空京

校長室

戦乱の絆 第1回

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戦乱の絆 第1回
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リアクション

 少女発見!
 
 
 シャンバラとカナンの境に、その森はあった。
 ジャタの森――浮遊大陸・パラミタの森にして、神秘のヴェールに包まれた密林である。
 ジャタ族や、じゃたをはじめとする精霊が住まう森。
 そこはまた文明から取り残された未開の地でもあり、ひと度土地勘のない旅人達が足を踏み入れれば、たちまちのうちに出口を見失い、血に飢えた獣たちの餌食となってしまう恐怖の樹海でもあった。
 
 ■
 
「……そんな場所に、不可抗力とはいえ、よく入ったもんだぜ!」
 年頃の女の子が1人で、だろ?
 そう言って、西シャンバラ・ロイヤルガードの皇 彼方(はなぶさ・かなた)は、森の天井をやでやでと大儀そうに見上げた。
 彼の隣にいるのは、パートナーのテティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)……ではない。
 元部下にして、捜索隊員の1人である渋井 誠治(しぶい・せいじ)
「地図を作製しておいて、正解だったぜ!」
 彼は得意満面の笑顔で、彼方に地図を渡す。
 西シャンバラ政府から「アイシャ捜索」のため、ジャタの森に駆りだされた西側ロイヤルガード達。
 彼の苦境を知って、誠治は彼方の下で手足となることを志願したのだった。
「ああ、時間はかかったけどな。
 俺とテティスと、分かれて行動できる。
 助かった」
「『オレ達も』なんだけどね? 彼方さん」
「ヒルデガルトもだっけ?」
 誠治のパートナー・ヒルデガルト・シュナーベル(ひるでがると・しゅなーべる)は、テティスと共に他の捜索隊へ情報を伝えに走っている。
 これも彼が作った地図のお陰だ。
「歩きながら地図を製作して、未捜索地域に印をつける。
 そこから、アイシャの行きそうな場所に当たりをつける
 いいアイデアだったよ、それって。うん」
 
 彼方が唇に人差し指を当てたのは、直後のこと。
 同じ指を、前方へ向ける。
 大木が茂る神秘の森は、秋とはいえ木々に遮られ、深部は薄闇だ。
 その大木の陰で、ふうっと白い影が現れた。
 幽霊にも見えたが、違う! 影は、生身の人間だ。
「これほど早く見つかるとは思わなかった!」
「彼方さん! オレも一緒に……」
「いや、俺1人で十分だ」
 彼方は誠治を下がらせ、モノトーンに赤を利かせた派手なマントを翻す。
 西シャンバラ・ロイヤルガードの制服。
 動きやすい訳はないが、今はそのようなことを構っている暇はない。
「えっと、あの……君が、その、アイシャさん?」
 ストレートな彼方は、普段の率直さで少女に近づく。
 驚いた少女が振り向く。
 
 なんて綺麗な子だろう!
 
 透けてしまいそうなほど白い肌。
 凛とした大きな緋色の瞳。
 柔らかそうな長い髪はふわりと翻って、闇に鮮やかな残像を残す。
 
 誠治の行動が僅かに遅れたのは、少女の希有な美貌に気を取られたため。
 パシュッ!
 森の天井目掛けて、サンダーブラストが放たれる。
 誰が撃ったかは、不明だ。
「彼方、危ない!」
「誠治、伏せて! 早く!」
 伝令から戻ってきたテティス等の声で、彼等は横っとびに飛んだ。
 アシッドミスト――彼らのいた場所に、酸の霧が取り巻く。
 遠くに、【陽動】の北郷 鬱姫(きたごう・うつき)パルフェリア・シオット(ぱるふぇりあ・しおっと)の姿。
 やーいやーい、と彼方達をからかった。
 そのまま逃走を図る。
「あ、あいつら!
 彼方さん達はアイシャさんの方へ!」
「わかった! 誠治。いくぞ! テティス」
 彼方はテティスを伴って、アイシャへ向き直る。
 光条兵器を展開させる。
 光り輝くバスタードソード。
「バカね!
 逃げなさいよ、早く!」
 誰かが叫んだ。
 【陽動】の水無月 零(みなずき・れい)だ。
 バニッシュで彼方達を錯乱させる。
 
 一瞬の、閃光――。
 
 気がついた時には、アイシャの姿はない。
 同じ場所で、神崎 優(かんざき・ゆう)がうろうろと銃型HCの地図を片手に、彼女の足取りを捜していた。
「まだ、近くに……おそらく、西側へ向かったかと」
「なぜわかる?」と誠治。
「最後に見かけたのが、あの木の向こうだ」
 大木を指さした。
 彼方が地図を確認する。確かに西側だ。
「彼方さん、追いかけようぜ!」
「ここは、ジャタの森だぞ。深追いは危険だ!」
 彼方はハッとして振り返る。
 既に優の姿はない。
「そうか……そういうことだったか……」
 彼方はフッと笑う。
 光条兵器を収めると、木々に向かって叫んだ。
「お前ら!
 軽率に保護しても、エリュシオンの脅威には対抗できねぇぞ!
 わかってんのかっ!!」
「? 誰に向かって警告しているのです?」
 誠治は首を傾げる。
 彼方は眉をひそめて答えた。
「西でも東でもない。
 親切だが危険な連中に、さ」

 ■
 
「彼方さん!
 本部から伝令です」
 隊員の青年が彼方の下へ走ってくる。
「アイシャ、と思しき少女が、捕捉されました」
「何? どこでだ?」
「ジャタの森のイルミンスール方面――ここから、数キロは先ですね……」
「数キロ?」
 彼方は首を傾げていたが、テティスが口を挟んだ。
「ばかね、彼方。
 アイシャさんは、テレポートが出来るのよ?
 数キロくらい、一瞬で移動出来てしまうわ!」
「そ、そうか……ていうか、んなこと、わかってらい!」
 ふふん、と、バツが悪そうに鼻を鳴らして、彼方は伝令に礼を告げる。
「すまない。
 俺達も向かう。
 本部にはそのように伝えてくれ」
「……了解致しました、彼方さん」
 その時、青年の顔が不敵に笑ったことに、彼方達は気付かなかった。
 
 青年は彼方達から離れると、本部のある方向とは違う大樹の陰に隠れる。
「巧く行きましたね、イオ」
「ああ、ロイヤルガードが全員、彼ほど素直であればよいのだがな」
 彼――イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)はマジックローブを脱ぎ去ると、アルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)に冷静に告げた。
「我々は、何としてでも成功させなければならないのだ。
 我ら【陽動】の面々は、【保護逃走】、そして【シャンバラの絆】の仲間を支援し、アイシャを確保せねばならない」
「『東西政府に帝国に対する政治的な弱みを作らない第三者の行動』のための組織……」
 アルゲオが組織の意義を告げる。
 イーオンは頷いた。
「その指揮官が、俺の裏の顔だ。
 だが、彼方もバカではない。
 サンダーブラストも、この一発が限界だろう。
 いくぞ! アル」
 
 風が吹いて、足下で小さく渦巻き、枯れ葉を闇へと攫って行く。
 ヴァイシャリーへ――。