空京

校長室

建国の絆第2部 第1回/全4回

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建国の絆第2部 第1回/全4回
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リアクション


白百合団

 白百合団団長・桜谷鈴子をはじめとする一団は、時折毒茨の群生を切り開きながら進軍していた。
 これはカティ・レイ(かてぃ・れい)の提案によるものだった。
「まとまって侵入路を作ったらどうだろう。沼だの嵐だのイバラだの、分散して対処したら日が暮れるよ。段取り組んでやらないと、目的見失うよ」
 カティはこうも言った。
「それにこっちは城がどうなってるのかわからないんだ、罠にも気をつけないと。うっかり突撃して全滅じゃ話にならん」
 鈴子はカティに賛成し、白百合団はまとまって行動することになった。ヘタをしたら障害物に分散・各個撃破されるところだ。
 茨を切り開くのはカティのパートナーであり、百合園女学院の鳥丘 ヨル(とりおか・よる)だ。彼女はパラ実の神楽崎分校にも所属しているのだが、その名に冠され、普段白百合団の指揮を執っている副団長神楽崎優子は他の作戦で多忙であり参戦していない。
 いれば、ことは彼女の意向次第でスムーズに進んだのかも知れない。
 ──つまりは、この集団は複雑な状況にあった。
 まず、彼女のパートナーであり、一部の者が十二星華だと知るアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)が本人の意志と関わりのないところで参戦させられている。そのアレナは自身の希望で星弓を封印しているのだが、蒼空学園の校長はお気に召さないらしい。
 そして鏖殺寺院を巡っては蒼空学園と対立路線にある教導団と百合園が共同作戦にあたっている。
 と同時に、教導団にとって犬猿の仲であるパラ実分校としての要素がある。というのも、ヨルの他にも、白百合団では優子の補佐であり、神楽崎分校の校長でもある崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)や、生徒会長でありパラ実生である羽高 魅世瑠(はだか・みせる)も舎弟を連れて参戦しているからだ。
 しかも現在、パラ実は本校の生徒会周辺もキナ臭い。
「よっし、もう通れるよー!」
 白百合団の先頭で、ヨルが茨対策の長手袋をはめた腕を振る。
「早く生け贄の人を助けに行こう!」
「急ぐのは当然ですけれど、その前に私が偵察に行ってきますわ」
 亜璃珠が狼を連れ、その場を一旦離れる。しばらくして戻り、彼女は状況を鈴子に報告する。
「あたしらで血路を開く。が、作戦とか立てられねぇ、指示を頼む」
 魅世瑠は鈴子の指示を仰ぐ。彼女の背後にはE級四天王フローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)と舎弟たちがいる。
 亜璃珠は顔を鈴子に向けたままだ。分校長として魅世瑠の行動については知っているが、何も命令はしていない。間に鈴子を通した方が面倒がない。
「私たちの人数でできることは、教導団の進撃の補佐。陽動を行います。羽高さんには白百合団の第一線に共に立っていただきますわね」
 鈴子は各人の希望を最大限配慮して配置を指示する。
「任せてくれ。ただ、これもパラ実のためだ……ってことにしてくれよ。──いくぞおまえら!」
 白百合団は進軍を再開した。間もなくぶつかったのは、ゴブリンやオーク、トロールといった人外を中心とする一団だ。
 彼らはモンスターであるが統率がとれており、彼女たちを無視して進もうとした──のだが。
 こちらを見て、我を忘れて殺到する。
 白百合団の先頭に、二本の旗が翻っていたからだ。ひとつは、魅世瑠の持つ神楽崎分校の旗。もうひとつは、白百合と百合園の校章が描かれたリバーシブルの旗だ。
 故郷を追い出され、人間を憎む彼らにとって、まるで領地を主張するような旗は、限りない憎しみを沸き立たせるものだった。
「おーほっほっほ!」
 殺到する敵の視線をものともせず、むしろ快感にして。旗の下でロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)は全力で高笑いする。
 吹きすさぶ風に雨音、濡れた地面を駆ける足音のせいで、声は殆ど相手に届いてはいないのだが。
「たまには我の苦労も考えて欲しいのであるな……」
 旗持ちの黒山羊のゆる族シュブシュブ・ニグニグ(しゅぶしゅぶ・にぐにぐ)がため息混じりに反抗してみる。
「あら、これも他の百合園生を鼓舞するためですわよ? 戦場に百合園あり! と示して見せますわ。勿論、わたくしが目立つのが一番の理由ですけれど! おーほっほっほ!」
 真っ直ぐにロザリィヌに向かってくるゴブリンの群れ。彼らの側面から魅世瑠らが突っ込んで進撃を阻止する。
「あれは、シュブ=ニグラスか?」
 シュブシュブの姿を見て、イルミンスールの瓜生 コウ(うりゅう・こう)が小さく歓喜の声を上げる。
「ヰア! シュブ=ニグラス! 千の仔を孕みし森の黒山羊よ!」
 不吉な文言を唱えながら、迷彩を施したコートを羽織ったコウは、目立たぬよう乱戦を突破し、敵陣の中からスナイパーライフルで狙撃を開始する。彼女に合わせて、パートナーであり、シャンバラの離宮を守護し、ヴァイシャリーの橋にその姿を彫られた騎士の一人マリザ・システルース(まりざ・しすてるーす)がロザリィヌの横をすり抜け、正面から敵にぶつかり合う。白馬は足場が悪いため乗るのは断念したが。
 マリザを指さして、崩城 ちび亜璃珠(くずしろ・ちびありす)が嬉しそうにくるくる回る。
「せんじょーにはしきもだいじ、いちへーそつごときがげんきになってもつよくはなれないけど、みんながそうなればたたかいにはかてるのよって亜璃珠がいってた!」
 白百合団はモンスターを引きつけつつ、少しずつ戦線を押し上げていく。
「だいじょーぶよ、つかれたらキスしてあげるからね! 私がおてつだいするんだからこーえーに思いなさい!」



アレナ・ミセファヌス

 白百合団後方、患者集合点。
「ゴブリンの手当って、どうすればいいのかな……」
 ヨルが「追い出されただけなんだから殺しちゃ駄目だ」、と言ったので。七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は予想外の患者に困って、とりあえずヒールをかけた。魔法なら医学的知識がなくとも癒すことができる。
「あの……」
「はい、どうぞ」
 声のした方も見ずに、至れり尽くせりで出したコップの水を渡したところで、歩は相手がアレナだと気づく。
「怪我したんですか? あまり前に出ないでくださいね」
「あ、はい、大丈夫です……私も、治療を手伝いに来ました」
 先ほどまでアレナは光条兵器の弓で、前線から少し下がった位置で援護射撃をしていたのだが、知り合いに呼ばれて後方にまで来たのだった。
 そういう意味ではないと歩が言おうとしたところに、歩の手伝いで治療に駆け回っていた七瀬 巡(ななせ・めぐる)がアレナを見付けて手を振った。
「アレナねーちゃん、こんにちはー!」
「こんにちは」
「疲れたらちょっと休んでいきなよ。バテちゃったら、それこそ大変だよ」
 巡はアレナとは初対面だが、優子つながりで何となく知っている。不安げなのはパートナーがいなくて寂しいなら、話し相手になってあげたいと思っていた。
 しかし頷こうとするアレナに、声がかかる。
「──アレナ、ここにいたのか」
 治療役を勧めた本人・西園寺 沙希(さいおんじ・さき)が、パートナーアレクシア・フランソワーズ(あれくしあ・ふらんそわーず)と共にやってくる。
「君を下がらせたのは治療のためだけじゃない。アレナ、──十二星華をやめる方法を探しに行こう。星弓を放棄したり永久に消せる方法を探すんだ」
「え……?」
「何でこの戦いに参加させられたのか、分かってるだろう? 今のままじゃ、覚醒するまで同じことが繰り返されるだけだ」
 びくん、とアレナの肩が震える。
「十二星華なんてやめて普通に暮らせる方法を探しましょう。必要なら私が星弓の花嫁になるわ。戦いたくないアレナより戦うのが好きな私たちの方が向いてると思うしね」 沙希に続きアレクシアが続ける。
「サジタリウスではない『アレナ』にもやれることはたくさんあるし、居場所もあるわ。アレナであるあなたの友達でありたいという人も沢山いる。私も沙希もその一人よ。だから『アレナ』でいることをあきらめないで」
「……それは……駄目です……」
 アレナは目を伏せて首を振った。
「この弓はとても大事なもの……なんです。十二星華として戦いたくないのに勝手かもしれないけれど……私の一部、だから……気持ちは嬉しいのですが……ごめんなさい」
 二人は意外な言葉に驚き、次に言うべき言葉を探した。が、なかなか見付からず、周囲に雨音だけが響く。
「やはり十二星華でしたのね? 何か隠された力があるとは思っていましたわ」
「私たち、あなたにお話ししたいことがありましたのよ」
 ──沈黙を破ったのはアレナを探していた白百合団員氷川 陽子(ひかわ・ようこ)ベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)だった。
 陽子は、全てはシャンバラのためと意を決し、アレナに言う。
 本当は不利な戦局を見せた上で話したかったのだが、学校側が押しているため、残念ながらその機会は訪れなかった。
「神楽崎優子さんがあなたを連れていなかった日。その日、あなたをツァンダ郊外の村で見かけた人がいますの。そしてその村は結局壊滅状態になってしまったと聞いていますわ。……もしその時隠された力を出してさえいれば、壊滅は免れていたはずですわ」
「……自分が何を言ってるのか分かってるのか?」
 沙希が思わず口を挟む。彼女はその村──獣人の村に居合わせていた。
「あれはティセラがやったことだ。彼女の責任を負わせる必要などない。君はシャンバラが滅びたら、アレナのせいだった、とでも言い出すつもりか?」
 が、ベアトリスは言葉を続ける。
「なぜご自身が、今回の戦いに参加するように命じられたのか、よく考えるべきですわ。ここで力を出し渋れば、シャンバラ全体が壊滅することになります。そうなれば、パートナーの神楽崎優子も死んでしまいます。それでもいいのですか?」
「…………」
 詰問に、アレナは泣きそうだった。いや、半分ほど泣いていた。目尻に涙がたまっている。
 それを見て、沙希が陽子と睨み合う。
「アレナ。君は望まないことをする必要なんてない」
「……十二星華だと!?」
 返答したのはアレナではなく、歩の治療を受けていた寺院兵の一人だった。歩の手を払い、アレナに殴りかかる。
「この女っ……!」
「ひゃっ……」
 両手で顔を庇うアレナ。
「アレナねーちゃんに手を出すなっ!」
 その間に巡が割り込んで、寺院兵士の拳を掌で受け止める。
「もう、動かないで、とにかく寝ていてください。包帯が解れちゃってますよ?」
 歩は寺院兵の両肩を掴むと、腰を下ろさせた。寺院兵は吐き捨てるように言う。
「たいがいお人良しだな、お前は」
「憎しみは連鎖するもの。甘いかもしれないけど、生きている人達を説得して戦いをやめてもらいたいです。……死んじゃったら説得もできないですもんね」
 再びの沈黙。
 アレナは、誰に向かってなのだろうか、頭を下げると、
「白百合団の人……治療……してきますね」
 駆け去っていく。