空京

校長室

戦乱の絆 第1回

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戦乱の絆 第1回
戦乱の絆 第1回 戦乱の絆 第1回

リアクション


マホロバ・野戦病院・合同医療・ティセラ・リンネ


 遠く、マホロバの地。
 マホロバ城内――繭の間の一室。

 寝床に、寄り添う温度が残っている。
「マホロバの国家神か」
「はい」
 樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)は、静かに返した。
 彼女の目の前にはマホロバ将軍鬼城 貞継の背がある。
 その背を包むように、彼の腕へ衣を通していく。
 貞継の声。
「マホロバにおけるそれは、“扶桑”だ」
 扶桑とは、天子の化身でもある桜の世界樹の名だ。
「シャンバラは動乱の気配に満ちていると聞きました。発端は、帝国がシャンバラの国家神を“保護”したことにある、と」 
「らしいな」
 背は向けられたまま返る声。
 国としての引きこもりの長いマホロバは国外情勢にうとい、とはいえシャンバラのことは葦原を通じて将軍の耳にも入っているのだろう。
「もし、許されるのでしたら……上様のお考えを」
「離れた異国の話とて、ことによっては対岸の火事で済まされないかもしれないのは分かっている。もし、何らかの形でその女王の災厄とやらが降りかかってくるのならば――マホロバは一つになって戦い抜くだろう」
 衣を整えた貞継が立ち上がる。
「鬼鎧もそれまでに揃えたいところだ」
「……鬼鎧、とは」
「実のところ、よくは知らん。なにせ、2500年の時間の間に知識も技術も失われてしまったものだ。だが、失ったものは取り戻さねばな」
「何か……白姫がお役に立てることは御座いましょうか?」
「今は、将軍家の世継ぎをつくること。それが何よりも尊い、そなたの使命だ」
 言って、貞継の手が、隣に立ち上がった白姫の頬に触れる。
 触れた手の心地良さに白姫は名残り惜しさを覚えながら、静かに目を閉じ、頷いた。

「では、お前の主人を頼むぞ」
 貞継が部屋を出て来る。
「ひゃ、ひゃいっ、お任せくださいぃ!」
 一晩中、部屋の外で警護についていた土雲 葉莉(つちくも・はり)は、床に額を引っ付けるほど平伏しながら言った。
 貞継の足が、ふと、立ち止まり。
「礼節と必要な恐れを忘れるなとは言わんが、忍者がその調子では少々不安になる。遅々で構わんから少しは慣れろ」
「は、ははぁー!!」
 ますます体をびくびくと縮こまらせた葉莉の様子に、軽く息をついた調子を残し、貞継は歩いていった。


■野戦病院の設営

 イルミンスールの森の南。
 茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は、真白 雪白(ましろ・ゆきしろ)アルハザード ギュスターブ(あるはざーど・ぎゅすたーぶ)らによって設営が進められている野戦病院に居た。
「では、交渉の方は上手くいったんですね」
 衿栖の言葉に本郷 翔(ほんごう・かける)がうなずく。
「ええ、東も西も協定に応じてくれると」
 翔たちは東西シャンバラのロイヤルガードを通し――
 『野戦病院は何人をも治療する義務を負うこと』
 『野戦病院所属者は、いかなる勢力にも加担しないこと』
 この二点を条件に、『野戦病院と野戦病院所属者を攻撃対象にしない』という約束を東西勢力から取り付けてきていた。
 第七龍騎士団の方はフレデリカから良い報せが届いている。
 衿栖は、ひとまず安心し、小さく息をついた。
「でも、思っていたよりスムーズにいったみたいで良かったです。執事さんって凄いんですねぇ」
「いえ、それは――」
 翔が言いかけたところへ、ソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)が。
「どうやら教導団の中で、先んじて東西の合同医療のために動いてくれてた人が居たみたいなんだよ。おかげで思ったより時間がかからなかったんだ」
「そうだったんですか……」
「それはともかく、救護活動について、両陣営より注意を承っております。『今回は急なことで連絡が徹底されていないため、誤射の可能性も十分有り得る』『また、アイシャに接触したり、それを手助けするような行為があった場合は攻撃対象とする可能性もある』と」
「分かりました、皆にも伝えておきます。一応、腕章もありますし、この野戦病院本営に関しては護衛についてくださった方も居ますが、気をつけるに越したことは……」
 と――
 レオン・カシミール(れおん・かしみーる)が駆け寄って来て、
「衿栖。まゆりとシニィからの伝達が届いた」
 羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)シニィ・ファブレ(しにぃ・ふぁぶれ)らはヴァイシャリーとザンスカールの治療施設へ、協力を申し込みに向かってくれている。
「どちらも問題無く受け入れを行うそうだ。それに、ヴァイシャリーでは教導団からの申し出を受け、既に医療器具の準備が行われていたらしい。搬送には、少し時間は掛かるが、こちらへ届けてもらえそうだ」
 機晶エネルギーを使った医療器具についても持ち運び出来るものは貸して貰えるらしい。
 まゆり達のように機晶技術に精通している者も居るし、医学の心得がある者も居るため活用出来そうだ。
 一方、搬送車両についても協力を申し込んだらしいが、こちらは無理だったそうだ。
 空京やヒラニプラならともかく、この辺りでは車の存在は極めて少なく、そもそもヴァイシャリーに向かうには湖を超えなければならないため、余り役に立ちそうもない。
「色々と問題も残っていますが……これで、なんとか、それなりに治療活動は行えそうですね」
 衿栖は気を入れ直し、戦闘の気配色濃くなりつつある南東の方を見やった。


■合同医療提案の行方

 少し前――シャンバラ教導団。
「少尉。君の提案は認められたよ」
 夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)は上官より金鋭鋒の決定を得たことを告げられた。
「カナン国境付近での戦闘が多い現状、我々としては東側の医療の拠点と負傷者の受け入れ先を得られるのは非常に助かる。向こうも、君が言ったように地球産技術を交えた先進的な医療技術はありがたいだろう。それに、負傷者の搬送を行えるヘリや飛空艇の存在もだ」
「あちらへの提案に組み込んでおきます」
「ただ……やはり、今回は色々と間に合わない。取り決めなければいけない事や調整しなければいけない事が非常に多いからね」
 彩蓮は、スゥと目を細めた。
「しかし――」
「いや、君の言いたいことは分かっている。そこで――先ほど『野戦病院』と名乗る独自の治療団体から、中立的な医療を行ないたいという申し出があった。現在、情報科の方で素性の確認を行っているが、まあ問題は無いだろう」
 上官から資料を手渡される。
 彩蓮は、少しばかり考えを巡らせてから、
「つまり、今回は『彼らが安全に行動出来るようにする』という形での協調を行う、と」
「そういうことだ。ヴァイシャリー側にもそのように伝えてくれ。我々が彼らの行動を正式に認めたとあれば、東側も安心して彼らの提案を吟味できるだろう」
「分かりました。では、そのようにします」
 彩蓮は敬礼し、ヴァイシャリーへの通達を行うべく走った。
 その後、彼女のパートナーデュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)よりヴァイシャリー側からの前向きな返答が伝えられることとなる。

■リンネ

「……リンネさんは、これからどうされるおつもりですか?」
 音井 博季(おとい・ひろき)の問いにリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)がちょっと悩んで、そして口を開く。
「実を言うとね、リンネちゃん悩んでたの。アイシャちゃんを助けてーってロイヤルガードに求められてるけど、じゃあ助けたらジークリンデちゃんはどうなっ
ちゃうの? って考えちゃったんだよ~」
「リンネさん……」
 博季がでも、と言いかけた所で、リンネの言葉が重なる。
「でもね、どっちかを助けてどっちかを見捨てるなんて、リンネちゃんには出来
ないよ。
 ……だからね、アイシャちゃんもジークリンデちゃんも助ける! どうすればいいか分かんないけど、やる前から諦めちゃ絶対助けられないよね!」
 ぐっ、と拳を握り締めるリンネに、博季が微笑を浮かべて、そして意を決したように口を開く。
「……だったら僕は、リンネさんを護ります。リンネさんが二人の、皆のために戦うなら、僕はリンネさんのために戦います。
 僕は、そんなリンネさんが、その、大好き、ですから」
 博季の言葉を聞いたリンネの顔が、ボッ、とまるで燃える炎のように紅くなる。
「ひ、ひひ博季くんっ! そりゃ、直接言うべきじゃない? って言ったのはリンネちゃんだけど? でも、改まって告白されるのがこんなに恥ずかしいなんて思わなかったよ~……
 顔を背けたまま小声を漏らすリンネがちら、と視線を博季に向けると、リンネの動揺っぷりが意外だったのか、どうしたらいいか分からないといった表情で佇む博季と視線が合う。
「ご、ごめんなさい! なんだかリンネさんを困らせてしまったみたいで……」
 頭を下げられて、リンネは申し訳ない気分になる。
(そうだよ、博季くんは私のことをちゃんと考えてくれてるだけなんだよ)
 うん、と頷いて、リンネが博季に向き直る。
「博季くんは悪くないよっ、ちょっと驚いちゃっただけ。えっと……返事として合ってるか分かんないけど……」
 言ってリンネが、すっ、と博季に手を差し伸べる。
「一緒に、頑張ろっ。まずは最初の一歩、だよっ」
「…………はい!」
 笑顔を浮かべた博季が、差し出された手を取って頷いた――。

「ホント、どこまでも愚直な子よね。……ねえ、あなたはその、博季でいいと思ってるわけ?」
「ボクとしては、リンネの力になってくれるのなら、それでいいんだな。ボクだけがリンネの傍に、とかキャラじゃないんだな」
 西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)の問いに、モップス・ベアー(もっぷす・べあー)がサバサバとした口調で答える。
「ま、あなたがそう言うなら、私はどこまでも博季に付いて行くつもりだから。
 ……どんな状況にも対応出来るよう、これから活動方針や計画を練らないとならないわね」
「そうなんだな。リンネにはそういうことは難しいだろうから、キミたちの知恵を借りたいんだな」
「どれほど力になれるか分からないけどね。……さて、行きましょうか。いつまでも初々しい姿を見せられるのも、ね」
 フッ、と微笑んで幽綺子が二人の下に向かうのを見遣って、モップスも後を追う。


■リコとティセラ

 空京、シャンバラ宮殿。
 樹月 刀真(きづき・とうま)たちは高根沢 理子(たかねざわ・りこ)の前に居た。
「ティセラの協力を要請します」
 刀真が代表して言う。
「アイシャの保護はシャンバラにとって、とても重要な意味がある筈です。そして、強い力を持つ龍騎士も出てきている。今、十二星華として力を持っているティセラたちに協力してもらうという形に違和感はないはずです」
「え、えっと……?」
「ジークリンデ――アムリアナ女王は、確かに彼女達の処刑を良しとはしないでしょう。しかし、彼女が帰ってきて皆にそう伝えたからといって、それだけで処刑を中止しては他への示しがつきません」
「ご――五分待って、気合で理解してみるからっ!」
 真剣な顔の理子が、ばっと片手の掌を刀真の方へ向けて言う。
 刀真は軽く息をついてから、
「この機会に彼女達に功績を挙げてもらい、恩赦を得易くしておくべきだ、と」
「あ。あー、そういうことね。もー、ややっこしく言わないでストレートに言ってくれればいいのに」
 理子がアハハー、と笑いながら手をぱたぱたと振る。
 そして、彼女は、うん、と少し真剣な表情になって、
「実は、もうセイニィには特務の依頼が来てて動いてもらってるんだ。ティセラも、今回の事件が更に拡大するようなら――って感じかな」
 理子が刀真の方へ言ってみせる。
「わたくしたちの事を考えてくださって……感謝いたします」
 言ったのは、ティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)
 刀真は彼女の方へと振り返り、
「ティセラ、君が生きることを臨んでる人は大勢います、俺も含めてね……」
「あの時、わたくしたちを救い、今またわたくしたちを生かそうとしてくださる皆様への恩は、決して忘れませんわ」
 ティセラが理子の方へと瞳を上げる。
「理子様。あの裁判で特赦を下さった恩、そして、アムリアナ女王が戻られた時、せめて、セイニィやパッフェルだけでも処刑を許して頂くためにも、わたくしは誠心誠意を持って理子様のために動く覚悟は出来ております」
「えーっと……皆のために、自分も生き残るために頑張る、って言ってあげて欲しいなぁ、なんて」
 理子がそこに居る、ティセラやセイニィのために進言しに来た人たちを示す。
 ティセラは彼らを見やり、そして、頷いた。

「理子……」
 理子を見上げながら漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は言った。
「否定しているモノを受け入れてでも先に進む覚悟……出来た?」
 その言葉に、理子は小さく笑ってから、少しの間を置いて。
「少しずつ、ね。でも、まだ……分からないことが多すぎて。それに、やっぱり、あたしはこの立場には向かない気がしてるよ。なんていうかさ、こういうのって、もっと、国はこうあるべき、とか、より良い未来はこっちだー! うりゃー! って強く描ける人がやった方がいいと思うんだよね」
「そうなの?」
「どうなのかな?」
「知らないけど……」
「えっと……なんていうか、さ。たとえ、お飾りだとしても、そういう人の方が、ここに居る意味は強い気がする。あたしは単純だから、目の前にあることを自分で、あれは良い! これは悪い! って決めて動いちゃいたいけど、ここに座ってると、それじゃ駄目なんだろーなって思う」
 月夜を始め、他の面々を前に、理子はウーンと難しい顔をしながら額の端をこねくり回しつつ、
「例えば、ジークリンデにはきっと『平和』な状態っていうのがイメージ出来てて、それを叶えるための、方法とか影響? みたいなのが分かってたんだと思うの。多分、そうやって女王をやってた。でも、あたしにはまずその全体の平和っていうところのイメージが……せいぜい、こー、皆とバカ騒ぎしたり、楽しく喋ったり……自分の周りしか見えないっていうか」
「理想が無い、ということ?」
「そういうことになる、かな? いや、もちろん、世界が皆で笑って暮らせる平和な状態だったら良いなー、とは思うよ。でも、具体的にそれってどんな状態? って考えると、頭がこんがらがっちゃう」
 月夜は小さく溜め息をついてから、理子を見る目を細めた。
「でも理子は代王として先へ進まなきゃいけない」
「分かってる。ジークが戻ってきた時、後ろめたい気持ちで会うのは嫌だしね」
「なら私たちは皆に願われながら代王として一人で先へ進む女の子、高根沢理子の為に動くよ」
「……ありがとう」
 理子が、照れくさそうに首の後ろを掻いてから、スッと背を正して、そこに居る皆の方を見やる。
「皆も――」


 しばし後、月夜はティセラへと問いかけていた。
「ティセラは、アイシャの女王の力を感じてるの?」
「はい」
 頷き、ティセラが片目を細め、半ば思案しながらといった面持ちで続ける。
「アイシャという娘が持っているのは間違いなく女王陛下のお力ですわ。でも……一体なぜ彼女がそんなものを持っているのか、彼女が何者であるのかは全く分かりませんの」