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リアクション
chapter.2 カシウナ襲撃1日目(2)・時計塔広場
「お、おーちゃんおーちゃんっ! あの人たち、何であんな雄叫び上げてるのぉぉっ!? こっ、怖い、怖いよ、おーちゃんっ」
「……ルー、そのおーちゃんって呼び方、どうにかならないかなあ」
「いっ、今それどこじゃないでしょおーちゃんっ。と、止めないと! 怖いけど、こんないけないことほっとけないものっ……!」
おどおどした様子で、目の端に涙を浮かべながらルクリア・フィレンツァ(るくりあ・ふぃれんつぁ)が契約者の五月葉 終夏(さつきば・おりが)に話しかけている。彼女らは、広場へと繋がる細い路地で様子を窺っていた。
「うーん、このままじゃ、ヨサークさんの評判もガタ落ちになっちゃうね。よーし、ここは私がひとつ、頑張っちゃおうかな。こういう時一番怖いのはパニックになることだから、冷静に、ね」
「お、おーちゃん、また雄叫びが聞こえてきたよ! 怖いよおーちゃんっ」
「……こういう時一番怖いのはパニックになることだからね、ルー。とりあえず避難活動しよっか」
「わ、わわ分かったっ。ひなんするんだねおーちゃん。ええと、コ、コーンフレークっ! ぼ、ぼぼ、暴君は、失墜するのが、よ、世の常よっ……っ」
「うん、それ非難ね。ベタすぎて2020年じゃもう誰もそんな天然しないから気をつけようねルー。あとコーンフレークってもしかしてヨサークさんのこと? 今度逆にシュール過ぎてついていけない感じになっちゃってるよ」
「お、おーちゃん、そ、そんなビシバシ指南しなくても」
「ああうん、天然かどうか微妙なラインだから一応言っておくけど、無闇に韻踏まなくていいんだよルー」
終夏とルクリアがそんなやり取りをしているうちに、時計塔は瓦礫の山と姿を変えていた。
「あっと、いけないいけない。のんびり話してる場合じゃなかったかな。ルー、私はここからぐるっと広場を回って西側に出て住人を誘導させるから、ルーはこっち側で同じように住人の避難をさせてて」
終夏はそれだけを言い、空賊たちに見つからないよう路地裏から西側へ向かおうとする。
「き、気をつけてね、おーちゃん……っ」
「ルーもね。ちゃんと避難させるんだよ?」
「……うん。後でおーちゃんに非難されないように、頑張るからね」
先ほどのやり取りを思い出し、終夏とルクリアは互いに微笑み合った。そしてそのまま西側へと移動した終夏は、ざわついている周囲の様子を目の当たりにする。
「さっきの大きな音は何だ!?」
「時計塔がいきなり壊されたって……!」
「あっちの方から、空賊が襲ってくるらしいぞ!!」
人が右往左往し、このままでは混乱状態になってしまう。そう判断した終夏は、ひとつの策を思いつく。それは、避難誘導とパニック回避を同時に出来る秘策。
「皆さん、これは空賊主催の避難訓練、空賊襲撃訓練です! といっても、本気でやらないと意味がないからねー。リアリティーを求めた訓練ですよー! 危ないから、皆さんしっかり逃げて下さーい!」
そう、訓練だと住人に思わせ、冷静に避難が出来るようにと終夏はこの策を考えついたのだ。終夏の言葉で幾分冷静さを取り戻したのか、住人たちは時計塔広場から離れるように、西へ西へとまとまって立ち退きを始めた。そこにクイーンヴァンガードの避難誘導係の登場も手伝い、住人の退去は一層スムーズに行われるようになった。そんな様子を見て終夏はほっと一息ついて呟く。
「悪いことと良いことは背中合わせ。だから、悪いことは良いことだったんだってすり替えてしまえばいいんだ」
だけど、と。終夏はヨサークがいるであろう東の時計塔広場の方を見て言葉を足した。
「悪いことばかりじゃ、すり替えるのにも限度があるんだよ。ヨサークさんに似合うのは、こういう威厳じゃないと思うなあ」
もちろん、その声がヨサークに届くことはない。終夏は視線を元に戻すと、引き続き住人の避難活動に当たった。
◇
時計塔広場。
跡形もなくなった時計塔の周りをずらりと空賊たちが取り囲み、そこを基点とするように空賊たちは散らばり始めていた。そこにはフリューネ邸襲撃に加わっていた「血まみれ」のスピネッロや「黒猫」のミッシェル、「火踊り」のププペらの姿もあった。
「血まみれの異名が伊達じゃねえってことを、教えてやらないとなあ!」
「あんたら、あたいの前にひざまずいて足をお舐めっ!」
「ププペ、モヤス。オドリナガラ、モヤス」
避難が間に合わなかった人々を襲い、また建物も同時に壊して回ろうとする彼らだったが、そこに正史郎率いるクイーンヴァンガードの部隊が駆けつけた。
「ここまで好き勝手に暴れられてはたまったものではない。本来の仕事をする前にまずこちらを粛清する方が先だな」
正史郎が刀を抜き戦闘態勢に入る。
「そんな人数で俺らを止めようなんて、めでたい野郎たちだ!」
スピネッロが目の前のヴァンガード勢を見渡す。避難誘導にも人員を割いているため、この広場から空賊の散開を抑えようと配されたヴァンガード勢は約30名ほどである。対して空賊団は、総勢300名近い勢力を誇っている。10倍もの戦力差を前にしながらもしかし、正史郎たちはクイーンヴァンガードとして、女王候補を守る立場の者として街の侵略を見過ごすことは出来なかった。ヴァンガード隊員たちが各々の武器を構えると、空賊たちはそれを見て数で圧倒する作戦に出る。広場から伸びている通路一本一本に待ち構えているヴァンガード隊員のところへ十数人の空賊集団が雪崩れ込んだことで、バリケードは容易く突破されてしまった。
「怯むな! 今住人を避難させている隊員たちも後で加勢に加わる! それまでは各々、攻勢には出ず逃げ遅れた住人の防衛及び逃走経路確保に向かえ!」
正史郎の声が響く。そんな広場の様子をヨサークは、少し前まで時計塔の姿を成していた瓦礫の山に登り眺めていた。
制圧開始から45分経過。現在時刻、19時45分。
その様子を建物の陰から見ていた生徒が数名。
焦点がいまいち定まっていない目を向けている森崎 駿真(もりさき・しゅんま)に、パートナーのセイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)は声をかけられずにいた。
「ヨサークの兄貴……兄貴は空賊だし、空賊ならこういうことだってするのかなって思ったけど……でも、やっぱりこんなの兄貴っぽくないよ」
駿真は、これまでにないくらいうろたえていた。目の前にあるこの現状、そしてヨサーク空賊団団員であるという自分の立場に。そして頭を悩ませているのは、セイニーもまた同じだった。
「その場の空気や急に得た権力に溺れるような人間には思えなかったけどね」
それがセイニーの本心かは分からない。駿真を思っての慰めの言葉かもしれないし、あるいは冷静にヨサークという人間を見た実感かもしれない。セイニーは思う。目を覚ますべきは誰なのか、と。あくまで空賊だということを説き、駿真の目を覚ますのか、刺々しさを増してしまったヨサークの目を覚ますのか。あるいは両方か。
「熱に浮かされているのは、あの酒場にいた空賊たちだね。仮にザクロが酒場で三味線を奏でていることで、空賊たちが何か催眠をかけられた、あるいは毒気に当てられたとすれば自分のキュアポイズンで……いや、女の毒気には効かないかな」
「セイ兄! それだ! ヨサークの兄貴は、熱に浮かされているんだ!」
セイニーの呟きを聞き、駿真が何かを思い立つ。
「しゅ、駿真……?」
「オレちょっと、兄貴に冷静になってもらうため、熱を冷ましてくる!」
そう言った駿真は、どこからかバケツを拾ってきた。
「駿真、まさか……」
「オレ、兄貴に水かけてくる!」
「駿真、とりあえずヨサークの前に駿真が冷静に……」
セイニーの言葉も耳に入れず、駿真はバケツを持って広場へとこっそり入り込んでいった。
そして、彼らとは別の位置で広場に視線を送っていたのは和原 樹(なぎはら・いつき)だった。彼もまた、右手に水のたっぷり入ったバケツを持っていた。左手には箒を持っており、そこだけ見たら完全なお掃除スタイルである。
「ヨサークさん、どうしちまったんだよっ……! 一言言わないと俺の気が済まないよ、こんなの!」
樹は今にも飛び出していきそうな剣幕だ。それを後ろで不安そうにパートナーのセーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)が見ている。
「どうしても一言言いたいって……大丈夫なんでしょうか。今までは空賊団側で行動してたとはいえ、この状況では喧嘩を売られたと思われるかもしれませんし……」
「そのために、我らがいるのだろう。我は樹が一言言って気が済むのならそれで構わん。用事を終えたら箒ですぐに離脱させるだけだ」
セーフェルの心配事を打ち消すように、もうひとりのパートナー、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が答える。
「フォルクス、セーフェル! 俺もう我慢出来ない! ちょっと一発浴びせてくる!」
ふたりの会話などどこ吹く風で、樹は広場へと飛び出す。それを見たフォルクスとセーフェルは、各々の箒でゆっくりと飛び立ち、建物の陰に潜むことにした。
ヨサークの背後から水をかけるべく近付いた樹は、不意に横から現れた駿真の存在に気付いた。駿真もそれは同じで、ふたりは互いの手にあるバケツに目をやると苦笑を浮かべた。
「あれ、もしかして……」
「考えてることは、同じみたいだな」
今なら他の空賊も襲撃に意識が向いていて、ヨサークの周りには人が少ない。ゼロというわけにはさすがにいかないが、仮に見つかったとしても駿真が団員であるということが盾になる。樹とて、空賊側でこれまで行動していたという保険がある。あとは、行動に出るだけである。駿真と樹は特に打ち合わせをしたわけではないが、互いをちらと目で確認した。そして直後、ふたりの声が合わさる。
「せええのっ」
ふたりの手にあったバケツが角度を変え、中に入っていた水が見事ヨサークに降りかかった。
「つっ、冷てえっ! なんだ!?」
突然バケツふたつ分の水をモロに被ったヨサークは、驚き後ろを振り返る。その姿は、頭から服までびっしょりと濡れている。
「お、おめえらか……?」
視界に犯人のふたりを捉えたヨサークは、キッと睨みつける。しかし樹は、その視線に物怖じせず声を荒げてヨサークに言う。
「ちょっと綺麗なおねーさんに煽てられたくらいで何のぼせてるんだよ! 頭冷やせよ、馬鹿!!」
「……あぁ!?」
「ヨサークさんは、今やろうとしてることを胸を張って言えるのかよ! みんなが自由に楽しく駆け回れる空にするんだって、目を輝かせて夢を語ってた頃の自分に。いつか、本当に夢を叶えてみんなで笑えるようになった時に! 今の自分を、誇れるのか!?」
周りの空賊が異変に気付き、自分たちのところに近付いてくるのも気にせず樹は続ける。
「……俺は自分で言うのもなんだけど、あんまり頭も良くないし、すぐ体の方が先に動いちゃう。そのせいで失敗だってたくさんしてきた。でも、いつだって考えてるんだ。過去の自分に、これからの自分に、胸を張って今の姿を見せられるかって」
それはもしかしたら、ヨサークにも似たものを感じ取ったからこそ出た言葉なのかもしれない。考えるより先に行動に出て、それで失敗を重ねて。けれどそんな自分だからこそ自分だと思えて。
「ヨサークさんは、今の自分を認めてあげれるのか!?」
「……水かけといて何偉そうなこと言ってんだ、あぁ? 権力者の俺を未来の俺が見たら、惚れ惚れするに決まってんだろうが!」
「っ……心からほんとにそう思って言ってんのかよっ!」
唇をぎゅっと噛んだ後、樹は空になったバケツをヨサークに投げつける。直後、近くにいた空賊が樹へと近付いてくる。もちろんそれは、頭領に逆らう者へ罰を与えるために。と、そこに突如薄い霧が発生した。視界が遮られ、空賊たちは目を擦った。
「さあ、今のうちですよ」
彼らの頭上から、フォルクスとセーフェルが現れる。霧の正体は、セーフェルの放ったアシッドミストであった。まだ怒りが収まらないといった様子の樹を、フォルクスが半ば強引に箒に乗ったまま引き上げる。地面から体が離れだすと、樹も諦めたのか、言葉をしまいこんだ。そんな樹を見て、フォルクスがそっと声をかける。
「誰しも、大なり小なり不満や鬱屈を抱えているものだ。単純な破壊衝動であったり、複雑に絡まった心情のやり場のなさであったりな。まあ、今回に限っては人為的なものも感じられはするが、いくらかは本人の問題でもあろう。樹がこれ以上気にかけずとも、あれだけ人望のあった男だ、遠からず自身の違和感に気づくだろう」
「……そうだといいな」
ヨサークのところから無事離脱を果たした樹たち3人は、そのまま箒を飛ばし街の救援活動へと向かった。
樹たちが去った後、霧が晴れて視界が戻ったヨサークの前にはその場を去らずに立ったままの駿真がいた。
「兄貴、ごめんよ、こうすれば少し冷静になってくれるかなって思ったんだ」
「ちっ……ずぶ濡れになっちまったじゃねえか。おめえ団員のヤツだろ? 今回のは大目に見てやるから、とっととこっから離れてろ。それか、他の空賊たちに混じって襲撃に参加したっていいけどよ」
駿真はヨサークのその言葉を聞き、再び動揺を覚える。確かに自分は団員だ。そしてそのことで自分に災いが降りかからなかったのも事実だ。けれど、襲撃には参加したくない。ヨサークのそばで以前のような彼を見たいけれど、変わってしまったのなら近くにいることが痛い。
「……ごめん兄貴、オレ、戻るよ。でも、これだけは渡しておきたいんだ」
考えた末、駿真はその場を去ることにした。去り際に、ヨサークにあるものを渡して。それは、禁猟区でつくられた青いペンダントだった。ヨサークはそれを受け取るとその場で首にかけてみせた。
「かっけえ飾りもんじゃねえか。もらっとくぞ」
既に歩き出していた駿真の背中に声がかかる。駿真は耳がちくりとするのを感じた。オレは、卑怯な選択をした。団員なのに襲撃には参加せず、そのくせ頭領には贈り物なんてして。
そんな表情を浮かべたまま戻ってきた駿真を、セイニーはただ黙って迎え、そっと駿真の背中を撫でた。
◇
「ったく……替えの服取りに船に戻んのも手間だな」
駿真と樹が去った後、濡れた体と服をどうしたものかとヨサークは考えていた。するとそこに、見計らったようなタイミングで椎名 真(しいな・まこと)が姿を現した。
「ヨサークさん、俺はヨサークさんに仕えている執事なんだ。こういう時は遠慮なく俺を使ってよ。それが執事としての俺の役目なんだから」
蜜楽酒家で数日前、一時的にヨサークの執事となった真はその能力を遺憾なく発揮していた。
「とりあえず服を脱いでもらってもいいかな? 今、替えの服を船から持ってくるよ。それまでは……兄さん」
真が振り返った先には、彼のパートナーである原田 左之助(はらだ・さのすけ)がいた。左之助は「おう」と短く返事をすると、上着を脱いでヨサークに渡す。
「風邪ひいちまったらいけねぇからな。これでも羽織っててくんな」
「下は……俺のでよかったら」
「いや、いやいい。おめえ下半身露出させたままこっから船まで歩くことになんだろうが。変態じゃねえか」
ヨサークは執事付きという慣れないポジションにやや戸惑いつつも、ふたりの好意の一部を受け取った。
「主のためならそれも厭わないけれど……分かった、じゃあヨサークさん、ちょっと行ってくるよ」
ヨサークの上着を受け取り、真と左之助は東へと向かった。
道中、真がぽつりと漏らす。
「なんか、しっくりこないなあ……侵略行為がヨサークさん自身の考えなら仕方ないし、そういう人間だったって事だけど……さっきみたいに、普通に接することも出来るみたいだし」
真は、これまでに聞いていたヨサークの人となりと現在の彼にズレを感じていた。確かに、評判通りの性格が垣間見える時もある。けれど、少なくとも今街を襲っているヨサークは、真が思い描いていた人物像とは違うものだった。
「ちょっとメールで聞いてみようかな。『ヨサークさんが何か話に聞いていたのと違う感じなんだ。そっちで何か情報ないかな?』……と」
携帯電話の早打ちが特技である真は、目にも止まらぬスピードで文字を打つと、それを送信した。
「ほお……相変わらずすげぇ指捌きだな。現代機器の扱いに関しちゃあ、俺の負けかもな」
感心なのか冗談なのか、英霊である左之助はそんな真を見て笑いながら口にした。
「ヨサークさんが、みんなの知っているヨサークさんに戻ってくれるような情報が見つかればいいんだけど……」
「まぁなんつーか、別に勢力拡大は悪くねぇと俺は思うんだ。俺自身、どうこう言える立場でもねぇしな。ただ力は人を変えちまう。それだけは確かだ。昔、同じようなヤツを見てっからな……」
それは、新撰組にいた者の英霊として無意識のうちに出た言葉。時代は変わっても、人は変わらないのかもな、なんてことを思うと、左之助は自嘲気味にまた口元を緩ませたのだった。
「とりあえず、ヨサークさんのところに戻ったら観察を続けてみよう!」
少し早足になった真と左之助は、やがて船のある東地区の丘へと辿り着いた。
その東地区、丘近辺。
ルクリアやヴァンガード隊員がうまく住人を移動させ、隊員による消火活動も行われたため、この地区で人的被害は未だ出ていなかった。ロスヴァイセ邸も全焼は免れたようだった。とは言えあちこちが焼け落ち、辺りには焦げ臭いにおいが立ち込めている。
「ひでえ有様だな……」
「フリューネとは戦ったこともある関係の俺らが言うのもなんだけど、ここまでしちまうのはちょっと……なあ」
「あの人は、ほんとに変わってしまったのかな。あんなにたくさんの空賊を連れて、もう僕らなんて用なしって言われたみたいだ」
「それに、やっぱりザクロとのあの距離感は……」
口々にそう漏らしているのは、元ヨサーク空賊団の団員だった者たちだ。彼らは信じ難い光景を次から次へと目撃したことで呆然となり、すっかりその場に立ち尽くしてしまっていた。
そこに、箒に乗った生徒がふたり降り立った。箒から腰を下ろし、地に足をつけた山本 夜麻(やまもと・やま)は彼ら同様、眼前の景色を信じられないといった様子で見つめている。夜麻はここに来る前、蜜楽酒家で元団員とヨサークの仲を取り持とうと動いており、その行く末を確かめようとここカシウナにやってきたのだった。元団員たちは再びヨサークのところに行き話をしてみることにしたらしい。そう聞いた夜麻は、無事お互いが和解している場面を思い描いていた。しかし、今彼が目にしているのは、荒らされている街と呆気に取られている元団員たちの姿だった。そしてそこにヨサークの姿はない。
「あれ……どうなってるの、これ?」
状況がよく飲み込めていない夜麻は、きょろきょろと首を回す。と、ちょうどヨサークが乗ってきた飛空艇から出てきたヨサークのパートナー、アグリ・ハーヴェスター(あぐり・はーう゛ぇすたー)の姿が見えた。
「あっ、アグリだアグリ! ヤマダ、アグリに詳しい事情聞いてみようよ!」
「そうだな、ヨサークのやつ、なんか変だったしな。アグリなら付き合いも深いだろうし、パートナーだから気付くことってのもあるだろうよ」
今にも走り出しそうな夜麻の後を、パートナーのヤマ・ダータロン(やま・だーたろん)が落ち着いた様子で追う。夜麻は一目散にアグリのところへ向かうと、彼と話す時のためにわざわざ独学で勉強してきたという方言を用い話しかけた。
「アグリ、ひしゃしいじゃ〜」
翻訳すれば、「アグリ、久しぶり!」といったところだろうか。アグリは久しぶりに聞いた地元言葉に嬉しくなったのか、方言全開で返事をする。が、さすがに夜麻も全ては聞き取れないようだった。かろうじて夜麻が聞き取れたのは、「おお、久しぶりだな、元気だったか?」という内容の言葉だけだった。その後も夜麻は、今この街で起こっている現状について色々と質問をしたのだが、アグリの方言が凄まじすぎてそのほとんどを聞き取ることは出来なかった。だが、勉強してきたという甲斐もあり、夜麻は部分的に内容を把握した。どうやらヨサークが権力を手にし、大空賊団となってこの街を制圧しようとしているということらしい。夜麻はアグリの言わんとしていることが「言葉」ではなく「心」で理解出来た。アグリが言うには、ヨサークがぶっ耕す、と思った時はすでに行動は終わっているらしい。夜麻はアグリとヨサークの心がもう離れてしまったのではないかと思うと、少し悲しくなった。
「そういうのって……なんか、ロマンがないよ」
こんなのは、キャプテンらしくない。こんな、無理矢理力に任せて権力を見せびらかさなくても、一緒に自由に馬鹿やりたくなる人なのに。
隣でしょぼんとしている夜麻を横目で見ると、ヤマはチッと舌打ちをして目の前にあるヨサークの船を見上げる。
「キャプテン・ヨサークってのは、自由で、楽しくて、馬鹿な……そういう、かっこいい男じゃなきゃ困るんだよ。ちょっと前まで嫉妬してた俺がアホみたいだろ」
目を細めながら、ヤマがダンディに呟いた。カバだけど。
「アグリは、キャプテンのとこ行かないの?」
夜麻の疑問にアグリは静かに船を指差すことで答えた。どうやら、船の番をしている、ということらしい。夜麻はそれを理解すると、アグリの隣にすとん、と腰掛けた。
「僕もアグリと一緒に船を守るよ! いつかまた、この船に乗せてもらうって約束してたもんね! その時は、楽しくて馬鹿なキャプテンに戻ってくれてたらいいなあ」
それは、以前雲の谷での決戦時にヨサークと夜麻が交わした言葉。夜麻は、それを覚えていたのだ。軽く頭を下げるアグリを見て、夜麻は笑いながら言う。
「だからさ、アグリも困ったことがあったら、遠慮なく僕に言ってね?」
制圧開始から1時間50分経過。現在時刻、20時50分。
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