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大怪獣と星槍の巫女~前編~

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大怪獣と星槍の巫女~前編~

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第三章 密林
 裏口へと向かう密林。
「思っていたより手強そうですね」
 御影 月奈(みかげ・るな)のパートナーのルシアン・メネルマキル(るしあん・めねるまきる)が、その鬱蒼として深い木々を見回しながら零す。
「地下通路……も考えましたけど、万一、先に怪獣が復活した場合の地震が怖いんですよね」
 月奈が、はふ、と嘆息する。
「生き埋め、水脈からの浸水……確かに怖いですね」
「あ。それより、怪獣を封印する方法を?」
「はい、聞きましたけど……やはりエメネア様自身でなければいけないようです」
「そう――」
「ややこしい事は無しっ! ようは怪獣を復活させなきゃいいだけですよ!」
 言ったのは、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)
 彼はわっしゃわっしゃと月奈たちを追い越しながら。
「どんな状況でも、やる事なんて変わりません。火球撃つ、ぶっ壊す、そして、ちゅーをげっと、めでたしっ」
 片方の肩に手を掛けて、意気揚々と腕を回していった。
 ぱちくりと瞬きをしながら、それを見送る月奈たちの後ろから。
「すまない……気にしないでくれ」
 ヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)が一言落とし、月奈たちを追い越して、ウィルネストの後を追って行った。
「楽しそうな方ですね」
「ええと……」
 柔らかく笑むルシアンを見上げて。
 月奈は、しばしの後、とりあえずそう思っておくことに決めた。


 高さの無い樹木が密集し、濃く続く闇を作り上げていた。
 そんな風景の所々に、枝葉の覆いが開いて、纏まった陽光の降り落ちる場所が点在している。
 踏んだ地面がぐずりと音を立てて、わずかに沈む。
 香っていたのは澄んだ水ったさ。
 先程まで頭上で聞こえていた動物達のカン高い鳴き声は遠く、辺りは比較的静かだった。
 低く擦れる虫の音や飛び立つ鳥の声だけは、思い出したように時折り何処からか鳴り渡ってくる。
 刀真、月夜、呼雪、ファル、ユウ・ルクセンベール(ゆう・るくせんべーる)ルミナ・ヴァルキリー(るみな・う゛ぁるきりー)クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)ユニ・ウェスペルタティア(ゆに・うぇすぺるたてぃあ)クロス・クロノス(くろす・くろのす)荒巻 さけ(あらまき・さけ)日野 晶(ひの・あきら)朝霧 垂(あさぎり・しづり)ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)ら【パラミタの護人】は、深き密林の中、神殿の裏口を目指していた。


「星槍って、どんな物なのかな?」
 ライゼは、泥沼の上に伸びた倒木による天然の架け橋を、そろそろと渡りながら呟いた。
 辺りには、ぽっかりと陽光が降り注いでいた。
 太陽の光をちらちらと返す沼から太く根を張って伸びた樹木。
 そのあちらこちらに絡まった太いツタが、四方八方まばらなスダレのように垂れている。
「やっぱり、星槍って言うくらいだから槍の先にでっかい星が付いてて――」
「どんなパーティーグッズだよ、そりゃ」
 パートナーの垂が倒木の上を渡り終えたライゼの手を取ってやりながら、呆れた声を零した。
 ライゼが、てへんっと笑う。
「光条兵器に似ているそうですわ」
 ライゼに続いて倒木を渡り終えた荒巻が言って、ほぅっと息を付く。
「エメネアに聞いたんですか?」
 軽快な足取りで荒巻の後に続いた晶が首を傾げ、荒巻が「ええ」と頷いた。
 共にエメネアから話を聞いていた垂が、思い出すようにこめかみを指先で叩きつつ。
「なんつってたっけな……光条兵器の、光の部分が結晶になった感じだとか」
「それは分かり易そうですね」
「光条兵器のような……祭器? あれ? 武器?」
 頷く晶の隣で、ライザがへなっと首を傾げる。
「お話を聞いた限りでは……強力な武器でもあることは間違いないようですわ」
 荒巻が指先を顎に掛けてライゼの方を見遣る。
「特に……エメネアが扱えば、天空から星の光気を降らす事が出来るとか」
「光気?」
 晶が、片目を細めながら零す。
「巨大なレーザーみたいなもんらしいぜ。まだ撃ってみた事はねぇって言ってたけどな」
 垂が応え、
「かつて怪獣を封印した時には、巫女の力と槍の力を合わせ使って封印したそうですし……エメネアにしてみれば巫女の力を、より強力に扱うための祭器、と言っても良さそうですわね」
 荒巻が繋ぐ。
 そこで、全員が揃ったので、生徒達は改めて密林の中を進み始めた。
 タン、と邪魔なツタを斬り落とし。
「怪獣、か……」
 刀真が、ぽつと呟く。
「ゴアドー」
 垂が言う。
「え?」
「エメネアに聞いた、怪獣の名前さ。ゴアドーって言うらしい」
 いびつに生え伸びた、低いツタのアーチを潜り抜けながら垂は続けた。
 月夜が、ぼんやりと目を細める。
「……同じ、名前」
「確かに。この島と同じ名前ですね……怪獣ゴアドーが封印されている島だから、ゴアドー」
 クロスが、ふむ、と頷く。
 青い顔で、ファルの頭にしがみ付きながら。
「……ねぇ、クロスさん……」
 ファルが、へそっと声を漏らして頭にしがみつくクロスを視線で見上げる。
「はい?」
「歩きにくいよ〜」
「あ……すいません」
 言われて、クロスは慌ててファルの頭から離れ、ファルの角を掴んだ。
「……なんで〜?」
 くぃ、とファルが困ったように首を傾げる。
 傾げたファルの角に合わせて、クロスの手元が曲がった。
「駄目、ですか?」
 そろり、とクロスが問い掛ける。
 ファルは、ますます疑問を濃く浮かべた。
 と呼雪が、
「クロスは――」
 二人を見遣りながら言う。
「虫が怖いんだ」
「……う……」
「そうなの?」
「……知っていたんですか?」
「見ていれば分かる」
 呼雪が言って、クロスは、ハァと大きな溜め息を付いた。
「本当に駄目なんです。私、虫だけは――」
 刹那、響く銃声。
 茂みの奥から放たれた弾丸がユニを狙い――
「――ッ!?」
 ユウが咄嗟に彼女の前へと槍を突き出す。
 槍の表面に小さな火花を幾つか散らして、軌道の逸れた弾丸がユニの体を掠めていく。
 舞う、ユニの浅い血飛沫。
 クロスがアサルトカービンの銃口を茂み奥へと向けると同時に、クルードとルミナは同方向へと駆け出していた。
 そして。
 クルードが、クロスの放った弾丸を飲み込む茂みを掻き分ける。
 が。
「……何?」
 そこには誰も居なかった。
 そこにあったのは、木に括り付けられたアサルトカービンだけ。
「罠ですわね」
 言って、荒巻がぬかるみの中から糸を掴み上げる。
「うう……ビックリしましたよぅ」
 ユニが自身の傷をヒールで癒しながらトホリと息を漏らす横で、
「そろそろ気を引き締めてった方がイイみたいだな」
 垂が密林を見つめる視線を強めた。
「ええ」
 刀真がユニを助け起こしながら、頷く。
「仕掛けられた罠がこれだけの筈がありませんからね」

「ルミナ」
 ユウは油断無く周囲を見渡してから、パートナーの方へと視線を向けた。
「自分達には罠を見抜ける者が居ません。恐らく後手のフォローが――」
 と、なにやらユウをじぃっと見るルミナの顔が、心ここにあらずといった様子だと気づく。
「ルミナ、どうしました?」
「……え? あ、ああ、すまない。その――なんだったか?」
「……大丈夫ですか?」
 どこか、そわそわとしたルミナの様子にユウは首を傾げた。
 
 そんな二人の様子を、気持ち遠目に眺めながら。
 ライゼ、晶、ユニ、ファルがひそひそと。
「ねえねえ、気になってたんだけどさ。ルミナさん、ずっと、こう、ちょっと変だよね?」
「言われてみればそうですね」
「何ででしょう?」
「さあ?」
「気になるねぇ」
 と。
「……ちゅー」
 月夜がひょっこり加わる。
「ちゅー?」
 四人の視線を受けて、月夜が、こくりと頷いた。

 そのひそひそ声を後ろに聞きつつ、ユウは、小さく嘆息した。
「……ルミナ。ですから、今回の報酬は受け取るつもりは無いと――」
「分かっている! だが――って、い、いや、君は何を言っている。我はそのような事は、別に……」
「しかし……」
 ユウが少し困ったように眉端を下げる。

 それらを観察するライゼ、晶、ユニ、ファル、月夜。
「なんだかさぁ、こうー」
「もやもやしますね」
「ドキドキ」
「よくわかんないなぁ」
「……ちゅー」
 その後方で。
「何してんだ……あいつら」
 垂が呆れたように溜め息を零していた。



「お、すげー、なんて虫だろ? これ」
 大きく盛り上がった木の根の上に、色彩豊かな甲虫がゆったりと歩んでおり。
 犬神 疾風(いぬがみ・はやて)は目を輝かせて、その虫に顔を寄せていた。
「師匠ー……!」
 ふと、後ろから聞こえるパートナーの月守 遥(つくもり・はるか)の声。
「ん?」
 振り返ると月守の姿が見えない。
「あれ……?」
 とりあえず、声のする方に行ってみれば。
「どこだー?」
「たーすーけーてー……」
「うっわ!?」
 月守が大きな穴の縁に掴まって、ひーんっと涙をちょちょぎらせていた。
「これって、落とし穴か?」
「落ちちゃったー!」
 運良く穴の縁に掴まれた事で、穴の下の木槍の餌食になることは免れていた。
「ま、待ってろよ! 今――」
 そうして。
 月守をなんとか引き上げて、二人同時に、はぁっと溜め息を付く。
 それから、二人はお互いの顔を見合って、笑った。
 と。
「あれ、師匠。腕になんか付いてるよ?」
「って、遥さんの膝にもなんか――」
 で、お互いにそれがヒルである事に気づく。