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涼司と秘湯とエコーの秘密

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涼司と秘湯とエコーの秘密

リアクション

【6・心配するエコー】

 女湯では色々騒がしい事件が起きていたが。
 西通路の涼司と花音は、現在それどころではなかった。

ドカンッ

「っと! あっぶな……光学迷彩ですり抜けられればと思ったけど、そう甘くないみたいね」
 花音の鉄槌攻撃をすんでのところでかわした祥子は、すぐさま戦法を切り替え。スキルの女王の加護で防御力を上昇させ、更にヒロイックアサルト……円卓の騎士ランスロットの【無窮の武練】により身体強化を行なう。
「いくわよ!」
 そしてダメ押しとばかりに先の先で先手を取り、そのまま軽身功を使って洞窟の壁を駆け走り死角を狙って花音に殴りかかっていく。花音の方も負けじと防御するが、繰り出され続ける祥子のすばやい連打に、やや苦しげに表情を歪めていた。
 そんな攻防の隣、涼司と相対するウィルネストは。
「この影薄メガネ、混浴独占で嫁とイチャイチャする気だろう! そんなのは2019年のクリスマスを一人身で過ごした俺が許さん!」
「はぁ? べつにそんなんじゃねぇっての! 混浴なんかこの先にねーよ!」
 ヘンな思い込みのままに涼司の腹を蹴飛ばすウィルネスト、それに苛立った涼司も剣の平らな部分で脳天をブッ叩いて返していた。互いに必死そうではあったが、微妙に真剣さは薄めに感じられた。
 しかし。涼司の剣が、ウィルネストの盾によって弾かれた際にその空気は一変した。
 先程の冷気の影響がまだ手に残っていたのか、涼司は剣をすっぽ抜けさせてしまったのである。
(しまった……!)
 と、焦りを見せた涼司だったが。ウィルネストはそれを上回る域で焦りを見せた。
 なぜなら、くるくると上で回転した剣が、あろうことか傍らの花音と祥子の方へ飛んでいったのが原因で。加えてふたりは戦いに集中していてそれに気づいておらず――
「祥子っ!」
 考えるよりも前に、ウィルネストは身体を動かしていた。
「え?」
 必死で洞窟を駆け、右腕を力の限り伸ばして祥子を突き飛ばした。

ザクッ

 なにが切り裂かれる、嫌な音がした。
 そしてウィルネストの血に濡れた涼司の剣は、そのまま地面に突き刺さってようやく停止したが。そのまま場の全員もしばらく呆然となり停止してしまった。
「ウィル! ウィルッ!」
 一番先に覚醒したのは祥子だった。声を荒げて駆け寄るが、時既に遅く……
「あー、いってぇ」
 ……なんてことはなく、運良く軽く肘が傷つく程度で済んだらしかった。
「ほんとに大丈夫?」
「ああ、こんなのつばつけときゃすぐ治るだろ」
 と言いつつ、ウィルネストはつばでなくヒールを自身にかけておいた。
 それを確認後、祥子はキッと涼司達を睨んで、
「これは完全に公務執行妨害だわっ! カンナ様にちくってやるわよ。いいえ、教導団憲兵科の生徒として、私有地を不法占拠した罪でこの場で逮捕――」
『わっ!』
 と、そのとき姿の見えない女の子の声が響いた。
「!? な、なに?」
「これは、もしかして……例の洞窟の精霊ってやつか?」
 祥子とウィルネストは驚くが、やはり姿は無い。
『! !?』
「エコー? どうした、なにか言いたいのか?」
「エコーさん? あたし達のことなら心配ないですから……!」
 声にならないその声に、涼司と花音も若干戸惑うが、
『エコー、心配、ですから……!』
 その声から必死さが溢れているのがわかって、余計に戸惑わされた。
 そうして天井に向かって話すふたりを見つつ、ウィルネストはぽりぽりと頭をかき、
「……どーやら、先にあるのは混浴じゃないみたいだな」
 真剣な雰囲気を察してか、そう呟いていた。
『混浴じゃない』
 その上、律儀に答えが帰って来たので思わず苦笑した。
「じゃあ何か希少な、いきものとかは……」
『な、い』
 祥子の質問にも、確かな答えが返ってきた。
 嘘を言ってはなさそうなその声に、ふたりとも闘志を失ったらしく肩を落として、
「邪魔して悪かったわね、逮捕はしないであげるからそれでチャラにしといてよ」
「ちぇー、混浴はなしか。つまんねーの」
「それは私もよ。ゴスロリメイド服で女装させてご奉仕させようと思ってたのに……」
「っておい! そんなことさせるつもりだったのかよっ!!」
 その場を去っていくのだった。

 西側通路から出てきた祥子とウィルネストを横目に見つつ、沙幸は翡翠と雛菊に合流し、なにやら話し合っていた。
「なるほどね……例のオーナーふたりは、そんなにいい商売人でもなさそうってことね」
「はい。売り子さんの話によると、なにかしら腹に一物抱えているそうです」「そもそもお面で顔隠してる時点で、隠し事あるのまるわかりだもんね」
「とはいっても、メガネ君達から情報は得られなかったし。協力すべきかどうかは微妙よね。何か深刻な理由があるってことだけは確かだと思うんだけど」
 うーん、としばし思い悩む三人だが。
「しょーがないわ、不確定な現状でどちらかに肩入れするのもどうかと思うし。妨害もしないけど、協力も今回はナシ。それで決定!」
 やがて告げられた沙幸のその言葉で、やや不完全燃焼ながら納得し。西通路に入っていくザイエンデやエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)も、そのまま放っておくことに決めるのだった。

 そして再び場面は西通路内に戻る。
「それでは、この先に温泉卵はないのですか」
「ないってば。そういうことは表の連中にでも聞いてくれよ」
「わかりました。そうさせて頂きます」
 入ってきたと思ったら、聞くだけ聞いてすごすご帰っていくザイエンデ。
「それにしてもほんとに入れ代わり立ち代わり、色んな人が来ますね」
「全くな。やっぱり人ってのは、隠されると知りたくなるのかもなぁ」
 さすがにお疲れ気味のふたりは、溜め息つきつつ腰を下ろしていた。
(……よく聞こえないな。もう少し近くに寄らないと)
 そんなふたりの話を、通路の陰に隠れてこっそり盗み聞いているエヴァルト。
「そもそも先にあるのは…………もし知られて……心配……だからこそ守……」
『心配』
「ほら、エコーもまたそういうこと言う……」
 途切れ途切れながら内容を探っている最中、聞きなれない女の子の声が届いてきた。
(二人以外にも誰かいるのか?)
 そう思い見つからないよう注意して覗き込んでみるが。しかし見たところ他に人の姿は無く。すぐさま顔を引っ込めた。
(姿が見えないのか、それともエコーがどうとか言ってたから、あるいは洞窟全体が……?)
 そこで話に聞いていた、このエコーの洞窟に住む存在のことを考え。
「エコーさんエコーさん、聞こえていたら返事をしてはくれないか?」
 この場でも話ができるかと思い、声をかけてみるエヴァルト。すると、
『エコー、聞こえていた』
 先程の知らない声が、確かな返事として戻ってきた。
(やっぱり、この洞窟内でならどこでも話ができるのか)
「あの」
 そのとき、いきなり背後から声をかけられて危うく叫び声をあげそうになった。
 そこにいたのは虎鶫涼(とらつぐみ・りょう)に、大野木市井(おおのぎ・いちい)とパートナーの
マリオン・クーラーズ(まりおん・くーらーず)、そしてアルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)とパートナーのテオディス・ハルムート(ておでぃす・はるむーと)だった。
「もしかして、今エコーと話してたのか?」
「あ、ああ。そうだけど」
「やっぱり! 噂は本当だったんですね」
 質問してきた市井と、なにやら喜んでいるマリオン。どうやら彼らも、この先のこととエコーに興味があり集まった人達だと理解するエヴァルト。
「……エコー、俺の声が聞こえるか? 聞こえるなら返事してくれ」
『聞こえる』
 天井に向かって話しかけた涼に、返事がくる。
「この奥には何がある? お前は誰だ? 何者なんだ?」
『この奥、何、誰、なん』
 続けてアルフレートが矢継ぎ早に質問をしていくが、エコーは言葉を詰まらせてしまう。
「……何だ? どうにも要領を得ないというか……もっとちゃんと話したらどうだ」
「……この声の存在……さっきから俺達が喋った単語でしか喋っていない。他人の言葉を使ってしか喋れないんじゃないのか?」
『他人の言葉を使ってしか喋れない』
 テオディスの進言に、ようやくエコーは返しの言葉を告げられていた。
「なるほど、こちらの単語を拾って話しているのか……」
 納得するアルフレート。それを受けてエヴァルトは嘆息しつつ、提案をしてみる。
「難儀だな。じゃあ、上手く答えられない時はイエスかノーかで答えてくれよ」
『イエス』
 エコーの承諾を得て、各々そこからは質問を繰り返していく。
「エコーは何故ここにいるんだ? 封印されたのか? それとも何かを守っているのか?」
『ノー』
「まさか……誰かをおびき寄せるつもり、とか?」
『ノー』
 エヴァルトの質問には、否定の意を示し続けるエコー。
「お前は『妖精』とか『精霊』とか、そういう類のものか?」
『精霊、類?』
 アルフレートの問いかけには、やや疑問系ながら返答がきた。
 続いて涼が質問をしていく。
「この洞窟は元々何の洞窟だったんだ? エコーと、何か関係あるのか」
『ノー。元々、洞窟、ある』
 やや言いにくそうな答えが来た。
「それはつまり、エコーが来る前は、ただ温泉があるだけの洞窟だったってことなのか?」
『イエス』
 もう一度涼が問いかけ直してみると、やっと肯定の返事が来た。
「この奥にあるものは『守る必要があるもの』か、それとも『倒す必要があるもの』なのか?」
『守る必要があるもの』
「それは『温泉に関係するもの』なのか?」
『ノー』
 続くアルフレートの問いかけを受け、
(守る必要はあるけど、エコーがそれを守っているわけじゃない……? どういう事だ)
 エヴァルトは、先程の質問と照らし合わせて考えを巡らせてみたが、余計混乱するばかりで答えは出なかった。
「宝とか、そういった感じのものがあるのか?」
『…………』
 ここで初めて沈黙が返って来た。質問した市井はとりあえず、イエスともノーとも言える……という意思表示に受け取っておいた。
「西の道にはいったい何があるんだ? 危険な物なんだろうか……」
『…………』
 涼の質問にも再び沈黙。
「もしかして、魔物とかがいるんですか?」
『ノー』
 マリオンの質問には否定が来た。
「それは『ずっと守らなきゃならない』のか? それとも『今日一日だけ』なのか? 『別の場所へ移す』などで『解決』『できない』のか?」
『今日一日だけ』
 アルフレートの連続質問には、最初のほうにだけ答えが返って来ていた。
(それはつまり、今日を守りきれば解決できる、という意味なのか)
「私達の『助けがいる』か?」
『…………』
 それには返答が無かった。
 いらないという意味なのか、それとも巻き込みたくないという意思なのか。
「涼司達の助けだけで十分ってことか?」
「でも、おふたりだけじゃエコーさんも心配ですよね?」
 市井とマリオンが揃って質問をしてみると、
『ふたりだけじゃ、心配……』
 初めて躊躇いがちな答えが返ってきた。
「エコー、それ以上はいい」
 そのとき。
 話し声に気づいた涼司が、その場にやって来た。
「話は終わりだ。帰ってくれ」
 真剣なその声に一同は少し押されながらも、涼は改めて今度はふたりに問いかける。
「結局、この先には何があるんだよ? 教えてくれないと帰るに帰れないだろ」
「なにか情報くらい、いいだろ?」
 エヴァルトも同意し、他の皆もそれに便乗して視線を向けていた。
 そんな頑なな様子の彼らに、涼司も何も言わずには引き下がってくれそうにないと察し、
「じゃあ、これだけは教える。この先にあるのは……あと数時間で、効果を失うものなんだ。その後でならいくらでも説明する。だから今は何も聞かずに帰ってくれ。頼むから」
 意味深な言葉だけを教え、頭を下げていた。そんな涼司にさすがに言葉を失う一同。
 そのとき。西通路入口方面から、声が届いてきた。

「あー、学生同士のちょっとした諍いだから心配ない、ここは俺が止めてくるから待っていてくれ!」

 声の主はテオディス。彼は、先程からの中の騒ぎが呼び込み達に知られることを懸念して、ひとり外で待機していたのだった。そしてその懸念は的中し、
「西通路になにを隠しているのでありますか?」
「誤魔化そうとしてもそうはいかないざますよ」
 お面夫婦は、この場の異常に気づきしきりに中へと押し通ろうとしていた。
 先程の声もテオディスによる警戒の証で。
「だから、ほんとになんでもないんだって! あ、それより温泉の方が騒がしかったぜー。覗きでも出たんじゃないか?」
 どうにか適当な話題を作って時間稼ぎをするテオディスだったが、やはりひとりではすぐに限界が来てしまい、そのまま押し切られ――
「あっと、失礼」
 ――そうになったが、寸前で出てきたアルフレートほか五名によって止められていた。先程の声を聞き、そして涼司の意を汲みとったアルフレートが周囲の皆を制止させて引き返してきたのだった。
「お前達、中で何をしていたでありますか?」
「というか、いつまでもそこにいないで通すざます!」
 それでもお面夫婦はなおも突き進んで行こうとしていたが。
「まあまあ、話は外でゆっくりと」「そうだよ。こんな洞窟じゃ落ち着いて話できないだろ」「全くだ、椅子にでも座って話さないと」「さあさあ」
「え、おいこら」「なにするざますか!」
 今度はふたりが押し切られる番となり、そのまま外へと連行されていった。どうやら皆、先程の涼司の言葉で一応は納得し、時間稼ぎに協力することに決めたようだった。
 しかし。
 そんな彼らを尻目に、今度は別の生徒達が何人か中へと駆け込んでいった。