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【野原キャンパス】吟遊詩人と青ひげ町長の館(後編)

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【野原キャンパス】吟遊詩人と青ひげ町長の館(後編)

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 12.廃墟
 
「はい、これで最後だね!」
「ありがとうございます、先生」
 最後の町娘は蝋人形化を解かれ、仲間の下へと戻って行った。
「この御恩は、一生忘れません」
 町娘達は口々に礼を言い、帰途についた。
 先導するのは、「眠りの竪琴」を持ったレンとコハクである。
「町娘達のことは、俺達が引き受ける。おまえ達もそろそろキャンパスに戻った方がいい。時期に夜になる」
 レンはそう言い残したが、気休めにしかならないだろうなと思った。
「では、キャンパスで」
 ウォーデンに見送られて、レン達は発った。
 コハクは幾度も振り返った。
 彼の視線の先に全焼した館と、溶けてしまった蝋人形と、その前で力なく項垂れる契約者達の姿がある。
 
 ■
 
 陽太、隼人、千歳、紗月、透乃の5名は悪夢の中にいた。
「あの時、エリシアの言う通り……ペルソナさえ殺していたら!」
 陽太は頭を抱え込んで、うずくまった。
「エリシアをこんな目に合わせることはなかったのに!」
 お願いだよ、お願いだよ、と叫ぶ。
「戻ってきてください、エリシア!」
 もう一度、あの憎まれ口を叩いてくださいよ……。 
 そのためだったらと思う。
「俺、何でもします。 偉大な魔法使いだって、何にだってなりますから……っ!」

 彼の傍では、やはり両手を地についた隼人が、信じられないという面持ちで蝋を眺めていた。
「ア、アイナ……そんなっ!!」
 絶対に助ける! そう誓ったのに!
 あれほどわずらわしいと思っていたパートナーが、これほど傍にいて欲しいと願ったことはない。
「誰よりも大事……て、このことか?」
 そして、隼人は激しく後悔するのだった。
 今更、こんなことに気がつくなんて! と。
 
 千歳はぼんやりとした視界の中、これは夢なのだと思っていた。
「あのイルマが! 気丈なイルマが、私を残して死ぬはずがない!」
 でも頭のどこかで、「これは現実なのだ!」という声が響く。
「嫌だ! 私はこんな現実など、絶対に認めたくはない!」
 両目を閉じて耳を塞ぎ、幾度も頭を振る。
 
 紗月はもっと悲壮だった。
「アヤメ……う、嘘だろ? たった1人の親友なのにっ!」
 形すら、残らなかったなんて!
「こんな結末なんてっ!」
 自分はやはり、町民達を助けに行けばよかったのか?
 これは罰なのか?
「俺は、ここに来なければよかったのか? アヤメ――ッ!」
 紗月は絶叫する。
 
 透乃に至っては、もう泣くしかない。
「元に戻ったらキスして、大丈夫だよ、て。そう言って、ハッピーエンドになるはずだったのに……」
 あの怖がりで、ピアノが得意(?)なパートナーは帰ってこない。
「陽子ちゃん、陽子ちゃん、お願いだよ! 私を、1人にしないで……っ!」

 そして、どうしても「廃墟」から離れない5人に。
「本当に、そんなに戻ってきて欲しいのですか?」
 声をかけてきた眼鏡の優男がいた。
「月詠……司?」
「はい、これですべて解決です!」
 司は笑って、燃え残った資料を掲げた。
 
 ■
 
 司の話によると、「解呪薬」で総ては解決するのだという。
「蝋は形を変えても、蝋です。つまり、あなた達のパートナーは形を変えてしまっただけなのですよ」
 信じられない、といった顔の5人に指をさす。
「その証拠に、パートナー喪失の影響が全くないですよね?」
「あ……っ!」
 と短く叫んだのは誰だったか? 
「でも、『解呪薬』は、町の娘さん達に使ってしまって、もう残っては……」
「大丈夫ですよ。『解呪薬』は、実は無尽蔵にあるのです」
 え? と一同は司を見る。
「トレント。森の主の体液が、『解呪薬』なのですよ」
 
 ■
 
 司はノーンの竪琴を用い、トレント達の協力を仰ぐ。
 そしてウォーデンと共に「解呪薬」を新たに作り出すと、溶けた蝋に垂らした。
「では、ここからはおまじないですよ。心をこめてパートナーの、君達の大切な人の名前を呼んであげて下さい」
 はい、目を瞑って! 司は5人の目を閉じる。

(エリシア、エリシア!)
 陽太は素直にパートナーの名を呼んだ。
「エリシア! もういいですか? 早く戻って来てくださいよ!」
「まったくもう、うるさいですわね! 陽太」
(……え?)
 陽太はそろそろと両目を開ける。
 半信半疑だったが。
 そこには呆れ顔の可愛らしい魔女が陽太を見下ろしていた。
 照れくさそうに笑って。
「でもね、少しは成長しましたわね? 陽太」

 隼人は薄眼を開けて、蝋を眺めていた。
(本当にそんなんで、アイナが元の姿に戻れるのか?)
 現実的な彼に、司の話は寝耳に水だ。
 だが、むくむくと蝋は徐々にだが膨れ上がり……女性の姿を形成する。
 それは見慣れた少女のもので。
「ア、アイナ……ッ!」
 隼人は優しく抱きすくめる。
 腕の中で、蝋は生身のアイナへと変化した。
「よ、良かった……」
 隼人は喜びのあまり、アイナの頬に自分の頬をすりつける。
「これで、問題は俺のルミーナさんだけになった」
「……隼人? 今何て?」
「ん? だから、『俺のルミーナさん』って……」
「おまえなんか、星になってしまえええっ!」
 アイナの怒りの鉄拳が炸裂する。
 そして、隼人は星になったのだった。

 千歳は両眼を閉じ、己の信ずる神に祈っていた。
「この命に変えても! イルマをどうか私の下へ……」
 その台詞は、知らぬうちに言葉になっていたようだ。
「いいえ。命掛けるのは、私の方でございますわ。千歳」
「イ、イルマ……なのか……?」
「はい」
 この凛とした声。
 イルマ以外の何者でもない。
「イルマッ!」
「私が、千歳を残して逝くはずがございませんわ」
 千歳は感極まって、イルマの両手を自分の両手で握る。
「すまない、イルマ。もうこのような酷い目には、2度と会わせない! 私の名にかけて!」
「まあ、千歳。大げさな……」
 ホホホッと勝ち誇ったように笑うその視線の先には、頬を膨らませるリッチェンスと、回復魔法をかけに駆けつける蒼也の姿がある……。
 
 紗月は誰よりも真剣に神頼みしていた。
「どーか、どーか、どーか! シャンバラの神様! てゆーか、誰でもいいから! アヤメを元に戻して下っさい!」
 パンパンッと柏手を打つ。
「そうか、紗月は神を信じるのか?」
 聞きなれた声が耳元に流れてくる。
 紗月の動きが止まった。
「おまえも、おまえを信じてる俺を信じろ。昔のおまえの台詞だろう?」
「アヤメ?」
 ビックリして振り返った紗月は、「幽霊」を見ることになる。
「てゆーか、幽霊じゃねえし、俺」
「あ……アヤメッ!」
 紗月はアヤメに飛びついた。
「紗月、よかったね……」
 涙をぬぐう朔の傍には、蝋人形化を解かれたスカサハの姿がある。
 
 透乃は1人震えながら、銀の飾り鎖を握りしめていた。
「大丈夫だよお……て、司ちゃんも言ってたし。陽子ちゃん戻ってくるから……」
 しかし、その声は半信半疑だ。
「やだよお。陽子ちゃんだけ、戻ってこないなんて!」
 どうしてポジティブシンキングになれないのだろうか?
 透乃は不思議に思う。
「だって、だって! 陽子ちゃんがいなくなるなんて! 考えたことがなかったんだもん!」
「考えなくていいですよ、これから先も」
 透乃は怖々目を開ける。
 目の前に陽子が立っていた。
「自分の身も守れなくてごめんなさい、透乃ちゃん」
「陽子ちゃん!」
 透乃は感極まって、陽子の唇にキスをする。
「あの時、1人にしてごめんね」
 銀の飾り鎖をほどいて、陽子にかける。
「それから、信じてくれてありがとう」
 2人は長い時間抱き合った。
 
 そして、残るはナナ1人だけになった。
「ナナちゃん、ナナちゃん……」
 エルは必死に蝋に呼び掛けた。
「やはり、パートナーでないと駄目なのか?」
「そんなことはないはずですが?」
 司は首を捻る。
「理論上は、人の想いとかは関係ないのですがね?」
「いーや、絶対に想いが足りないだ!」
 菫が口を挟んだ。
 彼女は小次郎、スカサハと共に外に放り出された所為で、火災の難を逃れた。
 災い転じて何とやらで、早蝋人形化を解かれていた。
「『愛してる』とか。『地獄の底まで放さない』とか。そこまで想わなくっちゃ!」
「ええー、ボボボ、ボク、そんなこと言われても!」
「無理ですよー」
 どこかで聞いた声が、菫の背後からした。
「エルさんには、既に心に決めた人がいらっしゃるんでしょ?」
 ひょこっと、顔を出す。
「え? なっ、ナナちゃん?」
「はい、そうみたいです!」
 うふふ、と悪戯っぽく笑って、ナナが現れた。
「御心配おかけしました、申し訳ありません」
「違うってばさあ、ナナ」 
 菫は頬をわざと膨らませる。
 こう言うんだよ! と手本を示す。
 シナを作り。
「お兄ちゃん、あれ、買って」
「……何つーこと伝授してるんだ! 菫ちゃん」
 
 彼らの姿を、微笑ましそうに眺めている小次郎の姿がある――。

 ■
 
 一行は明るい笑いで「迷いの森」を後にした。
 道中、エルが気を抜かずにナナをエスコートしたことは明記しておく。
「しかしあの火事の中、持ち出せたのが『解呪薬の製法』1つとはなあー」
 と。
 司がひっそりと溜め息をついたことも。