校長室
戦乱の絆 第二部 第一回
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アイシャ・東京 空京・シャンバラ宮殿。 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、アイシャに謁見していた。 「私が、ロイヤルガード?」 「そうです。あなたの戦功は聞き及んでいます」 イコン格納庫を襲撃し、多数のヴァラヌスを破壊したことが認められ、 アイシャ自らルカルカを呼び寄せたのだった。 「はい! 光栄です! これからも頑張らせてもらうわ」 ルカルカは軍人らしく敬礼し、ロイヤルガードの任を受けた。 「……それに、私も、アイシャ様と同じ年頃の女の子です。 何かあったら気兼ねなく相談してね」 ルカルカは、人懐っこい笑みを浮かべ、アイシャも、 「ええ」 笑ってうなずいた。 ■ 柄にも無く、少し緊張したかもしれない。 シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は、ペンダントを軽く握りながら薄く息を整えた。 言わなくてはならないことを頭の中で並べてなぞる。 それは何度も繰り返したことだ。 なんとか出来るという確信はあった。材料もある。筋が通っている。何も間違っていないはずだった。 だけど、“大切な人”の命に関わることだからか。 何か重大な見落としをしているのではないかという、形の無い不安が離れない。 「心配すんな」 ぺん、と背中を叩かれる。 シャーロットの背を打った手をひらひらとさせながら呂布 奉先(りょふ・ほうせん)が言う。 「大丈夫だ」 彼女が浮かべていた笑みは、とても無遠慮で、男らしかった。 やがて、アイシャの前へ通される。 「――セイニィ、ティセラ、パッフェル。裁判で特赦を受けた三人の十二星華についてお願いしたいことがあります」 「どうぞ」 アイシャに促され、シャーロットは下げていた顔を上げた。 気持ちは落ち着き、頭はいつものように澄み渡っていた。 冷静に言葉を紡ぐ。 「彼女たちの処刑を、恩赦という形で正式に減じていただきたいのです」 セイニィたちの働きを挙げる。 帝国への偵察、旧シャンバラ宮殿の戦い……整然とその成果を述べていく。 「これらシャンバラ建国への貢献は、恩赦を得るに足るものかと思います。 そして、彼女たちを処刑すべきと言った者は――」 シャーロットはアイシャを見据えた。 アイシャのそばで話を聞いていた高根沢 理子(たかねざわ・りこ)もまた、アイシャを見つめていた。 「アイシャ……」 理子の呟きの先で、アイシャがゆっくりと言う。 「シャーロットさん……ありがとうございます。 後は、私に任せてください」 アイシャが続ける。 「彼女たちには、これから重大な使命を果たしてもらうことになります。 その件と今までの貢献を合わせて説得すれば、皆、減刑を認めざるは得ないでしょう。 大丈夫、安心してください」 その言葉に、シャーロットは小さく息をついた。 理子が、のぎゅっとアイシャに抱きつく。 奉先は、「な?」というような顔で笑っていた。 シャーロットの謁見から、しばらく後――。 「どうして帝国はシャンバラと共に歩むことは出来ないのでしょうか?」 コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)はアイシャに問いかけていた。 宣戦布告はなされ、戦いは始まってしまった。 その事実は変えられない。 だから、コトノハとルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)は、帝国がシャンバラを攻める真因を追求することで、この争いを終結させる方法を探そうとしていた。 やがて産まれてくる我が子のためにも。 「何故、5000年前と現在、帝国は戦争を繰り返そうとするのか…… 民族問題、宗教問題、資源の取り合い、大帝の私怨、他国の衰退による相対的な帝国の栄華……どれも違うようです。 帝国は、ただ、再び地球との繋がりを断つためにシャンバラを滅ぼしたいのでしょうか?」 コトノハが真摯に見据えた先、アイシャがゆっくりと言葉を紡ぐ。 「5000年前……アムリアナ様は、過ちを犯しました」 「……過ち?」 「重臣たちに騙され、パラミタと地球を融合しようとしたのです」 「融合……だと? 何故そのようなことを?」 ルオシンの問い掛けに、アイシャがわずにか目を細め。 「シャンバラの重臣たちは、いつか訪れるだろうパラミタの崩壊に怯えていました。 しかし、パラミタ大陸の全てが地球と融合出来るわけではなく、融合出来なかった地は消滅してしまう……。 そのことを知った帝国は鏖殺寺院や地球勢力をも利用してシャンバラを滅ぼすことに全力を傾けたのです」 少しの沈黙の後、ルオシンが誰に向けてでもなく問う。 「だとすれば、今、帝国がシャンバラを攻めて来ているのも、融合による消滅を恐れてのことなのか?」 その言葉にアイシャは首を振った。 「大帝はアムリアナ様が融合を望むはずがないと知っているはずです。 そして、私がアムリアナ様から全てを受け継いでいるということも」 「融合を恐れているというわけではないのなら……帝国は一体なぜ……」 コトノハは、知らず自身の体に手を添えながら呟いていた。 しかし、その疑問に対する明確な答えが返ってくることは無かった。 「立案していただいた組織は、その必要性を認められ、現在、設立に向かって動いています」 アイシャの言葉を、夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)は静かな微笑みを浮かべたまま聞いていた。 戦場での負傷者の治療と避難活動を主とした組織。 彩蓮は、その設立の必要性を纏め、シャンバラ政府へ立案書を提出していた。 おそらく、今も個々で医療活動や避難活動にあたっている人たちが居る。 そういった人たちを、より活動し易くするための組織だ。 東西合同医療活動支援協定の際のチームをほぼそのまま活かすことが出来るため、設立までのタイムラグも少ない。 「ミルザム様に代表をお願いする件については――」 新たな組織の代表者にミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)を挙げていた。 そして、パートナーのデュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)に承諾を得るための説明に向かわせている。 「彼女は、今、日本で政治活動を行おうとしているため、こちらで活動してもらうのは難しいでしょう。 おそらく、代わりの方へお願いすることになると思います」 「そうですか……」 「組織の名前、なのですが――」 「はい」 「立案書にあった、『蒼十字』。 これを名前として使わせていただこうと思っています。 かまいませんか?」 「もちろんです」 彩蓮は、やはり静かに微笑んだまま答えた。 ■ 東京。 「――なかなか」 シルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)は、ビルの大型ディスプレイを見上げながら、小さく口笛を零した。 その中ではスーツ姿のミルザムが何やら真剣な様子でリポーターのインタビューに答えている。 「頑張っていらっしゃるようですね、ミルザム様」 人ごみの中、シルヴィオとはぐれないように身を寄せたアイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)が言う。 「スーツ姿も眩しい」 シルヴィオは悪戯げに目を細めながら言って、ふと視線を人ごみへ移した。 忙しく行き交う人の群れ。 「しかし、参ったな。どうも」 零す。 シルヴィオたちはジークリンデに会うために東京を訪れていた。 ジークリンデと理子が出会った“聖なる森”とジークリンデの関係を調べようと考えていたのだ。 ジークリンデの記憶を取り戻す手立てを探るためだ。 が―― 「このような所に、お一人で……大丈夫でしょうか」 アイシスが不安そうに呟く。 理子から紹介状をもらい、然るべき場所に森への見学許可とジークリンデへの連絡をお願いしたところ、彼らは、ジークリンデが既にそこに居ないことを知った。 彼女は様々なことを知る内に、自分がおかれている状況も把握したらしい。 そして、『日本国民の税金で暮らすわけにはいかない』というような事を残し、今は東京で一人暮らしをしているのだという。 森に惹きつけられるものを感じるといっていた彼女だから、そう離れた場所には行っていないだろうが……。 「というか、復活する前は大変だったんだから、しばらくは、のーんびりと過ごしてても罰は当たらないと思うんだけどなぁ」 シルヴィオは人ごみの中を歩きながら、後ろ首を掻いた。 “聖なる森”は、興味深い場所だった。 80年以上、人の手による管理は行われていないという森は、都会の中にも関わらず本物の自然としてそこにあった。 澄み渡る木々の伊吹に充ち、珍しい動植物に溢れていた。 そこで、ジークリンデ復活前に比べると、ここの自然にも陰りがみえているような気がするという話を聞いた。 そして、東京はかつて海の底だったという。 となれば、アムリアナ女王が封印され眠っていた場所と森には、やはり何らかの関係があったのかもしれない。 「とはいえ……」 ジークリンデの記憶を取り戻せそうな情報を得ることは出来なかった。 街の中に吐き出されるミルザムの声を背に、街の雑音の中を行く。 ■ 「そうですか」 デュランダルからの連絡を受けて、彩蓮は携帯を切りながら小さく息をついた。 ミルザムの件だ。 直接パラミタで活動するのは難しいが、日本で医療物資を調達したりなど、出来る限りのバックアップをしてくれるとのことだった。 先ほどシャンバラ政府から受け取った医療・避難活動支援組織『蒼十字』の資料を見やる。 その表紙には、青い菱形の中に十字を添えた標章があった。 ■ シャンバラ宮殿の一室――。 「……大丈夫?」 よろけたアイシャを支えた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)の言葉に、アイシャが微笑みを浮かべる。 「ありがとう、詩穂。少し、躓いただけだから」 「……でも――」 「詩穂」 詩穂の言葉を切るようにセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)は言った。 きょとん、とした顔を向けてきた詩穂へ続ける。 「わたくしは少し用事がありますので、少し席を外させていただきます」 「え? あ、うん。分かった」 「アイシャ様をお願いいたしますわね」 そして、部屋を出る。 二人を残し、閉じた扉を背に薄く息をつく。 (……やっぱり、かなり溜め込んでいるようですわね) アスコルドの宣戦布告が行われたのは、詩穂のロイヤルガードの任命式のすぐ後だった。 そして、状況が片付き始め、一息つけるようになった頃…… 詩穂たちはアイシャの様子が少しおかしいことに気づき、お茶を持って彼女に休憩するように薦めていたのだった。 「アイシャちゃん。本当に大丈夫?」 詩穂はアイシャを支え、胸元でうつむいた格好の彼女に問いかけた。 詩穂の上着に触れていたアイシャの手が、くぅと握られる。 「……アイシャちゃん?」 「ど……して……」 彼女の声は少し掠れていた。 「どう……して、こんなことになったの……?」 アイシャが顔を上げないまま、独白のように続ける。 「アムリアナ様も皆も平和を望んだから、私を国家神にしたのに……。 なのに――私は、上手くやれなかった。 戦争が起きてしまった。起こしたくなかった。誰も争いなんて望んでいなかった。 エリュシオンの人たちも、きっと。 私だって、大勢の人と人が傷つけ合う姿なんてもう見たくなかった」 彼女の声は段々と冷えていくようだった。 「私は……」 「アイシャちゃん」 詩穂は言って、アイシャの肩を強く掴んだ。 アイシャの顔が縋るように上げられる。 「詩穂はね、アイシャちゃんの覚悟や意思が言葉だけじゃないって知ってるよ。 詩穂が、ちゃんと知ってるから大丈夫」 アイシャをしっかりと立たせて、己は跪く。 (詩穂は国家神の何を護りたい?) 自問する。それは戴冠式の時からずっと繰り返していたこと。 そして、その答えはもう決まっていた。 片手でアイシャの手を取り、その手に小さなペンダントをそっと置く。 果てなく続く平和の願いを込めて、“悠久”と名付けたロケット。 「詩穂は、女王様の心を護るためにロイヤルガードになったんだ。 だから、アイシャちゃん」 平和の願いを握りしめた友人に、詩穂は言った。 「絶対に一人で抱え込まないで」