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リアクション
第1章 ダーク・ウィスパー
七月中旬、遂にシャンバラ教導団第3師団は動き出した。現在、シャンバラ教導団三郷キャンパスはヒラニプラ北方ラピト族居住地の一角に駐屯していた。ラピト族は比較的温厚かつ友好的な部族であり、物資を融通しあったりしていたが、必ずしも友好的な存在ばかりではない。北東方面のワイフェン族は教導団およびラピト族を敵と見なし、攻撃を掛けてきた。
現状、地球人とシャンバラ人は比較的友好状態にある。これはシャンバラ人の悲願である古王国復活に対し、双方が協力関係にメリットを感じているからである。しかしその一方で地球人のシャンバラ進出は著しいものがあり、開発の速度は極めて早い。シャンバラにやってくる地球人の数は増える一方であり、地球人の居住地も拡大の一途をたどっている。これに危惧を抱く者は当然存在する。あるいは地球人に取って代わられるのではないか?古王国復活の成果を横取りされるのではないか?彼らは地球人のシャンバラ進出をシャンバラの植民地化と見なしこれを阻止しようとしている。そんな中で三郷キャンパスとラピト族の協力関係はある意味最も目障りであり、これをつぶそうとする動きが遂に戦いへと発展したのである。
「第5班、グリーンファイル(安全書類)が出てませんよ!第3班、作業員名簿抜けてますよ!安全教育しないで作業させたら、班長は営倉入りですからね!」
ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)は書類をシャッフルするようにしながら急いで確認していた。被っているのはケブラー製の戦闘ヘルメットではない、黄色い樹脂製の安全ヘルメットである。燦然と輝く緑十時が目に眩しい。
ここはラピト族領域、ラピトの街の東外縁部である。街道を扼するような形で大勢がわらわらと群がるように作業にいそしんでいる。万一に備え、防衛陣地を作っている。穴を掘り、丸太で補強するなどの作業が行われている。
「穴掘りの進捗はどうだ?」
航空科主任士官角田 明弘(かどた・あきひろ)である。現在、この陣地作りの責任者である。航空科は今の所装備が滞っているため、こちらに参加している者が多い。
「さすがに農作業になれただけあって思ったより早いようです」
ヴェーゼルは後ろを見て言った。大きなパネルが掲げられており、平面図が作業区ごとに色分けされ、朝野 未沙(あさの・みさ)が進捗グラフに線を書き足していく。上の方にはでかでかと『安・全・第・一』とスローガンのごとく大書されている。
「できればビディ足場があれば良かったんですが……」
「さすがにそれはないものねだりだな。単管パイプはかなり運び込んでいるだろう?それで何とかするしかないな」
「そうですな。この調子ですと、櫓の設置までいけそうです。まあ、参謀長は無駄になったらいいとおっしゃってましたが、これならばあとあと監視所としても使えます」
「無駄にならないならそれはそれでいい」
角田も笑っている。
「それはそうと角田少佐」
朝野はちょっと首をかしげるようにして言った。
「他の航空科の皆さんは?」
「ああ、とりあえず歩兵に加わって前線だな。航空科といえど体力はいるし、それなりにいろいろやってもらわねばならないからな」
「まだ航空部隊はできないんですか?」
「うーん。航空機材の調達からやらにゃならん。とりあえずモン族と交渉が成立しないとな」
モン族というのはラピトからさらに北側の山岳地帯に住む部族だ。
「あそこは鉱物資源も豊富と聞くし、参謀長が内々に交渉を進めているはずだ」
「参謀長がですか」
「まあ、ちと心配だが」
「でもなぜ、モン族が?」
「そうだな。通常の飛行機だとドラゴンを呼び寄せる。こればかりは簡単に開発とはいかない。実は私もよく知らないのだが、モン族と協力すれば機材調達が可能になるそうだ。それで、前線の戦いに気合いを入れている」
初戦で負けるようなら交渉に影響が出る。それ故、ワイフェン族との戦いは只戦うだけにはならない様だ。上層部としては初戦に勝利し、交渉に弾みをつけたいと言うところがあるようだ。
「こらあ、そういう運び方は駄目と言ったであります!」
ユニックの脇で怒鳴っているのはマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)だ。
「ええーっ。ちゃんと縛っているよぉ?」
カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)は口を尖らせた。単管パイプを十本ほどまとめて縛っている。脇で手伝っている朝野 未羅(あさの・みら)もきょとんとした顔をしている。
「それでは持ち上げた時に抜け落ちるであります!パイプを持ち上げる際は横着せずにワイヤーネット使うであります!介錯ロープも忘れずに!」
4tトラックのユニッククレーンは作業機器では小さい部類だ。その脇に立つランカスターは身長がかなり高いので却って4tトラックが小さく見える。パイプをネットで包むとスポルコフはシャックルをフックに引っかけた。
「いいよお〜」
首をかしげて朝野が地切りを確認した後、拳を回す。パイプはそのまま持ち上げられる。振り回されないようスポルコフは全身でしっかり介錯ロープをつかんでいる。
「あーん、もっとゆっくり!」
スポルコフが介錯ロープに引っ張られている。慌てて朝野が手助けに引っ張る。
「あう、引きずられる……」
「でも、面白いよね」
「でしょ、でしょ」
「あー、遊んでるんじゃないであります!」
ランカスターが手をひらひらさせる。
「もう少し大型の機材があれば良かったのでありますけれど」
数台ずつであるが、ブルトーザーやクレーンも動いている。幸い、ラピトの人々は力仕事は得意なのか作業は順調だ。ランカスターとしては大型のラフタークレーンあたりを持ち込みたかったようだが、そう簡単ではない。意外なようだが、無限軌道、いわゆるキャタピラーは高速で長距離移動するようにはできていない。戦車をまともに運用しようと思うなら整備部隊が必須なのはこのあたりによる。ブルトーザーが日本の公道をガラガラ高速で走っているのを見た者はいないであろう。また、ランカスターはシャンバラには古王国時代の大規模建築の瓦礫が多いことから絶対、重機があるはずだと考えていたが、エジプトのピラミッドの周りで重機が発掘されたという話を聞いた者はいない。
「これでいいの〜」
「了解であります」
穴の壁にパイプを立てて、その隙間に丸太を乗せて壁が崩れないようにする。陣地塹壕を舐めてはいけない。本格的に作るなら排水なども考えねばならないからだ。概ね主要通路というべき穴をまず掘り、それから壁の強化だ。
「なあ、ミラ、この戦いって俺たち地球人の進出で発生したものなんじゃないか?」
「そうかもしれないですわ」
土嚢をよっこいせと積み上げながら一色 仁(いっしき・じん)は後ろで土嚢に土を入れているミラ・アシュフォーヂ(みら・あしゅふぉーぢ)に聞いた。やや無愛想に返事をするアシュフォーヂ。
「俺はてっきり、友好関係にある部族に味方しているだけだと思っていたけどなあ」
「まあ、人はいろいろだよ」
土嚢を手渡しながらベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)が苦笑いしている。
「他から自分の国へ大勢人間がやってきてあれこれやり出したら不満を抱く人間がいて当然だ」
首からかけたタオルで汗を拭くヘルロット。なかなかに親父っぽい。袖をめくっているが腕章をつけているので他校の生徒であることが解る。
「よそモンは出てけって思うのはむしろ当たり前じゃないか?」
「そりゃ、そうだけど」
「それほど心配することはないんじゃないの?、あなたのパートナーは?」
マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)は腰に手を当ててちらりと見た。
「わ、私は別に地球人が侵略者だとは考えていません……」
「だったらいいじゃない」
「でもさあ、やっぱり後味悪いよ」
「まあ、教導団は武器もってるからなあ」
ヘルロットは肩をすくめた。
「そんなことはないぞ。見れば解るが三郷キャンパスはちゃんとラピトの人たちと話し合いしている。蒼空学園こそ進出度MAXじゃないか?」
一色は抗弁する。実際、シャンバラ人を取り込んで実数不明な波羅蜜多実業高校を除けば蒼空学園の進出度は高い。蒼空学園はもっぱら遺跡探索等が多いがこれとて見方を変えれば墓荒らしである。人がいないから荒らしていいのか?と言われれば意外にも蒼空の方が侵略性が高いともいえる。むしろ地元と連携する三郷キャンパスは穏健とさえいえるであろう。
「そーこ、無駄話してないで!」
めざとくヴェーゼルが注意する。
「よし、んじゃあ、騎兵妨害用に馬防柵作るかあ!」
ヘルロットは立ち上がって杭打ちの準備を始める。
「小銃の三段撃ちでもするつもり?」
思わずファクトリがつぶやく。
「そぉーれ!」
勢いよく杭を打ち付けたヘルロット、しかし!
「腰が入ってませんのお〜」
思わずラピトの作業員に言われずっこけた。見るとラピト作業員の杭打ちは手慣れたものである。さすがに普段農作業で杭打ちしてるだけあってこちらの方が本職のようだ。シャンバラ人を舐めてはいけない。
それは……未だ静けさの中にあった。概ね両者が相手を直接視認したところで、停止し、双方が攻撃準備態勢を取りつつある。
第3師団は敵の進撃路に立ちふさがるように展開している。敵側も驚くことなく、それが予定であるかのごとく停止し、速やかに展開した。
「えーい。これでは良く確認できんなあ」
ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)は双眼鏡を覗きながら突出して、最前線にいた。敵側もすでに臨戦態勢である。これ以上近づくと攻撃ラインに引っかかる。とりあえず、地べたに顔をくっつけるようにしている。
「どうだ?」
「ああ、もう少し近づきたいが、厳しいよ」
ネイト・フェザー(ねいと・ふぇざー)はアサルトライフルを水平にして近寄ってきた。これにファウストは答える。
「見たところ、この間と特に変化はないが……」
「投石機がくせ者かな?」
油断なく周囲をフェザーは見て回る。フェザーは前線で偵察を行うファウストの援護役だ。周辺にはフェザーが指揮するハムスターゆる族が一個分隊展開して周辺を警戒している。手慣れた動作は訓練の成果であろう。ファウストには頼もしい限りだ。
「そろそろ戻った方が良くはないか?オレ達は今回は予備兵力だろう?」
アンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)はフェザーの反対側でファウストを護っている。ザルーガが伏せているとさすがに他の兵よりわかりにくい。ドラゴニュートの利点と言えよう。彼らは皆、強襲偵察大隊に所属しているため、今回の役割は機動歩兵連隊の後ろで火消し役のはずである。
「いや、何かひっかかるのだよ」
ファウストはそう言って再び双眼鏡を構える。
「そうですねえ、意図はあるでしょうが今はあまり気にしなくてもいいでしょう」
そう言う声がかかった。ファウストとフェザーが振り向くと。匍匐前進で参謀長の志賀 正行(しが・まさゆき)がここまでやってきていた。
「さ、参謀長!」
「何やってるんですかあ!」
「何やってるって、参謀長だって偵察しますよ?。だいたい、古来より優秀な軍人は最前線でいろいろ確認するもんです。ナポレオンしかり、モルトケしかり、最前線に行かない参謀なんて役に立ちませんから」
「そりゃそうだけど」
フェザーもあきれ顔だ。
「それはそうとさすがにちょっと突出しすぎの様ですが?じきに戦闘になりますよ」
「それは解っていますが、この間の偵察情報に不足があると思えるのですよ。敵が優勢なのに追撃が妙にあっさりしておりまして」
ファウストは気にするところを述べた。
「偵察報告は読みました。貴方の心配はもっともです。敵に意図があるのは確実ですが、それはおそらく上位の作戦レベルに関わるものでしょう」
「どういうことですか?」
「おそらく敵はあなた方にある程度の情報を掴ませて、早急に本部に知らせたかった……そんなところですか」
「戦略、あるいは政治的なものでありましょうや?」
ファウストの言葉に志賀はにんまり笑った。
「さすがに理解が早い……。敵が大軍であるにもかかわらず急いで攻めてこないのは戦術的には不可解ですが、戦略的には意味のあることです。そう言った意図があると考えるべきですね」
「じゃあ、何かの企みが?」
「察するところ、まずは優勢を印象づけることで周辺部族の離反を狙う。後は今回の戦いで揺さぶりをかける、といったところですか。情報は与え方によっては武器になります」
「あれで揺さぶりは掛けられると?」
「ええ、可能だと思いますよ。こちらに何を情報として伝えるか、かなり強烈に自分を印象づけているでしょう?……それにより、こちらが偏った行動を取れば、相手としては思うつぼな訳です。たとえば、投石機を気にしすぎてそれに固執すれば手前の歩兵突撃に対する防御が手薄になります。まあ、その辺を見極めるのも重要と言うことです」
そう言うと、志賀は器用にも逆側に匍匐前進しながら後退していく。
「それじゃ、偵察はほどほどにして戻ってください〜」
一方、第3師団右翼に展開している第3歩兵連隊はとりあえず、各員が塹壕……とまでは行かないが穴掘って待機中である。
「うう〜。緊張するであります」
比島 真紀(ひしま・まき)はアサルトカービンを握りしめて穴の中で丸くなっている。
「状況はどう?」
顔を上げると片膝立てて第1匍匐の師団長和泉 詩織(いずみ・しおり)がやってきた。比島は慌てて敬礼する。
「は、はいっ。この方面の敵に動きはありません!」
「緊張しなくても大丈夫よ。珍しいわよね。こっちには教導団員少ないのに」
第3歩兵連隊は一部の指揮官を除けばほとんどがシャンバラ兵で構成されている。
「は、はい……あの。こっちって人数少ないじゃないですか。危ないかな〜とか思いまして、であります」
「そう、助かるわ……」
和泉はにっこり笑って見せた。髪の長い日本美人タイプである意味珍しい。
「でも、大丈夫でしょうか?」
「そうね。状況は厳しいけど、参謀長は勝算ありって言ってるから焦らなければ心配ないわ」
「解りました。敵は絶対に通さないであります!」
「頼りにしてるわよ」
そういいつつ和泉は移動して様子を見て回っている。第3師団の上層部は前線指向のようだ。
「まだ、攻撃してこないな?」
「敵も様子を見ているです!あんまり顔出すと危ないです」
樹月 刀真(きづき・とうま)がちらちらと穴から顔を出すのをロレッカ・アンリエンス(ろれっか・あんりえんす)が止めている。二人とも腕章付きだ。不思議なことに蒼空学園をはじめとする各学校の生徒がかなり参戦している。どうやらラピト族の危機にかなり志願兵が集まってきているのだ。とりあえずある程度は同じ学校同士でまとまっていることが多い。
樹月は再び武器を確認する。黒く光る片刃剣をいつでも切り込める様にするためだ。光条兵器にしては珍しく色が黒っぽい。
「わあ、珍しいであります」
「こういうのはあまり見たことないですのお」
クゥネル・グリフィッド(くぅねる・ぐりふぃっど)も不思議そうにしている。それはそうとグリフィッドはもふもふ系ゆる族なので暑そうだ。どうやら汗を大分かいているようだがもふもふなので不明である。
「邪悪さ満点であります」
「邪悪っていうなああ!」
樹月は目をつり上げて怒った。脇では横目で漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がちらりと見ているが何も言わない。
そのとき、甲高い空気を切り裂く様な音がした。敵陣から何本も何かが空中に打ち出されている。
「……鏑矢?」
ぼそりと漆髪がつぶやく。笛付きの矢である。敵の信号弾であろう。
「来やがったな」
樹月はアサルトライフルを肩に高めに構える。
「つつつついに来ましたか、わわわわ儂は慣れておるのでへへへ平気ですじゃ!おっとこここれは武者震いですぞぞぞぞぞ、けして震えてるわけではわわわ」
グリフィッドもわたわたしながらライフルを掴んだ。
「来たわね?」
「さすがにしびれを切らせたようです」
機動歩兵連隊の後ろにとりあえず司令部、といっても天幕があるわけではなく護衛の歩兵小隊に囲まれた和泉と志賀が双眼鏡を覗きながら言った。
「各員に通達、予定通り作戦開始、開戦よ!」
直ちにこちらも信号弾が打ち上げられる。
2019年7月20日、ここヒラニプラ北方にてシャンバラ初の軍事勢力同士の大規模な戦闘が開始された。
……ついに『戦争』が始まったのである。
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