天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

【野原キャンパス】吟遊詩人と青ひげ町長の館(後編)

リアクション公開中!

【野原キャンパス】吟遊詩人と青ひげ町長の館(後編)

リアクション

 10.館・前
 
 一方、館の前では【魔術師討伐隊】が【砦跡隊】からの報告を待っていた。
 彼らは背の高い草の陰で、館の様子を窺うようにして身を隠している。
 
 ■
 
 報告を待つ間。
 【魔術師討伐隊】の1人、陽太は蝋人形化したパートナー――エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)との交信を試みていた。
 というより、一方的にエリシアの思念が流れてくると言った感じではあったが。
(いいですわね! 陽太。わたくしエリシア・ボックの名にかけて! 何が何でも、ドクター・ペルソナを殺しなさいっ!)
 げっ、という顔つきで、陽太は館を眺める。
(俺としては、もっとハートフルな展開を期待してたのですが……)
 真っ先に感謝されるのが筋道、というものではないのだろうか?
「だいたいして、何だってこんなに元気なんですか? エリシアは!」
 グッタリするのはなぜだろう?
 蝋人形化の所為ばかりではないような気がする。
(そうそう、ついでに娘さん達のこともですわね!)
「? 娘さん達? ……って、町の?」
(そ。館の左横を見なさい、陽太)
 陽太は言われるがまま、視点をずらす。
 これまた陰気なレンガ造りの倉庫がある。かなり大きい。
 観音開きの扉は閉まっている。
(あそこに荷詰めにされて、積まれていますわ)
「え!」
(今晩でしょ? すぐ運び出せるよう、ペルソナが町長に指示しましたのよ。わたくし達も、間もなく同じ目にあうことでしょう……) 
 陽太はハッとして、館に目を向ける。
(という訳で、早くペルソナを絶対殺しなさあーいっ! 命令ですわよ!)
「はあ、命令……」
 その後もエリシアからの「絶対殺害指令」は続き、陽太は助けを求めて、視線をせわしなく彷徨わせるのであった。
(他の連中も、こんな感じなんですかね?)
 陽太の視線の先に、紗月の姿。
 見た目美少女な彼は、真剣な表情で両目を閉じている。
 
 その紗月は、やはり蝋人形化された椎堂 アヤメ(しどう・あやめ)と交信していた。
「じゃ、じゃあ、アヤメは1人なのか?」
 頭の中にああ、と。アヤメの声が流れてきた。
(俺はパラミタ人とはいえ、女ではないからな。囮用だ、別の場所にいる)
「どこだ! 今、助けに……」
(来るな!)
 アヤメは怒鳴った。
 紗月が落ち着いた頃合いを見計らい。
(玄関脇の窓を見ろ!)
 紗月は窓を見た。
 見覚えのある人影がある。
「あそこか? 玄関入ってすぐの場所にいるんだな?」
(ああ、だが俺がいる場所には危険がある)
 だから来るな、とアヤメは続ける。
(町長が罠を仕掛けたらしい)
「っ!!」
(俺は用済みだからだろう。ペルソナの奴、ペラペラとよくしゃべるやがる)
 交信はアヤメに精神的な疲労を誘うようだ。
 重い息を吐いて、アヤメは続ける。
(館にはどこも鍵がかかっている)
(だがスキルを使えば、当然トレント達に襲われてしまうぞ! 館には、森の魔力が引いてあるからな)
(それと、正面玄関からは入るな!)
(女達は奥の部屋に捕らわれているが、うかつに入ると人質に取られてしまうぞ!)
(町長も……町長夫人をペルソナの人質に取られているから、敵とみていいだろう)
「アヤメ、アヤメ! もう、いいよ! だって、このままではアヤメの体が……」
(いいんだ、俺なんか!)
 アヤメは静かな口調で言った。
(俺はただ、おまえに無事でいてもらいたいだけだ。やめろと言っても、聞かないんだろう?)
「アヤメ……」
 2人の交信は延々と続く。
 
 霧雨 透乃(きりさめ・とうの)緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)と交信していた。
「陽子ちゃん、陽子ちゃん、陽子ちゃん、ごめんね、ごめんなさい……」
 透乃は目に涙を浮かべて陽子に許しを請うた。
(大丈夫だよ。だから泣かないで、透乃ちゃん)
 陽子は優しく言った。
(だって、心はつながっているのですから。心配ないです!)
「陽子ちゃん?」
(皆の力を信用してます! だから私にお役に立てそうなこと、ありますか?)
「ありがとう! 陽子ちゃん、絶対助けるからね!」
 透乃はお守り代わりの「銀の飾り鎖」を、ギュッと握る。
「館内で不審な動きとか、誰かが運び出されたようなこととか。分かるかな?」
 陽子の返答は以下のようなものだった。
 
 自分達は館の奥の部屋にいるらしいこと。
 人質としてこの場に残されたこと。
 だからまずは、倉庫にいる町娘達の安全を確保するのが先決だということ。
 
(町の娘さん達は、「生贄」の第一陣として運び出されてしまいますから。まずはこの方達の安全を確保して下さい)
「分かったよ、陽子ちゃん。それとその後で、絶対に助けに行くからね!」
 陽子の救助を、透乃は新たに誓うのであった。
 
 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は、パートナーの朝倉 リッチェンス(あさくら・りっちぇんす)と共に、イルマ・レスト(いるま・れすと)と交信をしていた。
 しかし交信にしては、余計な「火花」が散っているようで。
「……という訳で。イルマさんの抜けた穴は私がばっちり埋めちゃいます! ですから、イルマさん、どうか安らかに眠ってください!」
 のっけから、リッチェンスはイルマに宣戦布告をしたのであった。
 イルマ、絶句。
 しかし契約者の千歳は絶句している場合ではない。
「何を言い出すんだ! リッチェンス。縁起でもないことを言うものではない!」
「えー! だって、ダーリン」
 リッチェンスはそれは幸せそうに千歳から預かった木刀を抱きしめる。
「この木刀は、私とダーリンの愛のあかしですよね!」
「……リッチェンス、それは違うと思うのだが……ま、いいか」
 いいのか? と思うのだが。
 リッチェンスがだんだん涙目になっていくので、千歳はイルマとの会話に集中することにした。
「イルマ……すまない、私の責任だ」
 千歳は唇を噛んだ。
「私が側についていながら、むざむざとトレントに攫われるなんてっ!」
(千歳……いいえ、千歳の所為ではございませんわ。私としたことが、総ては私の……)
「そーです! イルマさんのドジの所為なのです。という訳で、死ぬまでそこにいて下さいね!」
 リッチェンスが横合いから口を挟む。
(リッチェンス、あなたは私にトドメを刺しに来たのですか?)

 ……というドタバタを経て、千歳はようやくイルマから知り得る限りの情報を聞き出すことが出来た。
 
 町娘を守るために、町長が時間稼ぎをしていること。
 解呪薬は現状、蝋人形の数がこれほどともなると足りないこと。
「解呪薬の製造法」については研究室にあること。
 その研究室は館の地下にあるらしいこと。
 
(お役に立ちますでしょうか?)
「ああ、十分だ! イルマ」
 疲れただろう? と労わって、千歳は交信を切る。
 本当に1番疲れたのは千歳なのだが。
 彼女は平静を保つと、リッチェンスに号令をかけるのであった。
「では、私達も救出の準備に入るぞ!」
「あ、ちょっとタイムです! ダーリン。こ、腰が……」

 ■
 
 彼らからやや離れた位置で、【魔術師討伐隊】の動きを探りつつ、パートナーとの交信を行う者の姿もある。
 風祭隼人、その人である。
 紅顔の美少年は、苦悩の表情を浮かべてアイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)を呼んでいた。
「アイナ、すまない。俺の……『俺の大事なルミーナさん』のために、捕まってしまうなんて!」

 アイナがしばしキレたことは言うまでもない。

「もとい……」
 アイナが落ち着くのを待って、隼人は咳払いをする。
「ありがとう、情報を送ってくれて」
 銃型HCをそっとなでた。
(私のマッピングデータ、役に立ったの?)
「ああ、お陰で無事に館の前まで辿り着けた」
(指輪の秘密も?)
「森に道が出来た。アイナのお陰だ」
(皆さんもそう言っているの?)
 アイナは、隼人が体調不良のために皆に止められたことを知らない。
 だから単独行動で救出に来たことも。
「ああ、もちろんだよ」
 隼人は穏やかに答える。
(よかった……)
 アイナが穏やかになったことで、隼人はホッとした。
 嘘をついた後悔の所為か?
 疲労が増したが、蝋人形化されてしまったアイナはもっと辛いのだと思う。
(俺に何があろうとも必ずアイナも……ルミーナさんも救ってみせる!)
(何か言った? 隼人?)
「ん? いや、何でもない。疲れただろう?」
 隼人は仲間との合流のタイミングを見定めつつ、周囲に気を配る。
 
 近くの草むらが動いたのは、その時だった。
 
 ■
 
「あら、皆様。こんなところで御休憩とはねえー」
 背の高い草をかき分けて、貴族服にブラックコートといういでたちの女が現れた。
「メニエス・レイン!」
 恐れていた事態に、美央は口元に手を当てる。
「さあて! そこにいるんでしょ? 魔術師さん」
 メニエスは大胆にもそのまま館の前まで来る。
「お仲間に加えて頂けないかしら? この楽しそうな余興のね」
 紅い唇を緩やかに曲げて、額に手を当てる。
 そこにはくっきりと「鏖殺寺院の紋章」が浮かんでいる。
 
 館のドクター・ペルソナは、妙な女の登場に眉をひそめていた。
「何考えてんだよ! あの女。トレント達! 片づけちゃいなさい!」
 と言いかけて、命令しかけた片手を下ろした。
「あれは……まさか! 『鏖殺寺院の紋章』!?」
 窓に顔を押し付けてペルソナは確認する。
「どうみても、本物だよねえ〜……」
 うーん、うーん、としばらくウロウロと廊下を行ったり来たり。
 頭を抱えて、考え込んだり。
「鏖殺寺院だからってさあー、仲間とは限んないよねえ……」
 さては僕の能力に目をつけた、アズール・アデプター様の差し金か?
「でも、たかが手下の1人とも限らないよねえー」
 そっか! と彼は指先を弾いた。
「アズール様であれば、能力をアピール。それ以下であれば、利用するだけ利用する。適当な理由くっつけて、切っちゃえばいいよねえ〜!」

 メニエスは堂々と正面玄関から迎え入れられた。
【砦跡隊】から、「町長夫人確保!」の連絡が【魔術師討伐隊】に入ったのは直後のことである。
 
 ■
 
「だが、待て!」
 勇み立つ一行を制したのは、シャノンだった。
「急いては事を仕損じる、という言葉もあるからな」