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マジケット死守命令

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マジケット死守命令

リアクション

2019年12月28日 東部戦線

 樹のパートナー、ジーナと緒方がアスファルトをはがされた地面にシャベルを突き立てている。昨日から今日までに、いったいいくつの塹壕を作ったのだろう。
 見渡すかぎり、三列、四列に平行した小さな塹壕がずらりと揃っていた。
「樹様ぁ。ちょっとは手伝ってくださいよ~」
「そうだよ。昨日からこのカラクリ娘と一緒に穴ぼこばっかりほらせて疲れたよ」
「ん? おまえら仮にも機晶姫と英霊であろう。少しは根性をみせい。それと、そんなに穴が浅いとゴーレムに踏まれたときにぺったんこだぞ~」
「は~い」
 ジーナと緒方が声をそろえ、諦めたかのように作業を再開する。
 と、そこへウィルネストが走ってくる。
「おー。ウィルネスト。そちらは順調であるか?」
 ウィルネストは所々チェックの入った塹壕配置表を樹に見せる。
「ほぉ、ずいぶん手際がいいな」
「夜中までやれば全部できるけど、やめたほうがいいな」
「どうしてそう思う?」
 樹がイタズラっぽく笑みを浮かべる。
「俺は見下されるのは嫌いなんだ。常識だろ?」
「そうであったな、失礼。くたくたの兵隊じゃ戦争にならん」
 と、そのとき、彼らの真上を、ほうきにまたがった魔女3人が編隊を組んで上空を駆け抜けていった。

 その魔女たちの偵察飛行を別の場所から見上げている者たちがいた。
 セバスチャンと飛虎、カオルだ。
「あれがハツネの偵察隊なのかな……」
 カオルがまぶしい太陽に手をかざしながらつぶやく。
「どうやらそうみたいですよ」
 セバスチャンが一枚のビラ拾って土を払う。
「なんだそれ?」
 飛虎が興味深げに覗き込む。
「飛虎、お前が読むといい。私には目の毒だ」
 そう言ってセバスチャンは飛虎にビラを渡す。飛虎はそれを読み上げる。
「なになに、一般市民の皆様へ。
 現在空京国際展示場は武装したテロリストによって乗っ取られ、バリケードを作るなどの無法の限りが尽くされています。
 こうした行為をなぜテロリストグループが起こしたのかというと、2019年12月29日から12月31日にかけて行われる、『マジケット』と称する魔導書の即売会で、反社会的な魔導書、危険な魔導書、有害な魔導書、猥褻な魔導書、青少年に悪影響を与える魔導書などを『表現の自由』という看板を盾にして販売し、膨大なの資金を闇社会に流入させるためなのです。
 私たちはこうした公共道徳と明るい家庭への正面からの挑戦に対して断固たる対応をせねばなりません。
 実力行使は最小限にとどめますが、テロリストの反撃が想定外の事態を引き起こす可能性があります。無関係の一般市民のみなさんは空京国際展示場周辺には近づかぬようお願い申し上げます……だとぉぉぉ?」
 飛虎はそのビラをその場でバラバラに引き裂いてしまった。
「俺たちのどこが裏社会でテロリストなんだよっ!?」
「だから目の毒だって言ったんですよ」
「撃ち落としていいか?」
 カオルがロングボウを上空の魔女に向けて弓をつがえる。
「やめましょう。それこそむこうの思うつぼです」
 が、遠くでタタタン。タタタタタタタンと機関銃の乾いた銃声がした。
 魔女ひとりが、ほうきの尻尾から黒煙を引いて墜落していく。
「最悪です。これで正義は向こうのものになりましたな」

「わーぉ。大当たりぃ~」
 国際展示場の屋上に機関銃を据えてケラケラと笑っているのはナガンだ。
「無防備な偵察機を開戦前に撃つなんてマジケット準備会も最低だねぃ~。おかげで市民の評判もガタ落ち。ハツネ様には大義名分ができたってわけだね♪」
「おい! 屋上にいるヤツ! 撃ったのはお前かっ!?」
 はしごの下から声がする。
「さて、そろそろお暇の時間みたいね」
 ナガンは飛ぶように駆けて行った。

2019年12月28日 空京ベイニューヨークホテル

 そんな様子を空京ベイニューヨークホテルの最上階のスイートルーム窓から眺めている少年がいた。
「射点は屋上かな? いい腕だなぁ。バカだけど」
 凶司はメガネを中指で持ち上げると、再びノートパソコンに向かった。もちろん、13才の凶司が最高のVIPルームをお小遣いで借りられるわけがない。そこらのハンバーガー屋の無線LANからシャンバラ中至るところにダミーのプロクシーをいくつも経由して、アラブの石油王の名前で予約を入れただけだ。
「戦争は情報戦だ。はじまる前におしまいにしてやる。セラフも手伝ってください」
 凶司が声をかけたのはパートナーのセラフ。地球の文化に興味を持って降りてきたハイテクヴァルキリーだ。セラフは凶司の向かい合わせに座ってノートパソコンを広げる。
「準備OKですよぉ。凶司ちゃん」
「じゃあまず、イルミンスール図書委員会のサーバーがあるはずです。そこからハツネのドメインをしらべましょう」
 ふたり、無言でキーを叩き続ける。
「あったよぉ凶司ちゃん。でもただの生徒名簿のプロフィールしか閲覧できないよぉ」
「やっぱりだめですか。じゃあ、『極寒院ハツネ』で検索してみますか」
「え~。でも本名ネットで晒す人なんているの?
「だからダメモトですよ」
 凶司はかたかたっとキーを叩いてリターンキーを押した。
 『極寒院ハツネ』はぞろぞろ出てきた。
 基本的には匿名基本な大型掲示板でも堂々と本名を晒して大弁舌をふるい、そのたびに集中砲火を浴びていた。
「す……すげ――」
 凶司のメガネがずり落ちた。
「と、とりあえずIPアドレス引っこ抜きますか」
 凶司にしてみればそれくらいの作業なら楽勝なのだ。
「それからプロバイダー割り出して……って!?」
「凶司チャン、これって警察OBの政治家じゃん?」
「その娘だったってわけね。とんだ大物がでてきましたね……」
「ねえ、もうやめようよぉ」
 だが凶司は液晶モニタに鼻がくっつくくらい前のめりになってキーボードを叩き続ける。
「チーズ、ハイホー、ナックル。キョウだ。起きてる? 今から大物ドメインをクラックする。手伝ってくれ。っと」
 凶司はハッカー仲間にチャットで援軍を要請していた。興奮にゾクゾクするような笑みを浮かべて。

2019年12月28日 やぐら橋要塞

 一方、やぐら橋前にはとんでもないものができていた。
「ぬぉわははははははははははは。これぞ建築。これぞバリケード。これぞ要塞」
 マッドエンジニア野武が自慢げに見上げるのはまさに『要塞』だった。
「これを持ってすれば例えゴーレムとて抜けまい」
「まったくもってモダンアートの華でありますっ」
 パートナーの金烏が世辞を言う。
「そんなコトを言っているのではなーーいっ!」
 金烏はお世辞が下手だ。
「お茶はいかがですか?」
 シラノが暖かいお茶を持ってくる。
「今はそんなものを飲んでいる場合ではなーーいっ!」
 シラノは世渡りが下手だ。
「しかしいいのかのう。こんなどでっかい永久建造物を造ってしもうて」
 ファタが要塞の上から野武たちを見下ろす。
「だれがかたすのじゃ? まぁ、嫌がらせは嫌いではないのだがな」
「仕方がないじゃないですか~。わたしたち、『てろりすと』になっちゃいましたから♪」
 綾乃が魔女たちがまき散らしていたビラを持ってくる。
「不愉快じゃのう」
 と、そこへ、五月葉 終夏(さつきば・おりが)とそのパートナー、英霊のニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)、守護天使のシシル・ファルメル(ししる・ふぁるめる)が空飛ぶほうきに乗って降りてくる。終夏が抱えているのは気絶した魔女だ。
「あのこたち追いかけ回してたら屋上から機銃掃射されて、この子だけ逆に撃墜しちゃったのよ。気絶して真っ逆さまだったから命だけは助けたあげたの」
「ほう、ケガはないようじゃな」
「うん」
「ならこの場で軍事法廷を開くか。判決文はもう出来上がってるが」
 武尊が奥から機関銃を持ち出してきた。
「ならん」
 ファタがめずらしく真剣な口調で言った。
「スパイと脱走兵は死刑。これはどこの戦場でも同じなはずだぜ? そこらへんの木か何かに『私はスパイです』って看板ぶら下げて吊しとけばいいんだよ」
「わしはおなごには手はださせんぞ。それにじゃ。一刻も早くそやつを解放せんと、今度は『人質を取られた』と宣伝されかねんのじゃ」
 しばらくの間にらみ合いが続く。
「……好きにしろ。そもそも俺は憲兵隊じゃねぇ」
「終夏、そやつが起きる前に、やぐら橋の向こう側まで持って行ってもらえんかの」
「りょーかい。起きたら暴れそうだしな」
 終夏はほうきにまたがると、まだあどけない顔をした小さな魔女を連れ、空へと昇っていった。

2019年12月28日 空京ベイニューヨークホテル

 そのころ、凶司たちが警察OBのサーバーへの侵入を試みていた。
「みつけた! これがハツネのメールボックスだ!」
 凶司は時系列で一覧表示されるメールのリストを眺めながら、
「さて、どの人を『告発者』にしましょうかね……ん? これは……」
 凶司が見つけたのは、ハツネがパートナーにしているらしき機晶姫『ルーシェ』からのメールだった。事務的なメールを除くと彼女とのやり取りが突出して多い。
「つまりふたりは普段一緒にいないってわけですね。じゃあ、この人からのメールにしましょう」
 凶司は偽メールを作成しはじめる。
「『……裏切り者がいますよ』と。こんなかんじでどうです?」
「いいとおもいますよ」
「じゃ送信します」
 返事はすぐ帰ってきた。
 タイトルは『あんた誰ザマス?』だった。
 凶司はメールを開いてみた。
 そこには機晶姫のルーシェらしい可愛い男の子と怒り心頭のハツネの画像が添付されていて、その後には読むのもだるくなるような、長い長いヒステリックな悪口雑言が並べられていた。
「今日はとなりにいたんですね」
「バレちゃったわね」
「仕方ありません。警察OBのサーバーにこんなことしたらちょっとヤバいけど、とっておきのウイルスやトロイを突っ込んで、あの人たちの言う『健全じゃない』人たちのたまり場にしちゃいましょう」
 凶司はまたキーボードを叩きはじめる。
「これであのババアもビビるでしょう」
 だが、突然ハッカー仲間から緊急の連絡が入った。
「すぐ逃げろ? ナックルがやられた? 追尾されてる?」
 凶司はノートPCを素早くたたむと、
「急いでセラフ!」
 と、セラフをせかした。
 ふたりが部屋を脱出した瞬間、窓の外からスイートルームに、小型飛空挺に乗った男がロケット弾を撃ち込んだ。

2019年12月28日 国際展示場・7階司令部

 やがてマジケット会場に夜が訪れる。
「司令部アキュラより東部戦線―――Zip」
「東部戦線アカリ―――Zip」
「敵兵の動向有りや?オクレ―――Zip」
「夕闇にて何も見えず。空京ベイニューヨークホテルにて発生した火災も
鎮火の模様―――Zip」 
「了解。任務継続されたし。以上司令部―――Zip」
「東部戦線アカリ了解―――Zip」
 アキュラは無線機を置き、
「こんなもんかな?」
 と、戦部に問いかける。
「準備は整いましたね。後はどう裁ききるかです。ハツネが戦争のシロウトだといいのですけど……」
「こちらが放った密偵によりますと、アイアンゴーレム、3メートルはあるそうです。それに数も揃っているとのこと」
 ゲルデラー博士が戦部に横やりを入れる。
「なんだそりゃ? 戦車か? KV2戦車か?」
「向こうに策士でもいたら困ったことになりますな……」
「まぁ、今日は寝ましょう♪ 明日になったら考えればいいことです」
戦部は意気消沈気味な司令部のメンバーに無理矢理元気づけて、仮眠室へと行ってしまった。

2019年12月28日 青少年健全育成装甲突撃軍前線司令部

「あーーーイライラするざますっ!」
 ハツネの前には拳銃で撃ち抜かれたノートパソコンが煙を上げていた。
「あのぉ~。ちょいとええですか?」
「なんざますかっ!?」
 日下部 社(くさかべ・やしろ)が恐る恐る話しかけると、ハツネはぎらりとにらみ返した。
「そない怒らんと。なあ、クロセルの旦那?」
「そーですそーです♪ 人生をハッピーにするにはまずスマイルか……ら……」
 社の相棒、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)はそのまま硬直した。
「あと一言でも言ってご覧なさい。その開いた口の中に鉛玉をぶち込むザマスよ」
 ハツネは血管が切れそうな形相でふたりを見ていた。
 凶司とのハッキング戦争で散々不愉快な思いをさせられ、頭に来て拳銃でノートパソコンを破壊してしまったのだ。おかげで統合司令部の機能は大幅に失われてしまっていた。
「まあ、パソコンも逝ってもうたし、人手もたりへんようやし、うちらもハツネ様の手伝いしに来たっちゅーわけや」
「お前たちを信用しろと?」
「実はですね、すでにマジケット準備会に私たちのパートナーが潜り込ませてあるんですよ。どうです? すごいでしょ? 使えるでしょ?」
「内通者ならもう十分確保してあるザマス」
「ならば前線で戦う精鋭部隊にっ! 勇猛果敢っ! 空京無双っ!」
「せやせや。こーみえても俺ら、腕っ節はええねんで」
「信頼できるのはゴーレムだけザマス。それに、お前たち、よ、り、は、胡散臭くない味方もいるザマス」
「あかーん。なにがきにくわんっちゅーねん。茶でも入れるし靴も磨くわ。ほんまにたのんますっ!」
「何とぞっ! 何とぞお美しいハツネ様の元でこの命散らさせていただけませぬかっ!」
 と、端のほうに控えていた少年の機晶姫、ルーシェが、
「雇ってあげてもいいと思うなぁ。可哀想だし……」
 と、ぼそっとつぶやいた。
 ハツネはテーブルを指先でとんとん叩きながらあれこれ考え、そして、
「……わかったザマス。パソコンが壊れて前線との使いっ走りが必要ざましたので、それをさせてやるザマス。」
「ははーっ」
「おおきにーっ」
「感謝するザマスよ」
 クロセルと社はうやうやしく頭を垂れ、本部のテントをでた。
 でた瞬間、
「何が『感謝するザマスよ』じゃクソ殺すぞボケがこるぁ」
「ていうかマジ今から殺りに戻ります? そうすれば戦争は終わる。フヒヒヒ……」
「まぁ、潜入は成功したわけやし」
「あとはどれだけ情報を流せるか、ですね」
「とりあえずゴーレムの数でも数えて寝よか」
「ですね」
 ふたりの何処か明るくマヌケなスパイコンビは敵陣内に整然と林立するゴーレム群の間を悠々と歩いて行った。