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バーサーカーとミノタウロスの迷宮

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バーサーカーとミノタウロスの迷宮

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第九章 槍奪戦――vsバーサーカーズ



 詩穂と小夜子と雪華は、間近で顔を見合わせていた。
「……良かったわ。愛美ちゃんは無事みたいね」
「無事と言っていいかどうかは分かりませんけど……あの様子ですと助かったみたいですね」
「ホンマ、一時はどうなることかと思うたわ」
 三人は、マリエルと未沙に付き添われている愛美の方を同時に一瞥して安堵の息をついた後、また顔を見合わせた。
「それにしても、とんでもない槍だよね、コレ」
「全くですね。放っておいたら、またこういう騒ぎが起きるんでしょうね」
「まぁ今回は行き過ぎやなぁ?」
「今回は、って、そうそうこんな騒ぎが起きたらたまんないよ」
「同感です。だから、これは早くどこかに捨てないといけませんね?」
「もったいないなぁ? コレ、ちゃんと使いこなしたら相当いいネタになると思うんやけどなぁ?」
「そう思うのはあなただけです」
「そうそう。だからこんな危険なモノは、この詩穂ちゃんが捨ててくるよ」
「いえ、私が捨てて参りますわ」
「いいや、コレはウチが持って帰るんや」
 会話が進むにつれて、三人の目つきが次第に険悪になってくる。
 三人は、ついさっきに投げ出された槍をつかんでいる。愛美をバーサーカー化させた槍だ。
(……これは、マズったかしら?)
 不安を感じながら、唯乃が立ち上がり、できるだけ気さくに「はァい?」と三人に声をかけた。三人の顔が、今度は同時に唯乃に向けられた。
「あなた達も大変だったわね?」
「ん? 大した事ないよ」
「愛美さん本人に比べれば、別に」
「そちらさんはどないや? 最後のマナミンの攻撃、まともに喰らっとったやろ?」
「……ご覧の通り、何とか生きてるわ。後はとりあえず、その槍を片付けないとね?」
 三人の、唯乃を見る顔がいっそう険しくなった。
「……片付けるって、どういう意味?」
 詩穂が低い声で訊ねる。
「もちろん、処分するってこと。あなた達もそれを話していたでしょう?」
「……それは私の仕事です。あなたは気にしないで下さい」
「コレはウチが芸に使うって言ってるやろ?」
 小夜子と雪華の声も低い。ドスが効いている、とはこういう声を指すのだろう。
(……失敗したわね……)
 唯乃は、不安が的中したことを悟った。
 槍が手放された時、もっと警戒すべきだった。手にした三人のバーサーカー化は既に始まっている。
(いや……槍には持ち手への魅了効果もあるのかも)
 今の所は、まだ理性が残っているようだけど、果たして交渉や説得が効くだろうか。いや、その間にバーサーカー化が進んで、いまさっきの愛美のようになる方が怖い。
(槍を、壊す!)
 今まで翡翠や美羽がやろうとしてできなかった事だが、自分には目算がある。予想が正しければ、この槍には弱点があるのだ――
 しかし、唯乃が動くより先に、詩穂が反応した。槍をつかんでいない方の手が、試作型星槍を唯乃に振るう。
 唯乃は直撃こそ避けたものの、足を引っかけられ、再び地面に倒された。
 三人は同時に跳ね、倒れた唯乃に躍りかかる。転がって避けると、直前までいた場所に三人の足が落とされた。「ずん!」という衝撃で確かに地面が揺れた。
「「「槍は渡さない」」」
 三人の声が唱和した。

「あらあら、出遅れちゃいましたね?」
 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は苦笑しながら息を吐いた。
 綺人の種明かしについつい聞き入って、投げ出された槍に気を配るのを忘れていた。
 が、まだまだ取り戻せる遅れのはずだ。
 アルコリアは、仲間のシーマとナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)ランゴバルト・レーム(らんごばると・れーむ)に目配せをした。仲間達は一斉に頷いた。
(あの槍は、私のものです。いいですね?)
(分かったよ、アル)
(イエス、マイロード)
(手伝わせてもらいますぞ)

 同じ事を考えたのは、イリーナもだ。トゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)に目配せし、顔を見合わせて、頷いた。

 気がつくと、槍の周りは十数人の少女に囲まれていた。
 詩穂がとっさに殺気看破を用い、幻術であることを察知。本体はその向こうの気配。
(驚かないのはさすがだね)
 シーマは感心した。少女の姿を映し出したのは、彼女のメモリープロジェクターによる攪乱だ。
(けど、次のは多分幻術じゃないよ)
 映し出された十数人は、ナコトの姿だ。が、その中の何れでもない本当のナコトが精神を集中、ブリザードの魔法を完成して、槍の持ち手に向け叩きつけた。
 三人の姿は、槍もろともみるみるうちに凍り付く。が、氷まみれ、雪まみれになりながらも、彼らは同時に走り出し、ナコトの幻の包囲を突き抜ける。
「そこ邪魔!」「帰りや!」
 同時に発せられた台詞と共に、詩穂の試作型星槍がナコトを、雪華の光条ハリセンから出たソニックブレードがシーマを狙う。
 それらの攻撃を受けたナコトとシーマは、内心で首を傾げた。
(……拍子抜けね?)
(意外と大したことないね……槍の効果がまだ十分じゃないのかな?)
 ――効いてない。
 その事を悟った三人のうち、詩穂と小夜子がアイコンタクトを取り、頷く。
「それならね……!」「これならどうですか!?」
 詩穂の則天去私、小夜子の等活地獄が同時に発動した。槍を持った三人が、凄まじい速さで縦横無尽に飛び回り、ナコトとシーマ、ランゴバルトらを叩きのめす。
(へぇ、随分器用な事をするのねぇ?)
 アルコリアは感心する。
(ますます欲しくなっちゃった)
 彼女の仲間が「どうします?」と言いたげに振り向く。
 アルコリアは「続けなさい」と眼で頷き、アルコリア自身も動き始めた。

 戦場だった広間の一隅で起きた騒ぎに、参加していない者は慌てて逃げ出した。
「一体何が起きたの!?」
「バーサーカーはいなくなったはずですよね!?」
 芦原 郁乃(あはら・いくの)秋月 桃花(あきづき・とうか)が話していると、「病気が出ちゃったみたいだね」と、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が苦笑した。
「アルコリアさん、ああいうヘンなアイテム大好きだから」
「ああいうアイテムって……あの槍がどれほど危険か見てなかったんでしょうか?」
 すぐ近くにいたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)の台詞にも、歩は肩を竦めた。
「見ていたから、だよ……でも、あのアイテムは、ちょっとタチが悪すぎるよねぇ?」
「ねーねー、歩ねーちゃん。どうしようか?」
 七瀬 巡(ななせ・めぐる)の問いに、歩は唸った。
「できれば助け出したいけどね……できるかなぁ?」

「ばぁ☆」
 ナコトの二回目のブリザードは、トゥルペによって阻止された。
 目前でいきなりチューリップに咲かれて、精神集中が途切れてしまったのだ。
 だが、替わりに今度はシーマが槍に肉迫、持ち手の三人に向けて等活地獄を叩き込む。
 攻撃を凌いだ小夜子の空いた手がシーマの腕をつかまえる。
「今度はこちらの番ですよ?」「覚悟はいいかな?」「失せいや!」
 詩穂の槍が躍り、ブラインドナイブスの動きを取る。雪華の光条ハリセンが瞬速の一撃をシーマに見舞う。
 直撃。
 が、ランゴバルトのヒールは、そのダメージを瞬く間に回復した。
「……はい、それまでですよ?」
 突然手が伸びてきて、槍をつかんだ。
 アルコリアである。
 彼女は、かなり険悪な表情になっている三人に向けて微笑んだ。
「ごきげんよう、みなさん」
「……こんにちは、アルコリアさん」
「あら、アルちゃん。こんな所で何してるの?」
「何や、自分?」
「この槍をもらい受けに参りました。皆さんはどうぞ手を離して下さいな」
「……オモロないぞ」
「いきなり出て来て、それはないんじゃないの、アルちゃん?」
「この槍は、あなた方の手には余るようですからねぇ? それに、とても面白そうですし」
「……『面白そう』で持ってかれたら、かなわねえな」
 また手が伸びて、柄をつかまえた。イリーナだった。
「よう、アル。邪魔するぜ?」
「邪魔ですわね、イリーナさん」
「まぁそう邪険にするなって。この槍は、私に回しちゃくれないか?」
「イヤです」
「コラ。勝手に話進めんといてや」
「この槍は処分するんですよ」
「そうそう、詩穂が捨てちゃうから、心配無用」
「そりゃあ困るぜ。この迷宮にいるっていう牛野郎倒すのに、入り用かも知れないからなぁ?」
「ミノタウロス程度なら、あなたひとりの腕前でも十分ではありませんこと?」
「念には念を入れたいのさ」
 不意に雪華が吹き出し、含み笑いを始めた。
「……何がおかしいんだ、そこのハリセン女?」
「いやなぁ……ウチら、雁首揃えてこの槍奪い合ってるやんか……」
「? それがどうしたのです?」
「それがなぁ……槍の争奪戦やってるってんで、『争う』の字を『槍』に変えたら『槍奪戦』って、妙にハマる思うたら、可笑しくてなぁ……」
 場に白々しい空気が流れる。
「つまらん」
と、誰かが言った。
 が、白けた空気の中でも妙な緊迫感はじりじりと高まっていく。
 詩穂、雪華、小夜子、イリーナ、アルコリア。
 槍を持つ五人は、互いに互いの出方を見極めようとしていた。

「……状況が悪くなってますね」
 物陰から戦場を見て来た歩は、一同にそう告げた。
 ここは、槍のある広間から、少し離れたホールである。対バーサーカー=愛美戦で集まった人員は、現在槍を争っている者達を除けば全員ここに集まっていた。
「詩穂さん、雪華さん、小夜子さん、イリーナさん、アルコリアさんが、槍を手にして睨み合ってますよ」
「アルコリアが出て来たか……厄介ですね」
 恭司は唸った。
「……愛美が槍を持ってあの騒ぎです。アルコリアが持ち主になったらどうなるか、見当もつきません」
「けど、どうして睨み合いなんてできるのかな? 手に持ったら理性が飛んじゃって、とにかく戦っちゃうんじゃないの?」
 郁乃の疑問に、「おそらく」と茜が答えた。
「おそらく、複数人員が同時に持っている為に、その分バーサーカー化の効果も分散しているのだろうな」
「じゃあ、今なら何とかできのでしょうか?」
 桃花の問いに、恭司は首を横に振った。
「理性が残っていると言う事は、知恵が働く分手強いとも言える……しかも、アルコリアにしてもイリーナにしても、敵に回すとなると相当厄介な相手だ」
「現状でも十分に厄介ですよ?」
 唯乃が手を挙げて発言した。
「考えるに、あの状況は内部ではお互いに相手を出し抜こうとしつつ、外部からの介入には一致団結して対応するという形でしょう。持ち手全員の攻撃が連携を取ったらどうなるか、身を以て知りました。現在の攻撃はさらに恐ろしくなってるでしょうね」
「もし放っておけばどうなるのです?」
 そう質問したのは天夜見 ルナミネス(あまよみ・るなみねす)だ。
「持ち手同士の蹴落としあいで、最終的には持ち手がひとりに特定されるでしょうね」
「じゃあ、そうなるまで放っておけばいいじゃない?」
 シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)の意見に、唯乃は首を横に振る。
「……バーサーカー化した最後のひとりが、目の前で倒れている相手を放っておく保証はないわ」
「……持ち手は恐ろしく危険なわけですね。他人にとっても、自分自身にとっても」
 歩が溜息をつくと、茜が鼻を鳴らした。
「今度は持ち手を討つなんてできなさそうだな……連携されたら太刀打ちできない」
 あの槍を放ってはおけない――それは、今ここにいる者の総意だった。
 だが、どう対策を取るべきか?
「……提案します」
 翡翠が手を挙げた。
「槍を破壊しましょう、今度こそ」
 「賛成だ、しかし……」と手を挙げたのはキューだった。
「しかし、どうやって破壊する? 貴公らがさんざん手こずり、結局できなかった事ではないか」
「方法はあります」
 唯乃が声を上げた。
「槍の穂先の下にある、機晶石。あれを砕けば、おそらく槍は機能を停止するでしょう」
「……了解しました。では、行ってきます」
「待って下さい、翡翠さん」
 槍のある部屋へ向かおうとする翡翠を、唯乃は止めた。
「単に機晶石を狙うだけでは、防衛機能が働いて凄まじい反撃を受ける恐れがあります。愛美さんの乱撃ソニックブレードを覚えてますでしょう?」
「では、どうしろと?」
「火力の一斉集中砲火で、反撃の間を与えず機晶石を殲滅。これしかありません」
 唯乃は答える。
「幸い、人員の数は足りています。ここにいる皆さんの心ひとつですけど……」
「私はやりますよ?」
 翡翠は星輝銃を掲げて見せた。
「俺もやりますよ。あいつらにバーサークされちゃかないません」
 恭司が立ち上がる。
「あたしも同感。アルも小夜子もイリーナも、助けなくっちゃ」
 そう口にするのは歩だ。
「あの、私で手伝える事が有れば……」
 おずおずと手を挙げる郁乃。
 ――数分後。
 現在意識を失っている愛美と、それに付き添うマリエルと未沙以外の全員が、槍破壊の作戦に志願した。