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涼司と秘湯とエコーの秘密

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涼司と秘湯とエコーの秘密

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【2・お面のふたり】

 最初の戦闘から数分ほど後。
 美央達と入れ替わる形で、久世沙幸(くぜ・さゆき)が西の通路に入ってきていた。
 そこでは気絶から覚めた涼司が花音からヒールをかけてもらっていた。それだけ見ればなんだかいい雰囲気にも思えるが、ふたりとも表情に遊びの色がないため実際はそういう空気でもないようだった。
「え〜っと、ちょっといいかな?」
 沙幸の声に、涼司達はすぐさままた戦闘準備に入ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなにいきり立たないでよメガネ君!」
「誰がメガネ君だ。とにかくこの先は通行止めだ、温泉なら別の通路だぞ」
「あ、いや別に行くつもりはないんだけど……」
 沙幸としては単にふたりが通路を塞いでいる理由が気になり、聞きに来ただけであったが。事情を聞いて協力できればとも思っているので、そのまま退かずに留まり続けた。
「って、それなら看板でも立てておけば良いじゃない。あ、でも待って。そうしないっていう事は何かを隠してるんだよね?」
「……別に。今日はここを通行止めした気分なんだよ」
「涼司さん。その言い訳はさすがにどうかと思います」
「でも今日だけ守れば万事解決って訳にもいかないんでしょ? だったら……」
「いや、今日一日でいいんだ」
「え、そうなの? それにやっぱり何か隠してたんだ」
 沙幸からの言葉に下手な反応しっぱなしで余計なことを口走り、しまった、と言いたげに頭を抱える涼司。やはりさっきのダメージの影響で頭が上手く回ってないらしい。
「ねぇ、なにか協力できる事ってないかな?」
「…………ないよ」
「その気持ちだけで充分ですから」
「じゃあせめて先に行かせられない理由くらい教えてよ、メガネ君」
 真摯に頼んでくる沙幸に、涼司は少しだけ表情を揺らしかけたが。
「………………悪い、帰ってくれ」
 結局それだけを呟いてくるりと背を向けてしまい、もうそれ以上話すことはしなかった。
「もーっ! じゃあ勝手にすればっ!? メガネ君なんか知らないから!」
 その態度に沙幸はぷんぷんと怒りながら踵を返して。
(ここまで頑なになるなんて思わなかったよ、もう! あーあ……外のふたりはどうしたかな、情報仕入れられてるといいけど)
 去り際にそんな思いを巡らせつつ、西通路を離れた。

 ところ変わって洞窟の外。
 沙幸の思う、当のふたり浅葱翡翠(あさぎ・ひすい)とパートナーの永夜雛菊(えいや・ひなぎく)がそこにいた。
 翡翠達は今、ひょっとこ面の男と、おたふく面の女の様子を伺っている。
 そのお面男女の方はというと、皇甫伽羅(こうほ・きゃら)と、パートナーのうんちょうタン(うんちょう・たん)皇甫嵩(こうほ・すう)達三人と何やら話をしていた。
「つまり、売店の売り子をやりたいと、そういうわけでありますか」
「そうなんですぅ。こう見えても私、経理科士官候補生ですしぃ。それに財産管理のスキルにも長けてるんですよぉ。あと、殺気看破で万引き対策もバッチリですからぁ。きっとお役に立てると思いますぅ」
 伽羅の言葉に、しばし考える風になるふたりだったが。
「……わかったざます。そろそろ売店を開けようと思っていたところざますし。雇ってあげてもいいざますよ。もっとも、バイト代はあまり出せないざますけど」
「えぇ、いいですよぉ。ふたりも、いいですよねぇ?」
「それがしは構わぬでござるよ」「問題ないでございます」
 話を振られて頷く、うんちょうと嵩だったが。彼らは、そんなこと言っている伽羅自身の目が『どうせ便乗で、あれこれと売りさばきますしぃ』と語っているのに気付いていた。
「なら、早速店の準備をしてくれであります。必要なものはあそこでありますから」
 ひょっとこ男はそう言うと、洞窟前の一角を指差した。
 そこには数脚のテーブルと椅子があり、その上には、タバコやタオル、そしてなぜか、般若の面、能面、仮面×イダーなど数多くのお面、それと赤銅色の変わった布などが詰まった段ボールが置かれていた。更に温泉饅頭が大量に入った箱と。牛乳、ジュース、お酒など飲み物類がぎっしりの小型冷蔵庫もちゃんと側に用意されている。
どうやら商売的には、これらを売って経営を成り立たせているのかと伽羅はあたりをつけた。そしてうんちょうや嵩が設置に取り掛かる中、伽羅は話を続ける。
「それで、お客さんに聞かれた時の為に、この温泉の由来や伝説、効能とか聞きたいんですけどぉ」
「そうでありますな。まずこの秘湯には伝説があるであります、洞窟の名にもあるエコー……。その名の女は、亡き恋人が忘れられず世に留まり続け、ついには精霊となってあの洞窟で生き続けているというであります」
「そして、その精霊が持つ力の影響で、洞窟の湯には肩こりや腰痛を治し、肌を綺麗にする効果があるのざます。死んだものを蘇らせるとの噂もあるざますが、さすがにそれは誇張ざますから、これは噂好きな客に適当に話す程度でいいざます」
「なるほどぉ……あ、そういえば、オーナーさんのお名前まだ聞いていませんでした。お聞きしてもいいですかぁ?」
「ん、我輩は、面賀好(めんが・このむ)というであります」
「ワタクシは、面賀スキュラ。好の妻ざますよ」
「ぶっ……ご、ごほごほ、ご夫婦だったんですねぇ」
 妙ちきりんな名前に、思わず噴き出しそうになった伽羅だったが。どうにか堪えていた。
 その後も商売方針や、温泉の入手の経緯などを質問していく伽羅。言いづらい部類のことまで、どうにか話術を駆使して聞いていった。
「では、我輩達は少し休憩をとるでありますかな。丁度三時のおやつタイムでありますし」
「言った以上はしっかり働くざますよ。ワタクシ達は目を光らせているざますからね」
 あらかた説明を終えたお面夫婦はそう言って、丸テーブルと椅子、そして饅頭とお茶を自分達用にいくつかつかみ出してくつろぎ始めるのだった。ちなみに面は外さないまま、器用に饅頭を食っていた。
 そんなふたりと交代でうんちょうと嵩が伽羅の元に戻ってくる。
「義姉者(あねじゃ)、準備は終わったでござるよ」
「なにか、有力な情報は仕入れられたでありますか?」
「あらかた聞けることは聞いたんですけどぉ。どこまで本当のことを言っているのかは、ちょっと微妙だったかも。名前も、どーも偽名っぽかったしぃ」
 ひそひそと語りつつ、
「ともかく、今は売り子のバイトに専念するとしましょうかぁ」
そう言うや、洞窟の陰でチャイナドレスに早着替えして、行き交う人に声をかけていく伽羅だった。
「やれやれ……相変わらずの銭ゲバっぷりでござるな」
「しかし、兵站を疎かにしては軍は成り立たぬ、という気構えは立派。加えて経理は常在戦場、日々鍛錬、との修業の心構えがある故、よしとするでございますよ」
それを受けて、うんちょうは店番に立ちながら、エレキギターで明るい雰囲気の曲を奏でていき。
「あ、この布くれます?」
「はい、ありがとうございます」
その隣で嵩は苦笑しつつ、接客を行うのであった。
 そんな彼らを眺めるお面夫婦に近づく、翡翠と雛菊。
「あの、すみません。ちょっといいですかぁ?」
 少し子供っぽいトーンで話しかける翡翠。
「ん、なんでありますかな? 秘湯に興味がおありなら、遠慮なく入ってくださって結構でありますよ」
 ひょっとこ面の男はそう言って、どうぞ、という手を洞窟に向ける。
「あ、はい。でもその前にすこしお聞きしたいことがあるんです」
「なんざましょ? ワタクシ達にわかることなら、なんでもお答えするざますよ」
「おふたりは、いつこの土地を購入されたんですか? こんな秘湯があったなんて今まで知りませんでしたから、気になっちゃいまして」
 翡翠の、いかにも好奇心からの質問ですよという芝居に、雛菊は密かに苦笑していた。
「購入したのは、つい最近でありますよ。去年の暮れごろでありましたかな」
「そうだったんですか。購入したのには、何か理由があるんですか?」
「おほほ、理由に関しては明白ざます。アナタの言ったとおり、今までここは秘湯というだけあって有名ではなかったざますからね。しかし、湯は人が入ってこそざます。そこでワタクシ達が買い取り、人々に提供し、そして笑顔になって貰おうというわけざますよ」
 そのなんともキナ臭い理由に、疑いを抱く翡翠だが。
「わー。凄いですね、笑顔の為に頑張るなんてまさに経営者の鑑! 私も見習いたいです」
 それを顔には出さず、褒め称えて油断させていた。
「でも無料開放なんて気前がいいですよね。どうして急にそんなことを?」
「なに、たまにこういうサービスをすれば後日逆に客が集まるのでありますよ。むしろ、我輩としては毎日タダで入ってもらいたいくらいでありますが、それではさすがに生活できなくなるでありますからな。わっはっはっは」
「なるほどー。ご立派ですねー」
 あまり正直に言ってなさそうなふたりの態度に、翡翠の褒めはやや棒読みになっていた。
「それはそうと、どうしてお面で顔を隠してるんですか?」
「ん? 趣味であります。なにより格好よいでありますからな」
「ワタクシ達は家族全員、素敵なお面が好きなんざますよ。おほほほほ」
 さっきまでと違い、それだけはなんだか本気で言ってそうなふたりはそのまま機嫌よさげにお面の薀蓄ばかりを語り始めて。次第に翡翠の愛想笑いも限界に近づいていく。
 それを感じ、雛菊は機を見て核心に踏み込むことにした。
「あ、そういえばあの洞窟の西側って何があるんでしょう?」
 世間話をする様な素っ気無さで、質問をする雛菊。
「うん……? なんの話でありますかな? 西側がどうかされたのですか?」
「え? ご存知ないんですか? なにか大切なものがあるんじゃ……」
 とぼけているのではなく本当に不思議がっており、逆に質問されて雛菊は戸惑った。
「よく話が見えないざますわ。洞窟にあるのは秘湯だけざますけど」
 しかしお面夫婦はやはり首を傾げるばかり。それどころかやや不審そうな表情になっていく。空気が微妙なものになりかけるが、
「そこのあなたがたぁ。せっかくですからなにか買っていきませんかぁ?」
 そこへ、伽羅が声をかけてきたかと思うとそのまま店の方へと強制連行していく。翡翠達も、そろそろ潮時を悟っていたので特に抵抗しなかった。
「今なら『パラミタ刑事 シャンバラングッズ』がありますよぉ」
 伽羅が言う通り、お面の中にはいつの間にかシャンバランお面も混じっているなど、温泉グッズと同等の量のシャンバラングッズが配置されていた。
「それがしのオススメは『シャンバラン魚肉ソーセージ(シール入り)』や『お面をつければ君もシャンバランだ! なりきりセット』に――」
「温泉饅頭みっつください」
 翡翠に先に言われて、うんちょうは残念そうに、シャンバラン主題歌『ゆけ!シャンバラン』のCDを机に戻した。
「ご一緒にシャンバラングッズもいかがですかぁ? 何でしたら、お酒やタバコも――」
「こらこら。さすがにそれはマズイであります」
 しかして伽羅の方は諦めず、その上明らかに未成年な翡翠にそんな接客をして嵩によって止められていた。
「お気持ちだけ受け取っておきます。それじゃ……」
 お金払ってそのままふたりは店を後にしようとしたが。
「あのオーナーさん達には注意したほうがいいですよぉ」
 伽羅がぽそりと呟いたそのセリフに、足を止めさせられる。
「商売にこだわるあまり、よからぬこともしそうな感じですからねぇ。ま、これはあくまで私の主観ですけどぉ」
 独り言の感じで続ける伽羅に、翡翠の方は、
「この魚肉ソーセージ、ください」
「はぁい。毎度あり〜」
 ひとつお買い上げ、ふたり洞窟の中へと入っていくのであった。

 そんな彼らを眺めていたお面男女は、
「……今のふたり、気になることを言っていたでありますな」
「ええ。ワタクシ達も改めて中を確認したほうがいいかもしれないざます」
 表情こそ面のせいでわからないが、声のトーンはやや低かった。
 どうやら心の中を隠していたのはこちらも同様だったらしい。