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リアクション
鏖殺寺院を相手に
風で吹きつけられる雨に、鏖殺寺院も学校側も翻弄される。
「ちょっち服しぼってきまー」
児玉 結(こだま・ゆう)は巨大な口エンプティ・グレイプニールに乗って、戦列を離れる。
人気のない岩陰に行くと、結は浮かんだエンプティの下に入り、岩とエンプティを風よけ雨よけにしてスカートをしぼる。雨合羽の下のパラ実セーラーから、ぼたぼたと水が落ちる。
「びちゃびちゃじゃん。最悪ぅ」
そこに蒼空学園教師の早川あゆみ(はやかわ・あゆみ)がやってくる。
「ひどい風ね。低気圧や前線の風じゃないわ。ナラカ城がまとう空気とパラミタの大気がぶつかって……あら?」
風を読んでいたあゆみは、足元の岩が「ぐー」と鳴いたので立ち止まり、メメントモリー(めめんと・もりー)を振り返った。
「モリー、おなかが減ったの?」
「ボクの腹の虫じゃないよ」
岩に間違えられたエンプティの下から、結が出てくる。
「おねーさん、乗ってる乗ってる」
彼女が鏖殺寺院のメンバーだと気づいたモリーがあわてる。
「ちょちょちょっとあゆみん! この子って……」
「まあ、普通の女子高生がこんなところに?!」
あゆみは驚いた様子だ。結は鎧も魔法のアイテムも身に着けておらず、渋谷や原宿にいる女子高生がドシャぶりに遭ったようにしか見えない。
モリーが唖然としているうちに、あゆみはエンプティから降りて、結に自己紹介を始めてしまう。幸い結も、それに返す。
あゆみは気になっていた事を聞いてみた。
「ここからじゃ分からないけれど、ダークヴァルキリーさんはお元気なの? 彼女も赤ちゃんも、あの時みたいにまた苦しい思いをしていないか心配だったの」
「知り合い?」
心配そうなあゆみに、結は不思議そうに聞いた。
あゆみは空京のネットカフェで見た事を話す。そして念の為に持ってきた、ネットカフェの防犯ビデオのデータを蒼空学園で解析した画像のコピーを見せる。
「あれ? ここ、ユーも前、泊まった。ナンミンもいたー」
モリーが首をかしげる。
「空京って景気が良いんでしょ? ネカフェ難民なんているの?」
「退学くらったのとか、ケガや病気でジョブれなくなったのが、けっこーね。
ふーん、ダークヴァルキリーの片方はあそこに捨てられてたんだ。あったかくて、よかったじゃん」
モリーが聞きとがめ、たしなめようとする。
「あのね。ダクキリー様の赤ちゃん、掃除道具入れの中でゴミ袋に入れられてたらしいよ」
「へえ、カノジョもゴミの子なんだ」
結はほほ笑んだ。モリーはぽかんとするが、あゆみは気づいた。
「彼女『も』って事は、まさか結ちゃんも……」
結は世間話をするような、あっけらかんとした調子で答える。
「そっ。ユーは公園のゴミ箱に、コンビニ袋入りで捨てられてたって園長が言ってた」
「園長? 保護者の方がいるのね?」
「じどーよーごしせつ、の園長っす。カネ無くてチビどもの食費も出ないって言うから、おん出てきたしー。ユー、出会い系でウリしながらネカフェ民してたから、もー別に保護者じゃないっしょ。ブクロでウリの相手探してたら拉致られて、怪獣にカイゾーされてるし、これハランバンジョーって奴じゃね?」
「鏖殺寺院って色んな事情の人がいるんだね……」
モリーがつぶやく。
と、結が「やべ」と言って頭を押さえた。
「魔道空間から、つーしんまどーしにサボんなって怒られたっすー。ピンチっぽいから行ってくるー」
結はうだうだとエンプティにのぼる。
「あ、待って」
あゆみが呼び止めると、結は振り替える。
「ん?」
「……無事に帰ってきてちょうだいね」
結は困った顔になる。
「あゆみんってば、なんかランランみたいなこと言ってるしー」
どう反応していいか分からないという様子で、結はエンプティに乗って飛んで行ってしまった。
林紅月
白百合団の陽動という援護を受けて、教導団の主力部隊は速やかに進軍しつつある。
これを受けて林紅月と児玉結は当初の予定通り、寺院兵に穴をつくり学校側を誘い込もうとしたが、攪乱や陽動により指示系統が乱され、また教導団の思いの外素早い進軍に対応できずにいた。
そんな中、第一線を遙かに超えて寺院側に強行突破をかける六人の教導団員の姿がある。
彼らはより統率のとれている方に指揮官がいると踏んで、集団で現場指揮官を囲んで撃破するという戦法で、奥へ奥へと進んでいた。
率いるのはレオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)。教導団歩兵科所属、【隻眼の獅子】の異名をとる青年だ。
「オークやゴブリンを幾ら倒した所でキリがない。狙うはあくまで敵将の首一つ」
彼らの狙いは林紅月。
「必ずしも倒す必要はない。足止めをするだけでも、教導団や百合園が動き易くなる。それに……聞いてみたいこともある」
レオンハルトの相棒兼恋人のイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)の言葉に、レオンハルトの、こちらはパートナーであり茨に絡むワイヤー・トラップを解除していたシルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)が異議を唱える。
「百合園が友軍だと思ってるんですか? パラ実を擁護する動きは無視できないですよ。邪魔をするなら排除するべき相手です」
「どっちでもいいよ、林を倒そう! 倒せば指揮系統は混乱、突破しやすくなるんでしょ?」
そう言ったのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)で、彼女のパートナーダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は戦の要に参加できるだけで満足のようだ。
やがて彼らは、林紅月の率いる鮮血部隊にぶち当たった。
その頃には大分消耗しており、イリーナのパートナーであり回復役を務めるエレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)の魔法も打ち止めだ。
物言わぬ鎧の群れ数十隊が、丘陵に放射状に展開している。
鈍い色の鎧と雨に濡れた汚泥、そして雨雲に埋め尽くされた空。灰色の中に、ドレスの赤を見付けると同時に、六人は駆けた。
ダリルは全魔法を連続で周囲に放つ。アシッドミストが、ファイアストームが、サンダーブラストが鎧をはじき飛ばす。ついでにヒールはルカルカの背中に当たった。
「遠慮するな、お前の鍛え上げた力を見せ付けろ」
彼はファイアストームの炎をの壁を立てて道を作る。三枚で限界──タブレットを口に放り込み更に追加。
炎の回廊に残った鎧を、シルヴァの弾幕の援護を受けながら、レオンハルト、ルカルカ、イリーナが走り抜け、紅月の間近に迫る。
近くに来て分かったが、紅月は一人ではなかった。側に仮面を付けた男──トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)と千石 朱鷺(せんごく・とき)がいる。
「さぁて、愛するリンリンの為に気合いを入れて頑張りますか!」
「リ、リンリン……」
トライブは結の付けたアダナを気に入ったようだ。
紅月は呟くと、顔をゆっくりと、向かってくる三人の方に向ける。
彼らは三方から彼女を囲む。奇しくも全員の手には高周波ブレードが握られていた。
「林紅月だな──さて、どうせ滅ぼそうと言う世界であるなら、その世界に含まれる貴様の幕も、別段閉ざして構うまい?」
囲むのはレオンハルトの方針だ。正々堂々、などとは甘い戯れ言だと思っている。
「滅ぼそうとしている? 教導団はそう教えているのか?」
紅月は唇だけで笑うと、彼女の武器──無数の刃が付いた異様な形の矛を持ち上げた。無造作な動作だったが身体が持って行かれそうな衝撃に、刃を受けたレオンは脚を踏みしめる。
矛の追撃を遮るべく、イリーナが剣を打ち込みながら問う。
「中国系の貴女が、なぜ我ら教導団ではなく、鏖殺寺院にいる?」
「教導団も中国人だけで成り立っているわけではあるまい?」
「自治省側の人間か? 何を欲してそこにいる」
「そうだ。自治省にいた。しかしこの私は何も欲していなかった。昔も今も、な。自治省や女王、建国を欲しているのは中国や教導団の方ではないか」
「……もう少し話す機会が得られないか?」
手は休めずに、イリーナは言う。手を抜ける相手ではない。しかし紅月は本気で戦っているようには見えなかった。あしらわれている──そう感じはしたが、同時に、彼女はむやみに殺戮を行う気はないように思えた。その理由は分からない。……作戦上の理由からかも知れないが。
イリーナを相手にする紅月の背後の死角から、ルカルカが躍りかかる。高周波ブレードを鞘に収め、光条兵器の片手剣を呼び出す。
紅月は振り向いた。
ルカルカは、そのままではよけられると予想した。だから──避けると思われる場所に、身体ごと飛び込む。
「最終兵器の称号は、伊達じゃないのよ!」
「紅月、逃げろ!」
が──その空間には別の人間がいた。割り込んだのはトライブだった。
最終兵器。ルカルカは確かにその名に恥じない力も、スピードも、併せ持っている。
だから、トライブは、勘違いをしてしまったのだ。彼女が殺される、と。
「させねぇ!」
語尾が空気を震わせる前に、それは赤く染まった。ルカルカの剣が彼の腹を刺し貫いていたのだ。
引き抜かれる刃が、赤を濃くする。血は雨によってすぐさま地面に叩き付けられ、汚泥と混じった。
「……っ!」
紅月は名を呼ぼうとして、彼が正体を隠すために仮面を付けていることを思い出す。
地面に倒れ込もうとするトライブの身体を抱え──跳ねた。
敵の攻撃に備え身構えるルカルカ。しかし紅月は予想に反して、パートナーの重傷で気絶している朱鷺の側に着地。もう片方の腕に朱鷺の身体を抱えた。
「待っていろ、今すぐ私のパートナーに治療を……いや、駄目だ。儀式中だ。他の人間を捜すしかない」
唇を噛み、首を振ると、三人を睨み付けた。
「この借りは必ず返そう。もう二度と中国政府に、私の周りの人間を奪わせはしない……」
どういう意味か、イリーナが問いかけようとする前に、再び紅月は高く高く跳躍した。
「二人とも、気を強く持て。必ず助ける」
トライブはかすむ視界の中で、彼女の胸元のスフィアが黒ずんでゆくのを見て──そして気を失った。
ノイエ・シュテルン
教導団第一師団少尉であり、【新星】ノイエ・シュテルンを指揮するクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)はこの時、最前線──ナラカ城手前数百メートルの地点にいた。
着実に目標地点を制圧、進軍できたのには、幾つかの理由がある。
彼のパートナークリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)が本部とまめに連絡を取り、教導団及び彼らと情報を共有する白百合団からの戦況をこまめに連絡を受けられたこと。これはどちらの本陣にも【新星】のメンバーがおり、香取 翔子(かとり・しょうこ)が作戦を上申、受け入れられているという下地があってこそだ。
二つめに、敵地に踏み込むにあたり罠への備えをしたこと。ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)は樹木に偽装した陣地や罠の存在を予想し、クリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)が発見した罠を焼き払うことで安全を確保した。自分たち以外の者にも安全を提供できなければ当然後続はおらず、彼らの支援も受けられない。
また林紅月が一時撤退したこともあって寺院の指揮系統は半ば機能しなくなり、志気も激減していた。
なお、この作戦の成功により、作戦立案者の香取翔子は第一師団少尉に昇進した。
「着実に追い詰めていこう」
ゴチック様式の城壁を目前にしてのクレーメックの指示は、極めてシンプルだった。
クレーメックは<寝所>での雪辱を見事晴らしつつあることに内心安堵していたが、咳払いをして気を引き締め直す。目的は後続部隊の“進路を確保”すること。辿り着くことが目的ではない。城門を突破しこの道を維持し、後続を場内に侵入させて初めて目的が達成されるのだ。
「敵の狙いは儀式までの時間稼ぎだ。一つ一つ、着実に遂行しよう」
全員が頷き、突破が開始された。
彼の部下が盾になり、城壁に張り付く寺院兵にアサルトライフルを撃ち込む。
「<寝所>での借りは、利子を付けてきっちりかえしてやるぜ!」
接近してくる敵には、ハインリヒがディフェンスシフトの構えで後衛を背に守りつつ、ランスで散らす。背越しにクレーメックは銃器で、クリストバル ヴァリアが魔法で援護。誰かが傷つけばクリストバル ヴァルナがヒールを飛ばす。
「ふっふっふ、ゴブリン、オークどもめぇ、この勇姿におそれおののくがよい、のですぅ!」
傷を受け倒れた寺院兵を、六本脚のヘキサポッド・ウォーカーが踏みつぶしながら進む。操縦者は皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)。パートナーで関羽の影武者……にしては頭の大きいうんちょう タン(うんちょう・たん)はその隣で、諸葛弩を撃って援護したり、歌って敵兵の指揮を挫いたり援護に忙しい。これで八重歯が長く飛び出していたら、「わるいごはいねえが〜」とでも言い出しそうな雰囲気である。
「野武さぁん、準備はいいですかぁ〜?」
「ぬぉわははははははは! 当然! 工兵科の本領発揮であ〜る!」
青 野武(せい・やぶ)は、三人の工兵をテーマにした古い軍歌を鼻歌で歌いながら──実は歌詞は縁起でもないものなのだが──パートナーの黒 金烏(こく・きんう)に守られながら城壁前まで辿り着く。
伽羅は戦闘用、野武は工事用の、それぞれドリルを取り出すと、石造りの城壁に穴をうがち始めた。
ちなみに。
香取翔子のパートナーであるクレア・セイクリッド(くれあ・せいくりっど)は。機晶姫なのに背中にランドセルを背負わせられて泣きべそをかいていた。
行かないと後ろから撃つと脅されていたのである。
「あんまりなのだ! ひどいのだ! 爆弾なんて物騒な物はキライなのだ! 翔子のアホー! 早くおうちに帰りたいー! うわあああああん!」
──それはともかく。
「……おかしいのう」
「ですねぇ」
二人は首をひねった。
たどり着いた場所。つまり飛空挺から見て正面に当たる場所には城門がない。迂回には時間と戦力の消耗があるため、とりあえず城壁を削ってみたのだが、この城壁は表面こそ普通の石でできているものの、削ったその中は見たこともない材質でできていた。
魔力を付与してみたものの、刃も立たないどころか、逆にドリルが壊れそうな有様である。
「仕方ない。材質はともかくこの建物がセオリー通りの構造なら背後に城門があるはずだ。そちらに移ろう」
一同は援護を受けてナラカ城の裏に回り込んだ。
そこには予想通り、城門がある。見たところ、城門と城門の奥に見える、城に取り付けられた窓は普通の材質のようだ。そこからなら城内に侵入できるだろう。
「私達の任務は侵入ではない。城門破壊後は後続部隊のための侵入口の確保に移る」
クレーメックは指示を出しながら、城門の向こうにちらちらと見え隠れする影に気づいていた。
ヴァルナは本部に状況報告と指示を仰ぐ。
「──はっ、──イエス、サー。……皆様、第一師団は突入致しません。伏兵に備えまして、これより道を確保、後続部隊の他校支援に移ります」
これはほんの少し後になって分かったことだが。
彼らの活躍によって、第一師団は伏兵による急襲を回避することができたのだった。
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