空京

校長室

戦乱の絆 第二部 第二回

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戦乱の絆 第二部 第二回
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■タシガンの戦い

 タシガン。

 イコンの発着場では多くの生徒が戦いの準備を進めていた。
「貸し出したフラワシが傷付けられると、やはり、ウゲンにもダメージがあるのか?」
 イコンのコックピットで準備を進めていた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)の問い掛けにウゲンの声が返る。
「無いね」
「そうか」
 ぷらん、と外から逆さまにウゲンが、開かれたコックピットの中を覗いてくる。
「残念だった?
 僕を後ろから刺せそうなアテが外れて」
「被害妄想だ」
「だと良いけど」
 ひょい、とウゲンの顔が引っ込んで、クックッと屈託無く笑った声が聞こえる。
 呼雪はラシュヌの計器の確認を続けながら。
「七曜が裏切った場合の事は考えているのか?」
「どうだろうね」
 複座のヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が、ふふっと笑う。
「君のことだから、凄いしっぺ返しを用意してるんじゃない?」
 呼雪はヘルを見やった。
「……楽しそうだな、ヘル」
「そーいえば、七曜のフラワシ凄そうだねぇ」
 ヘルが遊ぶように呼雪の言葉を流して言う。
「まだまだ色んなフラワシを持ってるんでしょ?
 どんなのが余ってるの?」
「企業ー秘密ー」
 欠伸交じりの声が返ってくる。
 ヘルが、えー教えてよーけちー、などと一通り戯れた文句を垂れた後。
「あのさ、ウゲンのお兄さんってどんな人だったの?」
「ロクでなしだよ」
「嫌い?」
「どっちかっていえば好きかな。今は」
「今は? なんで?」
「消えてくれたから」
 その言葉があまりに無邪気で、呼雪は無意識に手を止めていた。
 すぐに意識の流れを取り戻し、指にかけていたスイッチを入れる。
「ヘル。そろそろ起動させておくぞ」
「はーい。
 にしても、面倒くさいねぇ。
 ウゲンなら、一辺に沢山のゴーストイコンみたいなのに作れたりするんじゃない?」
「アレ弱っちいじゃん」」
「ウゲン、お前を狙う者が居るとも限らない。なるべく離れないでくれ」
「努力するよ」
 閉まり行くコクピットの隙間からウゲンの片手が振られたのが見えた。


 出撃準備に入るイコンたちの足元。
「だからね、エミリー。ここは、あたしの母校で……」
「でも、それがしは七曜ではないであります。だから関係無いであります」
 エミリー・グラフトン(えみりー・ぐらふとん)は不機嫌そうに片頬を膨らませていた。
「……ふてくされてる場合じゃないのに……」
 湯島 茜(ゆしま・あかね)は肩をがっくしと落としながら長くため息をついた。
 かつて暮らしていたタシガンの危機を救いたくて、渋るエミリーを何とか連れてきたものの、どうにもエミリーが乗り気になってくれない。
 エミリーはウゲンに七曜へ加えてもらえなかったことを拗ねているようだった。
「はぁ……もう、どうしたら」
 うー、と額をこねながら考えた後、茜はハタと気づいて、指を鳴らした。
「……?」
「あたし、気付いちゃった」
「何を、でありますか?」
「九曜って知ってる?」
 怪訝な顔をしたエミリーへと茜は構わず続けた。
「そもそも七曜っていうのは火、水、木、金、土に太陽と月を合わせた天体を差したものなんだけど――
 占星術とかだと、これにもう二つ加えられて九曜になるんだ」
 ぴ、と両手の人差し指を一本ずつ立てて見せる。
「加えられるのは、羅ごうと計都っていう二星。
 これはインドの不死身の神様が首を切断されて、その頭部が羅ごう、身体が計都になったことに由来するんだよ」
「首が切断……」
「そう。
 この、首と身体が別れてってところ、エミリーがウゲンから貰った力と似てない?
 つまり、七曜は……本当はエミリーの首と身体を加えた九曜だったんだよ!」
「…………」
 エミリーが踵を返す。
「エミリー?」
「それがしは、九曜の羅ごうと計都であります」
「それじゃあ――」
「任せるでありますよ」
 頼もしく戦いの準備へと向かったエミリーを見送る。
 ふいー、と茜は息を抜いてから。
「それにしても、『七曜』にこんな秘密があったなんて……驚きだよ」
「僕もだよ」
 聞こえて茜が振り返ると、
 ウゲンが顎に拳を置きながら、ふむふむと頷いていた。
「……い、いつの間に。
 っていうか、さっき言ったような理由があっての名前じゃ、ないの?」
「あー。うん。ええと。さっき君が言った通りの理由があったような無かったような……」
「ちょっ、こっちの目を見てハッキリとー!」
「あははははは――
 まあ、本当のところなんてどうでもいいんじゃないかな。
 彼女もやる気になったみたいだし」
 ウゲンがしゅぱっと姿を消してしまう。
「やっぱり本当に適当だったの!?」
 茜の声が虚空に虚しく響く。



 空を埋め尽くす龍の大群。

「……すげぇ数だな」
 西城 陽(さいじょう・よう)は、東の空を見やったまま生唾を飲み下した。
「そう、沢山いるんだね」
 彼に手を引かれる横島 沙羅(よこしま・さら)が呟く。
 彼女の目元は顔に巻かれた布で見えない。
 タシガン東部の森の中に、ぽつりと盛り上がった丘の上だ。
 辺りには濃霧が立ち込めていた。
 立ち止まり、沙羅の手を離す。
「じゃ、俺は行くけど……」
「うん、ありがとう。陽君」
 沙羅の口元が微笑む。
 胸がむずりと気持ち悪い。
 舌打ちを打ちそうになった気分を飲み込んで、陽は代わりに大きく息を吐いた。
「これだけは言っておく。その力はお前自身の力じゃないんだから……のまれないでくれよ」
 沙羅が言葉なく笑む。
 そんな彼女へ、ぶつけたい言葉が、ぐっと喉へ持ち上がる。
 しかし、
「…………」
 それは己への不甲斐なさと一緒に内へと押し込んだ。
 帝国軍が、すぐそばまで迫って来ている方を一瞥し。
「……それじゃあな。絶対に無理すんじゃねーぞ」
 彼は沙羅を残して離れた木の陰へと急いだ。
(くそッ……。
 そもそも反対なんだよ、オレは。
 だけど、沙羅がああなった以上はウゲンには逆らえねぇし、敵は攻めて来てる。
 パートナーの俺は……何も出来ない。
 せめて沙羅を見守るって覚悟を決めるくらいで――)
 沙羅の視界に入らない建物の影から、慎重に彼女の方を見やる。
(……覚悟。オレはできてる……のか?)


 森の匂いを含んだ水ったい空気の中に、独特の生臭さを感じた気がした。多分、これが龍の匂い。
 視界を塞ぐ布を解く。
 ゆっくりと瞼を開いて、瞳に世界を受け入れる。
 鈍い色彩の風景を巡らせて、空を見上げる。
 空の色。
 一杯の龍騎士達の色。
 クスッ、と喉で爆ぜるように笑う。
「ああ……見ちゃった」