空京

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戦乱の絆 第1回

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戦乱の絆 第1回
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リアクション


第七龍騎士団への来客
 ざわざわっと、森の香りを含む風が吹き抜け、木々が揺れた。
 風はヘクトルたちの頬をなで、そのまま湖の方へと流れていった。
 ここはヴァイシャリーにほど近い、ジャタの森の出口。
 アイシャを追っているエリュシオン帝国第七龍騎士団は、先回りをしてこの場所で待機をしていた。
「読み通りにここから出てくれば楽なのだがな」
 ヘクトルが独り言をつぶやいた。
「捜索隊も散っていることだし、報告にも期待……ね」
 シャヒーナが、やはり独り言のようにつぶやき、森の方に目をやった。
「おお〜い、待たせたな〜」
 ちょうどその時、周辺の調査に出ていた、第七龍騎士団のイコン――機龍と呼称されている――数機が戻ってきた。
 先頭のイコンに乗っている男が、手を振って、ヘクトルたちに向かって叫んでいる。
 かなり身体の大きな男で、顔を隠している仮面もパンパンだ。
「ちょ、ちょっ! 一応人捜ししてるんスから、大声はまずいっス!」
 大男と比較するとずいぶん細く見えるもう一人の男が、大男を慌てて揺すっている。
「まあいいから、報告を聞かせてよ」
 シャヒーナがコントのような二人のやりとりを止め、報告を求めた。
 イコンで周辺を広めに捜索したが、まだアイシャ発見には至っていないという。
「徒歩の捜索隊も出してあるし、まだここがハズレとも限らんだろう」
 周辺捜索に出ていた者たちが戻り、これでイコンは10機ほどになった。
 いつでも動けるよう、全員搭乗したまま、一時の休息をとっている。

「……誰だ!」
 ふいにヘクトルが、付近の大木に向かって叫んだ!
 龍騎士団員たちにも緊張が走る。
「戦意はないよ」
 木の陰から現れたのは、峰谷 恵(みねたに・けい)
 魔鎧となっている、パートナーのレスフィナ・バークレイ(れすふぃな・ばーくれい)を身にまとっている。
 恵は武器は手に持たず、両手を上げて、第七龍騎士団に近付いた。
「オレたちに何の用だ?」
 ヘクトルの前まで歩み出た恵は、ふっと笑ってぺこりと頭を下げた。
「あなたがたに協力するわ」
 その言葉を聞いたシャヒーナが、釈然としないといった感じの難しい顔をしているが、かまわず恵は続けた。
「パラミタはパラミタに住まう方の物。後から来た者として協力は当然です」
 ヘクトルはいまだ口を開かず、じっと恵の目を見ている。
「先客がいたか。それも、同じ目的だな」
 どこで様子をうかがっていたのか、突然木陰から緋桜 ケイ(ひおう・けい)悠久ノ カナタ(とわの・かなた)がすっと出てきた。
「警戒無用。わらわたちにも戦意はない」
 カナタが、ひらひらと何も持っていない手を振って見せた。
「へぇ。同じ考えのナカマが、けっこういるものアルね」
 別の方向から、諸葛 霊琳(つーげ・れいりん)アラン・エッジワース(あらん・えっじわーす)が、悠々と歩いてきた。
「ちょっと、見張り!」
 シャヒーナが声を荒げる。
 部外者の、ここまでの接近を許してしまったことに対する非難は、周辺の見張りをしていた団員たちに向けられた。
「気がつかなかったんだ……」
「仕方ないだろうな。彼ら、なかなかできるようだ」
 ヘクトルがイコンから降りた。
 警戒は解いていないが、対等の目線で話を聞く相手であることは認めたのだろう。
「ま、聞いての通りだ。協力したい、ということだ。
俺は東シャンバラのロイヤルガードだし、な」
 改めて、ケイが進み出てヘクトルに申し出た。
「ロイヤルガードには、別のことを頼んであるはずだが?」
 ヘクトルが首をかしげた。
「実は、パラ実の生徒たちが集団でここに向かっているよ。
どうせ、あなたがたからカツアゲでもするつもりでしょうね」
 恵が、肩をすくめて言った。
「……あいつら……」
 団員たちがざわめく。パラ実と聞いて、いい思いはしないのだろう。
「余計なことを。こちらは忙しいというのに……」
 ヘクトルは大きなため息をひとつつき、改めて考えを巡らせた。
「イコン操縦者の控えも必要アルよ?」
 霊琳が、ヘクトルの顔を覗き込むようにして言う。
 ヘクトルは周りの団員たちの顔を確認する。
 どうやら、判断はヘクトルに委ねられたようだ。
「……よし、分かった。おまえらには同行してもらおう」
「信じてもらえたアルね」
「完全に信じたわけじゃない。
もし少しでも不審に見えたら、すぐに敵とみなす」
「それで結構です。あとは、わたくしたちの行動を見ていただければ」
 アランが、団員一同に向かって大きくおじぎをした。

 協力者たちがおのおの自己紹介し、配置の作戦を立てていると、今度はシャヒーナが勢いよく立ち上がった。
「今日はお客が多いわね」
 シャヒーナの目線の先、木々の隙間。
 ガサガサと草木をかき分けて、数名の者たちが歩いてきた。
「こちらを見て驚かないということは、こいつらもオレたちに用事か」
 彼らもまた武器をおさめて近付いたことと、うち二人は腕に赤十字の腕章を身につけていたことから、ヘクトルは一応面会することにしたようだ。

「ありがとうございました。まずはうまく近付けたね」
 赤十字の腕章を身につけているフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)が、ここまで一緒に来た数名に、小さな声で礼を言った。
「どうせ目的地は同じだったしな!」
 満面の笑顔で魄喰 迫(はくはみの・はく)がこたえた。
 フレデリカはもともとパートナールイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)と二人だけで第七龍騎士団のもとを目指していたのだが、さすがに一人で乗り込むのはどうかと思っていたところ、同じ場所を目指していた数名と出会い、一緒にここまで来たのだった。
「内輪話をわざわざここでするために来たのではないだろう。
さっさと用事を言ってもらおうか」
 小声で話している様子にしびれを切らせたヘクトルが、フレデリカたちの前に立った。
「じゃ、私から用件を。……私たちは、非武装で中立の野戦病院です」
 フレデリカが一歩前に出た。
 腕に着けている赤十字の腕章を、しっかりとヘクトルたちに向ける。
「本当にここまで来ちゃうなんて……もうっ」
 パートナーのルイーザが心配そうにきょろきょろしながら、それでもフレデリカの背中をしっかりと守っている。
「この付近で戦闘がある可能性があるということで、野戦病院の準備をしました。
私たち野戦病院は、敵味方関係なく、全ての怪我人を救済したいのです」
 丁寧に語るフレデリカの言葉を、ヘクトルは腕組みをしたまま聞いている。
「野戦病院の活動の許可をいただきたいのです。
もしご心配であれば、私が人質としてあなたがたに同行して治療活動をしますが」
「いや、それは不要だ。……分かった。
野戦病院の活動には干渉しないし、攻撃もしない」
 交渉はあっさりと平和的に進み、ルイーザはほっと胸をなで下ろした。
 交渉があっさりと済んだ理由は、別に第七龍騎士団が野戦病院を必要としていたからではなく、ヘクトルが来客の多さに疲れてきたということが一番だったのだが。
 とにもかくにもこれで野戦病院は、心おきなく本来の役割を果たすことができる。
 だが、人質ついでに第七龍騎士団の内情を探りたいと思っていたフレデリカは、同行を断られたことに若干の不満を感じていた。
 なかなか思い通りにはいかないものだ。
 戦闘が始まるまでには、フレデリカも野戦病院に戻らなければならないだろう。
「では、今度は僕たちの話を聞いてもらいますね」
 フレデリカの交渉を見届けた後、今度はマッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)が進み出た。
 マッシュを見たヘクトルは、少し警戒を強めて、自分も一歩前に出た。
(それなりにできる奴のようだ……)
 戦闘の意志が無いとはいえ、マッシュがまとっている闘気の強さに気が付かぬはずがなかった。
「用件は?」
「僕たちを、あなたがた龍騎士団に加えてもらえませんか?」
「……ほう。おもしろいな。世の中、いろいろなやつがいるもんだ。
野蛮なカツアゲ連中、中立の野戦病院、そして入団希望者か」
 ヘクトルはくくっと笑った。
 この作戦が始まってから初めての笑顔だと、シャヒーナだけが気が付いた。
「理由は?」
「私たちは、今の弱体化したシャンバラに失望しているのです」
 マッシュの隣に東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)も並んで、ヘクトルに交渉を試みた。
 もちろん武器はおさめてあるが、背後は迫とバルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)が、さりげなく守っている。
「僕達はシャンバラの現地人を蔑にする地球の醜い利権争いに失望し、今迄地球国家の圧力に対抗できる強国である帝国がこの国に介入する機会を作る為シャムシエルに協力してました。
介入が実現した現在、直接その下で役立ちたいと思い志願しました」
 マッシュはそう言うと、ヘクトルの前で跪いた。
「すぐに入団は叶わなくても、お手伝いだけでもさせてはもらえませんか?」
 雄軒もマッシュにならって跪いた。
 ヘクトルは考えている。この者たちを信頼するかどうかを。
「おまえたち4人が、オレたちと一緒に来たいというのか」
 雄軒たちの後ろにいる、迫とバルトにも、ヘクトルは意思の確認をした。
「我の意志も、主と共にある」
「私も同じく、ご一緒したいと思っています」
 沈黙。しばらくの間、痛いほどの沈黙が両者を包み込んだ。
 周囲の団員たちも、目的を終えたフレデリカも、協力者として龍騎士団陣営にいたケイや恵、霊琳たちも、ただただヘクトルの判断を待った。
 さあっと気持ちのいい風が吹き抜けた時、ヘクトルは頷いた。
「わかった。4人の同行を認めよう」
 ふっと周囲の緊張が解けたのが、その場にいた全員が感じ取った。
 マッシュと雄軒は一瞬顔を見合わせ、そっと笑顔を交わした。
「だが、まだ正式な入団を認めるわけではない。
今後の働き次第だ」
 そのヘクトルの言葉に雄軒は、それは当然だと大きく頷いた。
「今は同行の許可をいただけただけで充分です。
存分に働かせてもらいますよ」