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涼司と秘湯とエコーの秘密

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涼司と秘湯とエコーの秘密

リアクション

【7・戸惑う花音と、戦う生徒】

 まず駆け込んできたのは黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)だった。
「な……?」「きゃっ!」
 そのにゃん丸の姿に、涼司は思わず絶句し花音は声をあげて赤面する。
 それもその筈、彼はなんと全裸にタオル一丁で腰に桶を抱えているという、温泉スタイルそのままの出で立ちだったからである。
「涼司さんよぉ……修学旅行で一緒に覗きをした同志として、俺には守っているものの想像がつくんだよなぁ。そう! 男の桃源郷『混浴温泉』があるに決まっている!」
 高らかに叫び出したにゃん丸に、涼司はちょっとげんなりしつつ、
「あのなぁ。さっきも似たような話したんだけど、混浴なんかじゃないっての。この先には特に何もないから、もうさっさと帰ってくれよ。つか、帰れ。はい、回れ右。ばいばい」
 おざなりに対応していた。
 隠し立てする涼司に、にゃん丸はおもむろに奥に向かって声をかけた。
「誰かいますか〜? ますか〜……すか〜……」
 ますか〜 すか〜 か〜 と、声が反響する中で。
『います〜』
 と、なんとエコーが声を返してきた。
「エコー!? おま、何喋ってるんだよ!?」
 涼司は、なぜここでエコーが不用意に声を出したのかが本気でわからなかった。
 そんな女性の声を聞いたら、目の前の人物がどういう対応をするかは明らかで。
「どけっ! 今すぐどけっ!」
 ギュピーンと目の色をギラつかせたにゃん丸は、ブラインドナイブスを使い、その攻撃と同時に姿を消して強行突破を敢行する。その姿、まさに一流の忍びのごとく。
 動揺していた涼司は攻撃を避けることには成功したが、そのせいでにゃん丸を先へと向かわせてしまった。ちなみに花音は、にゃん丸がタオルをはためかせて走ってきた時点で顔を背けていた為に止められなかった。
「ははっ、どんなもんだぁっ……で、温泉はどこだ? 女の子はどっちだ! こっちか?」
 そのままにゃん丸は狭い通路を光精の指輪で先の通路を照らし、
『こっち』
 響いてくるエコーがどこにいるのかと辺りを見回すが。当然のように誰もいない。
「おかしいな。前の方いないしすぐ近くで聞こえたが……後ろか? かわいこちゃん、どこですか〜?」
『お、前の、すぐ、後ろ……』
 そして聞こえてきたそのエコーの声は、今までの可愛らしいものとはまるで違い、おどろおどろしさ満載の声色だった。薄暗い洞窟でそんな声をかけられれば、
「キャーッ!!」
 色欲に憑かれていたにゃん丸とて、恐怖にかられるのは必然で。まるで乙女みたいな甲高い声をあげて、通路を引き返し涼司のいた元の方向へ戻っていく。タオル落として。
「で、で、出た、出たー!」
「って、出てるのはお前の方だ!」
「ちょ、あ、タオルが無い……」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

ドガガガガッガガガガガガガッガガガッ!

「うわ……」『わ……』
 そして涼司とエコーは目撃する。
 衝撃の光景に顔をまっかっかにした花音のヘキサハンマーによって、全身くまなくブン殴られ、ついには地面に埋もれていくにゃん丸の姿を。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 数秒後、辺りは静かになっていた。死ななかったとだけ言っておく。
「え、えーと。花音……?」
「涼司さん。あたし、先程の記憶は消しました。ですからもう話題にあげないでください」
「あ、ああ。うん」
 とりあえず、今は触れない方が良さそうだと思った涼司は話を切り替える。
「それにしてもエコー。あやうくこの先に立ち入られるところだったろ。どうして急に、声あげたりしたんだよ? なにか言いたかったのか?」
『エコー。やうく、立ち、たかった』
 拙いエコーの返答に、涼司はようやく気づかされた。エコーは自分達の為に、今の行動を起こしたということを。どうやら上手く相手を怯えさせて退散させる算段だったらしい。
「それならそうと、先言えよ……ったく。心配しないで俺達に任せてろって言っただろ?」
『……』
 返事は無かったが、エコーはどうも納得いってないようだと涼司は悟っていた。
(他の生徒と色々話したことで、エコーとしても思うところがあったんだろうな)
 そう思いつつ、涼司は腕時計に目をやった。
「まだ四時半か……もう少し粘らないとな……」
「粘る? なんの話かな?」
 と、再び声がかけられる。
 涼司と、平静装い中の花音が目を向けると、道明寺 玲(どうみょうじ・れい)と、パートナーのレオポルディナ・フラウィウス(れおぽるでぃな・ふらうぃうす)がそこにいた。ちなみに声をかけてきているのは玲である。
「やはり、この先には何かしら秘密があるようですな」
「……何も無いって言ってるだろ」
「何も無いのであれば困らない筈ではありませんか? もし困ることがあって言えないのであれば、それ相応の言い方もあるとそれがしは思います」
「余計なお世話だ。四の五の言わずにとっとと帰ってくれ」
 その返答に、玲はムッと眉を寄せたかと思うと、
「通行止めをする権利と権限があるなら……それを提示して見せるべきですなっ!」
 叫びざまに正面から突っ込んでいった。
 しかも事前にスキルの身体検査を行使して涼司の攻撃力を下げ、チェインスマイトも使い連続で攻撃を仕掛けてきた。
 しかし涼司も判断早く、ツインスラッシュで玲の雅刀による攻撃を自身の剣で受け止め、そのまま鍔競りあいに持ち込んでいく。今まで極力スキルを使わずSP消費を抑えていた涼司だったが、ここは使わざるを得ないと判断したらしい。
(玲さん、なにか涼司さんに恨みがあるようなことを言っていましたけど……無理せずに怪我をしなければ良いんですけど)
 玲とは対照的に、レオポルディナの方は加勢せず後ろで戦闘を見守る姿勢のようだった。
 花音もさっきのショックから完全には立ち直っていないのか、後ろで待ち続ける。
「どうであります? それがしはあの頃より、成長したでありま、しょうっ!」
「ああ……いつかの、クリスマスパーティの話だっけ、なっ!」
 どちらも一進一退、互角の攻防をみせていた。
 涼司からツインスラッシュを放つと、さっきのお返しとばかりにチェインスマイトで切り返す玲。そして再び剣での切り合いを演じていく。ぶつかっては離れ、そしてすぐまた剣をぶつからせ、更にもう一度離れる。
「ふぅ、ふぅ、さすがにやるでありますな。山葉涼司」
「はっ、はっ……そっち、こそ。レベルも結構上がったんじゃないか?」
 声を掛け合いつつ、様子を伺う両者。
 涼司は、長丁場になると戦闘を重ねている自分が不利だとして、次で決めるつもりで。
 そんな涼司の思惑を悟り、しかし敢えてそれに乗って自分も次で決めることにした。
「玲っ!」「涼司さん!」
 互いのパートナーの叫び声で、ふたりは一気に距離を詰めた。
 涼司は轟雷閃による突進攻撃、一方の玲は実力行使で闇黒属性を加えた上でのチェインスマイト。両者のスキルを駆使した攻撃が、両者の身体に激突して。
 ……………。
 しばしの、静寂の後。
「くっそ……紙一重、か……」
 がくりと、膝を折り、地面に倒れ伏したのは……涼司。
「は、何を言っていますか。この男は」
 嘲笑して涼司を見つめた玲は、
「これはどう見ても……相討ち、ですな」
 同じように膝を折って、涼司と折り重なるように倒れるのだった。
 パートナーのふたりはすぐに駆け寄って、ヒールで傷を癒していく。
「お疲れ様です、玲。目が覚めたら……温泉に入ってゆっくりしましょう」
 気絶しながらも玲は満足した表情で、レオポルディナもまた満足した様子で引き返していく。
「いいんですか? この先のことが知りたかったんじゃ……」
 花音は思わずそんな彼女に声をかけていた。
「ええ、玲がやることやった感じですし。わたくしとしても気にはなりますけど、無理して押し通るほどやる気があるわけでもないですからね」
 それだけ言ってそのまま玲に肩を貸し、ゆっくりと帰っていくのだった。
 今度は、花音も声をかけなかった。

 数分後。気絶から覚めた涼司だったが、もうかなり満身創痍になってきていた。
 SPも残り僅かで、傷もかなり増えている。例え花音がヒールをかけても、気力体力共に低下しているのはどうしようもなかった。
 そんなふたりに、突然缶ジュースが投げ渡された。
「わっ」「え?」
 いきなりのことで落としそうになりつつも受け取った涼司達が視線を向けると、そこには閃崎静麻(せんざき・しずま)の姿があった。
「ずいぶんヘトヘトだな。この先にあるのは、そこまで必死になるほどのものなのかよ?」
「まあ、そんなとこだ」
 涼司はそう返して、缶ジュースは飲まずに放って返してしまっていた。
「おいおい。心配しなくても、外の売店で買ってきたんだから毒なんか入ってねーっての。俺はただ見物に来ただけだからな」
 そう言って静麻は近くの岩に腰を下ろして、返されたジュースを一口飲んでいた。
 彼の意図を探ろうとする涼司達だったが。しかしそこへ風森望(かぜもり・のぞみ)と、パートナーのノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)らがやってきていた。
「おっと、ここで新たな敵の登場か。しかも女性二人」
 ひとり傍観して実況をはじめる静麻。
 涼司と花音の方は剣をとって、警戒を高めていく。
「なにか用か? 温泉なら別の道だけど」
「いえ、この道でいいの。駄目と言われると行きたくなるのよ」
「この先には、本当に何もありませんよ」
「何も無いなら、何故ここに突っ立て居られますの? 看板でも立てておけば宜しいでしょうに」
 掛け合いをし、早くも互いを探る四人。いや、ノートだけは素直に疑問を示しただけであったが。
「そういう話はもういい。来るなら来いよ」
「おっと、涼司の方はやる気満々だな。対する女性ふたりも問答は無理だと判断したか?」
 挑発する涼司と、相変わらず解説を続ける静麻。
 やがて、ダッ、と望がまず走っていった。すぐさま身構える涼司。
 そして――!
「これを、どうぞ!」「!?」
 ハイッ、と望は、あるものを涼司に差し出していた。
「おぉ? これは予想外の展開だ」
 思わず受け取った涼司が改めて視線を落とすと、それは可愛らしいシールのついたチョコレートであった。
「時期としては少し遅めですけど、バレンタインのプレゼントです」
「……あ、そう……ありがとう……」
 訳がわからず、しかしとりあえず受け取る涼司。すると、
(ハッ! 殺気っ!?)

ゴゴゴゴゴゴ……

 花音が、背後に鬼を浮かべてこちらを見ていた。
「おぉっと、ここで予想外の修羅場発生か?」
 苦笑しつつ面白がって解説を続ける静麻。
 そして更に花音に見せ付けるように望は腕を絡め、しかも胸を当てて爆弾発言を続ける。
「そういえばこの間、綺麗な女性の方と歩いていましたよね」
「は、はぁっ!?」

ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

 花音が、背後に毘沙門天を負って涼司を睨んでいた。
「これは、もう完全浮気確定だ!」と、静麻。
「涼司さん?」と、目を据わらせて睨んでいる花音。
「い、いや違うから! そんなの嘘だから、相手の作戦だから! わかるよな、な?」
 涼司は望の腕組みをどうにか外して弁解を試みるが、その隙に、望とノートは脇をすり抜けて先へと進んでいこうとしていた。
「あ、おい待て! 花音、ふたりが逃げる!」
「露骨な話題転換ですねー。それじゃ、失礼〜」
 花音にすごまれて壁際に追い詰められている涼司に、ふたりを止める術はなかった。
 しかし、そのとき。
「はぁっ!」
 涼司のでも、花音のでもない、エコーのでもない声が届いた。勿論静麻の声でもない。
 かと思うと、後ろから勢いよく飛んできた遠当てが、望とノートの足元に炸裂しふたりの足を止めさせる。
「なに……?」「誰の仕業ですの!?」
「ワタシだよぉ」
 そして、場にそぐわないのんびり調子で入口の方から歩いてきたのは佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)だった。
「おぉっと、ここで新たな男の登場か……しかも、どうやら涼司達に味方するつもりみたいだ!」
 盛り上がってきたので解説を再開する静麻。
「おまえ、なんで……?」
「ふふん、面白いことを言うよね。目の前に護ろうとしている人がいて、それを助けるのに理由がいるんですか? うちの師匠なら何も言わずに、武器をだしているよ」
 と、事も無げに告げる弥十郎。
 言葉だけを聞けば『護ろうとしている人』は、涼司達のことに思えるが。
(さっきのエコーの声を聞いて、助けないわけにもいきませんしねぇ)
 弥十郎はそんな考えを持っていた。
 どうやら彼は、さっきにゃん丸が戦っていた時から様子を伺っていたらしかった。
(エコー、ですかぁ……ナルキッソスに恋をしたけれど、実らずに姿が消えてしまったお話を思い出しますねぇ。あ、そういえば、その彼はエコーが消えた後、湖に映った自分の姿に恋をして水仙になったんじゃなかったっけ? とするとエコーが護っているものは、その見事な水仙じゃないのかな)
 とかいう思いも抱きつつ、それらが重なって協力することにしたようだった。
「さぁ。夫婦喧嘩はもうやめにして、一緒に戦いましょぉっ!」
 声高らかに叫んでいた。
「よし、やってやろう! 女だからって、容赦はしないからな!」
「…………」
 涼司は、そのまま話をうやむやにするつもりのようで、剣を振りかぶり望達に向かっていったが。花音はまだ少しご機嫌斜めらしく、加勢することはしなかった。
 代わりに弥十郎が戦列に加わり、改めて2VS2の構図となった。
「しょうがないわね……」
「やるからには、こっちも本気ですわよ」
 まず突っ込んできた涼司に、ノートが前に出てスウェーを使い回避を繰り返していく。時折当たりそうになる剣撃も、グレートソードで受け流していった。
 そして後衛の望は、まず子守唄を使ってきた。それに対して、涼司は疲れもあるせいで若干くらりとしかけるが。気合いでどうにか持ち堪えた。
「Zzzzz……」
 が、弥十郎は思いっきり寝ていた。
「っておい! ほとんど加勢しないままダウンかよっ!?」
 若干期待していただけに、涼司は思わず本気で泣きたくなった。
「チャンスッ!」
 更に続けざま、至れり尽くせりと火術による攻撃を繰り返してくる望。その先の読めないスキル攻撃に大苦戦を強いられる涼司。早々に2VS1になってしまったことも重なり、あっという間に壁へと追い詰められていた。
「くっそ……もう後がねぇ……」
「さあ、これでとどめよ!」「覚悟なさいませっ!」
 その隙を見のがさず、望はバーストダッシュで急加速体当たりを繰り出し。ノートも、轟雷閃で決めに来た。
「あーっと、山葉涼司もここまでかー!?」
「…………っ!」
 静麻の解説を聞きながら、思わず目を瞑り衝撃に備える涼司。
(………………?)
 が、いつまで経っても衝撃は来なかった。
 おそるおそる目を開けると、そこには地面に倒れ伏した望とノート。
 そして、ヘキサハンマーを肩に担いでウィンクをしている花音の姿があった。
「おおっと、なんてことだ! 今までスネていた花音・アームルートがここへきてふたりの隙をついて攻撃し! 見事ノックアウトさせてしまったー!」
 ちょっと解説に力が入っている静麻をよそに、涼司と花音は見つめ合い。
「花音、おまえ怒ってたんじゃ……」
「あは、涼司さん。さっきまでのは演技ですよ。いくらあたしでも、あれくらいは相手の作戦だってちゃんと見抜きますってば」
「花音……」
「だから勿論貰ったチョコはそちらの方につき返してくださいね? あと、噂の真偽に関しても、後でじっくり説明してください♪」
「………………」
 涼司は、なんだかもう色々な意味でドッと疲れるのだった。
 だが。
 疲れている暇さえ与えられぬまま次の敵が現れることとなる。