空京

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戦乱の絆 第二部 第二回

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戦乱の絆 第二部 第二回
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■タシガンの戦い3

「力を求める代償はどれほどか……」
 ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)は後方で味方の援護を行いながら、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)を観察していた。
 彼女は、シャンバラのイコン部隊やイリアスの龍騎士団と共に帝国軍と戦っている。
 しかし、未だ、得た筈のウゲンのフラワシの力を使おうとする様子は無かった。
「彼女は虎の尾を踏んだことに気づいたかな、それとも……」
「今のところ、ウゲン卿や七曜に怪しい動きはないようですね」
 傍らのウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)が言う。
「今のところはね。
 だけど、ウゲン卿は危険だ」
「分かっています。
 イエニチェリ選抜の件、そして、前領主アーダルヴェルト卿が彼の中に救世主を見たという話……。
 私は、彼が自分の気に入るオモチャを求めているようで恐ろしい――」

 衿栖のアニメイテッドイコン・アサンブラージュが叩き弾かれ、負傷者を搬送しようおとしていた仲間たちの方へと吹っ飛んでいこうとする。
「――くっ!?」
 衿栖は、すぐに軌道をずらそうとしたが、ふいに、手応えが消えた。
「え……」
 衿栖のコントロールを離れたアサンブラージュが慣性に導かれ、仲間たちを押し潰そうとする。
 何が起きたのか考えている時間は無かった。
 衿栖は自身の人形を取り出し、イコンを見据えた。
 ウゲンから借り受けたフラワシが発動する。
 出来れば、使いたくなど無かった力。
「ごめんなさいっ」
 サイコキネシスで人形を引き裂く。
『イ゛ヤ゛ァア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
 人形の断末魔が彼女の脳内に響き渡る、と同時に、彼女が見据えていたイコンが人形と同じように引き裂かれる。
 衿栖は目元に涙を溜め、歯を食い縛りながら、更に人形を裂き分けた。
 バラバラに裂かれたイコンが仲間たちの周囲へと衝突し、激しい音と共に粉塵と煙を上げる。
 が、なんとか彼らを守る事は出来たようだった。

「彼女の能力……」
 負傷者を搬送する仲間の援護へと向かっていたヴィナは、衿栖の方を一瞥し呟いた。
「対イコン専用なのかな?」
 ウィリアムが訝しげに。
「何故、第七龍騎士団が来るというキマクへ向かわせなかったのでしょうか?」
「つまり、これはあくまでデモンストレーションなんだろうね」
 ヴィナは薄く目元を歪めながら言った。
「善悪の分からない子供が、オモチャの世界を壊す前に遊んでいるんだ」




「素晴らしい……素晴らしいです。ナンダ様」
 おおお、とマハヴィルは感動に打ち震えていた。
 ナンダはフラワシの力を使って迫る龍騎士たちの動きを次々に止めている。
 マハヴィルは彼が、どれほど努力しているか知っていた。
 未だ降霊術を身につけていない彼は必死にそのための勉学に励んでいるのだ。
 そして、今のこの事態に対しても、暴走の危険性もある中で、皆を守るために、こうして前線で力を使っている。
 力を使うことによって支払わなければならない“代償”すら構うことなく。
 マハヴィルはナンダの片手にさりげなく己の上着を掛けた。
 と、ナンダの様子の変化に気づく。
 痛みをこらえるように歯を噛み擦った音。
 見れば、ナンダは苦しげにしかめた顔に脂汗を浮かべていた。
「ナンダ様!?」
「だい……じょうぶ、ボクは――ギッッ!?」
 震えたナンダの半身が服の上からでも分かるように、ぼこぼこと奇妙に蠢く。
「まさか、暴走が!?」
「ィギ、ア、ア……アアアァ゛ッ」
 自身の支えを失ったナンダの体を抱き、マハヴィルは後方へと駆けた。
「まだ……ボクは」
「ご安心ください。
 ナンダ様のお力により、いまやこちらの龍騎士部隊は骨を失っております。
 後は皆に任せ、お休みなさいませ」
 マハヴィルの言葉が終わるのを待たずに、ナンダの意識は失われていた。
 北都のアシュラムによる援護を受けながら、ナンダを抱いたマハヴィルは後方へと下がっていった。




「ジグ、ジグ、ジグ……」
 優雅に緩やかに跳ね回る交響曲。
 高貴な幽霊たちの舞踏会を彷彿とさせる、ともすれば悪趣味な滑稽さを持つ管弦の響きが霧の街の一角に蔓延っていた。
「さあ、もっと上手に踵で拍子を取らなきゃいけないよ、龍騎士さん」
 音無 終(おとなし・しゅう)が弾丸を放つ。
 その弾を従龍騎士は避けることが出来ない。
「ッッぐ――また……一体、何が起こっているのだ?」
 彼は困惑しているようだった。
 鍵盤打楽器が骨のかち合う音のように軽やかに打ち鳴らされている。
 霧の向こうでは、銀 静(しろがね・しずか)がそばのスピーカーから吐き出される音楽を繰るかのように、ただ指揮棒を振るっている。
 従龍騎士は、もう随分と前から静の方へ向かおうとしていた。
 しかし、近づくことが出来ない。
 終の弾丸に邪魔をされる。
 だが、彼に終の姿を見つけることは出来ない。
 すぐそばに居る筈なのに、視界に捕らえることが出来ない。
 足音も気配もある。特別な力を使って隠れているわけでもない。だが、彼が振り向いた方に、必ず終は居ないのだ。
 そして、放たれる弾丸を避けることは、ただの一度も出来なかった。
 彼の身は必ず弾丸の向かう方へと身を避けてしまう。
 何か得体の知れない巨大な存在に操られるように、自分の意思など存在しないかのように、彼は虚しくただただ命を削られていくだけだった。
 悪ふざけのような音楽が次第に大きくなって頭を揺らしていく。
「何だ……これは何なのだッッ!!? 俺は悪夢を見ているのか!!?」
 彼が気を違ったように叫ぶ。
「お気に召さない?」
 終の声が聞こえる。
 心身ともに満身創痍の彼が振り向いた先、ようやく見ることが出来た終の顔はつまらなそうに片目を細めていた。
「なら、止めるか」
 銃声は交響曲に飲まれる。

 地面に倒れ伏した従龍騎士を見下ろしながら、終は、ふむと零した。
「やはり、使い方次第といったところだな」
 と、静の方を見やる。
 静は、その場に倒れ伏していた。
 頭を抱え、舌を出し、大量の汗と唾液を地に零しながら体を痙攣させている。
「計算ではもう少し持つと思ったが……暴走か?
 ――仕方無い。予定より早いが退くとしよう」
 終は鼻を鳴らし、静の方へと歩んだ。


 タシガン西部――
「クソッ、力さえあれば俺様だって!!」
 ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)の乗ったセンチネルは龍騎士に囲まれていた。
 周囲に散乱する味方イコンの残骸を踏み蹴ちらしながら、がむしゃらにスピアを振るう。
「あーあ、だから早く逃げようって言ったのに」
 ジェンド・レイノート(じぇんど・れいのーと)のボヤきには諦めが含まれていた。
「だ〜〜ひゃっはっはっは、だまらっしゃい!」
 ゲドーはひとしきり笑ってから、ピシリと言った。
「ここで気張ればウゲンからフラワシをもらえるかもしれないんだよ。
 見ただろ、あの冗談みたいな能力を。
 アレだよ、アレが欲しいの、俺様は。絶対に。
 だから、俺様は戦う! 俺様のた――」
 刹那、龍騎士たちの攻撃が容赦なく降り注ぎ、センチネルは数秒と耐えられずに大破した。
 そして、その衝撃の中で、ゲドーは意識を失っていた。

 どれほどかの時が経って……
 辺りは、とても静かになっていた。
「派手にやられたね」
 こっちは身体中の痛みで目を開くことすら困難だというのに、その声は呑気なものだった。
 ゲドーは、フツフツとした恨みを込めて舌打ちをしようとしたが、それは口の中の血をゆったり掻き混ぜただけで終わった。
「ここはイコンと龍騎士の残骸だらけだよ。
 まるで大量の墓標。墓場みたい」
 声はケタケタと笑ってから。
「君、僕に忠誠を誓う気はあるかい?」
 問われて、ゲドーは首だけをそちらへ傾け、にったりと笑ってみせた。