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リアクション
教導団進軍
ひときわ大きい稲光が、大木の上に落ちた。
それを合図にするように、シャンバラ教導団が進軍を開始した。教導団よりやや遅れて白百合団が続く。
教導団と白百合団では圧倒的な人数差がある。戦闘はプロである教導団に任せ、自警組織でもある白百合団は、サポート役なのだ。
整然と歩む教導団の先頭集団に、改造制服を着た、一人の女性士官候補生が混ざっている。機甲科の夏野 夢見(なつの・ゆめみ)だ。
片手には拡声器がある。作戦が筒抜けになっている可能性を考え、それなら無理矢理恐れさせる──と、戦闘が始まったら「恐れの歌」を歌うつもりでいる。彼女のパートナーの張遼 文遠(ちょうりょう・ぶんえん)は銃弾からは盾で、喉の痛みからは蜂蜜で守る予定だ。
その夢見は頭上を見上げた。
全長18メートルに及ぶイルミンスールの機晶姫シュペール・ドラージュ(しゅぺーる・どらーじゅ)が雨にかすんで見える。
夢見は、自分たちの攻撃を引きつけてくれるのだろうと頼もしく思う。
作戦前の偵察で、大方の沼や茨の位置は判明している。そして寺院側は勿論その位置を考慮に入れた上で、偵察のための見張り小屋等を立てていた。学校側を素早く発見、迎撃できるような位置に、だ。
どうしても細く長く進軍しなければならない場所などは、当然危険だ。が、分かっていても対策を取りづらい。
だから引きつけてくれるのだと、彼女は勘違いしていた。
「えええっ!?」
夢見は思わず叫んだ。
シュペールは、着地した。
沼にけつまずいた。
ばしゃーん。
酷い音を立てて、茨を押しつぶし、沼に顔を突っ込む。
そこに、彼?のパートナーランツェレット・ハンマーシュミット(らんつぇれっと・はんまーしゅみっと)から無情な命令が飛んだ。
「ドラージュ、そのまま動かないで!」
相手の待ち構える進軍ルートを取らざるを得ない場合、被害も時間も大きくなる。
しかし前提条件が違えばどうだろう。つまり、その場所を通らなくて良い場合は。
「──皆さん、上を渡ってください! あれが勝利への架け橋です!」
沼に浸かって声も出ないドラージュの上を、次々に教導団員が渡っていく。ドラージュの前進に激痛が走るが、やはり声は出ない。
彼は踏みつぶされて重傷を負って気を失い、ランツェレットもまたパートナーの気絶によってぱたりと倒れる。
「せっかくの巨大ロボなのに……えーい、ともかく歌うわよ!」
夢見もランツェレットの背中を走り抜けながら、拡声器で古代王国をテーマにした歌を流す。
雨もあり、声の届く限り全部とはいかなかったが、夢見の歌声を間近に聞いた者は心の奥底からわき上がる恐怖に抗う努力を強いられた。恐れおののく寺院兵は、まともに銃を構えることもできなくなる。そうなれば撃ってきたところで、そうそう当たりはしないのだ。
奇襲を掛けられた形となった寺院側は混乱していた。
戸惑う現場をまとめようと、あちらこちらの見張り台で指揮官の怒声が飛び交う。
何とか接敵までに迎撃する必要があったからだ。
そのうちの、魔道空間──これは殆どの生徒は知らないものだったが──を通しててナラカ城に奇襲の報を入れようとしていた指揮官が、額から血を吹き上げて突然倒れた。
「次はあちらです、四時方向!」
見張り台から離れた茨の影。双眼鏡を覗きながら、ハヅキ・イェルネフェルト(はづき・いぇるねふぇると)が報告する。
「了ー解っ」
霧島 玖朔(きりしま・くざく)はスナイパーライフルのスコープを指示に合わせて覗き、トリガーを引く。
「ミュー、ゴブリンが来るのにゃ! 先頭にちょっと豪華なのがいるにゃ!」
玖朔の頭上を箒で舞っているミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)の肩の上で、猫ゆる族のカカオ・カフェイン(かかお・かふぇいん)が警告を発する。
「おまえら、指揮官はあそこだ! 火力を集中させろ!」
ミューレリアが拳を突き上げる。
「教導団には勝利の女神様がついてるにゃ! 負けるハズなんて無いにゃ!」
カカオに鼓舞され、ミューレリア配下の部下達がアサルトライフルを構え、発砲する。激しい雨音を銃声が突き破り、こちらに気づいて銃を構えようとする怪物を蜂の巣にした。
「あちらからも来ます」
「ミューレリアぁ! 俺達が道を切り開く、行くぞ!」
「おう!」
鏖殺寺院のメンバーは混乱を来した。
思いもかけない場所からの奇襲。
心の底から恐怖をわき上がらせるような歌。
連絡を取り判断を仰ぎ、場合によっては援軍を頼むための通信ができぬまま、指揮官も倒れていく。
勿論、前線の異変を感じた後方の寺院のメンバーもいたが、ミューレリアと玖朔らが前線で戦っている間に、彼らの懐に入り込んでいる生徒がいた。
歩兵科の戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)と彼のパートナーリース・バーロット(りーす・ばーろっと)だ。
彼らは派手に戦っている場所を避けて、そっと移動する。嵐の中奇襲されれば、攻撃がない場所にまで注意を払う者はいなかった。これは予想通りだ。唯一の誤算は、部下がつかなかった点だが、この際やるしかない。懐深くまで入り込むことは危険だがある程度まではいけるだろう。
茨に囲まれ細くぬかるんだ、道とも言えぬ道を足早に歩くと、やがて彼らの目の前に、茨で偽装された物見台が現れた。戦火を確認しようとしている寺院のメンバーらしき人影が蠢いているのが見えた。
「いきますよ」
「はい」
彼らは物陰を飛び出した。
──後方、教導団司令部にて。
【新星】の一員機甲科所属アクィラ・グラッツィアーニ(あくぃら・ぐらっつぃあーに)は、本人の志願通り司令部付を許された。
パートナーのアカリ・ゴッテスキュステ(あかり・ごってすきゅすて)は、白百合団の桜谷鈴子の元にいる。
二人は看護隊の護衛についた経験を活かし、双方の連絡役を買って出たのだ。
教導団内には独自の通信網が備わっているが、他校にはそれがない。であれば一番確実なのはパートナー間の携帯電話だろうと考えたのだ。そして実際、教導団から連絡用にと各校に無線が貸し出されたものの、この悪天候の影響で、時折途切れるなど万全な状態ではなかった。
アクィラはアカリから受け取った白百合団の情報を金鋭峰に伝え、彼からの指示をアカリを通し桜谷鈴子に伝える。
「状況はどうかしら?」
「押しています。浸透戦術を独自にとった士官候補生がいるようです」
「浸透戦術って何ですか?」
他の白百合団員に聞かれ、アカリは説明する。
「簡単に言えば前線から少人数で内部に入り込むことですが──これは敵を攪乱させると同時に砲兵──いればですが──に対する抑止力にもなります。こちらは歩兵のみですが、相手は、というよりまだパラミタには電撃戦のできるほど戦車を持つ機甲師団はありませんから、それなりに有効でしょう。奇襲が思いも掛けないかたちで成功したのが大きいですね」
アカリは、鈴子にそう報告した。尤も最後の一文は少し残念ではある。アクィラは戦車マニアなのに、未だ満足に戦車に乗ったことがなかったからだ。
「では、混乱がおさまらないうちに、私たちも急いで参りましょう。雨が強くなってきましたわ」
白百合団は現在、激戦区を東に見て、距離をとって迂回しつつ進軍中だ。敵正面より側面が弱いのはセオリーだったからだ。
そして彼女らは雨によって気づくことはなかった。行軍ルートを少し外れたところで、戦う者の姿に。
ケイティ・プワトロン
沼に囲まれた草地の上に、ケイティ・プワトロンがぼんやりと立っている。
周囲には誰もいない。
近づいてくる濡れた足音にケイティは振り返った。
「こんなところにいたんだな」
声を掛けたのは朝霧 垂(あさぎり・しづり)だった。パートナーのライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)も一緒だ。
彼女達は<寝所>での戦い以降、なるべくケイティと行動を共にしようとしていた。勿論、兵科も違えばケイティはなにがしかの特別な訓練があるとかで、あまり一緒にはいられなかったのだが。
「技術科の兵士が私を連れてきた。たぶん……その辺で、見てる」
垂は眉をひそめる。
「もしかして、一人でここで戦わされるのか?」
「……私にはできる」
「でも奇襲とか危ないよ? 僕が見てるからね」
ライゼがディテクトエビルで周囲の害意に注意を払いつつ、そう言った。そして荷物の中からネコミミを取り出す。
「はいこれ、ケイティさんにプレゼント」
「──ずるいよ! あたしだって持ってきたのに」
三人が振り向く。
そこには、二人を追ってきた百合園女学院のマリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)とテレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)の姿があった。
「ねぇねぇケイティさん、あたしケイティさんみたいな強い女性に憧れてるんだ。一緒に戦っていいよね? はいこれ、お近づきのしるし!」
どこで彼女が猫好きだという情報を得たのかは知らないが、マリカはネコミミを両手で差し出す。
「ごめん……ネコミミは……つけられない……。友達にもらった宝物のネコミミがあるから……」
「残念。あ、でもでも、まだあるよ」
マリカは懐から、実家にいたときの猫の写真、お菓子の包みを次々に取り出した。
ここが町中なら女の子達がじゃれあっているようにしか見えないが、戦場だ。
「ありがとう」
「あ、それ、スフィアってやつじゃない? 聞いたことあるよ」
ケイティがつけられないと言ったネコミミを大事そうに背嚢に入れていると、マリカは荷物の中を指さした。そこには、雨雲のような色の丸い玉がある。
「スフィア……? 分からない……」
「どうやって手に入れたの?」
「気づいたら、持ってた。別に、いらないから捨てた。……でも、戻ってきた。……だんだん薄くなってきた。……変な玉」
「──みんな、敵が来るよっ!」
ライゼが警告を発する。ケイティは胸の牙のペンダントを掴む。
ペンダントが変じたのか、手の中に禍々しい魔槍、グングニル・ガーティが出現した。
「ケイティ、その魔槍だけど」
「……何? この前みたいにはならない」
「ドージェの時は相手が悪かっただけだ。……だから、そんなに思いつめるなよ。実戦訓練だと思って気軽に行こうぜ!」
垂には、ケイティの戦い方は身を削っているように思える。
ケイティは彼女に答えず前方に魔槍を構えながら、僅かに頭を上下させて頷いた……ように見えた。
後方支援
教導団が順調に進軍を続け、行程の半分を消化した裏には、後方で支援をしている者の存在があった。
教導団機甲科グロリア・クレイン(ぐろりあ・くれいん)は、物資の集積所で資料のチェックと指示に追われていた。
「武器の故障率が高いようですね……この雨だからでしょうか。困りましたね」
戦争では攻撃側が防御側の数倍の人数を必要とする。しかし人だけでは戦争はできない。
前線で戦う兵士の数倍の必要があるもの、それが補給・兵站だ。
しかし教導団がこの島に持ち込んだ物資には限りがある。更にこの島に道路などはない。おまけに沼と茨のせいで、主力になるべき自動車輸送は行えない。バイクで細々と補給をするしかなかった。
脆弱な補給線を守っているのは彼女のパートナーであるレイラ・リンジー(れいら・りんじー)で、適宜連絡を取りながら前線から必要そうなものを伝えてもらう。
その合間にも絶えず無線連絡が入る。
「済みません、包帯とガーゼが足りないんです」
「分かりました、まず氏名と所属を──」
第一線から少し距離を置いた救護所にて。
通信兵が建てた連絡用のテントで、無線を切った衛生科の夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)は、ため息をついた。
嵐と雷雨で衛生状態は最悪、この天候を引き起こすナラカ城のせいで空気も淀んでいるように感じる。
「どうしたんですか? あの、物資を分けて貰いに来たんですが」
「……ごめんなさい、何でもないですよ。医薬品はあちらのテントから持って行ってくださいね」
彩蓮は百合園女学院のネノノ・ケルキック(ねのの・けるきっく)に何とか笑顔を見せた。
「いいんですか?」
「大丈夫です。白百合団の方にも宜しくお伝え下さい」
「ありがとうございますっ」
ネノノは頭を下げ、そのままの勢いでテントの外に飛び出していった。
「ここの物資が足りないのではないか」
がちゃりという甲冑が擦れる音と共に、どこからともなく声がした。姿は見えない。
「なるべく早く届けてくれるそうですよ。それに、百合園の方は私たちよりもこのような事態に馴れていないのですから」
彩蓮は声のした方に向けて答える。パートナーのデュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)が姿を見せてないのはいつものことだ。救護所の襲撃を警戒しているからなおのことである。
「引き続き警護をお願いしますね。何だか嫌な予感がするんです」
「嫌な予感、とは?」
「儀式のことです。生け贄の儀式とは、本当は多数の学生を城に招き込んで生け贄にすること、なんじゃないかって」
その真偽はともあれ、彼女はその嫌な予感のために、戦場に立ってからずっと撤退について考えていた。何かあったらすぐに逃げられるようにしたい。ここには多くの怪我人がいる。
「治療に戻りますね」
彼女は額のゴーグルを下げると、負傷者のいるテントに向けて歩き出す。
一方ネノノは、白百合団の後方に辿り着くと、医薬品や弾薬を、最後尾でヒールに備えているネノノのパートナーレロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)や白百合団の団員たちに渡す。
ネノノはちょっぴり不安だったが、大丈夫、レロシャンはあくびはしていない。
「私だっていつでも寝てるわけじゃないんですよ〜。大変なピンチなんです。がんばらないと〜」
伸ばした語尾に、銃声が重なる。
二人は顔を見合わせると、前方に立ちふさがる茨の群生に目をこらした。
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