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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(序章)

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【十二の星の華】ヒラニプラ南部戦記(序章)

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8-04 ハルモニア解放軍、一方ヴァシャへ……

 こうした、ぶちぬこ隊食い倒れ分隊の目覚しい働き(食べ歩き?)や、独自の調査(観光?)の結果もあって、若者中心に、ヴァルキリーの軍が立ち上がり始めた。
「おい御凪。ヴァルキリーの軍は俺が率いる。お前はぶちぬこの軍を率いる。俺たちは今日から義兄弟の契りだな。俺とお前の連携技が重要になってくるな」
「ま、まぁ待ってください」
 御凪はお茶を啜って平静を保った。バルニアか……この男だけというのは何かがまずい。
 ハルモニアのニケは苦笑していた。ひとまずはニケがバルニアの補佐に、教導団ユウ・ルクセンベールのパートナーでこの地を訪れていたルミナ・ヴァルキリー(るみな・う゛ぁるきりー)が副官に着任することにした。
「よし御凪、行くぞ! 片っ端から砦を攻めろ。俺が砦1を攻める、ニケは砦2、御凪は砦3、月島が砦4、セシリアが砦5、桐生ひなが砦6、ナナが7を攻めろ! 敵の砦は七つだ。今日出撃可能な奴はこれだけか? モカ・ミュイ、よしお前は俺と来い!! ぶちぬこを七つに割れ。一人七匹で十分だろ?! 1ぴきはこの砦の守備に置いていこう。ヴァルキリーの数は……定かじゃないな。ルミナ、適当に分けろ。さぁ、行くぞ!!」
「いや、ヴァルキリーはあなたが率いるのでは……。無茶苦茶だな」
「な、な、何故だ。何かおかしいか?」
「えっ。まじですか。本当にそれで行くんですか。……」
 ぶちぬこ・ヴァルキリー混成軍が出撃した。



 ヴァルキリーの臣や多くの民の考えは、変わらなかった。彼らの中には、すでにヴァシャの地へ向け、移動を始めている者達もある。
 ヴァシャの地、とは……。

 砦の一室。レーヂエ部屋。
 ここには今、レーヂエに指揮権の委譲を迫る(?)月島の姿があった。
 しかし、レーヂエは……
「えっ。レーヂエ。何と……」
「俺はヴァシャへ行こうと思う」
「レーヂエ?」
「ああ……。安らかな永劫の眠りが得られる地、か。どこか、魅かれるものがあってな。
 はは。いや、死ににいくつもりではないさ。そこが、どんなところか、この目で見てみたいだけだ」
 レーヂエらしくもない……。
「レーヂエには、大人しく療養して貰いたいと思ってのことだったのだが。サミュエルも心配しているだろうし……」
「サミュ……」
「勿論、私達の総大将は騎凛教官だ。レーヂエには、その補佐をやって貰いたいわけだが?」
 レーヂエはあるいは、しかしすでに死に導かれているのではないだろうか……。
「私も、ヴァシャの地には関心があります」
 ぶちぬこを七匹連れたナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)だった。

「ナナ?」
 まさか……ナナも?
「おお、ナナも共に行くか? しかし、お前たちは出撃したのではなかったか」
「私の代わりに、逢様が……」
「そのぶちぬこは?」
「だって、もふもふはしたいんですもの」
「では、私の方はこれより出撃してくる。レーヂエ」
「うむ。ではハルモニア方面の教導団の全指揮権を一時月島に任せることとなろう。俺は今からヴァシャへ赴く」
 ヴァシャ……そこには。ナナは思った。何か大切なものがある気がするのです。姫様がいることや、ヴァルキリーの方々の様子からして……。
 大切なもの。それは、もしかしたら形のある物ではないのかも知れない。しかしそこに何かが。
 死に導かれるかのようにそこへ向かうヴァルキリーたち、それにレーヂエも(もっともレーヂエにはサミュがいるのでたぶん安心だろうが)……ナナには、何か引っかかるところがあったのだろう。もしかしたらそこで、自分は彼らとは全く違う判断をし、行動に移ることになるかも知れない。それがどういうことになるのか、わからない。でも、
「キリン様にはメイド長たる垂様や隆光様、レーヂエ様にはサミュエル様、それぞれにやるべきことがあるようにナナはナナの出来る事をやるのです」



 その頃。騎凛 セイカ(きりん・せいか)は、病室のベッドにてずっと眠り続けている。ときどき、うなされているようだが……。
 騎凛の傍にいる、朝霧 垂(あさぎり・しづり)
 朝霧は、久多から、騎凛が「不安がっている」とだけ聞いていた。久多は、黒羊軍から逃れてく中で、体調を崩した騎凛と洞窟で一夜を過ごしている。久多は、それ以上のこと、詳しいことは語らなかった。久多はそれから朝霧に、セイカのことを守ってやってくれと言い、何か考え込むことでもあるように、暫く自室にこもりっきりの日々が続いていた。
 無論、騎凛のことを本気に心配する朝霧は、寝ている騎凛に膝枕し、母親がするように頭を撫で、こう言った。
「大丈夫だ、俺達が前に進んで手を伸ばして待ってるから、不安に思うことなんて何もない、慌てずゆっくり来ればいいんだよ」
 そうしていると、騎凛は、少し落ち着いて、安心したような表情を見せることもあったが、尚、明確な意識はないままのようだった。
 それから、
「セイカの帰るべき場所なんて決まってるじゃないか。……"俺や仲間の場所"だろ、違うか?」
 と、優しく、語りかけるのだった。
 もちろん、そうとばかりもしていられないと思う朝霧は、騎凛のことをライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)に任せ、自らは外へ出、状況把握に努めたり、騎凛のことにつながる手がかりを探してみようと行動した。とは言え、騎凛の傍に常に人を置いておくのもなと思い、ライゼを怪獣のぬいぐるみとして置いておいたのだった。「早く元気になってね。騎凛先生」
 ハルモニアは解放軍が結成され、黒羊侵攻軍を退けるため、いよいよ本格的な戦いにならんとする状態であり、その一方で、ヴァルキリーの一族が向かおうとしている地、ヴァシャのことも聞こえてきた。
 安らかな永劫の眠りの得られる場所。
 まだ、ここからは随分奥地であるが、皆は、後退しながらその場所に近づきつつある。
 騎凛の眠りと……しかし、永劫の眠りなんて……よもや関係はあるまいが。……
 もう一人、ここへ来てから変化のある者がいた。
 カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)だ。
 快活だったカナリーも、この地へ来てから静かに、あまりものを喋れなくなり、そして何故か、騎凛のように眠り続けるということが多くなっていたのだ。皆は心配したが、カナリーは体調が悪いわけではないといい、大丈夫、と笑顔で言ってみせるばかり。だが、マリーとはずっと離れた状態にある。マリー。マリーは一体……。
 ルイス・マーティン(るいす・まーてぃん)は、これらの状況を静かに見守り、また、状勢についても今は静観するにとどめていた。
 状況は、徐々に動き始めている。が、今はまだ、動く時ではない。と。
 騎凛を見舞いに訪れたり、解放軍に顔を出したりもした。解放軍では血の気の多いヴァルキリーの指揮官が、今から砦を攻めにいくのだお前も来ないかと誘ったが、ひとまずは固辞した。「……ええいやかましい。放って置いて下さいよ!(それから、僕はロリコンではありませんよ。)」まだ、敵の情報も掴めている状態ではない。
 サクラ・フォースター(さくら・ふぉーすたー)も、ヴァルキリーの戦士である。自身の生まれついた土地ではないが、多くのヴァルキリーが、これからの戦いで死んでいくかも知れない、それに、サクラも少し気がかりになったことには、自ら死に向かっていくように、また多くのヴァルキリーが向かっているという土地ヴァシャ……。今は、情に動かされることなく、サクラはまだ少し悩んでいるルイスを支えねばと思った。

 同じ頃……ユウ・ルクセンベール(ゆう・るくせんべーる)は女装したまま、謎のメイド男に連れ去られていた。



8-05 ユウと謎のメイド男

「えぇ、そ、そんな展開ってありなのですかっ」
 ガクッ。またしても膝を付き落胆する、ルミナ
 ――メイドとしての心構えがなっていないようだな、この謎のメイド男がメイドとしての心構えを貴様に叩き込んでくれる!――女装メイドVer.のユウをさらっていく、謎のメイド男。
「ユウのことは任せて命を大事にするのです、」ルゥ・ヴェルニア(るぅ・う゛ぇるにあ)も、虚空に消えていくユウと謎のメイド男を追う。「べ、別に心配はしてませんから!」
 柳生 三厳(やぎゅう・みつよし)も、ルミナに、「気をつけてね、何かあったらいやだよ?」心配そうに言い残しながら、ユウらの後を追って、消えていった。
「ユウ……グスン。なんで我ってこんな役回りばっかり……い、いえ。我は、我は」
 ルミナは立ち上がり、四人の消えていった星空に向かって拳を握り締める。
「我が故郷を守る。その為に、ここに残ったのです。
 ユウ。……ルゥ、三厳、心配です。だけど、必ずまた」
 満天の星空に、ユウ、ルゥ、三厳、謎のメイド男の顔が優しく浮かび上がる。
 泣かない。我は、泣くもんですか。
 (ルミナ……)夜空の彼方から、ルゥと三厳の本心が語りかけてくる。(ライバルが減った……! 勝機はまだある……!)
 グスン……えっっ。

 ユウは、黒羊側ヴァレナセレダ方面軍メイド隊長として、謎のメイド男とルゥにみっちり仕込まれることになった。
 仮面のメイドナイトの誕生はここから始まる!



8-06 ハルモニア解放軍の誤算

「出てこい! どうしたぁ、貴様ら何故、砦から討って出んのだぁ! 戦いにくいだろ。俺と戦え!」砦1を攻めるバルニア。「私は、騎凛ちゃんの辺境討伐隊時代の旧友という設定で登場しました。まだあまり出番がありませんっ」砦2を攻めるニケ。「……」砦3を攻める御凪。「ぶちぬこ、訓練のせいかを今こそ。あぁっ、違う、あっ、そこじゃない……皆で私のこと弄らないでー(乙女モード)」砦4、月島。「誤字神様の降臨じゃ。ファイアストームでどっかーんなのじゃ!」砦5陥落、セシリア。「づばーんですー。づばーんといきますねー」砦6、桐生ひな。「拙者には拙者の武士道があるのでな……うっかり道では御座らぬ!」砦7、逢様。後陣、モカ・ミュイ、「ガイドのカオスっぷりが、半端ない気がしたの……。気のせいかな……」!
 御凪、改めて「……」
「だってこんなやり方じゃ、どうやったって砦を落とせやしませんよ……。もうさっさと帰って、作戦を立てませんと。きちんと軍の編成、攻略の手順からやり直しです」
 ぶちぬこ七匹と、何人かいるヴァルキリーに、撤収の指示を出す御凪。
「御凪殿! 誤字姫様は砦5を制圧致しました!」
「……。えっ」
 しかし、そうこうするうち……
 黒羊軍の別働隊が潜入し、砦を守っていた1ぴきであるいりーにゃを生け捕り、ハルモニア・ニケとの人質交換を要求してきた。



 砦2、砦7を攻めたニケと音羽 逢(おとわ・あい)はその後合流し、自軍側の砦へ一旦引き返す途中であった。
「やはり、さすがにこの人数で攻め落とせる砦はありませんね」
「攻め落とせたら神業で御座るな。しかし……」
 逢は、辺りを見渡す。
「戦でないなら、穏やかな場所なので御座ろうが、今、張り詰めた空気に覆われているのは少々残念で御座るな」
「ええ。そうね……必ずこの土地を解放して、そしたら昔みたいに……」
「ニケ様ーー! た、大変です」
「何。どうしたの」
「そ、それがこうこういうわけでして、敵は畏れ多くもニケ様との交換を要求しており……」
「えっ。わ、私? やっと出番が?」



 解放軍を前にした敵将が叫ぶ。
「皆久しぶり。ワテは裏切りの騎凛12セイカ。モテも非モテも神すらも、皆ヴァシャを枕に死すが良いッ! ですよ」
 解放軍からは早速疑問の声が上がった。
 敵将の姿は、キャスケット風にアレンジされた教導団の帽子に、戦場にそりゃないだろというへそだしルックな銀の鎧、赤のマント、そしてナギナタ……こ、この姿は、
「ふふり。でありますが、背と胸とダリ髭は育ち盛り故にッ!
 ハァァァ! 黒羊の将マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)であります!!」
 解放軍からは不満の声が上がった。
 *特別編 12のセイカ*
「その通りだ。やめろ、全く似合ってない。マリー……何故、俺たちを裏切った? ですよ」
 キャスケット風にアレンジされた教導団の帽子に、戦場にそりゃないだろというへそだしルックな銀の鎧、赤のマント、そしてナギナタ……こ、この姿は、
 大切な人・騎凛セイカ(きりん・せいか)の鎧を着、彼女の代わりに戦う決意を決めた、朝霧 垂(あさぎり・しづり)だ。
 更に、月島が来た。
 ハルモニアにおける教導団の全指揮権を任された月島、つまりその姿は、
 キャスケット風にアレンジされた教導団の帽子に、戦場にそりゃないだろというへそだしルックな銀の鎧、赤のマント、そしてナギナタ……
「皆で、私のこと弄らないでー、ですよ」
「ふふり。これで、騎凛12セイカのうち、3セイカが揃ったであります。12セイカが集ったとき、そのとき伝説が生まれるのでありますぞ。
 *特別編 12のセイカ(続く)*
 さてそれはともかく、さぁ、いりーにゃを返してほしくば、早くハルモニアの娘ニケをワテに寄越すであります!」
「にゃーれおにゃー」
 マリーは槍の穂先がねこじゃらしになったものにいりーにゃをくくりつけ、解放軍に脅しをかける。
「ふふり。ふふり。さあどうしたいりーにゃの命惜しくはないでありますかっ。
 ならばこちらからどんどんと行かせてもらうでありますぞ! 出でよ、蘆屋 道満(あしや・どうまん)!」
「……フ」
 コタツに入った道満が現れた。
「蘆屋さん貴女を情報参謀に任命するであります。式を使いなさい」
 道満がコタツの上に乗っている鍋のフタを開けると、その中から道満が現れた。その道満が手に持っているみかんの皮を剥くと、道満が現れた。
「ふふり! どうでありますか、これぞコタツ陥穽の計、ねこ鍋の計、ねこみかんの計であります。さぁ、次であります」
「……」
 道満は猫耳を取り付けて、マリーから弓を受け取った。
「弓を持つのは弓取り=将軍の意と緒戦の制圧火力を重視してのこと。このへん今も昔もかわりなく、戦国時代でも白兵より弓のほうが死傷率圧倒的に高いス」
 マリーが丁寧に説明する。
「さあ蘆屋さん、射るでアリマスッ!」
 必死で矢を射る道満。マリーは、いりーにゃをくくり付けたねこじゃらしをぶんぶん振り回す。見守る黒羊兵。
 その間……
 ハルモニア・ニケは、「私、行ってきます。あんなにされて、いりーにゃさん……」
「待たれよ」ヴァルキリーの老騎士だ。「ニケ殿。わしが代わりになろう」
「老いぼれなどいらぬであります! 若い肉体を寄越せであります! ふふり」
「何、く」
 ここで音羽逢は ナナ様の隣のポジションをぶちぬこ奪われつつあるで御座る、という自分の立場を理解し、心を決めた。
「こうなればやけで御座る。ニケ様。ここは拙者が人質に」
 ニケ、「えっ……(出番……)」



8-07 夢のキリン

 再び、騎凛のところ。
 朝霧のメモリー・カード朝霧 栞(あさぎり・しおり)が、語りかけている。「垂、気になったんだけどさ、アンテロウム副官が死んでセイカって昏睡状態に陥るようになったじゃないか? まぁ、その前から体調は悪くなってたみたいだけど……これって、セイカの意識を失わせることに何か意味があったのかな?」
 セイカの無意識の世界に黒羊の目的があるとか? と、栞は付け加える。
「うーん……」
 考え込む、朝霧。
「でも、他人の無意識の世界って介入出来るもんじゃないよな? 隣で寝てるからって同じ夢を見れる訳じゃないし……考えすぎ、か?」
 隣で……か。案外、そういうのってありかも?
「よかったら、セイカの傍で気絶させてやるよ、一緒に良い夢見れるかもしれないぜ? にゃははは」
 と、言ううちに、騎凛に異変が起こり始めた。
 何処からともなく聞こえてくる、音声……? ―― "π(パイ)だけの存在になると、P2Pならぬπ2π通信が可能な領域。通信には携帯をπに接続する。バスト=2πRなので、通信距離はπのサイズに比例。沙鈴π>騎凛πのため、遠距離では一方通行トランシーバー状態。πのみの存在が一方通行送信できるのはπ情報のみ。故に騎凛に沙鈴のπ成分が移動。

 結果:巨乳騎凛、貧乳沙鈴になる(Q.E.D.)"
「こ、これは」
 眠る騎凛の胸が、だんだん大きくなってくる。
「栞!」
「にゃはは……って場合じゃなかったな。わかった。許せ、垂!」
 ばこーん! 栞は、家庭科の教科書あたりで朝霧の頭を打った。
「きゅー〜〜……パタッ」
「あ、垂。すまない……お、おい。パタッて。死んでないよな。まさかな。
 ……それにしても」
 そこに寝ているのはもう騎凛ではない、沙 鈴(しゃ・りん)だった。
「一体どういうことなんだろな?? さっぱりだぜ。なあ、ライゼ。……ライゼ?」
 それは、もうただの怪獣のぬいぐるみに過ぎなかった。
「……。垂、……ライゼ、……おまえら……?」



「久多さん!」
 騎凛は目覚めた。そこは……
 不思議に蒼い空間だった。
 騎凛と久多 隆光(くた・たかみつ)の他には、今……
 ――早く元気になってね。騎凛先生――早く元気になってね。騎凛先生――早く元気になってね。騎凛先生――……
 怪獣のぬいぐるみになったライゼ、それから、
 ――あれ、別な人たちが混じってきてる? ここはカナリーと騎凛ちゃんのひみつの小部屋だから入ってきちゃダメだよぉ!――あれ、別な人たちが混じってきてる? ここはカナリーと騎凛ちゃんのひみつの小部屋だから入ってきちゃダメだよぉ!――あれ、別な人たちが混じってきてる? ここはカナリーと騎凛ちゃんのひみつの小部屋だから入ってきちゃダメだよぉ!――……
 人形のようなカナリーが、空間にフワフワと浮いているばかりだ。
「セイカ。ここは、セイカの夢なのか?」
「えぇ……そのようです」
 騎凛はまだ不安そうな瞳で、久多を見つめている。
 久多は……
 セイカと一緒になりたい。セイカの傍にいてやりたい。久多の本心が溢れ出してくる。それが波のように、空間を揺らしているが、久多の言葉にはならなかった。
 ……俺じゃあ、セイカと一緒にはなれないな。
 だから、俺はセイカだけが、幸せになれる方を選ぶ。
 俺のことは二の次にしてな。俺は俺で、セイカが幸せになれるように動くだけだ。
 自分の始末は自分でつける。そしてセイカは幸せにする。
 両方やらなきゃならねぇのが、つらいな。……俺じゃあダメだからさ、幸せになってくれよセイカ。……
 それが、久多の精一杯考えた気持ちだった。
「俺はもうこの夢にはいられないんだ」
「久多さん……」
 久多と騎凛は、そっと静かにキスをかわした。
 久多はそれからはもう何も言わず、騎凛の夢を抜け出して行った。その表情は今は読み取れない。
 騎凛の夢の中には、朝霧の、声にならないような声がかすかに響いている。
「あぁ。私はどうしたらいいんでしょう。あぁ、色んなものが、流れていってしまう。……」
 蒼い空間は、先ほどの振動が押し寄せる波のようになって、騎凛やライゼやカナリーや朝霧の声を流していってしまうのだった。



 星の瞬くヴァレナセレダの夜、久多は独りで砦を出ると、心にある決意のフラグを掲げ、歩いて行った。黒羊郷の方へ。黒羊 アンテロウム(くろひつじの・あんてろうむ)の死についても、探ってみる必要があるだろう。セイカの契約者だったわけだし……。辿り着けるだろうか。
 そして、セイカのもとへ帰って来れるだろうか。……いや、俺はもうセイカの夢を出てしまった。俺は、きっと、もう……