空京

校長室

建国の絆第2部 第1回/全4回

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建国の絆第2部 第1回/全4回
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リアクション


城内廊下
 
 中庭で戦う者に背後を任せ、儀式阻止を目する学生たちはナラカ城廊下へとなだれ込んだ。
「綺麗な場所だね。でも……なんだか不気味なんだけど」
 九条 華子(くじょう・はなこ)はびくびくと周囲を見渡した。
 ゴブラン織りのタペストリーが掛けられた壁、凝った装飾の窓枠……廊下は大型車がやっと通れるかどうか、という幅。けれど見上げる天井は随分と高い。豪奢な飾り付けのされた城内に、雨や泥にまみれた学生たちの姿はひどく場違いのように感じられた。
「……でも、太郎君が居ればきっとだいじょーぶ! だよねっ」
 けなげに言うものの、華子の手は不安そうに弐識 太郎(にしき・たろう)の手を握っている。
(見た目はこんなだけど、中身は古王国期末期の最新のテクノロジーで作られた魔法文明の結晶だから、油断禁物だよ)
 エルがテレパシーでそう伝えてくる。
「それに……そろそろお出迎えのようです」
 前方から聞こえる多くの足音に白虎の耳をぴくつかせ、明智 珠輝(あけち・たまき)が高周波ブレードを構えた。
「あまり戦闘は好きじゃないが、儀式をさせる訳にはいかないからな」
 ここを突破しなければ、儀式場に行くことが出来ない。カノン・コート(かのん・こーと)水神 樹(みなかみ・いつき)と共に身を潜ませ、敵の接近を待った。
 廊下への侵入も予測されていたのだろう。曲がり角から鏖殺寺院兵士が戦闘態勢を整えて現れ、一斉に攻撃を加えてくる。
「そっちが来るなら、こっちも行くよっ!」
 クラーク 波音(くらーく・はのん)が呼び起こした炎の嵐が、兵士を巻き込んで吹き荒れる。狙った誘爆は成らなかったが、炎は廊下を圧して燃え上がった。
「味方まで巻き込まないように気を付けて下さいね」
 その波音と互いに背を守りながら、アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)が注意する。仲間を傷つけてしまっては本末転倒だ。
「遠距離を狙ってるから大丈夫だよ〜! うわっ」
 逆に狙撃され、波音が体勢を崩す。
「波音ちゃん!」
「ちょっとかすめただけだから平気っ。それより援護しないと」
 白兵戦で戦う学生は攻撃の要だから、と言う波音に応えて、アンナは兵士の頭上から光の雨の如く雷を降らせた。波音の負った傷はカノンが回復させる。
「傷は俺に任せろ」
「カノンお兄ちゃん、ありがと〜」
 儀式の妨害等を目する学生は戦力を温存し、儀式場到達の道を切り開くことを目する者は鏖殺寺院兵士の排除に力を尽くした。
 学生たちの休み無い攻撃に疲弊した鏖殺寺院兵士を、物陰から樹が星の力をのせた銃で狙い撃ち、カノンは光条兵器で倒していった。
 兵士を倒し終えても、足を留める余裕は無い。
 曲がり角を折れ、先へと駆ける。
 だが、その先は入り組んだ構造となっていた。廊下と階段、扉で構成された迷路のような行く手。ナラカ城に入ることに成功しても、儀式場がどこにあるのか、どこを目指して行けば良いのかは解らない。上なのか下なのか奥なのか端なのか。
「ここは一度通った場所ね。さっきは向こうからあっちに進んだはずよ」
 分かれ道ごとに目立たない位置にヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)はチョークで英数字を記していた。自分のつけた印に気付き、ヴェルチェは皆にそれを示す。
「儀式場が何処なのかは解らないのか?」
 ルドルフの問いかけに、白田智子がお気楽に首を振る。
「難しい事はよく分からなーい」
 黒田智彦(くろだ・ともひこ)のような事を言う。
 こんな状態では当て所無く彷徨ううちに、儀式は成ってしまうかも知れず……。
「寺院関係者を捕まえて、案内させたらどうかな?」
 早く石原校長の窮状を救いたいからとスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)が提案した。蛇の道は蛇、鏖殺寺院の儀式が行われる城の道は鏖殺寺院の者。
 次に現れた鏖殺寺院兵士を倒した後、スレヴィは1人の兵士に案内を請うた。
「誰がお前等なんかを案内するか」
 吐き捨てるように答えた兵士は、スレヴィと変わらぬ年代に見えた。彼にもまた、鏖殺寺院に与する理由があるのだろう。
「言いたくないってんなら用はないなァ。後腐れ無くヤっちまおうぜェ」
 ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)が岩巨人の腕を振り上げた。血の気が引いた顔で兵士は音を立てて息を吸った。
「無駄な暴力は振るいたくねえんだがな」
「こんなんじゃ準備運動にもならねえしなァ」
 夢野 久(ゆめの・ひさし)、弐識太郎らもまた、幾分うんざりと兵士の顔を覗き込む。波羅蜜多実業の面々に囲まれた兵士が気丈に耐えていたのはほんの数分。やがて悔しげに表情を歪め、拳を廊下に叩き付ける。
「オレは……生きて帰らないといけないんだ……」
 あいつとの約束が、と呟く兵士の脳裏を何がよぎったのかは知る由も無いが、彼は不承不承案内に立つことを承諾した。
 兵士の後について行きながら、アイン・ペンブローク(あいん・ぺんぶろーく)は廊下の隅に光る種モミを撒いていった。石原校長を救出しての脱出時に道を見失っては鏖殺寺院に捕らわれてしまう。撤退を迅速にする為の措置だ。
「また来るようです。皆さんは早く先にお進み下さい。ここは私たちが」
 珠輝は香水のアトマイザーを我が身に吹き付けた。濃密な薔薇の香りが匂い立つ。香りを身に纏った珠輝は剣を構えると、兵士がやってくる方向へと自ら突っ込んで行った。
「今はウィザード修行中とはいえ、元々は騎士なのです。さぁ、私の剣で昇天してくださいね。ふふ……くふ、くふははははははは……!」
 敵の目を惹きつける為に狂ったように高笑い、剣を振るって攪乱を図る。
「くふふはははッッ!」
 正気と思えぬさまの攻撃だが、これは敵を欺く為の作戦だ。
「珠輝、あんまり無茶すんなよな……!」
 リア・ヴェリー(りあ・べりー)が弾けさせた光で鏖殺寺院兵士の目を眩ませ、肩越しに皆に呼びかけた。
「ここは僕らが引き受けるっ。先を急いでくれ」
 ここで兵士の目を惹きつけておけば、儀式場へと進む皆の障害が減らせる。
 兵士の足止めをしようという者はこの場を預かり、儀式場を目指す者たちを先に進ませた。
 派手な戦闘音と笑い声に、次々と鏖殺寺院兵士が集まってくるのと戦い続ける持久戦。
 珠輝は陽動に残った者の回復につとめるリアにこっそりと囁いた。
「リアさん、力を使いすぎたら遠慮無く……この私の燃えるようなアリスキッスを求めてくださいね」
「うるさいッ! こ、ここを乗り切る為にしょうがないから受けてやるだけだからな、勘違いすんな馬鹿!」
 真っ赤になるリアにふふっと笑うと、珠輝はまた狂気を装って剣を兵士へと突きつけた。
「さぁ、私と楽しみましょう。気持ちよくイかせて差し上げます……!」
 


エルとの交信

 ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)はいつものようにジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)を守る要領で、ルドルフとの間に入る。ジーナのゴーレム、ビスマルクも一緒だ。
(礼を述べるのは騎士道にも合致し、人の道として正しいのであろうが、当面の事件があり、相手の立場もある。
 ジーナも、その程度はわかっているであろうが……)
 ルドルフ達から隠す為に、ガイアスはそんな心配を鱗の下に留める。ルドルフは薔薇学生が周囲を固めているので、彼はエルの護衛として振舞っていた。
 スフィアの情報提供者の使いだという蛇エルは、ココ・ファースト(ここ・ふぁーすと)の腕に巻きついていた。
「何か用なのか?」
 エルに近づこうとしたジーナをスガヤ キラ(すがや・きら)がさりげなく止める。しかしエルがテレパシーで言った。
(大丈夫だよ。その子がこの前言ってた、蒼也の可愛い後輩)
 エルはジーナの腕にするすると巻きついた。
 ジーナは声を潜めて、エルに聞いてみる。
「破滅を望まない、茶目っ気、蛇……七尾先輩から伺った話と私の勘がエルさんの名はアナグラムでヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)さんの使い魔的な方だと告げます」
(さて、どーでしょー、と言う事にしとかないと薔薇学的にイヤンらしいんだけど……ジーナちゃん、元気になって良かった。傷跡、ちゃんと消えた? 修正希望があったら、いつでも言ってね)
 ジーナはほほ笑んだ。
「はい、綺麗に治していただきましたから。
 空京警察の銃撃に倒れた私を癒してくれたヘルさんには、お礼を言わないとと思っていました。七尾先輩が私の代わりにお礼をいってくださったのですけれど、やっぱり、私も直にお礼を言いたいです。あの時は、ありがとうございました」
(どういたしましてー☆)
 はたからテレパシーの内容は分からないが、二人の和やかな様子にガイアスとキラは安堵する。
「では協力して、蛇殿を守る事にするかな」
「ああ。薔薇学としても、エルとの繋がりは、パラミタの為になるだろうからな。しっかり支援したい」
 キラは心の中で、カボチャ男に感謝する。
 また彼らの為にも学校の為にも、世話になっていた空京のマンションの掃除をしっかりやって、痕跡を消してきていた。

 エルがココの腕に戻ってくる。
 ココは何か聞きたそうにしていたが、周囲が気になるのか、なかなか話しだせずにいた。
(どうかしたの?)
 ココは意を決して、キラやガイアスの陰に隠れると小声で言った。
「鏖殺寺院がかけられた呪いって、どういうものなんですか? 呪いに縛られている人を助けてあげたいんです。本人が無理でも、第三者である僕なら何かできることはないですか?」
 真剣なまなざしのココを、エルは尻尾でなでる。
(ありがとー。呪いはね、かけた人達にとってマズイ情報が広がらないように、が目的だね。
 ただ情報を隠す意味がなくなると、呪いの効果はなくなるみたいだよ。
 例えば『王様の耳はロバの耳』って言っちゃいけない呪いだと、話そうとしても『王様の耳は、げふぅ』ってなるんだけど。呪いがかかってない人がそれを広めちゃったり、王様が耳を皆に見せびらかしたら、呪いは消えるみたいなんだ。
 ……これ以上は、今この体で言うのは怖いな〜)
「ううん、話せる範囲でいいですから」
 ココは、エルの頭をそっとなでる。蛇は気持ち良さそうに目を閉じた。強力な魔法を使えるとはいえ、腕に巻きつく体はずいぶんと小さく感じた。



大階段
 
 仲間に裏切ったと知られるのはまずいと見え、案内に立った鏖殺寺院の兵士は最短距離ではなく、最も警戒の薄い道筋を選んで先導して行った。陽動の者がいることもあって、鏖殺寺院兵士との接触は最低限に抑えられ、彼らは順調に先へと進んでいた。
「石原校長の似顔絵を持ってきたんだけど……良かったら見ておいて」
 白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は校長救出に関わる皆に、80……いや90歳に達していそうな老人の似顔絵を見せた。
「……あれ認知症っていうのかな、そんな感じだった」
「攫われた時は着物姿だったが、衣服はそのままとは限らねえ。携帯結界装置をつけているはずだから、そっちが目印になるだろう」
 確保したら即座に撤退だと国頭 武尊(くにがみ・たける)は校長救出の手順を、自分の連れてきている舎弟にも念押ししておく。相手が何を求めて生け贄に石原を選んだのかは不明だが、儀式場にぐずぐず留まっているのは危険だろう。
 一刻も早く儀式場に行き、素早く校長を奪還の上離脱する。その予定通りに行ってくれれば良いのだが……と、つい先を急ぐ足取りも速くなる。
 けれど。
 磨き上げられた大理石の大階段を前に、案内の兵士はぴたりと足を止めた。
「この大階段を上りきった先に聖堂がある。儀式場はそこだ」
 階段の上を指して教えるが、それ以上は1歩たりとも進もうとしない。それ以上進めば、彼が学生たちを案内して来たことが露見する。そうなれば彼が無事でいられぬのは同じ、という言い分なのだが……。
 兵士が足をかけるのさえ拒む階段はシャンデリアの光を照り返して輝いている。その曇り無さが却って罠の可能性を示唆しているかのようにも見え。
 これを上って大丈夫なのか、その先にあるものは本当に儀式場なのか。懸念に踏み出す足をためらう一行を横目に、夢野久と弐識太郎は石原校長を求めて階段を駆け上って行く。救助を必要とする者がいると指された上へと一気に駆け上がり、2人は重厚な扉を開けた。
「いたぞ! ここだ!」
 石原校長らしき風体の老人とアズール、そして奥にダークヴァルキリーの姿を認め、太郎が声を挙げる。
「……イルミンスールの校長がいねえようだが……ぐふっ……」
 久の怪訝な声は途中で遮られて途切れた。
 争う物音、兵士たちの声、金属の触れる音。
 学生たちは音のする方へと階段を段とばしに駆け上がった。