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リアクション
校長たちの会議
その頃、各学校の校長クラスが集まり、ふたたびテレビ電話で会議を行なっていた。
イルミンスール魔法学校のアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)が交渉疲れが残る表情で言う。
「世界を破壊する闇に対抗するため、欧州魔法連合からも支援の約束を取り付けた。すでに日本、中国、アメリカが支援しておるのじゃから、そろそろ良いじゃろう?
各国の支援が浮遊大陸に届くには時間がかかるじゃろうが、鏖殺寺院の長アズールめが本腰を挙げたのじゃ。今回の作戦の成否に関わらず、備えは必要じゃよ。
パラミタの方の動きはどうじゃな?」
アーデルハイトは地球各国の支援取り付けに動いていたのだ。
パラミタ各国との交渉を行なったラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)が、珍しく少々浮かない表情で(状況をわきまえての演技かもしれないが)言った。
「コンロンやカナンは自国内の混乱があまりに酷くて、とても対応できる状況ではないそうですわ。エリュシオン帝国は、一言に要約すれば『保留』という事ですわね」
「おおかたティセラを受け入れれば支援を考える、とでも言うところじゃろう」
アーデルハイトは眉をしかめる。ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)総奉行も腕組む。
「わっちら芦原明倫館は、マホロバからすでに目一杯の支援を受け取ってるでありんす。
パラミタの諸国からは、これ以上の支援は望めそうもないざますね」
薔薇の学舎校長ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)が誰にとも無く告げた。
「すると、今後シャンバラではますます地球の勢力が力を持つようになるな」
議題はスフィアについてに移る。
空京大学学長アクリト・シーカーが説明を始める。
「スフィアに関する情報に、新しいものは無い。
だが現段階でも危機を予測し、対策を考える事はできる。
空京大学では心理学や社会科学の教授の協力を得て、鏖殺寺院がスフィアを埋め込んだ心に絶望をはらんだ人物について、予測を行なった。
絶望の理由として、借金などの経済的事情が真っ先にあげられた。しかし各学校や協力国家や企業の資金力でなら、簡単に救済可能。鏖殺寺院がスフィアを埋めるには躊躇すると思われる。
もっとも貧困を経験した事による人間への絶望は、スフィア保有者の資格有りと付け加えておこう。
次に、鏖殺寺院が神としてダークヴァルキリーや『世界を滅ぼす闇』を崇めている事から、それ以外の宗教的な理由も排除できると思われる。
他に、自身や近しい者に死が近い者は、鏖殺寺院にとっても使いにくい事が想像でき、これも排除。
さて、こう考えてくると、まず絶望の前提として、次の二点が考えられる。
・国家や自治体の保護を受けられない、又はあっても不十分か意味が無い者。
・家族や近親者との間に不幸がある、もしくは近しい存在を持たず、その保護や助力を得られない者。
以上の前提を持った、次の要件を備えた者は絶望感を持ちやすいと思われる。
・貧困層、同性愛者、少数部族などの社会的弱者。
・犯罪者や冤罪をかけられ、一般社会への復帰や適応に困難がある者。
・犯罪被害者、戦争や災害事件等の生存者、虐待経験者などトラウマを持つ者。
・物扱いを受ける者(含む人工生命体)
・強力で稀有な能力を持つ故に孤立した者。
これらは一点だけでも絶望の理由足りえる事もあるが、スフィアを埋め込まれる程の絶望であれば、複数条件がからみあい、容易にそこから抜け出せない状態にある可能性が高い。
また、スフィア保有者を新たに、以上に述べたような状況にする事は、スフィアの闇化が都市一帯の破壊につながる以上、可能な限り避けるべきである」
アクリト学長の説明が終わると、校長達は一様に考え込んだ。
クイーン・ヴァンガード親衛隊長ヴィルヘルム・チャージルが声高に言う。
「どのような理由があろうと、街を破壊するなど断じて認められる事ではない!」
これには数人の校長が失笑をもらす。
ジェイダス校長がヴィルヘルムに言う。
「スフィアの保有者が、街を害する為にあえて絶望している訳ではないだろう。
我々のスフィア情報提供者が心配するのは、スフィア保有者が心無い者達に『絶望するような劣った存在』として責められる事だ。
またスフィア保有者は、スフィアを無理やり埋め込まれたか、埋め込まざるを得ない状況に立たされたのであり、当人とたいして関わりが無い都市とその住民の命運を、自身の自由な意思とは関係なく背負わされている、と聞く。
説得や交渉でそれを見誤ると、逆効果になりうる。
ヴァンガード隊にも女王の名を汚す事のないよう細心の注意を求めたい」
「言われるまでもありませんが、忠告は痛み入ります」
ヴィルヘルムは慇懃無礼に返す。
蒼空学園勢からは、彼しかこの会議に参加していない。御神楽環菜(みかぐら・かんな)は時間の無駄だと、参加を断った。
彼女は最近、動きの怪しい相場を監視する事に注意を向けている。
また、金鋭峰(じん・るいふぉん)と関羽・雲長(かんう・うんちょう)が戦場で指揮にあたっているシャンバラ教導団からは、参謀数人がオブザーバーを努めていた。
全体テレビ会議はそこで終了した。
ここで話し合った内容や情報は、後日まとめられてHPで閲覧できるようになる。
しかしハイナ総奉行とジェイダス校長の回線だけが残っていた。
ジェイダスが総奉行に、妖しく笑みかける。
「例の件は、お聞きいただけたかな?」
「この桜吹雪でCIA長官を締め上げたでありんす」
ジェイダスは「どうやって?」とは聞かず、「ほう?」とだけ言った。
ハイナは手元の資料を読み始める。
「CIA下部組織のエージェントに、サイオン・ルースなる名前があったざます。
コードネームはヒロヒト・トヨタ。アジア、アフリカ圏での工作を担当。
テロ組織鏖殺寺院に関わる捜査中、一時行方不明に。
その後、無事に帰還しはりましたけど、後遺症がどうとか言うて退局ざます」
ジェイダスは軽く笑った。
「アメリカの汚れ仕事を手がけるCIAは、辞表を出して円満退社できるような部局ではないはずだがな。
おおかた二重スパイに仕立てる算段だったのだろうが、飼い犬に手を噛まれた、と言ったところか」
そう言うジェイダスはどこか楽しげだ。
ハイナは怒るどころか、大きくうなずく。
「ほんにCIAは困り者でありんす。
これからはエージェントではなくニンジャを養成するべきでありんす!」
「情報はそれだけかね?」
ジェイダスに問われ、ハイナは資料に目を落とす。
「そうそう、死亡除籍したパートナーの守護天使には、愛国的教育プログラムなるモノが施術されてたそうでありんす」
空京市市長の憂い
空京市立病院。
ここに入院する空京市市長マーガレト・ベルモンドを、見舞いに訪れた生徒がいた。仮面ツァンダーソークー1こと風森 巽(かぜもり・たつみ)と、姫神 司(ひめがみ・つかさ)、そのパートナー達だ。
「また市長さんが狙われるかもしれないもんね。特に来客中は危険だって言うよ」
ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)は病院に入った時から、ディテクトエビルで周囲の警戒にあたる。
その警戒は、警備についている警察官にも向けられる。以前、巽が市長をモンスターから救った際、警官の態度は奇妙に敵対的だった。
ティアは病室の前に立つ警官の顔をじっと見るが、無機質な無表情は変わらない。
司は横目で、警官の記章を見て所属を確認する。
(コネで要職についた者の派閥の奴か……。市民より上司優先という気もするな)
司は調べられる範囲で、空京警察の情報収集を行なっている。
市長はまだ傷が治りきっていなかったが、顔色はだいぶ良くなり、見舞いの生徒達を笑顔で迎えた。
「御見舞い、ありがとう。あなたが風森さんね。助けていただいて、ありがとうございます」
市長は公務の時より、幾分柔らかい口調で礼を言う。
しばらく病院の事など、あたりさわりない話をしてから、巽は本題を切り出した。
「それにしても、なぜ市内にモンスターが溢れた危険な時に、一人で市庁舎に残っていたのですか?」
市長はため息をついた。
「機密に触れる情報を見るので、護衛の警察官は外で警備してもらっていたはずなのですが……情報伝達のミスとかで持ち場を離れてしまったそうです」
「警察がそんな凡ミスを……? ですが、情報を確認するにも、もっと安全が確認されている時でもよかったのでは?」
巽の言葉に、市長は声を潜める。
「そうですね。……でも職員や市議が、私に隠れて何事か活動しているので……その時しかないと思ってしまったのです。今考えれば、軽率でした」
市長の言葉に、司は心当たりがあった。
「ミスター・ラングレイが送りつけた声明文を、市議らが市長に知らせずに握り潰していた件、かな?」
市長はうなずく。
「……結局、私は御飾りの市長だと思われているのかもしれません。ツァンダ大商人の娘で、夫が日本の議員、娘は地球とシャンバラのハーフですから、聞こえが良いのでしょう」
憂える若き美貌の市長は、それだけで民の受けが良さそうに見える。
(命の恩人だからと、こういう事を一介の市民に簡単に話してしまうのは、人の良いお嬢様なのだろうな。そういえばミルザム・ツァンダもそのような人物だと耳に挟んだが……)
司は表には出さずに考える。市長はつぶやいた。
「今の私の状況を考えると、シャンバラが再興した時、女王陛下がどう扱われるのか心配になります」
人見知りで静かにしていた市長の娘ユーナ・ベルモンドが、心配そうに母親の服のそでをつかむ。
グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)がユーナに笑いかけ、市長に言う。
「お母様が不安そうにされていると、お嬢様も心配になられますよ」
「そうでしたね。
大丈夫よ、ユーナ」
市長は娘の頭をなでたが、ユーナはしょぼくれたままだ。市長は困った様子だ。
「この頃、この子はずっとこんな風で……」
グレッグは座ってユーナに視線をあわせる。
「ユーナ様はこの春から百合園学園の幼稚舎に通われる予定、とハンナさんからお伺いしましたが……あまり嬉しそうではありませんね」
元メイドの御世話係ハンナ・ルメスの名を出され、ユーナはハッとする。
「ハンナ、知ってるの?」
「ええ、前にお話したことがあります。ハンナさんが居ないのは寂しいですか?」
ユーナはこっくりとうなずいた。
「貴女にとって、ハンナさんはどんな相手なのでしょう?」
「……おねえちゃん」
市長は娘をたしなめる。
「ハンナはおウチの事情で、もう来られないのよ」
ユーナにはそう説明しているようだ。
超感覚や殺気看破で周囲に注意していた巽は、ふと何か嫌な感じを覚えて病室のドアを開けた。
「どうかしたかね?」
聞いたのは病室の前に立っていた警察官。
「誰か、いや、何かありましたか?」
「何も変化はなかったが?」
巽は顔を引っ込め、ドアを閉じた。
どうも彼に、聞き耳を立てられていたような気がする。
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