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大怪獣と星槍の巫女~前編~

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大怪獣と星槍の巫女~前編~

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第六章 裏切りと過ち
■神殿内部 ――封印の間――
「見返りに星槍をよこせ、と?」
 低い声が少しばかり面白がるような様子を滲ませながら響いた。
 声を受けて。
 すいかは、頷いた。
「ええ。もちろん、この怪獣を解き放った後で結構ですけど」
 そこは神殿の中心部深くにあった。
 天井が遥か高い所にある。
 地表を円柱状に刳り貫いた形になっていた。
 所々の壁からは地下水が大きな滝のように流れ出し、下方に出来上がった湖へと降り落ちている。
 このスペースが余りにも広大過ぎて、滝の音が響かず遠い。
 向こう側の滝自体がわずかに霞んで見える。
 それから。
 地面の所々には、おそらくなんらかの意味を持つ形で、高さ3メートルから4メートルの長方形の黒い石が幾つも乱立していてた。
 その石の間を、寺院の者と思われる何人かの魔術師やホブゴブリンが忙しく動き回っている。
 そして、この巨大な空洞の中心には、光条兵器と同じ色をした大きな陣が輝いていた。
 その陣の一端に一本の光の柱が立っている。
 おそらくは、その光の柱が大怪獣を封印している力なのだろう。
 既に解除されたと思われる光の跡が陣にぐるりと見受けられた。
 そして。
 その陣の中央に、時折り、馬鹿げた大きさをした生物らしきものの姿が、電波の悪い映像のように現れたり、消えたりしている。
 一瞬だけ、姿を現すそれは……黒毛のマントヒヒに似ているように思えた。
「情報提供に加え、大怪獣が解き放たれるまで、私とイーヴィちゃんで星槍を守ります」
 すいかは、怪獣の前に備えられた祭壇の方へと軽く視線を滑らせた。
 光の結晶のような槍が祭壇の窪みに差し込まれており。
 槍の柄を掴んでいる魔術師らしき男は、目を強く瞑り、大量の脂汗をかいている。
 先程。
 パートナーのイーヴィと此処へ連れて来られた時には、別の魔術師が祭壇の上で倒れ、運ばれて行くのを見た。
「私は星槍。貴方がたは大怪獣――」
 すいかは、祭壇から、目の前の黒鎧の男へと改めて視線を戻し。
「これはお互いの利益にのっとった取引です」
 言った。
 男は先程、グダクと名乗った。
 白髪交じりの黒髪をオールバックに撫で付けた、五十手前の壮健な男だ。
 グダクは言う。
「一つ、聞かせてもらおう」
「何です?」
「仲間を売ってまで、何故、星槍を欲しがる?」
 グダクの目が射抜くようにすいかの目を見た。
 すいかは軽く目を細めて。
「シアワセのために」
「シアワセ?」
「おかしいですか?」
「中々な……」
 グダクがククと笑みを噛んでから、頷く。
「分かった。星槍が用済みになったら貴様らにくれてやろう――ただし、星槍の守りは無しだ。ゴアドーが復活するまでは星槍に近づく事は許さん」
「分かりました。では、情報をお渡しする前に、何か着替えを頂けませんか?」
「……?」
「変装します。『仲間』にバレたくありませんから」

 すいかとイーヴィの背を見送るグダクの横に、黒鎧を着た若い男が立つ。
「いんですかァ?」
「何がだ?」
「あんな約束しちってェ」
「私は『用済み』になったらくれてやると言った。聞いていなかったのか?」
 グダクが詰まらなそうに言い捨てて、歩き出す。
 残された若い黒鎧は、げぇと舌を出し。
「ずるい大人ってキラァイ」
 言った。

「ああ……もぉ」
 イーヴィは、すいかの後に付いて行きながら、小さく溜め息を付いた。
「寺院につくなんて……私の人生滅茶苦茶よ……」
 首を振りながら、一人ぼやく。
 それから、すいかの横へと歩を早め、小声で。
「――っていうか、あいつら、約束守る気あるのかしら? やけにアッサリ応じてくれたけど」
「無いでしょ」
 すいかがアッサリと言う。
「はあ!?」
 イーヴィは思わず大声になってしまった自分の口を手で抑えてから、そろりと、すいかの方へと改めて声を潜め。
「どうするつもり?」
「チャンスを待つわ」
 すいかは言って、さて、と顎に指を掛けた。

■地下通路
「つまり、秘密通路が何のためにあるのかって話」
 九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )は、パートナーのマネット・エェル( ・ )の光条兵器が照らし出した壁の文字文様に、指と視線の先を滑らせながら言った。
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が、ふむ、と首を傾げる。
「……有事の際の脱出路、でしょうか。今は侵入に使っていますが」
「そう、本来は機能中枢から重職に在る者が脱出するための経路。だからこそ離れた場所に出入り口がある。逆に考えれば、秘密通路とは中枢――つまり、『構造的な中心』では無く『機能の中心』への最短経路」
 九弓は壁から顔を離しながら目を細めた。
 詩穂が頬に手を当てながら、緩く瞬きをする。
「機能の中心?」
「――情報を得られる場所、よ。あたし達は、そこを目指してたの。あんたがこれを見つけてくれたおかげで目的が叶いそうだわ」
 それは詩穂が通路内を所々掃除している時に偶然見つけたものだった。
 なんだろう、と首を捻っている時に九弓達と出会ったのだ。
「あの、もしかして、九弓お嬢様達の目的は槍の奪還や怪獣の復活阻止では――」
「うん、そうじゃ無いわよ」
 九弓が事もなげに言って、詩穂が少し驚いたように九弓の顔を見遣った。
 九弓は、うんと眉を傾げて詩穂をの顔を見遣る。
「星槍の巫女が善で、怪獣が悪だなんて保障は何処にも無いでしょ? まずは、純然たる情報を集めなきゃお話にならないわよ」
「そんなっ、エメネアお嬢様が詩穂たちを騙していると――」
 言いかけた詩穂の唇に九弓の指先が触れる。
「そうは言ってない。どっちにしても確証を得られる情報が必要って事」
 九弓は、言ってから文様のある壁の方へと向き直り、その端に触れた。
「――マネット」
「はい、ますたぁ」
 ころりとした可愛らしい声と共にマネットが、九弓の手の触れた辺りを光条兵器で浅く破壊する。
 そうして現れた仕掛けを適当に弄れば、壁にかすかな光の線が走って、壁が消えた。
 その先には人工的な通路が続いていた。
 九弓は通路へと歩み入り、ふと詩穂の方を振り返った。
「あんたはどうするの?」
「……詩穂は……」
 問い掛けられて、詩穂は、そっとポケットの中にあるラッピング用のリボンに触れた。
 エメネアに槍を返すときのために用意していたものだ。
「詩穂は星槍を目指しますわ。大怪獣はやっぱり不安ですし、エメネアお嬢様がお待ちですもの」
 九弓の方へと微笑みを傾ける。
「そう……」
 九弓は小さく笑って。
「分かったわ。まあ、頑張ってね」
「ええ、九弓お嬢様とマネットお嬢様も」
 詩穂は笑み頷き、「ばいばぁい」と手を振るマネットに小さく手を振り返してから、『構造的な中心』の方へと急ぎ駆けた。
 九弓達は遠ざかる詩穂の足音を背に、通路を進んでいく。

「さて」
 エドワード・ショウ(えどわーど・しょう)は遠ざかる二つの足音を聞きながら、身を潜めていた物陰で小さく呟いた。
 人気の無くなった通路を通って、九弓の進んで行った通路を覗き込む。
 彼のトレジャーセンスは詩穂が向かった方に槍が在ると訴えていたが、彼の目的は九弓と同じく『情報』だった。
 星槍が本当に女王器であるのか――
「確かめる必要がある。もし、真にそうであるとするなら、他所の学園に渡す訳にはいきませんが、ね」
 奪うなり誘導するなりは後からでも十分出来る。
 エドワードは足音も小さく『機能の中心』へと続くだろう通路の奥へと歩んだ。

■地下通路 チーム【うねうね】
 へっくちん、とクシャミが暗闇の中に響き渡った。
 その音が、そばを走る水流の音に掻き消される。
「大丈夫?」
 高潮 津波(たかしお・つなみ)は地面に目印となる矢印を書くために走らせていたチョークを止めて、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の方を見上げた。
「ん、ありがとー。――だいぶ冷えてきたね」
 ルカルカが己の腕をさすりながら小さく鼻を啜る。
 津波はそんな彼女に小さく笑ってから。
「だいぶ下ったからねぇ。水脈もあるし」
「地上はあんなに暑かったのにねー……ん?」
 と、ルカルカは自分の背負っているバックパックが急に軽くなったので、後ろを振り向いた。
「ダリル?」
 パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が彼女のバックパックを持ち上げながら、
「着ておけ」
 片手でコートを差し出してくる。
「わ。ありがとー!」
 ルカルカはダリルにバックパックを預け、コートを受け取った。
 着込んだコートが彼女の体のラインを隠す。
 その後方で、方位磁針を手に進行方向を確認していた筈の昴 コウジ(すばる・こうじ)が「いやぁ、実に惜しい」と小さく呟いた。
「聞こえているぞ、昴。ルカルカの尻ばかり見るな」
 ダリルが、そちらの方を見ないまま、至極冷静に言う。
「はっは、言い掛かりですよ。彼女のお尻が非常に魅力的である事は認めますがね」
「二秒だけ待ってやる。準備運動をしておけ。水路の水はさぞ冷たいだろうからな」
「いや、ご冗談を」 
 そんな遣り取りを交わす二人を横に、津波のパートナーのナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)が昴の手元をまじまじと眺めていた。
「昴さん……ずっと聞こうと思っていたのですけれど……その棒は何ですの?」
「はい? ああ、この棒ですか」
 ナトレアの視線の先、ヘッドライトを付けた昴が頷く。
 その手には確かに棒が持たれている。
 妙に長い。
「3メートルの棒でありますよ」
 昴が当然とばかりに言って、ナトレアは首を傾げた。
「邪魔ではありませんの?」
「邪魔ですな」
 昴が当然とばかりに頷く。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
 ナトレアが質問すべき内容と返す言葉を探して、間が出来る。
 昴が軽く顎先を揺らし、
「もちろん、一応、意味はあるのですよ。見てらっしゃったと思いますが、先程までこうして進行方向の床を……」
 棒の先を灯りの端の方へと滑らせ、床をトツトツと突いてみせる。
 ナトレアはそちらの方を見遣って、やや真剣な面持ちで頷いた。
「確かにしてましたわ」
「これで前方の床に仕掛けられた罠を先んじて発動させ、難を逃れるわけですね」
「あ、なるほどっ」
 言われて、ナトレアがパチと両手を打ち合わせて顔を輝かせる。
 が。
「まあ、実際はそうそう巧くいくものではありませんし、ご覧の通り、この長さは色々と厄介だ。とどのつまりが、ロマンという奴です」
「ロマン、ですの?」
「どうなっているか分からない地下水路。入り組んだ暗闇のダンジョン探索。そそるこのシチュエーションに、この3メートルの棒。……つまり、そういう事ですよ」
「……す、すいません……どういう事かさっぱり分かりませんでした」
 結局、ナトレアは3メートルの棒の真意を掴み取ること叶わずに、はぅっと溜め息を付きながら肩を落とした。
 その向こうでは、津波が水脈から汲み上げた水をペロリと舐め。
「うん……飲める飲める。普通に美味しい水だわ」
 頷き、津波は水脈の方へと視線を返した。
(水流が、さっき通ってきた所より減ってるみたい? さっき見たのとは違う水脈? あ――幾つかの流れが、この辺りで細かく繋がったり分岐したりしてるのかな……?)
 ふむふむ一人頷きながらノートに書いてきた、ここまでのマップに水脈と考察を書き入れていく。
「……となると、水脈の行き先は幾つにも別れてる可能性があるかもね」
「その内の一つが神殿に繋がっていてくれれば、水脈にドボーン、ビャー、スパーン、ですぐなのにね」
 横から、ルカルカがひょいっとノートを覗き込みながら漏らした。
「全体的な方向はバッチリだから、有り得る話だけど……ギャンブルだわ」
 津波は笑いながらルカルカの方を見遣り。
「あ、ねぇねぇ。ところで、ルカルカはあのニュース見た?」
「ニュース?」
「エメネアさんの」
「あ、うんうん」
「真剣なのはわかるけど、チューします、ってTV宣言はないよねぇ」
「あはは。確かに、ちょっと迂闊だなぁとは思ったかも」
 そこで、ダリルから「そろそろ行くぞ」と声が掛かって、津波とルカルカはそちらの方へと向かいながら続けた。
「エメネアさんって幾つなのかな?」
「あ、私、それ聞いたよっ。そしたら、顔を真っ赤にして『ヒミツです』って」
「興味深い話ですな」
 昴が、すいっと顔を寄せる。
 ルカルカが楽しそうに首を傾げ。
「チューを狙ってるから?」
「まあ、それも確かに男子の本懐ではありますが」
「否定はしないんだ」
 津波がわざとらしく半眼になりながら昴を見遣る。
「ええまあ。……しかし、僕としては星槍の方に興味がある。――いかなる遺物なのか。ルーはエメネアに話を聞いてきたのですね?」
「え、あ、うんうんっ」
 問われて、ルカルカはこくこく頷いた。
「えっとねぇ……槍は誰が作ったどういうものなのか、とか、怪獣とはそもそもなんなのかとか――」

■地下通路 ???地点
「……つまり、突然変異した巨大ゆる族だということか」
 エドワードの目の前には、展開した情報が浮かび上がっていた。
 辿った通路の途中、鍵の掛かっていた扉があった。
 九弓たちは鍵を開ける術を持っていなかったらしく、更に奥へと進んで行く気配があった。
 当然、エドワードは鍵を開き、その部屋へと入り込み。
 そして、そこで『記録』を発見したのだった。

(それは大怪獣ゴアドーと呼ばれ、その姿と圧倒的な力は新しい神の誕生を思わせた。
 が、ゴアドーには決定的に理性が欠けていた。
 そして、その破壊欲のままに幾つもの都市を壊滅させ、なお留まる事なく大陸中を破壊し始めた……と)

 そのように頭の中で要約して、次の情報を展開する。
 そして、
「……シャンバラの女王」
 求めていたキーワードを見つけ、エドワードは口元に軽く手を掛けた。
 情報に目を走らせていく。

(ゴアドーを封じる事を決めたシャンバラの女王は、星を繰る巫女を呼び、巫女の力を解析し、星槍を作らせる。
 そして、星の力の最も強く影響する場に封印宮を……)

「――なるほど、確かに女王が関わったものであるのは間違いない」
 エドワードは満足そうに頷きながら、ついでにそこにあった他の情報にも目を通していく。
 ふと、その中に目を引くものがある。
 それは壊れ掛けた情報だった。
 本来ならプロテクトの掛けられたもののようだが、壊れているために開く事が出来てしまう。
 展開する。
「これは……記録ではないですね。日記?」
 情報の破損している部分があったり、良く分からない専門用語も出て来ているが。
 なんとか読み解いていく。

 要約。

(これはゴアドーを封印すると共に、彼女を半永久的にここへ縛り付ける装置だ。
 システムは定期的に星槍と巫女の力で調整を行わなければいけない。
 彼女はそれを良しとするだろう。
 しかし、私は彼女の笑顔を見るたびにそれで良いのだろうかと考える)

 そこから、破損の激しい部分が続き。

(彼の提案を受ける事にした。
 彼の言葉は確かに、怪しい。
 しかし、それが可能であれば、彼女を解放する事が出来る。
 彼の言う通り、私は解除プロテクトにもう一つの経路を組み込んだ。
 これがバレれば、私は彼ともども極刑だろう。
 しかし、それでも……)

 どうにか読めたのはそこまで。
 まあ、十分だった。
「これは、告解……――いや、違う」
 エドワードは己の顔の横に置いた手の指先で。
 とん、とコメカミを叩いた。
「贈る気の無い手紙、ですね」