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リアクション
儀式場の戦い
扉を開けた学生たちが見たのは、待ちかまえている鏖殺寺院兵士、その壁の向こうにアズールと老人。兵士ごしに聖堂の一番奥にいるダークヴァルキリー、という光景だった。
「おおー、あわれな老人を助けてくだされ〜」
助け手に気づいた着物姿の老人が、子供のように泣き出す。
「あれが石原校長か?」
国頭武尊が確かめると、白菊珂慧はたぶんと肯いた。
「僕が見たのと同じ人だと思う。それが確かに石原校長だとは言い切れないけど……」
本物なのかどうかは解らないが、自分の学校の校長らしいというのだからパラ実で保護したい、と珂慧は思う。詳しいことは助け出してからのことだ。
「また大袈裟に手下を引き連れてきたものだな」
エリザベートの姿に気づいたアズールが嘲笑の眼差しを向けてきた。
「アズール、許さないですぅ!」
兵士の間を突っ切ってアズールに向かおうとするエリザベートに、鏖殺寺院兵士たちが一斉に攻撃を仕掛ける。が、その攻撃は、明日香の翳した楯によって防がれた。一度受けても警戒は解かず、明日香はいつでもエリザベートをかばえるように寄り添う。
エフェメラは背後からの攻撃をかばいつつも、つんと顎をそびやかした。
「勘違いして貰っては困りますの。これは私のイルミンスールの為、貴女の為なんかじゃないんですの!」
「道をひらかないと」
「行きますわよ」
恵が走らせた炎とタイミングをあわせ、エーファが鬼神のような猛々しさで高周波ブレードを振るい、兵士を攻撃する。
「エリザベート校長が怪我をしたらアーデルハイト様やミーミルが悲しむ。攻撃する前に倒すぜ」
「はい、兄さま」
警戒は忘れてはならないが、これは派手に暴れるチャンスでもある。近づく兵士に涼介が氷塊をみまえば、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)も同様に氷を呼び出し、涼介が炎を撃ち出せば同様に炎を、と同一の相手に同じ魔法を唱えて援護を行い、確実に兵士を倒しその数を減らしてゆく。
「騒がしいことだ」
アズールが軽く手を振ると、戦う学生たちの間に黒い霧が立ちこめた。霧に覆われた部分は無数のナイフで切り付けられような傷が刻まれてゆく。
けれど、そうして攻撃しながらもアズールの視線はしばしば学生たちから外れ、石原へと向けられる。今は鼻水を垂らして泣いている老人の中に何かを見出そうとするかのように。
アズールへと進もうとしながら、結城 雅紹(ゆうき・まさつぐ)は声を張り上げる。
「ハイナ総奉行に顔向けできるよう、皆、葦原ここにありという働きを示せ!」
アズールの脳天を割るつもりでの進撃だが、鏖殺寺院兵士も簡単には通してくれず。兵士の向こうにアズールを認めながらも、雅紹は目の前の兵士に苦戦を強いられた。振り上げた腕を銃で射抜かれ、呻いた処に、気づいた霧島 春美(きりしま・はるみ)がディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)を案内してやってくる。
「ディオ、1人も死なせちゃだめよ。みんなでイルミンに帰るんだから。ううんイルミンの人だけじゃない。仲間全員を無事に家に帰すのよ。家に帰るまでが戦いなんだからねっ」
戦いの雰囲気に身が竦む思いをしながらやってきたディオネアは、震える足を励まして怪我をしている雅紹に笑顔を向けた。
「安心して、ボクが治してあげる。こんなの軽い軽い。痛いの痛いの飛んでけー!」
撫でながら癒しをかけて傷を回復させると、また向こうから春美の呼ぶ声がする。
「ディオ、今度はこっちよ」
「う、うん」
鏖殺寺院側の兵士も必死、注意力散漫になっているとはいえアズールもこちらを害する魔法を使ってくる。怪我人は絶えない。
「ディオ、これが終わったらさ、帰りにものすごく大きいチョコを買ってあげる。帰ったらココア入れて食べようね。だからちょっと辛いだろうけど頑張って。お願いよ」
春美はディオの柔らかな頬にキス。それに励まされてディオネアは震えながらも戦場を駆け回った。
イルミンスールの突入に合わせ、石原校長救出を目する波羅蜜多実業も儀式場へとなだれ込んでいた。
それを見た弐識太郎は自らの怪我を治療し、隣で倒れている夢野久も回復させた。太郎は女王の加護で深手を避けてはいたのだが、機を見る為に倒れたふりを続けていたのだ。
「あーあ。久君は御脳がお粗末だとは思ってたけど、こんなことになってるとはね」
佐野 豊実(さの・とよみ)は倒れている久をからかうと、周囲に機関銃を撃ち込んだ。鏖殺寺院兵士が攻撃に対処しようとしているうちに、久と太郎は素早く起きあがった。
「うるせえ。ここからが大暴れだ!」
久が吠えるように呼び出した魔獣が兵士の間を駆け抜ける。
「てめぇらは無理するな。敵の目さえ逸らさせりゃいいんだからな」
契約者でない舎弟は自分たちのようには戦えない。舎弟には声やスパイクを投げて敵の目を向けさせるだけの手伝いに徹させ、吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)は血煙爪を回転させ、派手に鏖殺寺院兵士の間に飛び込んだ。
「どうせ暇してたんだ。暴れられりゃそれでいい!」
竜司は、うなる血煙爪の音と剣幕にひるんでいる兵士の腕や脚を狙った。相手が攻撃や移動出来なくなればそれで良い。鏖殺寺院に与していようが相手も人だ。命までは奪いたくない。
アインはトミーガンで竜司と舎弟たちに目を配り、援護射撃を行った。校長を救出すれば生徒会からがっぽり謝礼が出るかも知れないとの期待に、ついついグフフフと笑みが洩れてしまうのを止められない。
ナガンは設置した機関銃をこれでもかと掃射した。
「どうしたァ! 儀式失敗しちまうぜーェ!?」
兵士を挑発し焦りを煽る。
「死んだ奴が汚物じゃん!」
クラウン ファストナハト(くらうん・ふぁすとなはと)は兵士に火炎を放射しつつ言い放った。儀式場にも引火させようと容赦なく周囲に火炎を吹き付ける。
元が石造りの上に外からの湿気をたっぷりと持ち込んでいる学生たちがいる為、実際はそれほど燃えるものはない。儀式場にかかったタペストリーやクロス類が主だが、それでも天井をあぶる炎は禍々しく兵士たちの目に映る。
その上、ナガンとクラウンは連れてきた舎弟にピエロマスクを着用させ、銃や火炎放射器で武装させている。その異様な集団と、言動は鏖殺寺院兵士の背筋を寒からしめた。何をしでかすのだろうと恐怖に満ちた目を見張っている者はすでに戦意を喪失しかけている。
それでも、陽動の為に暴れる者も無傷ではいられない。目立つ分、受ける傷も多い大暴れ班の者たちに、度会 鈴鹿(わたらい・すずか)はおろおろと応急手当をしようと手を出した。
「鈴鹿、大丈夫かえ?」
「こ、怖いです……。でもこえみつ先生はもっと怖い思いをされている筈ですから」
低空飛行の織部 イル(おりべ・いる)の箒に乗せてもらいながら、鈴鹿は石原校長に差し入れる為にもってきたおにぎりをしっかりと抱えた。
「増援を入れないように、皆さん頑張って下さい」
シーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)はゴーレムと連れてきた舎弟たちに儀式場の入り口を塞がせていた。挟み撃ちされるのを防ぐのと退路を確保する為に、扉の確保は重要だ。
今のところ増援は来ていないようだが、いつ来てもおかしくない。早く救出がなされるようにとシーリルは大暴れ班の陽動に乗じて校長へと近づく救出班を見守った。
一方――。
アズールや石原へと向かう皆を尻目に、久途 侘助(くず・わびすけ)と香住 火藍(かすみ・からん)は聖堂の奥にいるダークヴァルキリーに近づいていった。
積極的に戦いに参加しようとはしていないが、退屈を紛らわせるように時折魔物を呼び出しては、学生たちに向かわせている。それも、見物しているのは最初のうちだけ。すぐに飽きて目を離し、また思いついたように魔物を作り出す。手持ち無沙汰の独り遊びでもしているかのように。
そのダークヴァルキリーと拳で語り合いたいと、侘助はまばゆい光で視界を眩ませ、炎と氷を交互に使っての攻撃を仕掛けた。
が、ダークヴァルキリーは、表情も変えずに攻撃を受けた。続けざまの攻撃を受けても、全くダメージを受けた様子はない。
「なニ? 暇シテるノ?」
楽しそうに侘助を見やると、魔物を呼び出して向かわせた。けれど侘助と火藍が魔物と戦うのを見もせず、ダークヴァルキリーは宙を見上げる。
「ランぐれイハ上手くやッテいるかシラ?」
気にしているのはここで繰り広げられていることではなく、別の場所にいる砕音のことのようだ。
その間に魔物を倒した侘助と火藍は再びダークヴァルキリーに対峙する。
「世界の破壊者が何かは知りませんが……簡単に儀式を成功させはしませんよ」
火藍が言えば侘助は解らないという様子でダークヴァルキリーに聞く。
「世界を滅亡させる目的、というのには納得出来ないな。本当の目的が別にあるんじゃないか?」
「世界なンて滅亡シテも構ワなイ」
ダークヴァルキリーはさらっと言って、なのに、と付け加える。
「ランぐれイはだメダから待テと言ウの。退屈ダカら早クしテ欲しイノに……まダカしラ」
そしてまた、ダークヴァルキリーは虚空に目を据えて何かをぶつぶつと呟き始めた。
「状況が混沌とした今なら、ダークヴァルキリーに近づけないか?」
ジェラルド・レースヴィ(じぇらるど・れーすゔぃ)が東間 リリエ(あずま・りりえ)に合図する。
「行きましょう」
リリエはパラ実生の間をかいくぐり、聖堂の奥にいるダークヴァルキリーの巨体に近づいた。闇の救世主である彼女は、退屈しているようだ。
リリエは動悸を覚えつつ、声をかけた。
「あなたは戦わないんですか?」
「おサガいちいチ、アれスルなこれスルナうるさインだもノ」
子供がふてくされたような返事だ。
彼女が戦う気があまり無さそうなので、リリエは話す余裕ができた。
「パートナーの子の名前を付けさせてくれませんか?」
「パーとナーなんていナイ」
「ダークヴァルキリーさんの契約相手になった、空京の赤ちゃんのことですよ?」
「そレ、私」
リリエは怪物のような巨体を、思わず見つめる。
ダークヴァルキリーと赤子は精神まで完全に融合しているのか。目の前の、奇妙に子供っぽい態度の救世主は、赤子の影響も多く受けているようだ。
リリエは意を決し、申し出た。
「赤ちゃんに名前を贈りたいんです。空京生まれなんだろうし、深い空と書いて、深空(みそら)ちゃんとかどうでしょう……??」
「みソラミそらミソら……深空。ふウン、イイじゃない」
ダークヴァルキリーが巨体を揺らす。
その頃、エリザベートとイルミンスール生を中心としたメンバーは、兵士を突破してアズールへと迫っていた。
「魔道書の力、見せてあげるわ……小規模型メギドフレイム!」
ヴァレリア・ミスティアーノ(う゛ぁれりあ・みすてぃあーの)は禁じられた言葉を口にして魔力を高めた上で、炎の火球を作り出した。限界まで凝縮したそれをミサイルの如く飛ばして爆発させる。
「くたばりなさい、アズール!」
「くたばれ、アズール!」
エリオットも今回はパワープレイ。力を上乗せした雷をアズールとその周囲にいる者に降らす。
「くたばりなさいですぅ〜!」
エリザベートも一緒になってアズールに魔法を撃ち込んだ。魔法を放出した後の間隙をつかれぬようにと、明日香は接近戦を挑んでくる兵士たちへと轟雷を撃ち込んだ。ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)も明日香より僅かにタイミングを遅らせて、炎の嵐を巻き起こして援護する。
これまで気もそぞろに石原を気にしていたアズールも、この攻撃には対応を迫られた。
攻撃を防御し、反撃し。そうしているうちに石原に向いていた意識が完全に逸れる。
その機を逃さず、校長救出班が動いた。
隠れ身で近づいたヴェルチェが石原を抱きかかえ、スレヴィが自分がかぶってきたヘルメットを校長にかぶせた上で反対側で支える。
「お年寄りに何て酷い事を!」
こんな冷たい床に放置しておくなんてとアレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)はエリザベートたちと戦うアズールに怒りの視線を向けた。
「携帯結界装置……間違いないな。助けに来たぜ」
武尊の言葉に石原は感涙にむせび泣いた。
「おお、なんという感心な若者じゃ。うむうむ、最近の若い者も捨てたものではないのう」
「どさくさに紛れて胸を揉むのはやめてもらえないかしら。あたしの胸の触り賃は高いのよ♪」
ヴェルチェにぐいと顔を押され、石原は今度はスレヴィの執事服の袖で鼻をかむ。
「げ……なんて今は言ってる場合じゃないか。脱出するからこれでも食べて元気出して」
スレヴィはチョコレートを石原の口に押し込むと、ファンデーションで煙幕を張った。それに紛れて聖堂脱出を図る。
ヴェルチェが花火の火薬を詰めたペットボトルを放ると、それにクレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)が炎の弾を飛ばした。火薬に引火して爆発は起きたが周囲に派手な魔法が飛び交っている為、どこまで目を惹けたかは怪しい。
「撤収だ!」
武尊からの合図に、扉を封鎖していたシーリルが、ゴーレムを突撃させて退路を開削する。
「みんなに知らせないと……」
大暴れ班のいる場所へ駆け戻ろうとした珂慧をクルト・ルーナ・リュング(くると・るーなりゅんぐ)が押しとどめる。
「私が知らせて参ります。白菊は皆から離れずにいて下さい」
ナラカ城の中で迷子になったら命取りだからと、クルトは珂慧に代わって大暴れ班に知らせに回った。
「撤収ーッ!」
知らせを受けたナガンが大声で報せ、クラウンも口頭で校長救出班の面々に報せ回った。
「よぉし、こんな処に長居は無用。てめえらもぐずぐずするな!」
竜司は舎弟たちをせかして脱出にかからせ、久は置きみやげだとばかりに追おうとする兵士を魔獣で蹴散らす。
「…………」
先ほどの校長の豹変ぶりを目撃した太郎は、腑に落ちない目つきで石原を眺めたが、
「校長への質問は後でしなァ、今は撤収するのが先だァ!」
ナガンに促されて皆と共に扉を目指した。
アズールは脱兎の如くに波羅蜜多実業の生徒が聖堂を出て行くのを追おうとしたが、エリザベートとイルミンスールのメンバーがそれを許さない。
「邪魔だ!」
苛立ったアズールは闇の炎を凝縮し、渾身の力をこめてエリザベートへと放つ。
「エリザベートちゃん!」
左右から同じタイミングで同じ言葉が重なり、明日香と恵がエリザベートの前へと飛び出して庇う。弾けた闇は、2人の身体を爆炎で軽々と吹き飛ばした。
「明日香さん!」
運命の書が駆け寄って明日香の傷を塞ごうと手を差し伸べる。
「ケイ、無茶なことを……!」
抱き起こしたエーファに、恵は無理に笑って見せた。
「力が無かった兄さんもボクを助けるため命をかけてくれた……ならこれくらいでボクが逃げるわけにいくもんか!」
「この仇は取らねばなりませぇん」
エリザベートは息巻いた。
アズールは出て行ってしまった石原を気にしているが、兵士たちは変わらず攻撃を仕掛けてくる。それをズィーベンが光による目つぶしや氷を作り出して妨げているうちに、ナナはエリザベートに言い聞かせた。
「こちらが疲弊するのに対して、アズールは疲弊がないに等しい。奴はその隙を絶対に逃しません。ここは退くべきです」
「エリザベートちゃん、約束したよね。撤退をお願いします」
恵はそう言ってエリザベートに微笑みかけた。
エリザベートは苛々と足を踏みならしたが、遂に。
「覚えていやがれですぅ〜!」
捨て台詞を残すと、エリザベートについて来ていたイルミンスール生たちと共に、ナラカ城出入り口へとテレポートしていった。
石原とエリザベート、両校長の関係者が消えた聖堂は一気に密度が減った。
その中で関谷 未憂(せきや・みゆう)はリン・リーファ(りん・りーふぁ)の空飛ぶ箒の後ろに乗り、儀式の邪魔をしようと飛び回り続けていた。
ダークヴァルキリーと目が合うと、未憂は固い声で言った。
「……はじめまして。少しばかり、邪魔だてさせていただきます」
「ソんなもの壊しテも意味ナイのに」
魔法陣や儀式道具を狙って攻撃する未憂を、ダークヴァルキリーは笑った。以前の儀式の際も同じように魔法陣を狙った攻撃がなされたが、全く効果が無かった。同じことをしても意味はない。
逆に、儀式場に描かれた魔法陣や儀式道具は鏖殺寺院兵士にとっては神である『世界を滅ぼす闇』に対する礼装、礼儀の現れを示す象徴。それを破壊する者の存在に、兵士たちはいきり立ち2人に対する攻撃は激化する。
邪魔だから、ではなく、ただ面白いからとダークヴァルキリーも翼ある魔物を呼び出しては2人を襲わせた。
いきなり学園側の人数が激減した儀式場では、鏖殺寺院側が有利。残った者たちは応戦に手一杯になりつつある。
どうすれば儀式を阻止できるのか……その答えを見つけられぬまま、時は過ぎてゆくのだった――。
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