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女空賊に憧れる少女を救出せよ!

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女空賊に憧れる少女を救出せよ!

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●1:今時の空賊、昔ながらの空賊

「あっ、お頭。女の様子はどうでしたか?」
 アジトに戻ってきた『シュヴァルツ団』団長ヴィンターリオ・シュヴァルツを、団員たちが労う。
「なに、大人しいもんだ。あれでよく俺たちに挑んできたもんだ」
 ソファに腰を下ろし、傍の机に置かれていた端末をヴィンターリオが操作する。
「蒼空学園校長サマからの返信は……3時間前か。ったく、ツァンダにはこんなのより高性能、高速回線の端末があるってのに、ここにはこんなもんしかありゃしねえ」
「仕方ないっすよ、ここは絶えず気流が流れてるっすから」
 不満を漏らすヴィンターリオを、団員が宥める。
 
 とある商船を襲撃した際、勝負を挑んできた蒼空学園の生徒、加能 シズルを捕縛したシュヴァルツ団は、持ち船である飛行船『ヴィルベルヴィント号』に彼女を放り込み、タシガン空峡を覆う雲海、その一つに紛れて浮遊する岩に設けたアジトに帰還すると、蒼空学園校長である御神楽 環菜(みかぐら・かんな)にメールを送った。
 
 『蒼空学園校長サマ
 
 お前のところの加能シズルというお嬢さんを預かっている。
 返して欲しくば後からいう金額を用意して貰おう。
 今のところ無事でいるが、我がシュヴァルツ団には色々とツテがある。年頃の少女の利用方法なんてザラだ。無駄な抵抗はしない方がいいぜ。
 色好い返事を期待している。アディオス!
 
 シュヴァルツ団団長 ヴィンターリオ・シュヴァルツ
 
 天翔ける海賊、空賊。一口に空賊と言っても多々あり、強力な武器と豊富な人材を抱え空を我が物顔で走るかのような空賊団もいれば、情報を武器に賢く立ち回る空賊団もいる。シュヴァルツ団は後者に属し、一部の空賊団の間に広まり始めた情報革命にいち早く乗り、アジトと船に最新鋭の――といっても、蒼空学園が所有するような端末には大分劣るのだが――機器を積み込んでいた。

「女の仲間には、一度騙されているからな。これからは、情報を制したヤツが空を制するんだ」
「さっすがお頭! 俺たちにはサッパリっすけどね」
 団員に讃えられて、ヴィンターリオは上機嫌でふんぞり返る。彼はかつて、偽の情報に踊らされて成果を上げることが出来なかった経緯があり、地球から進出してきた学校に属する者たちを敵視していた。そんな折、シズルを捕らえたことで、彼の知る最も情報戦に長けていると思しき人物、環菜に復讐してやろうと企んだのであった。
「……ん? 何だ、新着メールが来てるな。何々……」
 端末に届けられたメールにヴィンターリオが目を通す。その内容は、高価な積荷を満載した商船がツァンダから『蜜楽酒家』を経由してタシガンへ向かうというものであった。そして、空賊の間で恐れられている『空賊狩り』、フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)、及び彼女に通ずると認識されている他の有力な空賊団が、遠くこの地を離れているとも。
「お頭、何て書いてあるんすか?」
「これから数時間後、さらなる獲物が縄つけてやってくるってことさ! お前たち、出航だ! 酒場で獲物を待ち伏せるぞ! 酒は飲むなよ、後に取っておけ!」
「ヘイヨー!」
 金色の髪をなびかせ、ヴィンターリオが団員に命じれば、威勢のいい掛け声と共に団員が駆け飛んでいく。
「へへ、これで俺の団も力を握れる。やっぱこれからは情報の時代なんだよ!」
 一人息巻いて、端末を見遣ったヴィンターリオに、勝ち誇ったような笑顔が生まれる。

 ……情報の時代などと豪語する彼ではあるが、その情報の出所をよく確認しない辺りに、彼の落ち度というか機器を用意したという自惚れが滲み出ているようであった――。

「騒がしくなってきたわね……私、これからどうなるのかしら?」
 人の罵声、そして無数の足音を耳にしながら、両手両足を縛られ自由を奪われたシズルは不安げな面持ちで呟く。
(フリューネさんのような空賊になりたくて、今日まで頑張ってきたのに……私、ここでおしまいなのかな?)
 
 ペガサスを駆り、悪行を為す空賊を鮮やかに倒す『騎乗の白き乙女』フリューネ。
 彼女に憧れ、彼女の纏う衣装を真似したり、彼女の活躍を追い掛ける少女の数は日増しに増え、『フリューネ景気』なる造語も生まれるほどに、フリューネは年頃の少女の羨望の的となっていた。
 シズルもそんな憧れを持つ少女の一人だった、つい先日までは。
 
 彼女が他の少女と違うのは、実際に空賊の世界に足を踏み入れていった点にある。
 少女たちが夢見る空賊の世界は、実際には残酷なまでに厳しく、常に死の危険と隣り合わせである。そのことを、シズルは身をもって思い知らされた。
 だが、彼女は挫けなかった。元々そういうことに素質があったのかもしれない。しかし最もシズルを突き動かしたのは、フリューネに対する憧れであった。
 フリューネさんに一歩でも近づきたい。
 フリューネさんのような空賊に、私もなりたい。
 その思いだけで、シズルは商船に乗り込み、襲撃してきたシュヴァルツ団に立ち向かったのだった。

(やっぱり、私一人じゃ何もできないのかな……)
 しかし、相手は弱小の空賊団ではない。それなりにまとまりのある、修羅場も潜り抜けてきた空賊団である。
 シズルはあっけなく捕らえられ、そして今、交渉の材料にされている。
(こんな私、きっとフリューネさんに嫌われちゃうよね……それに、校長先生にも、みんなにも迷惑かけてるよね……だったら、いっそ――)
 そんなことを思いかけたシズルに、扉の向こうから声が掛けられる。
「女、変な真似をしようとするなよ。それにお前が今ここで死んだところで、俺らに入ってくるモノには大差ないんだ」
 その声は、シズルをここに閉じ込めた張本人、ヴィンターリオのものであった。
「あなた達のことなんてどうでもいいわよ! これは私の、空賊としての誇りの問題よ! このままあなた達にいいように使われるくらいなら、いっそ死んだ方がマシだわ!」
「……フン、何が誇りだ。ただの無駄死にだろ? そういうのって。俺は嫌なんだよ、お前みたいに後先考えずに突っ走っていくヤツが。空賊が全部そうだって思われたくないっつーの」
 ヴィンターリオが吐き捨てると同時、ヴィルベルヴィント号の動力炉が唸りを上げた。
「……どこに行くつもりなの?」
「お前には関係ないことだ。少しでも生きたかったら、大人しくしてることだな」
 シズルの問いに答えず、ヴィンターリオはその場を後にする。
「……何よ……」
 座り込んだシズルは、結い上げた黒髪を垂らして、先程ヴィンターリオからかけられた言葉の意味を考えていた――。