させ、作業に真摯に取り組むようになっていた。
(……たまには、自由行動もいいものだな)
そんなことを思う鋭峰、まさに今彼は、リア充そのものであった。
「へぇ、日没で作戦終了なの。じゃあそれまでに決着付けちゃわないといけないわけね! カール、行くわよ! 赤軍の動向を探りましょ。まだ向こうが手を付けていない場所を攻めた方が、成果はあげられるはずだわ」
「うむ、心得たでござる。……とと、最後の一押しまで抜かりなく……」
青軍に属するミランダ・ウェイン(みらんだ・うぇいん)とカール・ホールドマン(かーる・ほーるどまん)が、赤軍がまだ作業に着手していない土地を探るべく、偵察に出る。出発する前に、カールが作戦の邪魔にならない程度に清掃用具を持ち、ミランダの後を追う。
作業が終わった後速やかに撤収できるよう、事前に後片付けの準備をしておく辺りは、当初実戦訓練を行おうとしていた時と変わりなかった。
(作戦は変わったみたいだが、やることに変わりはねぇ! この塹壕掘りに特化したシャベルで、掘って掘って掘りまくってやる!)
一方、赤軍に属する溝淵 尚吾(みぞぶち・しょうご)も、寡黙で従順な軍人の一人として、光るシャベルで塹壕を掘る代わりに生態系を狂わせかねない植物を片っ端から掘り起こしていく。
(戦場ヶ原は、その昔神々が戦った事もあるとされる由緒正しい場所らしいわね。そんな場所だから、清掃をちゃんとして清めれば、教導団に戦神の加護が降りたりするのかしら?)
その隣で、絡まった蔦や伸びる枝で顔や手足を切ってしまった団員へ癒しの力を施しつつ、ゲルトラウト・シュッツ(げるとらうと・しゅっつ)が黙々と作業する尚吾を変わらないわね、といった様子で見つめる。
(こんな時まで権力とかお金の事とか考えなくたって、のんびりすればいいのに。……ま、ここでの作業が終わらないと、のんびりもできないんだけどね)
そんなことを思いつつ、ゲルトラウトも自分にできる作業を的確に行う。
「見ろ、素晴らしい出来だろう! 戦場ヶ原に新たな観光スポットが誕生したな!」
湿原に何故か出来上がった、教導団団長金鋭峰の胸像をバックに、青軍のアルフレート・ブッセ(あるふれーと・ぶっせ)が高笑いをあげる。戦場ヶ原の雄大な景色と美しい自然環境に感動を覚えた彼が、教導団がこの地を訪れた記念を作ろうと思い至った結果であった。
「アルフレート・ブッセ、違反行為により除外判定! 本作戦終了後の食事及び宿舎への帰投を認めない!」
しかし、その行為は観光名所を著しく害する行為であったため、審判役の鈴と瑠璃によってアルフレートは裁かれ、彼女らが結成した憲兵隊に取り押さえられていった。もちろん、胸像は運ばれ、無害な場所で爆破解体される。
(当然の報いですわ。このような物を残そうとする神経が理解できませんわ)
アルフレートの行いを告発したアフィーナ・エリノス(あふぃーな・えりのす)が、特に哀れむこともなく作業を再開する。
「何をやっているの! そんな気合だから団長に訓練を課せられるのよ! ほら走れ、走れ!」
赤軍の魏 恵琳(うぇい・へりむ)が、疲れの見え始めた団員を叱咤して作業に取りかからせる。
「孫子、敵はどう攻めてくると思う?」
「ふむ、向こうはこちらが部隊を進めていない部分を狙ってくるじゃろうな。となれば立てるべき作戦も自ずと決まってくる」
兵法書 『孫子』(へいほうしょ・そんし)の予測に従い、青軍が到着する地点に先んじて少数の部隊を送り込むよう指示を飛ばす。人がいないと思っていた所に人がいる気配がすれば、それだけで敵は動揺するはずである。
後はこちらが作業を行いつつ正規の部隊を送り込めば、勢力を拡大しつつ新たな作業場所を確保することが出来る。
(金団長、私、期待にそえられるよう頑張ります!)
まるで鋭峰を神と崇めるかのような心境で、恵琳が自ら手を下し、仲間の団員をも巻き込んで作業を続行する――。
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