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雪下の幻影少女 

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雪下の幻影少女 

リアクション

【1・失意と決意の校長室】

 蒼空学園の昼下がり。この日は学園の名とは裏腹に、空は灰色となりその灰雲から雪がちらついていた。
 そんな雪の下、校長室へひた走る生徒がひとりいた。大野木 市井(おおのぎ・いちい)である。というのも彼は今より少し前に廊下ですれ違った御神楽環菜(みかぐら・かんな)から、
「アイスを買ってきて頂戴、5分よ」
 と、問答無用で金も渡されずパシリを言い渡されていたのが原因だった。
「参ったな、そろそろ5分過ぎちまう」
 特急で買ってきてはいたが、さすがに店と距離がありすぎた。
 明らかに無茶な注文をした環菜に頭を痛めつつもひた走る市井、
「すげぇな、こりゃ」「わー、おっきいねー」「雪の巨人………ははは、壮観だね」
 と、その途中ざわざわという喧騒が耳に入りなにかあったのかとそちらへ目を向けると。 学園へと近づく雪の巨人の姿がはっきりとうつり、ぎょっとなる市井。
「なんだあれ、エリザベートの悪ふざけか?」
 その異様な光景を横目に見ながら、しかし今はひとまずアイスが優先と足を止めることはしなかった。巨人よりアイス優先なんてやや常識に逸れた行動に見えるが、校長をよく知る人物なら正しい選択と思うことだろう。
 ともあれ市井がようやく校長室へと到着する頃には、既に10分が経過していた。
 遅れたことに何を言われるかと不安を感じる市井だったが、校長室がなにやら騒がしいのに気づいた。なにかあったのかと思いながらも中へと入ると。
 そこには、先程までいつも通りだった環菜校長の雪像姿と、傍らで未だ放心状態で床にへたりこんでいる環菜のパートナー、ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)。そして異変を察して集まった数名の生徒達の姿があった。
「環菜さん……」
 沈痛な面持ちのルミーナの声にも環菜は応える気配はなく、少しだけ驚いた表情を固めたまま雪像として佇むだけだった。
「ル、ルミーナさん! しっかりしてください!」
 と、声をかけたのはアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)
「こういうときこそ落ち着くべきですよ、さ、まずは深呼吸をして」
「わ、わかりましたわ。……はっはっ、ふー。はっはっ、ふー」
「ルミーナ様。それは深呼吸じゃなく、ラマーズ法でございます」
 そう言って本郷 翔(ほんごう・かける)は少し肩をすくめ、ぽんとルミーナの肩に手を添える。
「ああ、そ、そうでしたわ。ごめんなさいわたくしともあろう者が」
「とりあえず肩の力を抜いてくださいませ、話はそれからです」
 おろおろしっぱなしのルミーナに、翔はナーシングを用い、軽く肩を揉んでマッサージをしていく。かと思うと、どこから用意してきたのかお茶とお菓子を取り出し、自身も床に腰をおろしてティータイムへと移行し始める。
「こういう時こそ心にゆとりが必要でございますよ」
 そんな翔の献身に、ルミーナはようやく表情にいつもの柔らかさが戻り始めていた。お茶を飲み、ほっと一息ついて目を閉じる。室内にもそんなまったりした空気が漂って――
「って、いくらなんでも落ち着きすぎですよっ!」
 アリアがツッコミを入れ、
「ルミーナ先輩、いつまで呆けているつもりなんですかっ!?」
 やって来た橘 恭司(たちばな・きょうじ)も思わず声を荒げていた。
 そんな活に、ルミーナはぱっちりと目を開かせ、そのまま残っていたお茶をぐっと一気に飲み干した。彼女らしからぬそんな所作に一同は少し面食らったが、
「皆さん。みっともないところを見せてしまい、申し訳ありませんでしたわ」
 立ち上がったルミーナの表情が引き締まっているのを感じ、胸をなでおろした。
「それで、校長先生はどうしてこんなことになったんですか?」
「それはわたくしにもわかりませんわ。わたくしがここへ来たときには、既に環菜さんはこの姿となっていましたから」
 アリアの質問に答えつつ、ルミーナは不安げに環菜の雪像を見つめる。
 また少し場が沈み始める中、翔は博識の知識を用いて今までこんなことがなかったかを思いだしていた。そして環菜の開かれたままのメール画面を見て、とある一件が頭に浮かび上がった。
「そういえば最近噂になっている幻影少女についてなんですが。目撃した生徒の話では、その少女の立ち去った後にはよく本物と見紛うばかりの、動植物の雪像が作られていると聞いたことがあります」
「ということはやはりその少女が関係しているのでしょうか? わたくしもそのメールは気にかかっていましたし。ただ、なにせ情報が少なすぎますからね……」
 翔の進言を受けて、やや考え込むルミーナ。と、そこへ、
「お困りでしたら、僕が手を貸しましょうか?」
 いつの間にかその場に来ていた湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)が声をかけてきた。
 見た目にっこりとした好印象な感じの13歳少年といった感じだったが。
「凶司。なんか気持ち悪いよその顔」
 パートナーのディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)には鋭い言われようをされていた。
「なんだよ。他の生徒の手前、イキナリ本音出すのもあれだろ」
「ごめんなさい、その猫かぶりを目の当たりにするとつい我慢できなくて」
 ひそひそぼそぼそと語り合うふたりに、集まった生徒達はやや微妙な目つきになる。ルミーナも凶司の黒い本性を知っているがゆえ、やや警戒しているようだった。
 その空気を感じつつも凶司はさほど気にせず、ディミーアに持たせていた荷物から自分の携帯、ハンドコンピュータ、ノートPCを取り出して許可もとらずに次々と室内に展開していく。
「ちょ、ちょっと。なにをなさる気なんですか?」
「僕は僕で、独自にネットから情報収集するのさ。匿名の掲示板群やコミュニティサイトを駆使してな。もっとも、目当ての情報が集まらなくても責任は持たないけどよ」
 注意してきたルミーナには小声ながら本来のトーンで語る凶司。
「物言いはともかく、今回は信用してもいいと思います。えぇ、今回は」
 ディミーアの一応のフォローを聞き、ルミーナも一応それ以上の注意はしなかった。
(信用ねぇなぁ……こんな泣きも喋りもしない御神楽環菜を嬲ってもつまんねーっての。だからこそさっさと助けて、いつもの調子に戻してやろうってのに)
心の中で悪態をつきながらも、凶司はその場にいる恭司や情報収集しようとしている皆にURLを展開しておいた。
「ま、やるのは情報集めだけだ。それ以上はやらねーし、見返り求める気もねーってこと」
「安心してください。もし何かしでかした時は、私が責任をもって片付けますので」
 高速でキーボード操作する凶司と、彼に槍を突きつけているディミーア。
 そんなふたりにはさすがにルミーナも苦笑いだったが、力を貸してくれる様子なのは確かなだと感じ心中では感謝の念を浮かべているのだった。
 と、そこへまた新たに誰かが入ってきた。市井のパートナーのマリオン・クーラーズ(まりおん・くーらーず)である。この手のことに詳しそうだからと市井に呼び出されたらしい。
「待ってたぜ。で、早速だけどどう思う?」
「どういう現象なのかよく解りませんが……これ恐らく呪いの類じゃないでしょうか?」
 まじまじと雪像を観察し、感想を述べるマリオン。
「なるほどな。大抵それって呪いかけた本人をボコると治るよな。じゃあボコるのは他の連中に任せて……俺たちは俺たちで動くか」
 そこで市井は、環菜の雪像がこの部屋の温度によって若干溶け始めているのに気がつき、
「なんにせよこのまま溶けたら笑い事じゃないよな。でも下手に動かして、欠けでもしたらマズイし……よし、ひとまず俺達はさっきのアイスの店からドライアイスやら氷やらを発注してくるか」
 そう言ってふたりはダッシュで校長室を駆け出していった。
「自分も食堂から氷をありったけかき集めてきます」
 それに一式 隼(いっしき・しゅん)も名乗りをあげて出て行く。
 そんな風に駆ける生徒達の様子を写真に収めていた絹屋 シロ(きぬや・しろ)は、
「なんだか皆さん、せわしない様子ですね」
 落ちていた環菜の携帯電話を拾い上げ、そしてパソコンを操作して今回の事に関する情報を詳しく調べようとした、が。
「ああ……やはりプロテクトがかかっていますね。まあ、当然と言えば当然ですか」
 やや残念そうに携帯を机に置き、パソコンの画面を改めて見てみるシロ。
 唯一確認できる手がかりは、表示済みのメール一通。そこに載せられていた幻影少女の風体などを確認後、ルミーナへと声をかけた。
「ルミーナさん。放送室の鍵を貸して欲しいんですが」
 それを受け、どういうことですか? 的な視線を向けるルミーナ。
「この少女の情報を全校に放送したいんですよ。そうすれば二次災害も回避できますし、生徒から情報を得ることもできるでしょう?」
「………………」
 ルミーナはそのまま思案するような顔つきになったが、さほど悩むより前に部屋の棚にしまってあった鍵の束からひとつを外し、それをシロへと手渡した。
「最低限の情報を伝えるだけですよ。混乱を招く情報となりないよう気をつけて」
 勿論、釘をさすのは忘れなかったが。
 シロは笑って頷くと、放送室へと向かっていった。
「じゃあ俺は、図書館でこの現象に関する資料を探してみます」
 その後恭司も、走って図書室へと向かっていく。そうやって出たり入ったりしていく生徒達を眺めつつ、窓を開け放ち冷気を呼び込んで部屋を冷やすルミーナ。
 身体が震えたのは単に寒さだけが原因ではなく、そこから見える雪の巨人の姿があるせいでもあった。あれに関してもまだ何もわかっていないが、ひとつ確かなのはこのままあの巨人がここへ来れば大惨事になるということだけだ。
 だがルミーナは今、自身のパートナーの傍を離れる訳にはいかないと悟っていた。この機に乗じて妙なことをする輩が現れないとも限らないからである。幸い何人かの勇気ある生徒達が立ち向かってくれているようなので、ここは彼らに任せることに決める。
 その事に若干の罪悪感を感じつつも、気をひきしめなおすルミーナだった。そんな傍ら、
「エリザベート校長から雪まつりのご案内だとしても……笑えないねぇ」
「でもほんとに凄いよね! あそこまで大きな物を操るなんてどんな力使ってるんだろ」
 鎖帷子に白マフラー姿の黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)は、壁にもたれかかりながら窓から見える雪の巨像を眺めていた。彼も校長の危機を聞きつけ掛け付けたのだ。隣にはパートナーのリリィ・エルモア(りりぃ・えるもあ)もある。
「監視カメラに何か写っていれば……」
 具体的な解決策がハッキリしない今現在、情報を待つ状態になったのを感じてにゃん丸は壁から背中を離した。
「どうするつもりなの?」
「警備室に行く。事情を話して、そのときの映像を見せてもらうのさ。確認しておいて損は無い筈だからねぇ」
 そのふたりの掛け合いに、
「警備員の方には、わたくしから連絡を入れておきますわ」
 ルミーナはそう告げると、自分の携帯電話ですぐさまかけ始めていた。放送室のことをはじめ、今は細かいことを気にしている場合ではないと思ったのかもしれない。
 その厚意を受けてにゃん丸達は、足早に警備室へと向かっていった。
 そして。リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)と、パートナーの童子 華花(どうじ・はな)ソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)中原 鞆絵(なかはら・ともえ)らは部屋の隅で何やら話し合っていた。
「それでね。相手が校長を狙ってきたのかどうかは分からないけれど、可能性があるならやって損はないと思うの」
「なるほど、それじゃさっそく」
 リカインの策に頷いた鞆絵は、スキルの至れり使せりでリカインにちょいちょいとメイクを施し、髪も少し整え、最後に瞳の色を隠す為にそれらしいサングラスをかけさせると、
「よし、これでばっちりだわ!」
 リカインは、見事ニセカンナへと変貌していた。しかも元々背丈や骨格、顔つきなどが近いせいかそれなりには見えるような精度になっていた。
「あ。ルミーナ君、パートナーの顔をちょっと借りるのを許してね。この姿ならきっと、例の少女もおびきよせられる筈だから」
「……気をつけてくださいませね。行ったのが誰にしろ、本当に環菜さんを狙っていたとしたら、あなたも雪像にされてしまうかもしれませんわ」
 不安げな顔をしつつも気遣うルミーナに、リカイン達は軽く会釈をして校長室を後にした。
 と、ふいにアリアが、
「ルミーナさん。部屋にセキュリティがあるのなら、発動させておいてはどうでしょう? それか禁猟区を発動させておくとか……」
 そう切り出してきたので、ルミーナは静かに頷く。とはいえ生徒が多く出入りしている今ヘタに防犯を強化するわけにもいかないと思ったのか、禁猟区を発動させるだけに留めていた。
     *
 しばらくして放送が流れる。
『あー、あー……。蒼空学園の皆さん、こんにちは。
 私は絹屋 シロです。緊急事態により放送室をお借りして放送を行っています。
 実は先程、御神楽環菜校長先生が襲撃され雪像と化すという事件が起こりました。
 行ったのは近頃噂にも上がっている、幻影少女と思われます。
 少女は蒼空学園の制服を着ており、髪型は腰までのロング、肌も髪の色も白く、瞳の色は赤。身長は160センチくらい、外見年齢は15歳ほどだそうです。
 少女は主に学園の廊下、中庭など比較的寒い場所での目撃情報が多いようですが。
 一般生徒の方は下手に接触はせず、私に連絡をください。
 番号は×××―××××―××××です』
     *
 そのとき、神野 永太(じんの・えいた)燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)は食堂にいた。
「なんだか、大変な事が起きてるみたいですね……ん? ザイン? どうかしました?」
 放送を聞いて不安げになる永太の呼びかけにはこたえず、ザイエンデはぼそりと呟く。
「雪像……。…………それは、カキ氷のように食べられるのでしょうか?」
 ちょうど昼食を食べ終わり、デザートを食べたくなっていたのが災いした。
 思い立ったが吉日とばかりに、ザイエンデは調理場からイチゴシロップと練乳を借りるや、ダッシュで校長室へと向かっていった。そしてその意図を知った永太も、
「ちょ、ちょっとザイン! さすがにそれはいけないですよ!」
 慌てて後を追うのだった。
 ちなみにそれと入れ替わりに駆け込んできた隼は、すぐさま製氷機から大量の氷をかき集め、再びとんぼ帰りしていた。
     *
 また別の場所では、校長室から出たリカイン達が廊下で紫月 綺那(しづき・きな)ラストラル・エリクソン(らすとらる・えりくそん)と話していた。他にも影野 陽太(かげの・ようた)十倉 朱華(とくら・はねず)ウィスタリア・メドウ(うぃすたりあ・めどう)の姿もある。
 綺那はどうやら情報伝達の為に、携帯のアドレス交換をしているようだった。
「幻影少女の方は私がばっちりおびき寄せてみせるよ」と、リカイン。
「雪巨人は僕達がなんとか食い止めてみせるからね!」と、朱華。
「環菜会長の事は安心してこの俺にまかせてください」と、陽太。
「ええ、それでは何かわかりしだい連絡をしますので」と、綺那。
そしてそれぞれ己のすべきことの為に向かっていく生徒達。綺那とラストラルも、その足で図書室へと向かった。
「それにしても、なんだかとても面白……いえ、大変な事になってるわね」
「そうですね。最悪の結果は校長不在に加え、学園壊滅……考えたくもないですね。ラストラル……フォロー頼みますね」
「わかった。綺那、絶対情報掴みましょうね!」
 話しながらふたりが図書室に着くと、そこでは騒ぎを聞きつけた生徒たちが既に調査を進めているようだった。恭司ももう既にその場に来ている。
「さて、しらみつぶしに調べるとしますか……」
 そしてまず、本棚から『雪』や『冬』に関係した伝承や事件の載っている本を片っ端から取り出していく綺那、そしてその本をラストラルが机へと運んでいく。
 あらかた揃えたところで、綺那は腰を落ち着けて調べ始めた。
「やはり有名な伝承は雪男や雪女の類ですね。雪男の方は、イエティとかビッグフットとか、毛むくじゃらの謎生物がよく知られてるところですけど……今回の雪の巨人とはさすがに関係ないでしょうね」
「そうよね、あれは雪男とは違う感じがする」
「一方の雪女の方は伝承によって、姿形も正体も様々。美しい女であったり、山姥のような姿だったり、果ては氷柱が化けたという伝承もある、と」
「ふんふん」
「雪女の顔を目撃したり言葉を交わしたりすると殺されるという伝承もあれば、逆に呼びかけに対して返事をしないと殺されるなんて話もあるみたいです」
「えぇ? それじゃ、どうすればいいか結局わからないじゃない」
「そうなんですよね……こういう伝承では、対処方法が矛盾していることなんて珍しくないですからね。もっと正確な情報を見つけないと」
 そう思い、今度は実際にあった事件などの本を見ようとして、
「そちらはなにかわかりましたか?」
 恭司に声をかけられた。
「いえ。まだ調べ始めたばかりですから、有力なことはまだなにも」
「そうですか。俺もなんですよね。博識も駆使して調べれば手がかりが見つかるかもしれないと思ったんですけど……成果は思わしくないですね」
 頭を悩ませつつも、改めて本を調べていく恭司と綺那。
 そうしてチクタク時計の針は進行し、時間ばかりが経過していく。図書館は防音完備がされているので、外の状況がどうなっているのかまるでわからないのが不安をさらに増加させる要因にもなっていた。
 唯一見守るラストラルは、
(大丈夫かな……? 飲み物でも買ってきてあげようかしら)
 と、そのとき。
「次のこれは、ん? あの、この単語なんて読むかわかりますか?」
「え? さあ……ラストラル、すみませんが、翻訳お願いします」
「あ、はいはい。えっとここはね……」
 そこに書かれていた内容を聞き終えた綺那は、顔色を変えて先程アドレスを交換した、ある相手にかけ始めた。
 その相手とは――