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【プロローグ】

……蒼空学園、時計台広場……
 突如、山葉 涼司(やまは・りょうじ)の携帯電話にデスクエストというアプリゲームがダウンロードされ四日が経った。
 昼下がりの蒼空学園時計台広場。中央の時計台を囲むようにして備え付けられているベンチに涼司と花音・アームルート(かのん・あーむるーと)は座っていた。涼司はデスクエストをやっており、それを花音が覗いている。
「あ、あ、あ、……あ〜」
 花音が大きなため息をついた。携帯電話の画面では涼司のアバターが倒れ伏し『りょうじはちからつきた』となっている。
「またやられちゃいました。涼司さん、へたっぴですね」
「ん?」
 不機嫌そうに涼司が振り向いたので、花音は慌てて自分の口を手で塞ぐ。
 連日連夜、涼司は寝る間も惜しんでデスクエストをやっていた。しかしその難易度の高さに苦戦し、なかなか進められないでいた。
「どうします? このままじゃあっという間に一週間経っちゃいますよ?」
 おずおずと見上げながら花音が尋ねる。すると考えるようにしていた涼司が勢いよく立ち上がった。
「だ――――っ。こうなりゃ合宿だ!」
 涼司は御神楽 環菜(みかぐら・かんな)に頼みこみ半ば強引に学園の教室を占拠、こうしてデスクエ攻略合宿が開催された。

……蒼空学園、デスクエ合宿場……
 一色 仁(いっしき・じん)は台車を押しながら蒼空学園の廊下を歩いていた。台車には夢中でデスクエストをやっている初島 伽耶(ういしま・かや)とそのパートナーアルラミナ・オーガスティア(あるらみな・おーがすてぃあ)が乗っている。まるで乳母車を押して流浪の旅をする某時代劇の主人公のようだ。
 なぜこのような状況になっているかというと、先日、仁はデスクエストのことで呪われてもいないのに口を挟んでくるパートナーのミラ・アシュフォーヂ(みら・あしゅふぉーぢ)と口論になってしまった。そして部屋を飛び出すようにして同じ呪いのかかっている伽那のもとへと転がり込んだのだ。三人で寝る間を惜しんでデスクエストを攻略、いわゆる廃プレイをしていた。しかし伽那たちは段々とゲームにはまってしまい、
「このゲーム、すごい自由度ね!」「色々試さなきゃね!」
 と完全に手段が目的となっていた。仁が頭を悩ませていると、そこに涼司からデスクエ攻略合宿の報せが来たのだ。そして今、仁は「めんどい」「現実で歩くくらいならフィールドマップを歩くよ」と言うどうしようもない二人を台車に乗っけて合宿場へと向かっているというわけだ。
「ここでやっているのか……」
 仁がデスクエ攻略合宿中と書かれた看板がかかっている教室の前に立つ。デスクエ攻略合宿は実際にプレイする実践班の教室と、パソコンでプログラムから攻略を試みる解析班のコンピューター室に分かれていた。
 がちゃり。実践班の扉を開いた仁が息を呑む。
 教室の中は茣蓙(ござ)が敷かれており、生徒たちが雑魚寝をしたり、ちゃぶ台を囲んだりしてデスクエストに挑んでいた。床には空のペットボトルやら食べかけのスナック菓子の袋などが散乱している。教室は足の踏み場もなく散らかっており、空気はよどんでいた。魔窟というやつだ。ちなみに伽那の部屋も同じようになっていた。
 仁がその雰囲気に気圧されていると台車の伽那とアルラミナがぴくりと動く。
「おっ! ここはなに? ユートピア?」
「それともエルドラド?」
「それともそれとも桃源郷?」
「「やっほー」」
 二人は野に帰るウサギのようにあっという間に魔窟へと馴染んでいった。
 魔窟と化す教室の中、ドア付近にまるで空間を切り取ったようにセレブな空間があった。そこにはメニエス・レイン(めにえす・れいん)がアンティークなテーブルに肘を付き、椅子に腰をかけている。
「メニエス様、こちらダージリンティーとスコーンでございます」
 従者のミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が無駄のない動きでそれらをテーブルに広げる。
「ここがデスクえ攻略合宿場でいいんだよな?」
 仁が尋ねる。
「ええ、そうよ」
「君も呪われているのか?」
「まさか。わたしはただの見学者よ。みんなが悶える姿を眺めているの。ふふふ」
「流石です、メニエス様」
「いい趣味してるね、まったく……」
「あなた新入りでしょ? だったらあそこのめが……葉山さんに話を聞くといいわ」
 メニエスが指差す。その先にはゲームのやりすぎで少し目のすわっている涼司がいた。
「大丈夫かよ、ここ」
 仁が不安そうに独りごちた。

……デスクエスト内、とある酒場……
 合宿が始まってから二日が経った。合宿に集まったメンバーに聞いたところ謎の少女に写真を撮られ呪われたのは、一番さかのぼっても涼司と同じ日だということがわかった。つまり攻略するなら今日しかないということだ。
 あのあと教室改め魔窟はより劣悪な環境に仕上がっていった。しかしそのおかげ(?)もあってか、一同はデスクエストを手分けして攻略。残すは最後のボスを倒すために必要な四つのアイテムを入手するだけとなっていた。
 ここはデスクエストの中にある酒場、色々な人が集まり多くの情報がゆきかう場所だ。呪われた一同は卓を囲むようにしてミーティングを開いていた。そこには『蒼空の花婿』というグループを作りデスクエスト攻略に大きく貢献した、

緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)
紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)
ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)
マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)
弥涼 総司(いすず・そうじ)
あーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)
樹月 刀真(きづき・とうま)
漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)

 という面々も揃っている。
 さっそく涼司が話を切り出した。
「まずは集まってくれてありがとな。それで本題なんだが、俺を含め呪われた日にちが早いやつは今日しかない。一つひとつのアイテムを一緒に攻略していたら絶対に間に合わない。そこで残りのアイテムを手分けして攻略していこうと思う」
「うん、それでいいんじゃないかな。でも一つ問題があるよね。『絶望の剣』『悪意の鎧』『迷妄の盾』はそれでいいけど『欺瞞の冠』はどうするの?」
「他の三つは村人からの情報でわかりましたけど、『欺瞞の冠』はキーワードだけで位置情報はさっぱりですからね」
 十倉 朱華(とくら・はねず)ウィスタリア・メドウ(うぃすたりあ・めどう)が尋ねる。
「それは解析班に任せるしかない。それより――」
「その必要はないで!」
 涼司の言葉を遮り声がする。酒場のドアが開き、ごつい装備に身を包んだ青空 幸兔(あおぞら・ゆきと)が現れた。
「四つのアイテム……すでにオラが集めておいた。見てみぃ」
『なに!?』
 一同がざわめく。幸兔は誇らしげな表情でみんなに自分のステータスを見るよう促した。
「これは……」
 一同が彼の装備品を見て目を見開いた。
『絶倫の剣』『悪徳の鎧』『妄想の楯』『偽証の冠』。
「幸兔君、それ全部偽物だよ」
「ホンマか!?」
 柊 まなか(ひいらぎ・まなか)がずばり言うと幸兔が驚愕した。幸兎が泣きそうになりながら周りを見渡す。みんなも頷くばかりだ。
「しかも呪われてるぞ」
「な――――っ」
 まなかのパートナーのシダ・ステルス(しだ・すてるす)が図らずも止めを刺してしまう。幸兎は大の字に倒れてた。
「……まあ話の腰は折れちまったが、とりあえず三つのアイテムを攻略しよう」
 一同はそれぞれのアイテム攻略のメンバーを分ける。そしてみんなが酒場をあとにし、幸兎だけがぽつりと残された。
「おーい、誰かおらんのかー? この装備ごっつう重うて一人じゃ立てんのや。手ぇ貸して」
 彼の声が空しく酒場に響いた。