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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第1回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第1回/全3回)

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第二章



「了解、小次郎くん」
 連絡を受けたリカイン・フェルマータは、眼下の大型飛空艇を見つめた。
 ここでバッドマックス空賊団の母船である大型飛空艇について説明しておこう。
 形状はその昔カリブの海賊が使用したような大型帆船だ。外装を無骨に組まれた漆黒の鉄板が覆い、本来、帆のある部分に帆はなく、代わりに無数のプロペラが並んでいる。縦横に取り付けられたプロペラが船の浮力と速力を支えているのだ。船の中央には巨大な動力部がある。船の心臓とも言える部分なのに、剥き出しで雨風にさらすなんて、あんまりな扱いだ。動力部に連なる配線やパイプも剥き出し、船の外装をツタのように走っている。船版、ポンピドゥーセンターとも言うべき様相だ。
「甲板の上に警護の空賊が……10人か。あの大男が噂のブルだな」
 リカインの相棒、キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)は静かに口を開いた。
 警護の空賊たちは、それぞれアサルトカービンやトミーガンなどの銃火器で武装している。
「どうする、リカ? うかつに攻め入れば狙い撃ちにされてしまうぞ?」
「どうするもこうするも……、なんのために私が太陽に背中を預けてると思ってるの?」
 リカインは光対策のサングラスを押し上げ、逆光の中、空賊に向かって突撃していった。
 高高度からの滑空が与えたスピードで、甲板上に突っ立っていた空賊を三人ほど跳ね飛ばした。特に抵抗と言える抵抗もなく、三人はきりもみ回転しながら雲海に飛び込んだ。
「あら……? なんだかあっさり仕留めちゃったけど……?」
「……って、人の話を聞いとらんのか! 無闇に突っ込むなと……」
 キューが咎めるのに気も留めず、リカインは「まあまあ」と手で制した。
「ありがたいお話は後でゆっくり聞くから……」
「今、聞けと言うに!」
「それにしても、逆光を背に攻撃なんて、子供だましな技が通じるなんてね……」
 やった本人ですらビックリの戦果だった。
 しかし、彼らは銃を構えようともせず、ぼんやり空を見上げてるだけだった。実に妙な話だ。

 それもそのはず、彼らは酔っぱらっているのだ。
 しかも、まだ正気を保っていた先ほどの空賊とは違い、彼らは完全に酒に飲み込まれていた。
「やっぱり高い酒はひと味違うなぁ……、ヒック。へっへっへ、いい気分だぜぇ……」
「ヒック。兄ちゃん、あんた最高だ。最高だよ、ちくしょう! ヒック」
「喜んで頂けたのなら何より。名残惜しいですが、敵も現れましたし、お仕事に戻られて下さい」
 静かな微笑みで諸葛亮孔明は空賊たちを甲板に送り出した。
 公約通り、孔明の持ち込んだ酒でつい数分前まで二次会が催されていたのだ。空賊たちはすっかり出来上がって夢心地。頭ふらふら足はがくがく、胸にこみ上げて来るものはきっともんじゃ状の何か。何が楽しいのかわからないけど、とにかく世界はそれをハッピーと呼ぶだぜ、ってなもんである。
 残念ながら「待て、これは孔明の罠だ」と指摘する者は皆無であった。
「……これで彼らは使い物にならないでしょう。さて、私は内部調査を済ませねば」
 そっと船室へ戻る孔明だが、ふらりと壁にもたれかかった。
 成り行き上、勧められた酒を断るわけにもいかず、孔明もほろ酔い状態だった。
「いけませんね……、私とした事が、気を引き締めないと……」

 ◇◇◇

 今井卓也とフェリックス・ルーメイは、大型飛空艇の下方から接近を図った。
「無骨な作りの船だね……。こう言うのが、男らしいって言うのかな……?」
「こんなものは雑な船で充分だろう。船長同様、まるで品性が感じられんのが残念だ」
 つくづくフェリックスとブルは、美的感覚がかけ離れているらしい。
「いつまで眺めていても俺の評価は変わらん。さっさと撃墜するぞ」
「はいはい、わかってるよ。ええと、動力部は……」
 外装を伝う配線やパイプを辿り、卓也は飛空艇を上昇させていく。
 飛行挺を乗りこなす為に勉強していたおかげで、ある程度、卓也は飛空艇の構造には精通している。このタイプの大型船を見るのは初めてだったが、パイプや配線の関連性はなんとなく理解出来た。
「この配線があそこに繋がってるから……、動力部は……、あ、あれだ!」
「……さらばだ、醜き船よ」
 フェリックスは雷術を放った。
 電撃が動力部の表面を伝わり、バチバチと音を立てて、パイプや配線に流れていく。
 もう一撃放とうと、指先に稲妻を集めるフェリックスを、卓也は止めた。
「駄目だよ、一旦離れよう。今のでこっちの位置がバレたはずだ。ここはヒット&ウェイで攻めよう」
「……空賊はあそこに座り込んでいるが?」
 立つのも億劫になったのだろう。空賊たちは座り込んで、へらへら笑っている。
「……薄気味悪い連中だなぁ」
「なんだか知らんがこれは好機。一気に攻め落とすぞ、卓也」
 攻撃に回ろうとした二人の横を、無数の銃弾が飛んでいった。
「そこの……、えっと、なんだ、カトンボ! 俺の船に何してやがんだ、コラァ!」
 頭のブルだけはなおも健在だった。この男、頭は弱いが、酒とケンカには滅法強い。
 ブルはガトリングガンを小脇に抱え、卓也に向かって乱射した。
「うわわわぁ! ふぇ、フェリックス、あいつをなんとかして!」
「うるさい! そう思うなら、ふらふら飛ぶな。狙えるものも狙えん」
「ふらふらって、こっちは避けるので精一杯なんだから……、うわっ!」
 飛空艇をガツンと弾丸がかすめ、その衝撃でバランスが大きく崩れた。
 遮蔽物のないこの空域での弾幕の有効性は先ほど示した通りだ。卓也の操縦技術では撃墜は時間の問題。
「だ、誰か、助けてくださぁーい!」

 卓也の悲鳴に呼応して、ちょうど反対側、ブルの背後から矢が浴びせられた。
 ブルの注意が逸れるのを伺っていた小鳥遊美羽(たかなし・みわ)が、リカーブボウで不意打ちしたのだ。
 それにしても、リカーブボウ大人気。購買にて14250Gで絶賛販売中。
「く、くそっ! 男らしくねぇぞ! 正面から来いや、正面から!」
 怒鳴り散らしながら、ブルはパイプの影に身を隠した。
「だって、私、女の子だもん。そんな所に隠れたって無駄だよーだ!」
 美羽の放った矢がパイプに突き刺さる。轟雷閃によって稲妻を帯びた矢、その電撃はパイプを伝う。
「ぎゃああああ!! い、いてえじゃねぇか! このクソガキ!」
「これしきの事で悲鳴を上げるなんて、男らしくないぞ、お腹ブルブルくん」
 ブルの体型を的確に突いたあだ名を付けつつ、美羽は次々と矢を射かけていく。
 美羽の助太刀により、ピンチを救われた卓也は、飛空艇の軌道を立て直した。
「た、助かりました。ありがとうございます、美羽さん」
 と礼を言ったのも束の間、その鼻先を矢がかすめていった。
 どうやら美羽は攻撃に夢中になってるらしく、卓也たちの事を失念して矢を射かけまくってる。
「お嬢さん、俺のハートを射抜きたいのなら、俺としてもやぶさかではないが……」
「射抜かれたら死んじゃうでしょ。とにかく離脱するよ!」
 美羽に流し目を送るフェリックスを無視して、卓也は大型飛空艇から離れていった。

 その混乱の最中、二機の小型飛空艇が奇襲を掛けた。
 御凪真人とそのパートナー、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)だ。
 上方から接近した真人は飛空艇から飛び降り、大型飛空艇に乗り込んだ。そして、甲板にサンダーブラストを放った。稲妻は金属製の床を駆け巡り、至る所から爆発が起こった。焼き切れた配線がのたうち、パイプからは漏れてはいけないガスが溢れ出す。
 ブルは真人を睨みつけた。
「てめぇ! 俺の可愛い船になんて事しやがる!」
「そんなに可愛い船なら倉庫にでもしまっておけば良いでしょう」
「馬鹿か、てめぇ! それじゃ空賊やれねぇじゃねぇか!」
 なんだか馬鹿な台詞を吐きながら、ブルはガトリングガンで弾をバラ撒いた。
「くっ! 空中戦であの武器を相手にするのは危険ですね……!」
「下がって、真人!」
 セルファはナイトシールドを突き出し、真人の前に立ちはだかった。
 だが、さすがにガトリングガンの高速連射を受けきれるほど、強固な盾ではない。
「セルファ! 俺がなんとかしないといけませんね……!」
 再びサンダーブラストを、今度は動力部に目がけて放射する。
 その瞬間、ガクンと船体が揺れた。
 度重なる電撃によってショートしたようだ。プロペラが何枚か活動を停止し、船の速度が落ちた。
「う、うおおおおお!?」
 船が傾いた所為で、ブルはごろごろと床を転がって行った。
 ガトリングガンの驚異から解放されたセルファは、ふうと一息吐いた。
「大丈夫ですか!?」
「なんとかね。でも、盾がボコボコになっちゃった」
「その程度の被害で済んだなら、幸運ですよ」
 彼女の無事に胸を撫で下ろす真人だったが、セルファはむっと眉間にしわを寄せた。
「その程度って何よ、私の盾なのよ。真人を守ってボコボコになったんだから、後で新しいの買ってよね」
「やれやれ、経費で落ちてくれると良いんですが……」

 ◇◇◇

 その頃リカインは、船の後部に小型飛空艇の格納庫があるのを発見した。
 彼女は眉を寄せ「マズイわね」と思った。
 開いた格納庫には、小型飛空艇が二十機以上並んでいる。また小型飛空艇に出て来られては厄介だ。
「まずはあそこを潰したほうが良さそうね……、行くわよ、キューくん」
「待て、リカ! 何か来る!」
 キューはリカインを突き飛ばし、前に出た。
 ディフェンスシフトで身を固め、彼がタワーシールドを構えると、そこにドカカカカッと何かが突き刺さった。おそるおそる正体を確認してみる、盾に刺さったのは無数の匕首だった。
「俺の船で好き勝手されちゃあ困るな」
 格納庫の前で、俺の船宣言をかましたのは、朝霧垂だった。
 リカインはその顔に見覚えがあった。蜜楽酒家で見たし、以前にも会った事がある。
「……って、いきなり何するのよ!」
「お、落ち着け、リカ。身を乗り出すと危険だ」
 そんなリカインの声を無視して、垂はへべれけ状態の空賊たちを見回し舌打ちをした。
「しょうがねぇ連中だな。本当に空峡でのし上がった空賊なのかよ。ライゼ……、あれ、やってやれ」
「……なんか悪事に加担してるみたいで気が引けるなぁ」
 戸惑いつつも、ライゼ・エンブはリカバリを唱え、空賊たちを回復させた。
 すっかり酔いが醒めた空賊たちに、垂は声を荒げる。
「全員立て、そして、並べ、一斉射撃だ!」
「あ、アイアイサー……って、何で新入りに命令されてんだ!?」
 疑問を抱きつつも、なんか勢いに飲まれ、空賊たちはリカインたちに集中砲火を浴びせた。
 酒に飲まれるは、勢いに飲まれるは、ほんとしょうがねぇ連中である。
「リカ、撤退しろ! 我の盾ももたないっ!」
「折角良い感じだったのに……、なんなのよ、あの子!」
 後退するためリカインが動いた瞬間、すかさず垂の左手が閃いた。
 垂の左手に握られたダークネスウィップが、リカインの飛空艇に巻き付く。
「俺からそう簡単に逃げられると思うなよ」
 そして、右手に光条兵器の鞭を実体化させ、思いっきり打ち据えた。鞭は操縦桿に直撃、制御系統がスパークし、リカインの飛空艇はコントロール不能に陥った。
「く、くそ……、覚えてなさいよ!」
 パラシュートを広げて、リカインは雲海へ沈んでいく。
 自分が撃墜されても気にするな、と言われていたキューだが、このまま放ってはおけなかった。 
「待ってろ、リカ! 今、我が助けるっ!」

 ◇◇◇

 残された空賊たちは、垂を尊敬の眼差しで見つめた。
「新入り……、いや、姐さん! あんた強いな!」
「姐さんがいれば【空賊狩り】も怖くねーや!」
「空賊狩り……って何だ?」
 聞き慣れない言葉だった。垂は訝しげな顔で空賊たちを見つめた。
「あんた、知らねーで入団したのか? 俺たちが勢力を伸ばせたのは元はと言えば、空賊狩りの所為……」
 その言葉に、垂の目は鋭く光った。
 バッドマックス空賊団が勢力を伸ばした背景には何か裏がある。腕っ節と行動力だけで、ただの馬鹿がのし上がれるとは思えない。
 垂はそう考え、その理由を探るため、この船に潜入しているのだ。
「おい、その話、詳しく聞かせ……」
「てめぇら、のん気に話してる場合か! レーダーに機影7! こ、この船の正面だっ!」