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リアクション
戦争開始前・攻撃側
水飛沫を跳ね上げながら、輸送用飛行艇が着陸した。
飛行艇と言えども、教導団の一個師団及び各学校の生徒を満載できる数である。それなりの音がするはずだった。
しかし水飛沫の音も、泥水の色も、すぐに風景にかき消される。
周囲20kmほどの小さな島は吹き荒れる嵐の中にあったのだ。
暗雲の一部がせり出したかと思うと、こちらに漂ってくる……いや、まっすぐに飛んできた。
「やはり待ち構えられていたでありますな」
飛行艇の中で一人の生徒が窓の外を眺めていたが、ブーツの金具を止めなおした。
暗雲と見えたのは、薄い皮膜の羽を持つインプや、鷲の頭と翼、ライオンの体を持つグリフォンらの一群だったのだ。
シャンバラ教導団の飛行艇内に、指揮官の指示が飛ぶ。他校の生徒を無事に上陸する使命が、教導団員にはあったのだ。
飛行艇の側面が開いた。
真っ先に飛び出してきたのは、先ほど窓の外を眺めていた金住 健勝(かなずみ・けんしょう)だ。
「これより状況を開始するであります!」
健勝にパートナーのレジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)が続く。
健勝はぬかるむ足場に注意しながら、空に向かってアーミーショットガンの弾をばらまき、弾幕を張る。
同じ飛行艇に乗っていた他の歩兵科の生徒も、遅れをとらじと彼に並んで同じように弾幕を張った。
一体のインプが、弾幕を破り健勝に向かって急降下する。
振り下ろされようとするインプの爪を、受け止めたのはレジーナだった。ラウンドシールドの表面で爪先を滑らせ、ガラ空きの後頭部にメイスを叩き込む。
「ありがとな……で、あります」
「どういたしまして」
いつもこんな風にきびきびと、ついでにふつうに話せばいいのに、とレジーナは思う。
だが、その両方が両立するのは戦況が不利な場合。あまりいいことではないなと、考えを振り払った。
彼女は友軍を見回し、周囲の音に負けじと声を張り上げる。
「……みなさん、怪我をしましたら無理せず言ってくださいね! 世界の滅亡なんて絶対にさせません!」
彼らが戦闘を続けている隙に、教導団の他科の生徒たちが次々と地面に降り、支援を始める。
──やがて上陸地点が制圧された。
簡素な建物やテント、バリケード類が、教導団の工兵の突貫工事で次々に作られていく。
その一つ、司令部となった建物の中に、今回の作戦に参加する教導団と百合園の面々が集まっていた。
第一師団を率いる教導団の団長である金 鋭峰(じん・るいふぉん)と、そのパートナー関羽・雲長(かんう・うんちょう)。
百合園女学院生徒会執行部・白百合団の団長桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)。
彼らが簡単な地図を囲んで作戦を話し合っているところに、黒髪を頭の上にまとめた女性士官候補生が声をあげる。
「発言してもよろしいでしょうか」
金鋭峰に代わり上官が目を向ける。
「発言を許そう。所属は?」
「参謀科高等過程二年香取 翔子(かとり・しょうこ)です」
【新星】ノイエ・シュテルンの一員である。
「私たちの目的は、ナラカ城の外部を制圧し、後続部隊を城内に侵入させることです。ですが、寄せ手は守り手の三倍の兵力が必要だと言われています。相手は兵数約5000に加え、ゴブリン、オークら。速攻で城門を突破する戦術が必要であると考えます」
「続けろ」
「前衛兵が吸着爆弾を城門に設置爆破しその穴から前衛部隊が侵入、城門の内部と外部から一気に制圧」
「爆弾を設置する役目は危険だと思われるが、誰がやるのかね?」
「私のパートナーであるクレア・セイクリッド(くれあ・せいくりっど)が行います」
ちなみに真実は“申し出て”ない。無理やりである。むしろ背負わせて遠隔から爆破するつもりという鬼畜っぷりである。
「私も援護に出ます。また、他の士官候補生がその支援に当たります」
「いいだろう、やってみろ」
上官は頷く。翔子は短く返事をすると、準備のため部屋を出て行った。
作戦会議が続く中、
「あ、鳳明くん!?」
セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)が携帯電話の震えに気づいて、慌てて出る。
何事だね、と厳しい目を向ける上官を、金鋭峰が逆に制す。
「斥候からの連絡だろう。そのまま話すといい」
「はい、ありがとうございます」
「なぁんにも見えないよー」
琳 鳳明(りん・ほうめい)は小さくぼやいた。
「嵐の中で飛空挺運転するのって怖いし、雨が冷たいしっ。むむむ、私が本陣に残ってセラさんに行ってもらえば良かったかなぁ」
彼女は先ほどから、雨で額に張り付く髪を払いたいのを我慢していた。何しろの敵陣の、しかも暴風雨の中だ。見つかったり、事故でも起こしたらシャレにならない。それにどこから来るとも知れない殺気にも気を付ける必要もあった。
「このあたりでいいかな?」
鳳明は低い木の下に潜り込んだ。真黒に塗装した飛空挺に、ブラックコートを羽織った姿は、すっぽりと木陰に隠れてしまう。
首から下げた双眼鏡を目に当てて、前方を確認する。
稲光。
一瞬、そして茨と沼の中に、監視塔の姿が浮かび上がる。ナラカ城の方角を確認して障害物の位置を頭に入れる。
周囲に殺気がないことを確認してから、彼女はセラフィーナに電話をかける。
「……と、いうことです」
セラフィーナが鳳明の報告を伝える。
鳳明は上陸後、自ら斥候を買って出て、対空砲をはじめとした敵軍の状況を観察、パートナーに携帯電話で伝えていたのだった。
士官らが囲んでいる卓に広げられた地図に書かれた地形は、彼女が報告したものだ。そこに再び敵の配置と地形が書き加えられる。
桜谷鈴子が片手を挙げる。
「どうぞ」
「私は戦争には詳しくありませんけれど、兵糧攻めにでもしません限り防御側の有利ですわよね。しかも儀式が始まるまでがタイムリミット」
「時間及び地の利は鏖殺寺院側にある。先ほどの提案通り、戦力を集中し、速やかに城門までの道を作る必要がある」
鋭峰は地図を示しながら、部下と鈴子に進軍ルート及びお互いの協力体制について確認し合う。
鈴子が去ってから、士官の一人が鋭峰に進言しようとする。
「団長。白百合団の配下にパラ実生が混じっているようですが……」
「捨て置け。今はそのようなことに煩わされている場合ではない」
「はっ」
建物から出てきた鈴子は、鼻をくんと鳴らした。
入口の警備をする教導団員に、バケツを持った仮面の男が何かを訴えている。どうも匂いのもとはそのバケツのようだった。
「お二人に、ゴクモンファームで作ったトウモロコシ粥を振る舞いたいのです」
「戦場で、団長が得体の知れぬものを口にする筈がない」
「一度だけで結構です。お二人に伝えて頂けませんか?」
「去れ! ゴクモンファームが何をやったか知らぬわけではあるまい」
警備に冷たく追い払われた仮面の男アルフライラ・カラス(あるふらいら・からす)は、失望したようにパートナーのマフディー・アスガル・ハサーン(まふでぃー・あすがるはさーん)の元へと歩いていく。
マフディーはテントの一つで粥を作っており、教導団と百合園に支給しようとしていたが、こちらもうまくいっていない。というのも、ゴクモンファームは麻薬生産で一度第一師団と戦闘まで行っていた。しかも教導団とキマク家との対立の発端になったのである。
マフディーが思うように、今では“まっとうな”作物を作ってはいたのだが、それも教導団に証拠を抑えられたからキマク家がそうしたという面がある。
もちろん、麻薬を生産していた農民一人一人は悪人ではなく、所属がどこであるかだけで善悪を決められないのも事実ではあるのだが。
「あたしたち、いただいてもいいですか?」
鈴子に、彼女の護衛を務める秋月 葵(あきづき・あおい)が訊ねる。
「大丈夫、害意はないようです。鈴子団長は勿論、葵ちゃんに何かあったら私が許しませんから」
葵のパートナーエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)のお墨付きに、鈴子はくすりと笑った。
「ええ、行っていらっしゃい」
葵とエレンディラがマフディーから粥のお椀を受け取っていると、その横から太い腕がにょきっと伸びた。
「私もいただこう」
腕の主をマフディーら四人が見上げる。それは関羽だった。外の騒ぎを聞きつけてやって来たのだ。
「この雨では体が冷えて敵わぬ──貴殿の心遣いに感謝する」
大きな手でレンゲを摘んで食べている様はどこかユーモラスだ。
関羽は空になった器をマフディーに返す。
「団長も一軍の将。私のように好き勝手な振る舞いはできぬが、同じシャンバラに在る者としてその志は金銀より得難いと思う」
関羽はテントの入り口に立って、空を見上げる。
「金銀宝玉の輝きでは、この暗雲は晴らせまい」
戦争開始前・防衛側
学校側が急いで準備を進める一方で、ナラカ城前では。
「寝所ではトライブを危うい所で助けて頂いたとか。アレに変わって御礼を申し上げます。ありがとうございました」
千石 朱鷺(せんごく・とき)が、児玉 結(こだま・ゆう)、そして結の友人?エンプティ・グレイプニールに向けて礼を述べる。
「ベツにー。ランランがリンリン手伝ってこいって言ってただけだしー」
結はミニスカの上から雨合羽を羽織った格好で、だるそうに答える。ランランとはラングレイ、リンリンとは紅月のことだ。
「多分トライブは貴女も守るつもりですよ。単純な男ですから」
「えぇー、ウチらのが強いよ? それにー、リンリンに誤解されちゃったらマズいっしょ?」
結が指さした先を見て、朱鷺が呆れたような息を吐く。
そこでは鏖殺寺院鮮血隊将軍林 紅月(りん・ほんゆぇ)と、自称・鮮血隊副隊長トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が、今後の戦闘について話をしていた──のだが。朱鷺にはいちゃついているようにしか見えない。
「ラングレイ、大丈夫かな。もしかして、死ぬ気なんじゃないか?」
「かもしれん」
心配そうなトライブに、紅月は硬い表情で応じる。
「しかし、鏖殺寺院の幹部も当然ながらそれぞれに事情があるのだ。私やおまえが心配することではない」
「俺はリンリンが心配だけどな。後方で指揮を執るにしても、ケイティやアレナっていう要注意人物が来てるんだぜ。そうだな……勝利のおまじないでもするか」
「おまじない?」
「そそ。すぐ済むからちょっと目を閉じてろよ」
疑問符を顔に浮かべつつも、大人しく目を閉じる紅月──が、柔らかい感触にすぐさま目を開いた。
彼女の文字通り目の前にトライブの顔があった。唇を離し、彼はにっといたずらっぽく笑う。
「この戦いが終わったら、二人でデートしようぜ」
言いたいことだけ言って、トライブは顔にお面を被る。
「……な、ななな、何を……」
紅月は真っ赤に染まる頬を隠し、それからはたと気づいたように真顔に戻った。その顔はいつになく真剣に見える。
「貴様は鏖殺寺院が勝ったら、世界が滅びるとは思っていないのだな……」
彼女は懐から不思議な材質でできた丸い玉を取り出す。それは薄い曇り空の色をしていた。
「前よりは明るいか……。いいかトライブ、これはスフィアだ」
「スフィア?」
紅月は頷くと、再び懐にしまい込んだ。
「私の絶望の色だ」
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