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リアクション
地下道・攻防
地下道は、入口から続く長い梯子の下にあった。
秘密の通路、というほど狭くはない。
運搬用のフォークリフトくらいはゆうに通れるほどの広さは有る。
天井は言わずもがなだ。
実際、イコン用の資材らしき積荷がそこかしこに置かれてある。
窓はないが、非常用の電灯の為、足下が見えぬという不便さはなかった。
「ドックへの近道が女王専用の通路、という訳ではないのですか? アイシャさん」
率直な感想を漏らしたのは、酒杜 陽一(さかもり・よういち)だ。
傍らにフリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)。殺気看破を使って、周囲を警戒している。
「この足跡の多さといい、敵が侵入したからという訳ではなさそうですが?」
「そうです、酒杜先生。
おっしゃる通りです」
酒杜先生の噂は、パートナーの高根沢 理子(たかねざわ・りこ)から常々聞かされている。
親しみを込めた目で、アイシャは説明した。
「ここは、最後の女王器――つまり海底遺跡から引き上げられた『ゾディアック』の研究員達の為の通路です。
もっとも、この入口を知らされている者達は、限られておりますが」
「では、中には研究員たちも閉じ込められているということでしょうか?」
いいえ、とアイシャは頭を振る。
「研究員達は、既に退避した後。
いま中にいるのは、百合園女学院の理事長でいらっしゃるラズィーヤ・ヴァイシャリー様と、彼女と共にゾアティックを守る方々だけ、というお話です」
「そうですか……では俺は傍にいて、アイシャさんをお守りする事にしますよ」
そうして陽一はちぎのたくらみを使い、幼い理子の姿に変身した。
「この足跡から察すると……。
当面の敵は、ヒラニプラ家の機晶姫達でしょうから」
「陽一は機晶姫達を殺したくないのだ」
フリーレが耳元で補足する。
「小さい体を利用すれば、相手の攻撃し辛い足元に飛び込むことが出来る。
そうして四肢を破壊して、無力化するつもりなのだ」
アイシャは頷きつつも、内心感嘆していた。
なるほど、あの理子の尊敬を受けるという事は、並みの男ではないのだ、と。
そして自分を守るのは理子を守る為だ、という事も……。
「……ちゃん、アイシャちゃん?
そんなに思いつめないで!」
ハッと気づくと、目の前に騎沙良 詩穂(きさら・しほ)の顔があった。
不思議そうに自分をのぞきこんでいる。
傍らに、清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)の姿。
「わ! 私、そんなに思いつめた顔をしていたのかしら?」
「してた! また、何でも自分で抱えちゃおうって! そういう顔」
くすくすと詩穂は笑う。
アイシャの鼻先を小突いて。
「約束したよね? 1人で抱え込まないでって」
「…………」
「詩穂は、そのためにアイシャのロイヤルガードになったんだからね☆」
「……そうね、ありがとう」
アイシャは不安そうにコートを引き寄せた。
寒いよね?
そう言ってここに着いた時、詩穂がかけてくれたのだ。
この、西シャンバラ・ロイヤルガードのコートを。
「アイシャちゃん?」
詩穂が肩を掴む。
アイシャは我に返った。
「疲れたの?」
「詩穂、お願いがあるの?」
「なぁーに? アイシャちゃん」
「あのね……私の事、忘れないでほしいの!
何があっても、ずっと、ず――っと、よ?」
「はい? 何を言ってるの? アイシャちゃん?
大丈夫だよ! 私がちゃんと守るからね!」
あははは――っと、詩穂はいつもの明るさでアイシャの気持ちを和らげる
「分かっているよ、アイシャ。
誰よりも平和を望んでいるのに、戦いの中へきてしまった事。
でも、そうしなくっちゃ、って思ったんだよね?」
アイシャはハッとして詩穂に目を向ける。
ありがとう、とようやく笑顔を見せた
「大丈夫、覚悟は決めているの。
先を急ぎましょう」
ええ、と頷きつつ、詩穂は【慈愛】にそっと目を落とすのだった。
(こんなに戦いが嫌なアイシャちゃん。
無理して女王らしくしているけれど……。
敵を傷つける事さえ、さぞかし辛いことなんだよね?
それでもみんなを守るために、覚悟を決めたんだ。
詩穂も応えなくっちゃ!)
■
通路はところどころ崩壊しているが、機晶姫やクローン達の気配はない。
通信機器を通して学生達は情報を交換している。
が、敵の正確な位置までは読めない。
「これは、あちき達からまず、動いてみますかねぇ」
アイシャの前に進み出たのは、【特攻野郎Rチーム】のメンバーだった。
そのひとり、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)は先に行って、トラップで様子を図りつつ、敵を殲滅してみせるという。
「まぁ、巧く行けば、儲けもんくらいの感覚ですねぇ。
では、失礼しますよ、女王様」
そうしてチームの仲間達と共に、行動を開始する。
「お、俺達も!
ひょっとしたら、正気に返る機晶姫達がいるかもしれないし」
七尾 蒼也(ななお・そうや)とペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)が、慌てて後を追いかけた。
「壊すばかりが解決策とは、限らないから!」
彼らの姿は、まもなく道の先の薄闇と同化する。
「お気をつけて、皆様」
アイシャの上品な声が、先行する学生達の背に投げかけられた。
■
【特攻野郎Rチーム】と蒼也は途中で別れた。
地下道は、主道のほかに、非常用の隠し通路がある。
そう、アイシャから聞かされていた。
「あちき達は隠し通路から行きますねぇ?
うまくいけば先回り出来るかもしれない、という事ですし」
「じゃあ、俺達は主道から追う事にするよ。
早く追いつけば、機晶姫達の目を醒まして、無益な戦闘をする必要が無くなるかもしないだろ?」
(その可能性は低いと思いますがねぇ……)
だが、レティシアは溜め息をつくだけに留まった。
蒼也とて、目が覚める確率が低いことくらい、重々承知の上だろう。
だが皆に根回しをしてまで、機晶姫達を殺さないでくれ、と頼み込む彼の事ではある……。
「それでは、お元気で」
レティシア達は蒼也達の背を叩くと、隠し通路の中へと消えて行った。
■
そして最初の戦闘が始まった。
隠し通路から出てきたところで、【特攻野郎Rチーム】は機晶姫軍団と遭遇したのだった。
「せめて、爆弾トラップくらい仕掛けたかったですねぇ」
「爆弾、ないでしょ? レティ」
ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)は、大仰に溜め息をつく。
「ぼやっとしてても、手に入らないのよ?
頭使って、持ってこなきゃっ!」
ひとまず神の目による強力な光で、眼つぶしを試みる。
だが、光には慣れているのか? 思った程の効果はない……。
「……いいえ、あったわ!」
光は影に隠れていた刹那の姿を浮かび上がらせる。
ちっ、と舌打ち。
リターニングダガーを投擲して牽制した後、機晶姫達を盾に退く。
「丁度いいわ、みんなまとめて、ファイアストーム!」
レティは目の前に火炎を起こし、一行の目くらましとした。
機晶姫達の動きが鈍る。
「さぁ、いまのうちに!
みんな持ち場について!
レティはトラップを、早く!」
「敵を離すのが先決だよ! レイヴ」
レイナ・アルフィー(れいな・あるふぃー)は正確に機晶姫達との距離を図り、レイヴ・リンクス(れいう゛・りんくす)に指示を出す。
彼らは迎撃役だ。
アーミーショットガンを使って援護弾幕を張りつつ、敵を狙う。
「次、距離100……ファイアッ!」
シュンッ。
スナイパーライフルによる、射撃の音。
カモフラージュで身を隠したレイヴが、シャープシューターで正確に敵を狙撃する。
『その調子だよ!
次、距離500、ヘッドショットエイム……』
その声はレイヴの脳に直接響く。
精神感応に切り替えたらしい。
総ては機晶姫の動きをみた、レイヴの判断によるものだった。
『声を聞いて、奴らフォーメーションを変えましたよ?』
『ああ、知恵の回る……指揮官クラスの者がいるみたいじゃん』
でも、それはどうやら、刹那ではなさそうだ。
彼女は機晶姫達に守られてこそいるが、指示を与えている様には見えない。
「あの変なお人形さん、ですかねぇ?」
ゆるゆると呟いたのはレティシア。
トラッパーで、何かしらのトラップを行おうとして、材料不足の為に諦めた彼女は、冷静に戦場を眺めていた。
機晶姫達の一群から離れ、日本人形のような、妙な機晶姫が指を上げたリ下げたりしている。
「ああいうのはやっかいですねぇ。
本当はトラップを仕掛けて、一網打尽にしたいところですが」
えいえい、とスナイパーライフルで地道に天井を狙い撃つ。
「本来はここまでは爆弾で行う仕事のはずだったんですがねぇ。
まぁ、仕方がないでしょ」
トラッパーで天井に細工を施すと、
「レイヴ! レイナ!
下がってくださいねぇ」
自分は機晶姫達の天井目掛けて、スナイパーライフルを放った。
「ポチっとな」
ドドオオォ――ンッ!
果たして天井は音を立てて崩壊する。
瓦礫と土砂に押しつぶされて、大方の機晶姫達は起動不能に陥った。
が――。
「あのお人形さんは、賢いようですねぇ」
参りましたね、と頭をかいて、レティシアは一同を下がらせた。
例の指揮官と思しき機晶姫は無傷のまま瓦礫の向こうに立っていた。
手を引いているのは、刹那だ。
「人の言葉を理解し、行動を共に出来るレベル。
相当なツワモノでしょ?」
「しかも、強力な武器も装備してるみたいだわ!」
ミスティの声は、悲鳴に変わる。
瓦礫の向こうから、指揮官・機晶姫は六連ミサイルポッドで、容赦なくこちらを攻撃してくるではないか!
加速ブースターを使って、押しのけた土砂の隙間から向かってこようとする。
行動を共にするザコ機晶姫達の数も、大方殲滅出来たとはいえ、まだまだ数多い。
明るい材料は、刹那が深追いは危険とばかりに、道の奥へと去って行ったことだけだ。
「ここは、一旦退避ですかねぇ」
「殿は俺が引き受ける!」
犬神 狛(いぬがみ・こま)が月城 沙耶(つきしろ・さや)と共に最後尾につく。
機晶姫達が襲いかからんとする。
狛が弾幕援護を張った。
その隙に一行は距離を稼ぐ。
一定の距離を持ったところで、狛はスプレーショットを放った。
「皆が撤収するまでの間、少々お付き合い願おうか……」
弱い機晶姫達は、それだけで次々と倒れて行く。
だが中には攻撃を免れ、狛を狙う者共もいる。
そんな時、沙耶は隠れ身を使い、狛の近くに潜んだ。
超感覚でこっそりと近づく輩に対し、鬼眼を発動させる。
「私の目を見なさい!」
機晶姫は瞬時に数体、立ちすくんで動かなくなる。
距離を稼いだところで、狛は超感覚で図りつつ、シャープシューターで正確に動けなくして行く。
「これで終わりだ!」
弾幕援護――。
その煙を最後に、彼らの姿は隠し通路の扉の向こうに消えた。
狛達の姿を追い求めて、途方に暮れた機晶姫達が、通路を独楽のように徘徊している。
■
一方――。
七尾 蒼也とペルディータ・マイナは、爆炎の向こうから向かってくる、数体の機晶姫達の姿をとらえていた。
「感情がないようね?
操られている、というよりは、元からのようだけど?」
携帯電話を切って、ペルディータは蒼也を見る。
レティシアからの連絡では、知能のある高度な機晶姫と、感情すらない低脳な機晶姫の2タイプがあるという報告だった。
そのほか戦闘をやめるよう説得も試みたが、返事も返ってこないのだ。
「でも、それが洗脳でないと、誰が言いきれるんだ?」
蒼也は希望を捨てきれない。
ひょっとしたら、ヒラニプラ家の機晶姫達は、元から軍事用に開発された血も涙もない戦闘用マシーンである、という可能性は考えない。
というより、どんな機晶姫達にも「命」はあるのだ。
話せばきっと分かりあえるに違いない、という望みを持っている。
そんな蒼也だからこそ、レティシア達は何も言えなかったのだ。
そして、奇跡が起こる事を、本当は誰もが望んでいた。
本当に、心から――。
「明るい材料は、ここにシャムシエル達がいない事だな?」
ハアッと息をつく。
ペルディータは剣の花嫁だ。
だから、操られてしまう可能性は否定できなかった。
「そのために用意した『これ』を、まさか機晶姫達に使うことになるとは思ってもみなかったけどさぁ」
向かってくる数体の機晶姫達に向かって、『これ』――よくこねた餅を投げつけた。
餅が尽きれば、進路に氷術をかけ滑らせて足止めを試みた。
ペルディータもトラッパーで機晶姫を集めて足止めをサポートする。
案の定、彼等はいっせいにすっ転んだ。
関節でもやられたのだろう、起き上がれない。
だがもがくこともやめない。
その数はごくわずかであったが、抵抗のことを考えると、これが精いっぱいのようだ。
「でも、おまえらだけでも、俺は何とかしたいんだ!
機晶姫は兵器でも人形でもない! 目をさましてくれ!」
しかし、機晶姫達はうつろな瞳で何の感情も示さない。
蒼也とペルディータは溜め息をつきつつも、当初の予定通り、彼らを外へと運び出そうとする。
「安全な場所に着いたら、暴走の原因を突き止めてみせる!
それまで待っていて……」
大きな爆発音が響いたのは、直後のことだった。
■
「わかった!
こちらへ、仕損じた機晶姫達が向かっているんだな?
2人とも今は……そうだな、隠し通路に退避した方がいい」
険しい表情で、陽一は携帯電話を切った。
「先生、蒼也達は御無事なのでしょうか?」
「ええ、レティシアさん達と、隠し通路を伝って一旦外に脱出するそうですよ」
アイシャの問いに応えて、陽一は通路の奥を睨む。
「トラップで、敵軍を破壊しきれなかったそうです。
そのうちの一体は、瓦礫を強力な武器で吹き飛ばしてこれる……つまりツワモノだそうです」
陽一の説明に、一同の顔は引き締まる。
「俺達は、心を一つにして、立ち向かわなければならないでしょうね」
敵機晶姫達からの砲撃が始まる。
程なくして、戦闘ははじまった。
■
機晶姫達は容赦なくアイシャ達に襲い掛かる。
その多くはブレードを掲げ、闇雲に攻撃を仕掛ける殺人マシーン。
一部は後方から、砲撃で援護を送る。
「連携が良いのは、賢い指揮官がいるから、か」
【理子’sラフネックス】の相沢 洋(あいざわ・ひろし)は、舌打ちした。
一番彼方に、ひときわ大きな日本人形のような機晶姫が見える。
蒼也達からの報告によると、あれがいわゆる「指揮官」らしい。
時折姿が見えなくなるのは、メモリープロジェクターでも使っているからか?
「ザコとはいえ、特攻兵の多い。
これに、強力な武器や魔法を織り交ぜてこられたら、チョット厄介だ」
みと、とパートナーの名を呼んで、洋は仲間に作戦を伝える。
「ここで固まっているより、先手を打った方がいい。
トラップで、敵を減らしてくる」
「お願いですから、無茶しないでくださいね」
乃木坂 みと(のぎさか・みと)が爆炎の向こうに目を向ける。
その手には、至れり尽くせりで手に入れた地雷や破片散布型手榴弾に類がある。
「駆動系を狙うだけだ。
動けなくすれば問題はない」
洋はみとから地雷等を受け取ると、トラッパーで罠を仕掛ける為に、機晶姫の進行ルートの先を目指した。
「俺は先陣を切って、血路を開くことにするぜ」
陽一は武器を構えた。
フリーレは彗星のアンクレットで味方の素早さを高める。
陽一に対してはパワーブレスで攻撃力の強化に努めた。
「フリーレ、すまない。
行くぜ!」
陽一は敵陣の足元に飛び込んだ。
そのまま四肢を狙い、六花で乱撃ソニックブレードを繰り出す。
「陽一殿!
あたしもお手伝いします!」
忍犬達と共に、葉莉も手裏剣で攻撃する。
彼女達の助力もあって、機晶姫の数体が、たちまちのうちに動作不能におちいった。
「よし、この調子だ!
そうすれば、この場は無事に切り抜けられる!」
手近なグループに向かおうとする。
が――。
ドドオオオォ――ン……。
指揮官の日本人形は六連ミサイルポッドを使った。
連射で陽一達を近づかせない。
爆炎の中から、機晶姫達は忍者の如く現れては、一行に刃を向ける。
「危ない!
アイシャちゃん!」
「陛下!」
詩穂と、【理子’sラフネックス】の水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が駆けつけたのは、直後の事。
「私達がお守りします。
その間に、あなたは戦いの準備を!」
「あ、うん、頼んだね?」
詩穂は魔鎧を装着させる。
その間ゆかり達は、後方からの襲撃を警戒しつつアイシャの盾となる。
その攻撃は、実に容赦がない。
蒼也との約束があるため駆動系を狙うが、こう数が多くては難しい。
「マリー、後方を頼みます。
私は、陛下の御前で、彼等を掃討します」
「そう……ね。機晶姫達には、申し訳ないけれど……」
マリエッタは唇をかみしめる。
気持ちの優しい彼女は、出来る限り機晶姫達を葬りたくはなかったのだ。
(ごめんね。
でも、これが戦争!
今は戦って切り抜けるしかない……)
ギャザリングヘクスで魔力を高めると、まずは雨霰と波状攻撃を仕掛けてくる特攻兵達に向けてファイアストームを放つ。
大量の火炎が、機晶姫達の命を次々と奪って行った。
あっという間に焼死体の山が、目の前に築かれる。
「ゆ、ゆかりさん、駄目です!
彼は……彼らを、殺すことだけは……」
あまりの凄惨さに、アイシャは蒼白な面でゆかりの袖を掴んだ。
「あの機晶姫達は、ヒラニプラ家のものなのですよ?
心も命もある、立派なシャンバラの国民ですわ!」
「陛下……」
ゆかりはアイシャの優しさに心を撃たれたが、心を鬼にする。
「どうか目を逸らさず、良くご覧下さい。
これが戦争です」
「戦争? これが?
この一方的な虐殺がですか?」
ええ、とゆかりは頷いた。
「そして、陛下がこれからなさろうとしている事。
『国家の正義』のために人が人を殺す……その重さを噛み締め、
その上で決してそれから逃げないで下さい」
「『国家の正義』……人が人を殺す……」
アイシャはたまらずに一瞬、両目を瞑る。
言い返せないのは、ゆかりの言う事が正しいと、心のどこかで分かっているから。
アムリアナの優しく気品に満ちた顔が浮かぶ。
かの偉大な元女王も、こんなに苦しい思いをしてまで、
長い間、国と、その国民を守り続けてきたのだ。
それは、何と重く、辛く……苦々しい思いの連続なのだろう。
少し前の自分であれば、それを冷酷だと非難して、逃げる事もできた。
けれどゆかりの言う通り、今の自分は逃げるわけにはいかない。
たとえこの両手が血まみれになろうとも……。
(ソウ、私ハ、シャンバラノ女王ナノダカラ……)
「危ないです! 陛下」
キンッ。
カルスノウトで隙だらけのアイシャを切らんとする機晶姫達の中に、我が身を省みずにゆかりは飛び込んで蹴散らした。
「御覚悟をお決め下さい。
そのためであれば、私は喜んで陛下の盾となりましょう」
「ゆかりさん……」
アイシャは一瞬天を仰いだが、選択肢は元よりない。
「ええ、ありがとう。
私も逃げないわ、皆さんの為に」
「陛下……」
アイシャの目つきが変わった。
ゆかりの身を呈した助言は、確実にアイシャを成長させたようだ。
程なくして、魔鎧の装着を終えた詩穂が、ゆかりとともにアイシャの傍に立つ。
「アイシャちゃん……何だか雰囲気変わったね?」
「そう?」
詩穂は少し頼もしくなったような感じがしたのだ。
だが、一方で不安も感じる。
アイシャではなく、自分に対して。
こんな風に覚悟を決めたアイシャちゃん。
詩穂は彼女の力になりたくて、ロイヤルガードになったけど……本当に応えられるのかな?
無意識のうちに、胸の【慈愛】を握り締める
だが、今は戦いの中で証明するしかない。
機晶姫達の攻撃は、アイシャばかりではない。
アイシャを守るべくいるはずのロイヤルガード、彼方とテティスも彼等の猛攻の対象だっだ。
「くそ! こう攻撃がひどくては!」
「ええ、陛下をお守りするどころか、近づく事さえできないわ! 彼方」
星剣を取りだしたのは、アイシャの下へ辿り着けないいらだちから。
「加勢するぜ!」
閃崎 静麻(せんざき・しずま)とレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)が2人の傍に飛び込んだ。
静麻は二挺拳銃で周囲の機晶姫共を片付けてゆく。
「ありがとう! 静麻」
はあ、と額の汗を吹いて、テティスが愛らしい笑顔を向けた。
「礼はいいぜ、
困った時はお互い様ってね」
「それにしてもアイシャ様ばかりでなく、こちらもが集中攻撃なのは、気のせいでしょうか? マスター」
冷静な見解を述べるのは、レイナ。
優等生な彼女は、真面目に周囲を観察していたらしい。
「ああ、俺もそう思うぜ」
静麻は少し前に、アイシャにそれとなく尋ねていた。
テティスが狙われるような動機は有るのかと。
その時、かの女王は、幾つかある可能性として、と前置きをしたうえで答えたのだ。
カンテミールがゾディアックについて善からぬ事を考えていれば、私のほかに、十二星華であるテティスさんが狙われる事でしょう、と。
「俺の勘は、ビンゴ! てところかな?」
その時、爆音。
機晶姫達が洋の地雷原にかかったのだ。
次々と倒れ行く機晶姫達の中に、例の日本人形の姿もある。
「トラッパーで仕掛けた地雷と、破片散布型手榴弾の嵐だ。
時間稼ぐにはトラップが1番。
というわけで、みと、爆薬をくれ!」
フラフラとおぼつかない足取りの日本人形が、テティスに向き直った。
最期の力を振り絞って、加速ブースターを展開させる。
「トドメをさします、援護を! マスター」
「わかった、レイナ」
静麻は二丁拳銃を日本人形目掛けて叩き込む。
バーストダッシュで敵の間を切り抜けながら、レイナはチェインスマイトで日本人形を激しく斬り裂いた。
二本の腕を潰されながらも、まだ向かってくる。
「テティスには、指一本触れさせないぜ!」
彼方が大剣を振り回す。
その刃は、奇しくも日本人形の胴体を真っ二つに切り裂く。
断末魔の声を上げて、日本人形は総ての機能を停止させる。
その途端に、機晶姫達の行動はすべて止まった。
はあはあ、と荒い息でガクリと膝をつく彼方の肩を叩いて、静麻が言った。
だが、ザコ機晶姫達の数はキリがない。
「行け! ここは我らが護る!
足止めぐらいにはなる!」
洋が殿にたった。
「早く、行け!」
そうしてアイシャ達を先に行かせて、通路を崩壊させるほどの爆薬を素早く設置する。
「最後のお土産だ。みと、撃て!」
「はい! 洋さま」
みとは火術を使う。
大規模爆発を起きて、通路は完全に遮断された。
「ここは守られた。
だが、他の通路から攻めてくる機晶姫達もいる。
どうにもならん、か……」
■
その頃。
カンテミール達は薄暗い通路の中で、刹那と合流していた。
彼等はアイシャ達のいる主道と平行に走る、幾つかある側道の1つを歩いていた。
「そうか、仕留めるのは失敗したが、足止めには成功した――そういうのだな」
刹那は無言で頷く。
「上出来だ、ご苦労だった。
我々の第一目的は、ゾディアックを奪う事だからな」
女王はその後でも構わない。
言外にカンテミールは臭わすと、道の先に目を向けた。
そこには、クローン達と道づくりに悪戦苦闘している霧島 玖朔とハヅキ・イェルネフェルトの姿がある。
もちろん、機晶姫達も。
そう、洋が危惧した最悪のパターンは、既にここに存在していた。
「本当にこっちなのかよ? ドック!!」
「間違いないよ。
神の言う事だからな……と言うのは冗談で、ここは私の庭のようなものだからな」
「庭? ここに来たことがあるのか?」
カンテミールは、さぁと肩をすくめたきり、懐かしそうに目を向ける。
玖朔は、ハズキと共に正面に立ちはだかる厚い金属の壁を見上げた。
「どう見ても行き止まりだぜ? これ?」
「そうよねぇ……」
だが、彼は「庭だ」と言った。
嘘をついている風にも見えない。
いや、ひょっとしたら。
単に自分の力を試しているだけなのかもしれないが。
「ま、派手にいっとけ!」
要するに、これくらい働かなければ「彼の目には叶わない」ということなのだろう。
そんな風に納得しつつ、クローン達の手を借りながら、破壊工作で隔壁を破壊した。
金属が四散して、その先に空洞が見える。
道だ。
「はぁ、マジだぜ! やっぱり知ってたんだな」
感心しつつ先に進むと、今度は人の気配がする。
「リンクス! 気をつけて!」
ハヅキは『強化装甲』でパワードアーマーを強化すると、先に立って障害を排除しようとパワードレーザーを掲げる。
だが、その必要はなかった。
「見なさい、諸君」
カンテミールは口の端を吊り上げて、道の彼方を指さした。
小さな明かりが見え、人の気配はつまりはそこから有るようだ。
「ドック……見つけたっ!」
カンテミールはくぐもった忍び笑いを漏らす。
「どうやら、我々の勝ちのようですね?」
一瞬、遥か後方に目を向ける。
「お客様もおいでのようですし。
これは、丁重にお迎えしなければ」
彼の視線の先に、2つの影。
メニエス・レイン(めにえす・れいん)はティア・アーミルトリングス(てぃあ・あーみるとりんぐす)と鏖殺寺院の兵を従え、カンテミール達の進軍を冷ややかに眺めている……。