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バーサーカーとミノタウロスの迷宮

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バーサーカーとミノタウロスの迷宮

リアクション

第三章 接敵――vsバーサーカー・1



 いかにも罠が並んでいそうな通路と広間を、軽身功で一気に縦断。
 すると、背後で落とし穴や吊り天井が作動したり、槍や矢の打ち出される音がした。
(こんなものだろう)
 振り返った弐識 太郎(にしき・たろう)は、額に浮かんだ汗を拭った。
 ここは訓練用の迷宮とは言え、罠が妙に充実しているので鍛錬には事欠かない。
 次の通路に太郎が進もうとした時、視界の端に人影が見えた。
 そちらに眼を向けて、人影が少女で、ひとりで、手には槍を持っていて――とまで見て取った瞬間、
「コロス!」
 そう叫び、少女はこちらに突っ込んで来た。
 体を捌き、体ごと突き出されてきた槍の一撃を回避。間近で少女の様子を確認すること、百分の数秒。
 そこに第二撃が放たれる。
 見事な体捌きだった。至近距離から長柄の武器を振り回して斬りつけてきた。太郎はこの攻撃も避けたが、並みの人間なら間違いなく胴を両断されていた。
 百分の数秒間に太郎が見て取れたのは、少女がロングヘアで、蒼空学園制服を着ていて、凄まじく槍使いの技と体術に長けて、眼も顔も正気のものじゃない、という事だった。
(バーサーカーというやつか!?)
 少女からの第三から八撃目までは刺突で、いずれも正中線を狙ったもの。ためらいというものが一切ない。繰り出される穂先の十字の槍頭には機晶石が填め込まれ、壁と天井に並ぶ裸電球の光を反射していた。
 太郎はおおよその状況を把握した。どうやらこの子は妙な武器を見つけてしまい、それに心を乗っ取られてしまったらしい。
(何とかしないといけないな)
 力に振り回される人間を放ってはおけない。もっとも、バーサーカーの方もこっちを放ってはおくまいが。
 第九から二十撃までは斬りと突きと、石突きによる打突を組み合わせたコンビネーション。これも全てを回避しながら、太郎は対応を決めた。
 不敵に笑い、誘うように手を動かした。
「どうした。狂戦士の腕前というのはそんなものか?」
(避けて避けて、疲労を狙う)
 女子に力を振るうのは本意ではない。相手が心を乗っ取られているというなら尚更だ。
(それに、この攻撃は修行にもなる!)
 一息のうちに、またいくつもの打突、刺突が繰り出された。そのうちのひとつが、太郎の着るツナギの裾を掠めた。どこまでギリギリで回避できるか、見極めるのもまた修行だ。

 戦闘が行われている。
 それを見つけた橘 恭司(たちばな・きょうじ)は足を止めた。
 戦いは一対一。片方が槍で一方的に攻め立てるのを、徒手のもう片方がひたすら避けている。
 模擬線にも見えるが、攻めの一撃一撃には明確な殺気がこもっていた。しかも、槍の持ち手には見覚えがあった。
(小谷 愛美じゃないか……しかし、いつもと様子も得物も違う)
 恭司の知る愛美は、少なくとも殺す勢いで槍を人に突き出したりするような子ではなかった。
 何があったかは知らないが、放ってもおけなかった。
(とりあえず止めてみるか)
 振り回され、突き出される槍の間合いを目測すると、恭司はその圏内に飛び込んだ。

「……何!?」
 いきなり乱入してきた恭司の姿に、太郎がわずかに気を取られる。
 突き出された穂先が横薙ぎにされた連続技、と思ったら、真の狙いは石突きによる打撃。構えた手で受けるが、籠手越しに重い衝撃が伝わった。素手なら骨が砕けていたろう。
 すると少女は、恭司の方に顔を向けた。対する恭司は、誘うように片掌を見せて佇むのみ。
(掌を貫かせて止める気か!?)
 その狙いを悟った太郎は、初めて攻撃に出た。槍の間合いの奥に踏み込み、腕を取って足払いを狙う――
(払えない!?)
 華奢に見える足はびくともしない。
 太郎の鼻に打撃。頭突き。この少女がして来たのだ。大げさなくらいにバックステップ。槍の刃が空を裂き、太郎の胴をわずかに掠める。今度は皮膚までやられた。
「余計な事は止めて下さい」
 恭司の台詞に、太郎は眼を険しくした。
「こっちが余計なら、そっちは無茶だ、恭司! いくらあんたでも、手首から先がなくなるぞ!」
「そんなヤワではないし、第一この子は槍使いなどでは……っ!」
 槍使いでないはずの少女から、多数の変化の連続攻撃が繰り出された。咄嗟に間合いを開ける恭司だが、一瞬のうちに目前を飛び回った攻撃は、絶対に素人のものでは――むしろ玄人や達人と言ってよい。
(なるほど、手首どころか頭まで貫きそうだ)
 ますます放ってはおけなくなった。戦術を変えざるを得ない。
「太郎君、この子は危ない。ここから離れて下さい」
「お前はこいつをどうするつもりだ?」
「この子は『こいつ』じゃありません。『小谷 愛美』という名前があります」
「……で、小谷 愛美をどうする?」
「止めます」
「どうやって?」
「私相手に存分に暴れてもらいましょう。疲れ果てて、イヤになるまで」
 恭司と太郎の間にいる小谷 愛美は、現在動きが止まっている。が、その構えに隙は見当たらない。油断も手加減もできない相手だ――が、恭司の答えに太郎はニヤリと笑う。
「話が合うな。そいつが一番の策だと俺も思うぜ……ただし、愛美ちゃんには、俺も構ってもらうがな?」
「こういうタイプが好みですか?」
「修行の相手には十二分だ」
 ふたりの男は、同時に槍の間合いに踏み込む。
 愛美の手の槍が、また暴れ出す。
 暴風のような攻め手の中、しかしその刃が恭司と太郎をとらえる事は無かった。

「え、え〜と、みなさん、こっちです〜ぅ!」
 マリエルの先導に、何十人分もの足音が続く。さながらパックツアーの添乗員か、修学旅行の引率といった風情である。旗を持っていれば完璧だ。
 もっとも、先導されている一団は、いずれも手にそれぞれ得物を携え、身には多少の装備を身につけている者達だ。
 積んだ経験の多寡はあれ、いずれもこの迷宮で訓練していた冒険者だった。そして、
「そろそろ、マナが槍を抜いた所だと思うんですけど〜ぉ!」
の台詞でも分かるように、ミノタウロスではなくバーサーカー化した愛美に対応する事を決めた者達であった。その数は三〇人近くに上る。マリエルとしては、その数は心強くもあり、若干不安でもある。
 先導している者達の中からは「面白そうな槍ねぇ、欲しいわ」とか「やっぱり、持ち手を倒さなくちゃいけないよね……」なんて台詞が聞こえることがあるのだ。
 例えば今も、ぺちっ、という音が聞こえて、
「……えーと、とりあえず何をしたいのかしら、桜井 雪華(さくらい・せつか)さん?」
「いきなりフルネーム呼びで返すんかい、容赦ないなぁ朝野 未沙(あさの・みさ)さん……む、フルネームvsフルネームで、何か新しいネタが出て来そうな気が……」
「落語でジュゲムジュゲムってネタあったわよ?」
「あー、あそこまで長いのはあかんあかん。名前言うてるだけでお客さんが引いてまいそうや」
「それを何とかするのが芸人の技でしょう……で、ボケてもいないあたしが光条ハリセンでツッコまれた理由を聞きたいんですけど?」
「それはアレや。バーサクした味方を殺さずに倒すシミュレーションしてみぃ、ってことで」
「ふぅん……やってもいいのかしら?」
「ミサりんミサりん、そのわきわきと指動かす手は何かいな?」
「自分で言ったでしょ、バーサクした味方を殺さずに押し倒すシミュレーション、って」
「あの、何かコトバ増やしとらへん? 倒すと押し倒すのには、その、違いというのが」
「……やーめた。こういうのは、誰にでもやっていいことじゃないもんね」
「冗談きっついわぁ……しまった! 今のはツッコめるとこやったか!?」
「とりあえず大人しくして、まずはマナの所に行こう?」
なんてやりとりが耳に入る。
(うぅ、あたし達これから何しに行くんだろう?)
 心中での不安が一層募るマリエル。
 すると、マリエルの近くにいた浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が、「む」と顔を険しくした。
「なるほど、気配がします……確かに近いですね、マリエル様」
「……分かるんですか?」
「まぁ多少は。では、先に行きます!」
 言うが早いか、翡翠は星輝銃のセーフティを外し、一団の中から飛び出して走り出した。
 それをめざとく見つけた雪華と未沙や、「ちょっと待って! 私も行く」と小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が翡翠の後を追いかける。
 つられて走り出そうとしたマリエルの肩を、「落ち着きな」と後ろから止める手があった。イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)である。
「気持ちは分かる。だがな、人引っ張ってる時は、アタマってのは取り乱しちゃいけないもんだぜ? ん?」
 ……言葉遣いは乱暴だが、口調は穏やかだった。
「さぁ、落ち着いて、私らを愛美ちゃんって子の所に連れて行ってくれよ。できるな?」
「は、はい」
 マリエルは深呼吸して、また歩き出す。イリーナの台詞に、焦りかけた気持ちが少しは冷静になったのが自覚できた。
 親友、愛美の窮地に駆けつけてくれた人、その数およそ三〇人。
 何のかんの言っても、助けは多い方がいい。