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リアクション
第一章 謳う機晶姫
百合園女学院。
女子生徒たちは軽やかな足取りで学院へと向かっていく中、どこからともなく儚げな旋律が学院全体を響き渡っていた。
いく人かの女子生徒が足を止め、その旋律を追いかけ始めた。
校舎へ向かう道から外れた、林の中にある女性の彫刻の下に、誰かが腰掛けていたのだ。
そこにいたのは、黒い肌を持ち、赤い髪を持った機晶姫。女子生徒たちに気がつくと機晶姫はその真っ赤な瞳で彼女達を見つめた。
大人びた女性のような容姿であったが、機晶姫であることはその外見の人間らしからぬ特徴から判断できた。
機晶姫はにっこりと笑いかけて、女子生徒たちもそれに安心して歩み寄った。
はじめに臆することなく声をかけたのは、銀髪をリボンで横に束ねた、幼い容姿の生徒だった。
「ボクはヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)。お姉ちゃんはなんて名前なの?」
「……ルーノアレエ……メダ、いなれらえしお……」
「ルーノアレエお姉ちゃんだね?えと、ごめんね、後なんていったのか聞こえないよ?」
ヴァーナー・ヴォネガットのやり取りをみて、パートナーを置いてこの場へと駆け込んできた赤髪に白い甲冑を纏ったヴァルキリーが、その肩越しに顔を出した。
「私はアルル・アイオン(あるる・あいおん)だよ! ルーノっていうんだ。変わった名前だね?」
「うもおはしたわとだえまなないれき ?らしかうそ」
ようやく聞き取れたのは、よく分からない言葉だった。青い髪を優雅にたなびかせたロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は授業用に持っていたノートパソコンに今機晶姫がしゃべった言葉を入力する。金の瞳でディスプレイを見つめ、ロザリンド・セリナはうーんと唸り声を上げる。
横からそれを覗き込んでみていた神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)は手を叩いて青い瞳を輝かせて顔を上げた。
「逆から読むのではありませんか?『そうかしら?綺麗な名前だと私は思う』……そう言ってるんですよ!」
パートナーと同じ青い瞳をしたミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)はおおきな胸をたゆませながら飛び上がって声を上げた。
「この機晶姫さん、壊れているのではないでしょうか?」
「壊れているなら、ヒラニプラに連れて行けば修理してもらえるかもしれないね」
アルル・アイオンがほっとしたように声を出すと、ルーノアレエは白い甲冑にそっと触れた。
「のるいてしがさをとひ……らかだ……てせさいにここくらばし……てしにつみひ」
「文法も、ばらばらですね」
ロザリンド・セリナは読み方にコツを掴んだのか小さくそう呟いた。
「可能なら、すぐにでもヒラニプラにつれていって差し上げたほうが良いかと」
「でも、ルーノアレエおねえちゃん、秘密にしてほしいって、そういってますよ?」
「そうそう、良いじゃない。しばらく私たちだけのヒミツってことでさ」
「アルル〜、なにしてるの?」
「あ、んじゃ、私は一足先に行くね!」
青い瞳に怒りの色をあらわにした空井 雫(うつろい・しずく)は、妙なところからでてきたパートナーに不信感を抱いたが、いつものことだと半ば諦めたようにため息をついてアルル・アイオンを引っ張っていった。
「それでは、有栖お嬢様、わたくし達も授業に向かいませんと……」
「そうね、ミルフィ……それじゃ、ルーノアレエさん。またね?」
「ルーノアレエおねえちゃん、また後で来るから、ここにいて下さいね!」
「では、私も……」
手を振って、数人はルーノアレエと別れた。その後、ロザリンド・セリナはふと、ノートパソコンをひらいて呟いた。
「ルーノアレエ……逆さから読むと、エレアノール……それが、彼女の本当の名前なのでしょうか……?」
謎の機晶姫の話はすぐさま学院内に広まり、他校まで噂が広まることになったがそのコミュニケート方法だけは、初めて声をかけた自分達だけの秘密にしよう。
そう言い出したのは、誰だったのだろうか。
幾度にも交わされる逢瀬で、ルーノアレエの不思議な旋律を習うようにして歌いながら、彼女の事を探って行った。
彼女は分からないことには素直に分からない、と答えた。その数があまりにも多く、いくつかの記憶が抜けているのが分かった。
そのいくつかの質問の中で『どこから来たのか』『誰を探しているのか』に関しては声が小さくなり、空に向かって語りかけていた。その言葉は、さすがに耳慣れない言葉で逆から呼んでも理解できなかった。
ルーノアレエが彼女を指し示す名前として定着し始めた頃……ルーノアレエは姿を消した。
数日、数週間が経ち……ルーノアレエに関する噂話が、他の新しい噂で上書きされる頃。
緊急依頼書が、各学校宛に回された。無論、百合園女学院も例外ではなかった。
*依頼書*
依頼主:イシュベルタ・アルザス
アトラスの傷跡とヴァシャイリーとの丁度中間にある遺跡にて、調査に協力していた機晶姫が一人、行方不明になりました。
遺跡内部は広大なため、多くの人手を必要としています。
機晶姫探しを手伝ってください。
〜機晶姫の特徴〜
・名前はルーノアレエ
・見た目は長い赤毛に赤い瞳、黒い肌をしている大人びた少女タイプ。
・人見知りするので逃げようとするかもしれないが、無理やりにでもつれてきてほしい。
・その機晶姫が持つ機晶石は、常時金色に輝いており、暗闇でも発見することが可能。
そう書かれた張り紙を、どこか懐かしそうに(見える面持ちで)見つめていたのはエルシア・リュシュベル(えるしあ・りゅしゅべる) だった。乳白色の髪を時折弄りながら豊かな胸元に手を当ててため息をついた。エルシア・リュシュベルのパートナーである高務 野々(たかつかさ・のの) はそれをみて、肩にかかる緩やかな薄茶の髪を指に絡ませつつ、張り紙の『遺跡』という文字に注目した。
「エルシア」
「なんですか?」
「この依頼、受けますよ。支度をしましょう」
「え、あ、はい!でもなんで……」
「ルーノアレエ、エレアノール……なら聞いたことがあるのですが……」
そう呟いたきり、依頼受諾の紙を取って歩き出したパートナーの後を、エルシア・リュシュベルはあわてて追いかけた。その後ろで、お宝!! と声を上げる者たちもいた。黒い三つ編みを揺らしながら、緑色の瞳をらんらんと輝かせていたのは鞘月 弥生(さやつき・やよい)だ。
「彩都お嬢様! お宝ですよ!」
「遺跡って書いてあるだけで、お宝探しなんて一言も書いてないよ、弥生」
黒衣を翻し、長い髪をかきあげると鞘月 彩都(さやつき・さいと) は細い目をさらにうれしそうに細めつつ、水を得た魚の様にはしゃぐパートナーをなだめていた。
そんな中、不安げに依頼書を見上げる数人の少女達がいた。それは、ルーノアレエと最初に言葉を交わした少女達だ。空井 雫はパートナーのアルル・アイオンに引っ張られて、以来受諾の紙を押し付けられていた。
「え、なんで?」
「ちょっと気になるの。ね、だから行こうよ!」
「また、野次馬根性じゃないでしょうね?」
「違うってば〜」
そういいながら、赤髪のヴァルキリーはちらりと『ルーノアレエ』という名前を再確認する。数回顔を合わせただけとはいえ、困っているのならば助けなくては。そんな風に心の中で考えていた。
ヴァーナー・ヴォネガットは、ロザリンド・セリナ、神楽坂 有栖と共に依頼受諾の紙を手にした。
「絶対、助けてあげるからね。ルーノアレエおねえちゃん」
「何とかなりますよ」
「ロザリンドおねえちゃん……」
「心配するよりも、みんなで助けに行きましょう。せっかく知り合った、友達だもの」
「有栖ちゃん……」
百合園の乙女達は、さまざまな思いを胸に、遺跡へと向かうことにした。
===============
荒野のど真ん中と豹gんするのが正しいだろう、周りには草木が申し訳程度に生えていた。ひび割れた大地から顔を出したかのような遺跡の大きな門と、その入り口は地価へと続いている構造なのが読み取れた。
集まった遺跡の前では、さまざまな学校から集められた冒険者達がざわついていた。そんな中、冒険者のような風貌の、青白い顔をした男が一人メガホン片手に解説を始める。
どうやらこの場には彼のほかに、仲間はいない様子だ。
「諸君、集まってくれてありがとう。俺は、イシュベルタ・アルザスだ」
その声を聞いて、ざわつきが一瞬で消えうせる。視線はイシュベルタ・アルザスに注がれた。男は臆することなく続けた。
「遺跡の中は光源には困らない。だからランタンなど結果として邪魔になりそうなものはおいていくといい。ここから先は、無線機をわたすからそれで会話することを勧める。遺跡の中でも、電波状況が悪くならずに会話できる」
「地図はいただけないのでしょうか?」
アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は緑の瞳をまっすぐにイシュベルタ・アルザスに向けて問いかけた。そこに視線を返すこともなく、イシュベルタは鼻で笑った。
「地図はない。文句を言うなよ、俺たちの地と汗と涙の結晶を、何でお前達にやらなきゃならないんだ?」
「ちょ、それじゃどうやって探せっていうのよ!」
金の髪を揺らしながら怒りの声を上げたのはルカルカ・ルー(るかるか・るー) だ。パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はなだめるように無言で彼女の肩に手を置いた。
「変なスイッチは押すなよ、動ける範囲で探してくれ。そうすれば、右手を壁に当てながら歩いていれば良い。一人で探すには広いという理由と、魔獣がはびこっているから依頼をしただけで、特別な場所に入り込んだ可能性はない。暗い中でも光っているから、すぐに見つかるはずだ」
「待ってくれ、せめてどの辺りにいたのかだけでも教えてくれないか?入り口からどのくらい奥なのか、とか……」
止める間もなく説明を続けるイシュベルタに向かって、緋山 政敏(ひやま・まさとし)は声をあげた。イシュベルタは分かりやすくしたうちすると、今度は緋山 政敏のほうへと視線を向けた
「遺跡探索に集中していたため、機晶姫がどの辺りにいたかどうかなんて把握していない。アンタは剣の稽古中、パートナーが気を利かせて黙って出かけたら……稽古が終った後、どこにいるのか分かるんだな?だとしたら教えてくれ。俺が聞きたいくらいなんだからな」
「……政敏、きっと心配で仕方がないのだと思う。地図である程度の目星をつけるより、人海戦術で魔獣掃除をしていかないと……機晶姫が危ないと、そういいたいんじゃないかしら?」
緋山 政敏のパートナーであるカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど) は、豊かな胸の前で腕を組みつつ声をかけた。
「それは、分かってるが……」
「無論、内部構造の説明はある程度はするし中継地点まで先導もする。だが、地図はダメだ。各自でマッピングを行うのならそれは構わんが、遺跡の研究が完成するまで、その地図は外に出さないでほしい。それを約束してくれ」
イシュベルタの真摯な言葉に、誰もが無言で頷いた。各自支度を整えて、遺跡の入り口へと向かった。
冒険者達を歓迎するかのような門構えの下、イシュベルタ・アルザスは後方に列を成している冒険者達に向かって先へ向かうことを示すように手を上げた。
そこへ、桜井 雪華(さくらい・せつか)は銀のツインテールを揺らしながら、イシュベルタの横に滑り込む。
「なぁなぁ、遺跡のお宝はまだ見つかってへんの?」
「……ああ、財宝はまだまだ奥にあるだろうという見解だが、古代文字の研究が進めば財宝の眠る奥地への道が開かれる……そう書かれている文書があったのは確かだ。まさか、アンタ財宝目当てか?」
「心配せんでも、ちゃあんと機晶姫も探したるって……それにしても、ある程度の目星はやっぱほしいなぁ……それに、調査が終わったところは探したあと……ちゃうか?」
「これだけの人数がいるんだ。目星に人数を大量投入するよりも、均等にバラけて探してもらったほうがいい。ちなみに、調査をしているのが俺一人なのでな、調査済みのところを見ている間に他の調査済みのところにもぐりこんでいるかもしれない」
桜井 雪華はふうん。とだけ答えてイシュベルタのそばを離れた。
「もぐりこんだ、か……心配してる割にはずいぶんな言い方やな……ま、お宝があるなら、それでええんやけどな」
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