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魂の欠片の行方1~電波ジャック機晶姫~

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魂の欠片の行方1~電波ジャック機晶姫~

リアクション

 始まりの章 ルミーナの異変と、迫る巨体


「……元に戻らないわね」
 狼狽を含んだ悲しげな顔で、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は言う。彼女は、ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)の正面にしゃがみ、その肩に両手を置いていた。携帯電話と共に何者かに媒介とされて謎のSOSを口にしたルミーナは、頭を抱えて瞳孔を開いた状態で、人形のように固まっている。
「こっちも駄目だな」
 自分の携帯電話を冷めた目で見詰めながらラス・リージュンが呟く。
「どうして? 何が原因で……」
「何、寝惚けたこと言ってんだ? 原因なんか明白じゃねーか。携帯が使えない以上、まだ 電波ジャックは続いてんだよ。ルミーナは影響を受け続けてる。あんたが判らないわけないだろ」
「…………」
 ルミーナに置いた手に、力が込もる。
「元を断たなきゃ、助からないということね」
 立ち上がってデスクへと足を向ける環菜。その途端、ルミーナも立ち上がった。瞳に光を灯さないまま、開け放たれた扉に方向を定め。
 少しだけ宙に浮いて、ふらふら、ふらふらと。
「……おい!」
「今、何か変な声がしたな。ミカグラ、今日の書類を持ってきたぞ。……ん?」
 校長室に入ってきた高等部教師のアーキス・ツヴァインゼファー(あーきす・つゔぁいんぜふぁー)が、擦れ違ったルミーナを振り返って眉を顰めた。
「ルミーナ!」
 弾かれたように踵を返し、ルミーナを追って廊下に出る環菜。ラスもそれを追いかける。状況を捉えきれずに咄嗟に動けなかったアーキスだが、ただごとでないというのは理解できた。
「校長室に書類を提出するだけのつもりだったんだが……こんな現場に立ち会ってしまっては動かないわけにはいかないな」
 書類の入った封筒を脇に抱え、アーキスも校長室を出る。彼女が何処へ行ったのかは、ざわついた生徒の視線を辿れば容易く分かった。
 
 行き来する生徒など存在しないかの如く、ルミーナは校舎内を進んでいく。ぶつからないように、生徒達は慌てて道を開けた。だが、そんな彼女を心配して行動を起こす者達もいた。
 彼女の後ろ姿を眺めながら、葛葉 翔(くずのは・しょう)は思う。
(ルミーナさん、なんか様子が変だな。歩き方もおかしいし、大丈夫か?)
 思案したのは、コンマ数秒。
(心配だな、後をつけてみるか……)
「……ルミーナ、さん……?」
 通り過ぎた彼女に吃驚して、風祭 隼人(かざまつり・はやと)は動きを止めた。一緒にいた兄の風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)も、柔らかい表情を曇らせる。
「普通じゃありませんでしたね。さっきから携帯が不通なのと関係が……」
「俺が助ける!」
 あるのでしょうか、まで優斗が言う前に、隼人は走り出していた。
「優斗殿、私達も行きましょう」
「そうですね。ルミーナさんをあのまま放っておくなんて出来ませんから」
 諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)の言葉に一も二もなく賛同し、優斗も後に続いた。
 幽霊と見紛ってしまうような、不確かで希薄で空恐ろしい印象を生徒達に与えるルミーナ。
(ルミーナ先輩はどうされたのだ? 顔から生気が消え失せた……というかそんな状態で何処へ行かれるつもりだ? あの状態では、何かあってもおかしくない……ここは俺が護衛に就かねば!)
(あら? これは何か事件の匂いが……なんだか面白そうな予感がします! もとい……)
「ルミーナ様が心配です!」
 橘 恭司(たちばな・きょうじ)風森 望(かぜもり・のぞみ)も、ルミーナを救うべく動き出す。若干1名、違う動機が混じっているような気がしないでもないが、兎に角、ルミーナの元に生徒達が集まろうとしていた。

「待って!」
 環菜がその手を捕らえたのは、校門前だった。周囲に目もくれないルミーナと、生徒達を避けながらのこちらでは進みに差があったのだ。
『たす、けて……』
「助けてと言うなら助けるわ。だから、ルミーナを返しなさい!」
「…………」
 虚ろな状態のまま環菜を無視し、しかし手を振り解くこともせず、ルミーナは校門を抜ける。
「あ、ちょっと! 止まって、止まりなさいってば!」
 引き摺られかけ、環菜は手に力を込めた。だが、ルミーナはものともしない。力負けして、環菜は手を離した。
「私の指示がきけないの!?」
「環菜!」
 ラスが駆け寄ってきて、環菜の肩を掴む。
「命令すりゃ何でも叶うってもんじゃねーんだよ! 気持ちは分かるけど、ここは……」
「オレ達に任せろと言うつもりか? だが、こんな状態のパートナーを他人に任せることがお前に出来るか? ミカグラの行動は至極当然なものだろう。……とはいえ、オレはまだ事態を把握しきれていない。ミカグラがレバレッジの側にいたら、何か問題があるのか?」
「……携帯が圏外になってんのは気付いてるだろ? さっき変な声っつってたのは、その携帯から聞こえてたんだ」
 多少身構えて、ラスは言う。直接教わったことはないものの、アーキスが恐ろしいという噂はそこかしこで耳にしている。
「今、この学園で携帯が使えるのは環菜だけだ。あとは、ルミーナか。環菜には、電波ジャックの原因を調査してもらわねーとルミーナは元に戻らないぜ、多分」
「そういうことなら、俺も協力しよう」
 近付いてきたのは、レン・オズワルド(れん・おずわるど)だ。彼の脇を、隼人や恭司、翔が通り過ぎていく。
「ルミーナに付いて護衛をする。少し、思うところもあるしな。まあ、彼女を心配する奴は他にもいるようだし、大事にはならないだろう。校長は原因が判明したら、追いついてくればいい」
「じゃあ、孔明にもここに居てもらいますよ。パートナー同士は……あれ、つながりますよね?」
 優斗が試しに、孔明の携帯に電話してみる。懐から着信音が聞こえた。
「大丈夫のようですね。では、私は残りましょう」
「分かったわ。すぐに調査を始める。ただし……」
 環菜はラスを睨みつけた。
「何かあったら、吊るし上げじゃ済まないから覚悟しておきなさいよ。あなたには、それこそ何でも出来るんだから。そう……邪魔になれば、消すこともね」
 校舎から、高月 芳樹(たかつき・よしき)とパートナーのアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が走り出てきた。2人も、ルミーナを心配して追ってきたらしい。
 そして彼等は、ルミーナを救うために動き出した。

 アトラスの傷跡から西、荒野に近い砂漠は、濃霧に似た砂煙に包まれていた。その中を、巨大な人影が移動していた。
 そう表現するしかないだろう。頭と両腕と両足を備えた、人影。10F建てのオフィスビル程もあるその人影は、砂漠の砂中に盛大に足を突っ込みながら、確実にツァンダに向かって進んでいた。
 全体的に凹凸があり不恰好で歪なそれは、建物を一度分解して接着剤でくっつけたような、そんな印象があった。
 空から人影の存在を確認した調査隊は、急ぎ、環菜の元へと舞い戻った。

 ツァンダ東にある森の中。
 念のため、移動手段を持っている生徒は全員それを駆り出して、ルミーナの護衛に当たっていた。
「ほら、足元気をつけろよ。転んだら怪我するぞ」
 ルミーナの前方にある岩をグレートソードでどかしながら、小型飛空艇に乗った翔が言う。そのナイトっぷり(クラスはローグだが)に対抗心を燃やした隼人も、付きっきりになって引っ掛かりそうな下草から彼女を守っている。
 その後ろでは、白馬に乗った優斗が、携帯を耳に当てていた。
『アトラスの傷跡からツァンダに、巨大な機晶姫が迫ってきているわ。ぱっと見、ゴーレムのような姿だけれど、機晶石と酷似した波動が確認できたの。妨害電波も観測されたわ。ルミーナに影響を与えているのは間違いなくこれよ』
 孔明の電話から報告される環菜の言葉を、優斗は逐一、その場の全員に伝えていく。環菜は、最後にこう言った。
『各学校に応援を要請したら私も出るわ。もう、文句は言わせないから』
「……だそうです」
「巨大機晶姫か……」
 思案げに芳樹が呟く。その後を、恭司が続けた。
「どうにも眉唾な気がしますが、校長が言う以上、本当なんでしょうね。サイズはどのくらいなんでしょうか?」
「あ、それは言ってませんでした」
「焦りが出たか? ミカグラらしくないミスだな」
「私が上から見てきましょうか?」
 軍用バイクの上からアーキスが言うと、空飛ぶ箒に乗った望が申し出た。ルミーナが何か新しい言葉を紡げば、それをメモする気まんまんの望だったが、巨大機晶姫というのも是非見てみたい。第一発見者だ。これぞ、メイドさんは見た! である。
 空高く舞い上がり、望はアトラスの傷跡が見える位置まで飛んでいく。僅かではあるが、火山の手前に見えるはずのない人影が確認できた。普通サイズの人間なら、ツァンダの森から視認するのは絶対に不可能だ。土壁のような人影は、愚鈍ながら着々とこちらに向かってきている。
『ねえ……きこえてる……? たすけて……』
 その時、携帯がまた声を出した。
「聞こえてますよー。どうしました?」
 試しに話しかけてみる。しかし、携帯はもう声を発することなく沈黙している。望は、電話のディスプレイをノックしてみた。こんこん。
「もぉしも〜し」
『…………』
 こんこんこんこん。
『…………』
 こんこんこんこんこんこん。
 電波ジャックの相手ではなくて携帯電話が困ってしまうくらいノックしてから、望は戻った。で、とりあえず報告する。
「ビルくらいあるゴーレムです! 巨大機晶姫なんでしょうけど、もうアレ、ゴーレムでいーんじゃないですか?」
「そうか……それが助けを求めているのだとしたら、そっちにも人を遣る必要があるな。他校からも応援は来るだろうが、携帯が使えない今、俺達と連絡が取れるものが行った方が良いだろう」
「電波を発しているのなら、中にその発生装置があるんじゃないですか? 僕が行きますよ。装置を解除すれば隼人とも連絡出来るし、校長側にいる孔明とも情報交換できます」
 優斗はレンに言うと、早速白馬を走らせた。
「俺も行くよ。1人の女にこんなぞろぞろ付いてたってしょうがねーしな。巨大機晶姫ってのも気になるし……」
 宝の匂いがぷんぷんする。
 ラスは、都合良く持っていた小型飛空艇の上から言った。
「まあ、ここは君が居なくても全然問題ないだろうし、というか今まで空気だったし、良いんじゃないか?」
 冷静に分析して芳樹が言うと、アメリアが慌ててたしなめる。
「だめよ。いくら本当のことでも口にしていいことと悪いことがあるわ」
「お前らなあ!」
 たまらず叫ぶラスの小型飛空艇を、恭司ははいはいという感じで押し始める。
「行くなら早くしてください。状況は何も好転していないんですから」
 ラスが飛び去っていくと、待ってましたとばかりにルミーナが新たな言葉を吐き出した。
『あなたが必要なの…………あなたしか……わたしの……』
 一同は顔を見合わせる。望は、早速台詞をメモに取った。
「どういう意味だ?」
 翔の疑問に、答えられる者は勿論いない。
「貴方は誰なの?」
 ルミーナを覗き込んで、望が言う。
「何が起きているの? 助けるためには、解決するには、どうすればいいの?」
『信用できるのは……あなただけ……』
「聞こえていないみたいだな。というより、これはまるで、レバレッジ自身に話しかけているみたいじゃないか? そういえばオズワルド、さっき、思うところがあると言っていたな。何だ?」
「ああ。今、ルミーナがこうなっているのは妨害電波――巨大機晶姫のせいだろう? ルミーナが電波を目指しているのだとしたら、近づけば近付くほど、その影響力は強くなる筈。意思疎通も可能になってくるのではと思ったんだ。そうなれば、彼女の口を通して、協力を申し出られる」
 アーキスの問いにレンが説明すると、隼人が希望を込めて言った。
「じゃあ、先に進めば、ルミーナさんを取り戻す方法も分かるかもしれないわけだな。森ももう抜けるし、話が訊けるのも近い……のか?」
「声の主は助けを求めていた。そして、自分が魔物になることを恐れていた。一連の事件の謎を解く鍵はまだまだ多そうだが、本人が話せれば何とかなることもあるだろう。その時には、俺自身の素性を語って……」
『あなたたちは、鏖殺寺院ね……』
「!?」
 突然、自分達に向けられた突拍子もない言葉に、一同は身を強張らせた。
 ルミーナが攻撃を仕掛けてきたのは、その直後だった。