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マジケット死守命令

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マジケット死守命令

リアクション

2019年12月30日 国際展示場・東館

 2日目の朝は、予想に反し、青少年健全育成装甲突撃軍からの動きは無かった。
 そのおかげで第2日目はこれといったトラブルもなく平和にマジケットは開かれていた。
「走゛ら゛な゛い゛で゛下゛さ゛い゛〜!」
 不気味にドスの利いた重低音のロリッ子声が東館1階通路に響き渡る。
 志方 綾乃のパートナー、アリスの仲良 いちご(なかよし・いちご)だ。おなじく綾乃のパートナーの英霊、袁紹 本初(えんしょう・ほんしょ)もつれている。
「しかし、おぬしが呼びかけると一発で皆言うことを聞くのう」
「そ゛う゛ね゛え゛〜。あ゛! そ゛こ゛の゛ひ゛と゛。コ゛ス゛プ゛レ゛登゛録゛し゛て゛ま゛す゛か゛〜?」
 いちごが指さしたのはシャンバラ教導団からはるばる援軍に駆けつけてきた、真っ黒なコートの青年、霧島 玖朔(きりしま・くざく)だった。
「これはコスプレじゃねーよ。それと何だ? ハツネのゴーレム軍団との戦争は終わっちまったのか?」
「いや、詳しいことは7階に司令部があります故、そこへ行かんと解らんのじゃが、今のところ動く気配は見せとらんぞい」
「そっかあ。つーか、こんな本ばっかのイベントじゃヒマも潰せねーしな。それこそ水無月が好きそうな……」
 ふと玖朔の視界に偶然写ったのは、玖朔と同じようにびっくりしている水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)の姿だった。その後ろにはぴったりとパートナーの機晶姫鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が寄り添う。
「水無月?」
「く、玖朔さん!」
 睡蓮は手に持っていた同人誌をぱっと背後に隠し、じりっと一歩下がった。
 そして、くるっと振り向いて逃げようとする瞬間、
「逃げなくてもイイだろ?」
「え?」
「後ろに隠した本、丸見えだぜ」
「はわわっ!」
 睡蓮は本を胸元にもどし、そして向き直り、あわててまた背中に隠した。そんな睡蓮がおかしかったのか、玖朔はくすくすと笑った。
「そんなにわらわなくったっていいでしょっ」
「いや、どんな本買ったんだよって、ちょっと思ってな」
「別に普通の本よ。……そのぉ、なんていうか、日用的なやつ」
 睡蓮が買った本は簡単な『恋のおまじないのお茶の作り方』といった、ごくありふれたものだったが、彼氏の玖朔に見せるのはなんだかマズい感じがした。だって、もしかしたら「お前浮気してるんじゃねーか?」って誤解されたらイヤだし、魔法の力を使わないと愛してもらえない女に見られるのもなーんか腹立つなと思ったのだ。
「俺、何か戦争するから助けてって言われた来てみたんだけどさ、見たところ全然普通じゃん? で、ヒマ潰そうと思ってたんだ」
 玖朔がそう言うと、
「だったら私が案内してあげるよ。何か買いたい本とかある?」
「そーだなー。とりあえず宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)のところには行ってみたいな」
「あー、それは西館だわ。遠いよ? しかも壁だからなぁ〜」
「かべ?」
「超がつく人気サークル。大行列ができるからシャッターの外に列並ばせてるの。当分本人たちには会えないかも」
「そっかー。じゃあ、その辺うろうろするかー」
「うんっ」
 そう言ってふたりは東館に入っていった。

2019年12月30日 青少年健全育成装甲突撃軍前線司令部

司令部には将校クラスの魔女たちと各校からハツネの元に集まった兵士たち、メガネの向こうの瞳に怪しい影をちらつかせる四条 輪廻(しじょう・りんね)と、そのパートナー守護天使のアリス・ミゼル(ありす・みぜる)、スーツの上に軍服を羽織った冷酷そうな少女、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)とそのパートナー、機晶姫のシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)、ドラゴニュートのネヴィル・ブレイロック(ねう゛ぃる・ぶれいろっく)、隻眼の軍人レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)と、そのパートナー、剣の花嫁シルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)、そしてあたかもパートナーのように寄り添うレオンハートの副官イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が勢揃いしていた。もちろん、クロセルと社のコンビもちゃっかり紛れている。
 そこへハツネ書記長がパートナーの機晶姫、ルーシェを連れて前線司令部へやってくる。
 ただちに全員が起立する。ただ、いつもと違って、ハツネはいつものマジックローブではなく、前線服仕立ての魔法衣を着ていた。
「あ、あれはっ!?」
「知っとるんかっクロセル?」
「うむ。かつてシャンバラ古王国時代、『哉 宣伏』なる職人が魔女の髪の毛だけを使って編み上げたという伝説の魔導師の戦闘衣装に違いあるまい。まさかここで実物を見ることになろうとは……(眠眠書房刊 太古のパラミタ史より)」
「なんや、ごっつうさん臭いやないかい」
「そのふたり、黙りなさい。そして全員、テーブルの地図を見よ」
 テーブルの上には国際展示場とその周辺の地形が描かれ、敵味方を表すブロックが置かれていた。
「これより、第二次マジケット粉砕作戦……いや、第一次マジケット大攻勢を発動するものである!」
 幕僚たちがどよめく。いつものハツネ様とキャラが違うぞ。全然別のキャラだぞ、まるで戦姫ではないか、と。
「戦姫、か。そう呼ばれるのも久しいザマスね……」
 ハツネがにやりと笑う。
「作戦の概要は東部戦線及びやぐら橋正面を攻勢包囲し、その間隙を縫って東西連絡通路への予備戦力の投入による戦線突破、後方からの反転総せん滅を行う電撃戦だ。何か策があるものは申し出でいっ」
「あのー、ちょっとええですか?」
 社が手を挙げる
「なにか?」
「それやったら会場大混乱になりまっせ?」
「で、あるから?」
「であるからって……」
「敵軍は混乱する一般参加者の対応で一歩も動けなくなる。我々に有利ではないか。他には?」
「私もひとつ……」
 クロセルが手を挙げる。
「ふたりとも敵方にパートナをスパイに送りっぱなしなんですよ。なので早めに避難させたいんですけど」
「それは残念だな」
「へ?」
「作戦開始まで情報交信は一切禁止だ。スパイは散るのも任務だ」
「そりゃないでしょう〜」
「閣下、私も一言よろしいでしょうか?」
 ガートルードが申し出る。
「本作戦の初段階を制するに当たって肝要なのは情報戦であると思われます。よって、内部工作員を使って敵司令部へのピンポイント攻撃をかけ、情報網を麻痺させては?」
「なるほど上策である。そのようにしよう。他には?」
 レオンハルトが手を挙げた。
「俺はディテクトエビルとトラッパーの使用を全軍に推奨する。昨日の戦闘報告を読んだ限りじゃ、下手したら五分五分だ。俺は東館から回ろうと思うが……」
「お前の言うとおりだ。私もヤツらを甘く見すぎていたようだ。各員に徹底させよう」
 ハツネがそう言って周囲を見渡す。
 他に発言が無いことを確認すると、ハツネは地図上のコマに手を伸ばす。
「では布陣を決定する。ガードルード、そなたを中央軍司令としてやぐら橋要塞への攻撃を命ずる。堕とさずとも良い。包囲して時間を稼げ」
「拝命いたしましたっ!」
 ハツネは別のコマを東館方面に進める。
「レオンハルト、東部方面軍指令を任ずる。任務はガードルードと同じだ」
「いや、堕としてみせよう。それくらいのプライドはある」
 ハツネは残されたふたつのコマに手を伸ばした。それをやぐら橋と東館の隙間の東西館連絡通路を突き抜けて進めた。
「親衛隊『赤騎士』を衝角とし、予備兵力をもって連絡通路を破壊し、突破させる。ルーシェ、行ってくれるな?」
「それは良いこと?」
 ルーシェはつぶらな瞳で問いかける」
「もちろんだ」
「じゃあ、行ってくる」
「そこのお笑いコンビもルーシェの護衛に当たれ。傷ひとつでもつけたらただではおかぬぞ」
「お、お笑いコンビって」
「なんやねん?」
 クロセルと社がムッとする。そりゃムッとするだろう。
「作戦発動時刻はヒトサンマルマル。その直前に指揮系統の破壊工作と空爆を行う。以上解散ザマスっ!」
 ハツネは一方的にまくし立てるとルーシェを連れて夜戦司令部を後にした。
 クロセルと社以外が直立不動の敬礼で見送った。

2019年12月30日 国際展示場・西館 正午

 椿 薫(つばき・かおる)弥涼 総司(いすず・そうじ)は同じのぞき部として二席並んで本を売っていた。
 薫のサークル名は『ハウスメイドは見た』だ。売っているのは、蒼学一般向けの恋愛ノベルと男子寮で繰り広げられる秘められた愛に満ちた薔薇学ボーイズノベルだ。
 総司のサークル名は『巨乳革命』。出している本はそのまんまな感じの『百花繚乱』。李梅琳やリンネ・アシュリングといった、パラミタに実在するヒロインたちが触手によって陵辱されるという、ハツネどころか下手をすると教導団の正規軍が動きかねない本である。もう一冊はのぞき部の会報、『季刊N』。蒼学の『のぞき』スポットが満載されている犯罪奨励本である。ついでにのぞき部の入部届付きのペーパーもさり気なく置いてあったりする。
 いけない本である。
 でも人はいけないことが大好きである。
 であるから総司の本は朝からとてもよく売れていた。
「はぁ〜。こっちはさっぱりでござるよ。部長が羨ましいでござるよ〜」
 薫がぼやく。
「ふっ。すべては飽くなき巨乳への愛のたまものだよ。それとここでは、サ ン チ ェ 先 生 と、呼んでくれと言っただろう?」
「おい、そこのふたりっ!」
 通路の向かいから叫んでいる男がいる。
 マジックローブをまとったダンディーな魔術師だ。
 彼は名をアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)という。彼が主に売っていたのは昔の魔導書を数学的に解説した研究書を売っていた。
 残念ながら刺激という面においてはいささか乏しかった。
 であるからライヘンベルガー先生の本はほとんど売れていなかった。
「元々マジックマーケットは魔術師の研究成果である魔術書や魔導具、魔方陣などを売るのが目的で開催されたのである。君たちのようなのがいるから話がややこしくなるのだよ」
「……おっさん誰でござるか?」
「おっにーーさんでござるよツルテカ君。私はアルツール・ライヘンベルガー。イルミンスールの講師である」
「そいつは失礼したな先生。でもさ、結局、売れた方が勝ちなんだよな? ツルテカ君」
「でござるな、先生っ」
 薫と総司はカラカラ笑う。ライヘンベルガー先生は歯ぎしりをする。ここで怒ったら大人として自分の負けだと思いながら。
 そんなところにひとりの女の子がやってくる。白百合女学院の生徒七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だ。
「さっそくお客さんでござるな。どうぞ、見て行くでござるよ」
「わ、わたし?」
 突然声をかけられたことにびっくりする歩。ちらっと振り返ると薔薇学を舞台にした小説があるようだ。歩は薔薇学のことを王子様が集まっていそうな学校とイメージしていた。脳みそが王子様な人は大勢いるのだが……。
 歩は薫の薔薇学本を手に取った。
「お、お目が高いでござるな。自信作でござるよ。読んでみてくだされ」
「ありがとう」
 歩はぱらぱらとページをめくっていく。が、途中で顔を真っ赤にしてパタンと本を閉じる。そして本をおいてそのままずるずるとあとずさりして、
「すすすすすみませんでした〜」
「ふむ、ダメでござるか」
「お嬢さん、じゃあオレの本を……」
「先生、それは普通にセクハラでござる」
 あとずさりした歩はやがて反対側のブースにお尻がぶつかる。
 あわてて振り返って
「あっ、ごめんなさいっ」
 と、ぺこりと頭を下げる。
「構わぬよ」
 とにこりと笑ったのはライヘンベルガー先生だった。
「本を探してるのかな?」
「うん。なんていうかその……えっちじゃないやつ」
「大丈夫。ここには向こうの連中みたいな下品な本はないからな!」
 ライヘンベルガー先生はわざわざ向こうに聞こえるように言った。
 それを聞いて歯ぎしりする薫と総司。
 ライヘンベルガー先生大人げない。
「あの、あたし、メイドをしてるの。でね、それに役立つ魔法書とか無いかなって」
「なるほどね。ではこんなのはどうかね?」
 ライヘンベルガー先生は積み上げられた魔導書の中から一冊を選び出し、その中の1ページを開く。
「これは無くし物を見つける魔法だ。このページに書かれているように唱えれば、無くし物が返事をくれるのだ。無論、メイドでも使える」
「へぇ〜。それ便利! いくら?」
「1Gでいい。元々利益を得ることではなく魔法を広めることが目的であるからな」
 ライヘンベルガー先生は魔導書のそのページだけをきれいに剥がし、歩に渡す。
「効果があるのは13回。それを過ぎたらまたわたしのところへ持ってくるといい」
 ライヘンベルガー先生はささやかなお代を受け取ると、歩に魔導書の1ページを渡した。