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薔薇と桜と美しい僕たちと

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薔薇と桜と美しい僕たちと
薔薇と桜と美しい僕たちと 薔薇と桜と美しい僕たちと

リアクション

【6】


「んー……」
 形のいい眉を歪め、何やら難しい顔で弁天屋 菊(べんてんや・きく)は唸る。
「どーっも……違うなぁ……」
 今日という花見日和の日に、菊は桜よりも優先して別のものを見ていた。
 パラ実の男子生徒とは違う、線が細く綺麗で、毛並みのいい生徒を。
 そしてそれを見て、自分でも恋心を抱けるような生徒が居るかどうかを探していた。
 しかし結果はあまり芳しくないようで、それが表情にありありと出ている。
 何せ菊が今日見た薔薇学の男子生徒と言えば、褌だったりふりふりエプロンだったり、妙に気が弱かったり。
「あたしの想像とは微妙に違ってるっつーか……」
 かといって、どういうタイプを探しているのかわからないからなんとも言い難い。あの中にも『キュン』とするような相手が……
「いや、いねーな……」
 軽く頭を抱えた。
 エリオやルドルフも見た。確かに綺麗だ。美しい、格好良い、それぞれ思った。思ったが、
「やっばどうも違う……」
 それに対して恋愛感情を抱けるような相手には会わなかった。
 だから結局、ジェイダス料理会会員として料理を提供してきた場所に戻ってきた。その場所では皆が持ち寄った料理のおかげで、ちょっとしたパーティレベルの料理が並び、花見の合間に立ち寄った会員以外の生徒の姿もある。隣で開催している音楽祭の影響だろう。結構な人数だ。
「おや? 戻って来たの」
 飲み物を配ったりして花見客をもてなしていた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が菊に気付いて声をかけてきた。
「どうだった? 何かいい男の子は居たの?」
 柔らかな口調、柔らかな笑顔。自分を案じてくれる弥十郎の言葉が暖かい。
「いんや、なんかどれも違うんだよなぁ……」
「まあ、そう焦って探すことはないでしょう? わかる時にわかるようになる。ワタシはそう思うけどねぇ?」
「焦りは禁物ってか?」
「うん。責付いて探してもいいものは見つからないと思うよ? 菊さんのペースで、菊さんが思うように素直に居ればいいんじゃないかなぁ?」
「……ん、そうだな。正直ちょっと焦ってたんだよ。周りがみんな色恋づいてさ、あたしだけわかんねーのも嫌だし、わかんねーのはおかしいんじゃないか、とか」
 菊の言葉を弥十郎は黙って聞いていた。
 聞き上手という言葉がある。きっと弥十郎はそうなんだろう。なんだか話したくなってしまう。
「でもやっぱ、あたしはわかんなかったな。どういう相手が好きなのか。嫌いなのか。よくわかんねーや」
「菊さん」
「ん?」
「ワタシ、菊さんの料理食べたんだけどね。美味しかったよ」
「なっ、何だよ、いきなり」
「菊さんは最初から料理上手だった?」
「まさか。作ってたら上達してっただけだよ」
「それと同じなんじゃないかなぁ。料理を作ってるうちに上手くなっていくように、そういったものに触れあっていればいずれわかるようになると思うよ」
「そっか? そういうもん、かな?」
 弥十郎が頷く。すっ、と差し出された皿の上にはいつの間に取り分けたのだろう、様々な料理が載っていた。
「いろいろ悩むとおなかすかない? ワタシはすく。一緒に食べよう?」
「そうだな。いただくことにするわ」
 そうして二人が席に着く傍らで、賈思キョウ著 『斉民要術』(かしきょうちょ・せいみんようじゅつ)真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)が足りなくなりそうな料理を調理していた。
 なくなることを前提にして多めに作ったのだが、それでも足りなくなる。
 盛況だ。いいことだ。楽しく料理を作って、美味しく食べてもらって、笑顔が見れて。
「弥十郎が言ってた通りになったね」
 真名美が言った。
 前日に弥十郎が言っていたのだ。もしかしたらなくなるかもしれないから、下ごしらえを済ませたものも用意しておいて持って行って、なくなり次第その場で作ろう、と。
 なので二人は調理に精を出していた。
 弥十郎が作ってきた花型の点心を蒸す。
 たけのこと中華クワイをみじん切りにして、ゆでた白菜とひき肉、ゼラチンで固めたチキンスープをあわせたものを餡にして、それを小麦粉に紫シソのエキスを少量混ぜた桜色の皮で包んだものだ。
 見た目も良ければ味もいいこれはすぐに無くなってしまい、そのたびにこうして蒸している。
 他にも斉民が作ったイカとアスパラの牡蠣油炒めも人気で、それを包むためのパオなんかもよく手に取られ美味しそうに頬張られている。そろそろパオもなくなる頃だろうか。こちらも蒸したほうがいいだろう。
 蒸し器に点心とパオを入れてから、斉民は杏仁豆腐の用意もした。こちらはさっぱりとした甘さが丁度よく、男女分け隔てなく人気だ。
 それから真名美は桜エビのかき揚や、フィッシュアンドチップスを作るために油と奮闘中で、たまに油が跳ねるのか「あちっ」と手を振ったりしていた。やけどしないようにと斉民はおしぼりを水に濡らして持っていく。
「ありがとー。やっぱさ、人がいっぱいいると料理もよく出るね」
「いいことですわ。たくさん食べて、いっぱい幸せな気分になってほしいものです」
「ちょっと大変だけどね。斉民は疲れたりしない?」
「あら、たくさんの量を作ることの楽しさがまだわからないなんて、真名美さんもまだまだですのね」
「むう」
 ふふふ、と斉民は笑って、蒸しあがった点心とパオを提供しに行くのだった。


 そんな彼らが用意した料理を片手に、花見をしている影が二つ。
「スレヴィ、桜好きでしたっけ?」
「んー、別に? 好きでも嫌いでもない」
 アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)の問いに、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は素っ気なく答えた。
「じゃあなんでわざわざ?」
「だってさ、美しくないとダメだなんて。どこをとっても普通でまともな俺に参加するなって言ってるようなもんだろ? 癪だろ? そんなの」
「……またひねくれた受け取り方をするんだから」
 アレフティナのため息を鼻歌でかき消して無視をして、スレヴィは歩き出す。
 なんでもない服装で、美しいものなんて用意しないで、手に持っているのは別の人が作ったもので。
 どこへ行ってどの桜を見る、というわけではなく、ただぶらぶらと料理を片手に歩き続ける。アレフティナはそんなスレヴィの後ろを歩いている。桜を見上げながらだから、たまに人にぶつかりかけては謝って、そのたびに置いていかれないようにと小走りでスレヴィに追いすがる。
「ねぇ、スレヴィ。一箇所に留まってみんなとお喋りした方が楽しいんじゃないですか?」
 あまりに根なし草な状態が続くので、アレフティナは疲れてきてスレヴィに尋ねた。前方で鼻歌を歌っていたスレヴィが立ち止まり振り返って、薄く笑う。
「いいんだよ、俺はこれで」
 そしてまた歩き出した。
「できるだけたくさんのものを見たいんだ」
「え?」
「俺は別に、特別桜の事が好きだとかどうとか、そういうのはないけどな」
 言葉を切って空を仰いだ。
 どこもかしこも満開で、青空とのコントラストが美しい桜色。
「これはほら、綺麗だろ?」
 笑って言った。
「……素直に好きだって言えばいいのに、ひねくれ者」
 そんなアレフティナの呟きは聞こえないふりをして、スレヴィは歌いだす。
 それは真っ直ぐなものでさえ曲がってしまいそうなほどの音痴な歌声だけど、とても楽しそうで、気持ちよさそうで。
 けれど、
「うわーっ、スレヴィ、止めて! 周囲のものが滅びるっ!」
 止められて、引っ張られて、離れたところにある桜の木の下まで連れてこられて。
 まあ、ここなら思い切り歌えるか。それはそれでいいことかもしれない。
 そう思いながら、この破壊的歌声にじっと耐えるアレフティナに囁いた。
「一本の桜の下に散っている花びらを数えきると幸せなことが起こるんだぞ。やってみたらどうだ?」
 嘘だけど。
 それを間に受けて、歌声さえも耳に入らなくなるほど真剣に花びらを数えるアレフティナを見て笑った。
「お、演奏か? 何か聞こえる」
 不意に聞こえたピアノの音に、耳を澄ませば歌声も。
 それに合わせるように、再びスレヴィは歌を口ずさむ。


 その離れた所まで届いたピアノの音は、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が舞台の上で奏でたもの。
 曲は、難しい曲などではなく誰もが知っているような春の童謡。
 それに合わせて、マユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)が歌を歌う。
 誰もが知ってる簡単な歌なのに、マユの声を通して聴くと、どんなポップスよりも可愛く、どんなバラードよりも切なく聴こえた。
 それほど上手い歌を歌うのに、ピアノを弾く呼雪の陰に隠れたがり、胸を張って歌えない。呼雪はそれを残念に思う。
 同じように思ったのかはともかく、舞台の上にひょこりと上がって来たミミ・マリー(みみ・まりー)は、マユの手を取るとくるくるとその場で回りはじめた。そんなミミの肩の上であいじゃわが跳ねる。
「あぅ、ミミさんっ……?」
「もっと楽しく歌おう、マユくん! 踊りながら歌うのも楽しいよ!」
 にこにこと、心の底から楽しそうにミミは笑う。そして呼雪の伴奏に合わせて、跳ねたり回ったり飛んだり両手を広げてみせたり。バレリーナのように片足で立って回ったりもして、ミミの肩から降りたあいじゃわが、その動きに負けないくらいの踊りを披露して。
 マユは思わず笑ってしまった。
 楽しそうに動くから。楽しそうに歌うから。
 なんだかこっちまで楽しくなって、自然と顔が綻んで、声に残っていた硬さがなくなって。
 それはより良い歌になって。
 演奏が終わると、大きな拍手。拍手の多さに思わず身体が震えた。
「マユくんは、こんなにたくさんの人の心を動かしたんだよ!」
 ミミが言う。
「え、えと、そんな……ぼく、そんなすごいこと……」
「できたんだよ! すごいね、マユくん!」
「すごいのです縲怐v
 ミミに続いてあいじゃわも褒める。
「マユ殿はすごいのです! とってもきれいな歌声だったのです! また聴きたいのです!」
 あいじゃわは興奮しているのか、ぴょこぴょこ跳ねて力説した。
「いいね、アンコールとかしないの?」
 なんてミミに言われて、思い切り両手と頭を振った。演奏を終えて席を立った呼雪の傍へとものすごい速さで駆け寄り、そのまま後ろへと隠れる。
「ぼくがもう一回お歌をうたうなんて、おそれおおい、ですっ……」
「マユ」
 呼雪が声をかけてきた。見上げると同時に頭の上に呼雪の手が置かれた。くしゃくしゃっ、と頭を撫でられて、
「上手にできました」
 綺麗に微笑まれた。恥ずかしさや嬉しさで顔が赤くなる。それを隠すように呼雪の服に顔を埋めた。
「まあ、恥ずかしがってるみたいだから、ここら辺が限界かな?」
 なおもマユの頭をあやすようにぽんぽんと叩き、呼雪が優しく言った。ミミやあいじゃわは残念そうに「えー」と言うが、すぐに矛先は変わる。
「壮太! 壮太! こっち来て! 一緒に歌おう!」
 瀬島 壮太(せじま・そうた)へと。
 壮太はあからさまに「うげっ」といった顔をして、聞こえなかったふりもして、舞台に背を向けたがその瞬間あいじゃわアタック簡易版が飛んできた。
 壮太の背中に一直線。ずどんと酷い音がして、喰らった壮太はその場に蹲って呻いた。
「じゃ、わ……おまえ、それはさすがに痛いだろうがっ……!」
 掠れた声で抗議して、きょとんとしているあいじゃわの頬をむにぃっと引っ張り精いっぱいの仕返しを。
 あいじゃわはその手からするりと逃れ、
「壮太殿といっしょに踊りたいです!」
「……あぁ? やだよ」
「なんでよー。歌おうよー」
 舞台の上からミミが降りてきて、壮太の手を引っ張って催促してきた。邪険に振り払うことも出来ず、ずるずると舞台の上まで上がってしまい、そこから見る人の多さにくらりとした。
――人前で歌ったことなんてないのに、こんな大勢の前で歌うとか、無理だろ。つか、もし間違えたりでもしたら。
 考えた瞬間、顔が赤くなる。
 けれど今更舞台を降りるのもかっこ悪いし情けない。その上着席した呼雪が伴奏を始めている。いつの間にかリアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)も舞台に上がってハープを奏でているし、なんだかどんどん大規模になっている気がする。
「……あー……」
 これ以上舞台の上でうじうじと考えているのも醜態を晒すばかりなので、羞恥心を斬り捨てるように息を吸いこんだ。
 吸いこんだはいいが、それに見合った声の大きさにはならず。
 楽しそうに歌うミミと、弾むあいじゃわの陰に隠れるような感じでぼそぼそとした歌声になった。
――くそ、余計恥ずかしいじゃねーか。
 あとで覚えてろよ、とミミを睨むと視線に気付いたミミがこっちを向いて、にこりと微笑んだ。
 余裕たっぷりのその笑みが少し羨ましくてイラつく。
 ああ、でも、あれくらい余裕を持っていられたら。
 歌えただろうか。
 そうしたら、あの子にもこの歌を伝えられただろうか。


 歌と踊りと演奏が最高に盛り上がっている時。
 キラリと何かが光った。
 直後桜吹雪が吹き荒れた。花びらが大きく舞い、季節外れの雪のように錯覚したそれが止んだ頃、舞台の上に新たな人影が悠々と立っていた。
「ドラゴンアーツにはこういう使い方もあるのよ!」
 ミィル・フランベルド(みぃる・ふらんべるど)が大きく胸を張って、嬉々とした声でそう告げた。
 彼女が右手を上げると再び風が吹き、ミィルの周りに花びらが踊った。それに合わせて舞い遊ぶミィル。ミミがきゃぁきゃぁと歓喜の声を上げて即興の歌に乗せ踊り、あいじゃわも花びらと戯れるように飛んで跳ねた。
 ミィルの踊りは艶やかで、それでいて清廉さも併せ持つ不思議なもので、見るもの全てを魅了してやまない。
 それに触発されるようにテンポを上げていく呼雪のピアノ。エメと黎のヴァイオリン。リアトリスの演奏するハープはそれに合わせてポロン、ポロンと澄んだ音色を響かせて、そしてその音色に合わせるようにステップを踏むというループ。
 ずっと呼雪の後ろに隠れていたマユも、楽しくなったのか再び声を上げて歌いだし。
 盛り上がり。緩め。また盛り上げて、盛り上げて、盛り上げて。
 最高潮に達したとき、緩やかに花びらの嵐は納まって。
 一礼。
 静寂。
 拍手を、それどころか呼吸をすることまでも忘れてしまいそうなその演目。
 誰かが思い出したように拍手をした後、アンコールの声が止むことはなかった。


「随分と盛り上がられたようですね」
 演奏での熱が治まった頃、ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)がぽつりと呟いた。
「給仕お疲れ様でした、変熊様」
 ぺこりと頭を下げる。下げた相手は、一人で給仕していたときに手を貸してくれた変熊 仮面(へんくま・かめん)
 しかし礼をされた変熊はというと、あからさまに驚いた顔をして、きょろきょろと辺りを見回した。自分の手を見て、服装を見て、どこからか鏡を取り出して顔も見た。
 鏡に映るのは、大きなマスクをして顔の半分を隠し、薔薇の学舎の制服をきっちりと着こなしている自分である。
 どこからどう見ても、変熊ではない。
 どこからどう見ても、ただの一般生徒Aだ。こんな生徒はそこらへんに歩いているだろうと思えるほどの、凡庸さ。
「……どうして、俺が変熊だと……」
 普通すぎるがゆえに、自信の欠片もないこの格好。その自信のなさから余計に変熊に見られないという悪循環。
 それでもわかってもらえたなんていう事実には、嬉しいを通り越して疑問符しか浮かばない。
 しかしユニコルノは、何を言っているのか理解に苦しむとでも言いたげに首を傾げて、
「変熊様は変熊様ではありませんか。何を仰るのです?」
 はっきりと言った。
「い、や。だってこんな格好だし……」
「格好ひとつで変熊様は変熊様でなくなるのですか? 私から見れば、この格好の変熊様も、いつもの格好の変熊様も、お変わりなく変熊様です」
「……ユニコルノ……」
 じぃん、と胸の奥が熱くなるのを感じた。下がりっぱなしだったテンションも急上昇していく。
 マスクも制服もはぎ取って、いつものテンションいつもの格好になってしまおうか。そう思った時に、
「変熊仮面って迷惑だよな縲怐v
「うんうん、うちの学校には来て欲しくない!」
「女の敵だよねー」
 なんていう声が聞こえてきて、テンション急降下。
 穴があったら入りたい。穴が無いなら作ってでも。
 そこまで落ちたのに、
「きみもそう思うでしょ?」
 なんて残酷に話を振られて、
「え……あ、うん……」
 と肯定の返事をしてしまってさらに凹む。
 ユニコルノがこっちを見ていた。
 やめてくれ。
「お、俺を……」
 こんな情けない俺を。
「見ないでくれえぇぇ……!!!」
「あ、変熊様……!」
 なにか言おうにも走り去られてしまい、一人取り残されたユニコルノはため息ひとつついて、演奏が終わった舞台へと目を向けた。
 呼雪と目が合う。
 行っておいで、と言われた気がした。
 こくりと頷いて、人気のない方に走って行った変熊を追いかける。
 そんなユニコルノを見て呼雪は笑った。
「あの普通な人、変熊さんだったんだ……」
 リアトリスが驚いたように二人が走り去って行った方向を見て呟く。
「意外か?」
「うん。いつも派手で目立ちたがりなのにね」
「空気を読んだら思いのほかいろいろとショックだったらしいな。自分の欲求の制御も難しい」
「そうだね。……欲求と言えば、僕も一つあるんだけど、いいかな」
「?」
「ヴィヴァルディの春を弾きたいんだ。一緒に弾いてくれないかな? 黎さんと、エメさんも一緒に」
「ああ。喜んで」
「我でいいのなら」
「私も、ですか? 誘っていただけて嬉しいです」
 舞台ではまた演奏や踊りが始まり、花見の熱は冷めることなく。

 しかし一方で、全然温度の違う二人も居た。
「桜の木は美しい人間を肥料にして咲いているんだ」
 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が、青ざめた顔でクリスティーに告げる。
「つまり、どういうこと?」
「ああ、どうしてわからないかなクリスティー。つまり、今日美しい者のみ集められたのは、その中でも飛び抜けて美しい人間を肥料にするためなんだ!」
「……ねぇ、クリストファー」
「死体を肥料にしているとも聞く。どうしよう、早く逃げないと僕たちも餌にされてしまうかもしれない!」
「クリストファー、聞いて?」
「ん」
「それは多分、嘘だよ」
「嘘?」
「日本には、都市伝説って呼ばれるものがいくつもあって、それは単なる噂でね。桜の木が死体を肥料にしているっていうのも、そういう類なんだよ?
「……そう、なのか?」
「そう。口裂け女とか、人面犬とか、そういうレベルだから――」
「口裂け!? なんだそれは、口が裂けた女が居るのか!? ジンメンケンとは一体……」
 誤解を解いて、真っ直ぐに桜を見てもらおうとしたクリスティーの説明だったが、却って別の好奇心を刺激してしまったらしい。
 桜の方など見ようともせず、クリストファーは図書館へと走って行ってしまうのだった。