空京

校長室

建国の絆第2部 第1回/全4回

リアクション公開中!

建国の絆第2部 第1回/全4回
建国の絆第2部 第1回/全4回 建国の絆第2部 第1回/全4回 建国の絆第2部 第1回/全4回

リアクション


石原校長
 
 ヒダカが大階段で学生たちの足止めをしていた頃。

 信者が使う椅子類が今は取り片付けられ、儀式場の聖堂はがらんと広い空間となっていた。
 石造りの床には魔法陣が描かれ、一番奥の祭壇には祭事に使う種々の物品が置かれている。
 中にいるのは、入り口付近の壁際に整然と並んだ鏖殺寺院兵士たち。
 その足下に倒れている夢野久と弐識太郎。
 入り口近くの冷たい床にぺたんと腰を下ろしている石原 肥満(いしはら・こえみつ)と、それを見下ろすアズール・アデプター
 祭壇前ではダークヴァルキリーが何もない空間に向かい、しきりに何かを語りかけていた。そこにあるのは虚空のみ。けれどダークヴァルキリーには何か感じるものでもあるのだろうか。
「ぎゃー、お助けー!」
 しばらくは騒ぎ疲れて静かだった石原が、また哀れな声を挙げ始めた。
「年寄りは大事にするものじゃよー」
 だがダークヴァルキリーもアズールも、まるでその声が聞こえていないかのように完全に無視していた。久と太郎の耳には届いていたが、今動いても校長を助ける前に兵士とアズールにやられるだけだ。舌打ちしたいのを堪え、皆の突入を待つしか出来ない。
「ドラゴンに食わせたってワシはうまくないんじゃよー」
 校長はだだっ子のように身を捩らせる。それでもアズールは無視……するかと思えば、目を見開いて石原校長を睨み付けた。
「ドラゴン……とは何の事だ?! 貴様、そんな事を言えるとは何者?!」
「ククク……」
 石原は何も語らずただ低く笑っただけだったが、その醸す異様な迫力にアズールの足は知らずじりっと後ずさった。鏖殺寺院の長であるアズールが老人1人に気圧されている。
「本当に……何者なのだ……」
 焦りを見せるアズールの問いかけに、石原は答えることなくただ悠然と笑うのみだった。
 
 
儀式場前にて
 
 
 進路を塞いでいたヒダカと真田幸村が消えるとすぐに、学生たちは鏖殺寺院兵士を倒しにかかり、儀式場目指して階段を駆け上がる。大階段を上りきってしまえば聖堂の扉はすぐそこ。
 いざ、と突入の間合いをはかったその時。
「――ッ!」
 異様な打撲音と共にエフェメラ・フィロソフィア(えふぇめら・ふぃろそふぃあ)が悲鳴も挙げられずに頭を押さえて倒れた。頭上より飛来した落下物が思いっきり激突したのだ。
「なんということじゃ! 妾とてこのような惨事は予想だにせんかったぞ」
 それまでは余裕で文句を言いながらついてきていたセフェル・イェツィラー(せふぇる・いぇつぃらー)が、心底驚いた声を出した。それもそのはず。エフェメラの脳天を直撃したのは。
「痛いですぅ〜」
「エリザベート様?!」
 ナナ・ノルデン(なな・のるでん)が信じられないといった様子で名を呼んだ。
 エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)はぶつかった頭を押さえながらも尋ねる。
「ナラカ城はどこですかぁ〜?」
「……まさしくここがそうであるな」
 自分の方が頭痛がしそうだと思いつつ、エリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)が答えた。エリザベートが突然、それも頭上から降ってくるなどということが、何故起きるのだろう。
「ご無事……なのですね」
 良かった、とナナは息を吐いた。会ったら頬の1つも叩いて、と思っていたのだがそれ以上のダメージを受けているエリザベート相手にそれは憚られ、ナナはエリザベートに癒しをかけて抱きしめた。
 ナナのパートナーのズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)は衝突相手のエフェメラのダメージを回復させる。回復するなり、エフェメラはエリザベートに食ってかかった。
「一体何故こんな事態になっているんですの?」
「それはぁ、色々とあったんですぅ〜」
 イルミンスールからテレポートしたエリザベートは、ナラカ城行きの他校生から城の場所を聞き出した。そしてすぐさまナラカ城にテレポート! ……したのだが、古王国の技術の粋を結集したナラカ城が、無許可のテレポートをすんなり通すはずもなく。妨害によって時空のはざまへと飛ばされた挙げ句、エリザベートはそれはそれは多くの出来事、出逢いと別れを経ることになったのだが……今ここでその冒険を語る時間はない。
「忙しいから話はぁ後回しですぅ〜」
 それだけで片づけて行こうとしたエリザベートだったが、たちまちエフェメラに怒られる。
「貴女はアーデルハイトのお婆さまみたいに復活とか出来ないんですから、くれぐれも注意するんですの!」
「今、エリザベート様の身に大事があられては、アーデルハイト様やイルミンスール、何よりも娘のミーミル様のことはどうするのです。貴方の身を案じている者も沢山います。どうか、機会を待って皆でアズールを袋だたきにする為に、今は我慢して下さい!」
 ナナはエリザベートを抱きしめたまま、そう説いた。
「だめぇですぅ」
 予想通りの言葉に本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が苦笑する。
「正直、こうなったエリザベート校長を説得するのは難しいだろうな」
 一旦気の済むまで暴れさせないと、と言う涼介にエリオットも、止めても止まらないだろうと同意してエリザベートに言う。
「エリザベート校長、相手は鏖殺寺院のトップだ。場合にもよるが、おそらく我々では今は『勝つ』ことはできんだろう。だが『負けない』でいることは可能だ。相手の残機を減らす方向での『嫌がらせ』に徹することをおすすめする」
「負けませんし、勝ちますですぅ〜」
 やる気満々のエリザベートは、どうあってもアズールを倒そうという意志を曲げないらしい。
「やっぱり思いとどまってはくれないのですねぇ。仕方ありません。エリザベートちゃんのことは私がお守りしますぅ」
 止められないのならばどこまでも着いていく、と神代 明日香(かみしろ・あすか)は宣言した。大事なエリザベートが行くというなら、自分は必ずそれを守る。
「ボクもエリザベートちゃんを絶対に守ります。でもボクかエーファがやられたら直ぐ撤退お願いしますね」
 峰谷 恵(みねたに・けい)はしぶるエリザベートにそう約束させた。必ず守る。代わりに守れなくなったその時にはそれ以上行かせる訳にはいかない。
 エリザベート校長と共にアズールに向かう。そう決めたイルミンスール生たちが再び進み始めるのに先行し、エーファ・フトゥヌシエル(えーふぁ・ふとぅぬしえる)が罠がないかどうかを確かめる。ここに来るまで不思議と罠は仕掛けられていなかったが、この先もそうであるかは解らない。
 鬼がでるか蛇がでるか。
 聖堂の扉が学生たちの手によって大きく開かれた――。