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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3
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chapter.7 空の主 


 歩きながらアグリに話を聞いたヨサークは現状を聞き、空峡の危機を知る。
「一刻も早くパラミタに上がんねえと……ここが福島だから、新幹線で上野まで行って、そっから空京に……畜生、急いでも1日はかかっちまうじゃねえか!」
 まだ日は沈んでいないものの、彼の言葉通り今からでは着くのが最短でも翌日の午後、乗り継ぎの時間によっては夜になってしまう。1秒でも早く戻りたいヨサークにとってそれは耐えられない移動時間だった。ヨサークはチッと舌打ちをしながら外への扉を開ける。
「しかも、あいつらも上に行くとなると、席数も考えなきゃいけねえのか……!」
 ヨサークは後ろを振り返る。生徒たちは、ヨサークを追うように部屋から出てくるところだった。ぱらぱらと生徒が外へ集まりだしたその時、視界を奪うような突風が一同を襲った。土ぼこりが舞う中ヨサークは薄目を開ける。
「あ!? お、おいこれ……」
 信じられない、といった様子でヨサークが前に出る。そこにあったのは、いつも乗り回していた自らの飛空艇だった。風を散らしながら飛空艇はヨサークのすぐ目の前に着陸した。自身の船がここに存在することだけで充分驚嘆に値したが、中から飛び出してきた人物は、さらに彼の目を丸くさせた。
「頭領、迎えに来たぜ!」
「お、おめえら……!!」
 言うまでもなくそれは、元団員の面々であった。ヨサークが無事復活していたこと、団員たちが戻ってきたことを彼らは互いに喜び合った。そんな歓喜の声でヨサークが健在だったことを察したアリーセも、船から出てくると大分彼らとは高低差のあるテンションでさらっと挨拶をした。
「無事だったんですね。そう簡単にはやられないと思ってましたよ」
 少し残念ですけど、とその後呟いたその声は、隣にいたリリにしか聞こえていないようだった。
「アリーセ殿、そんなに船がほしかったでありますね……」
 リリのぼやきを無視するように、くい、と船を指してアリーセは言葉を告げた。
「整備は完璧に済ませてますから、いつでもいけますよ、ヨサークさん。ここからは任せました」
 それだけを言い、アリーセは眠たそうに船の中へ戻っていった。どうやらまだ睡眠が足りていなかったようだ。
 ヨサークは船を触り感触を確かめた後、元団員――いや、ここに集った以上もう立派な団員へと戻った彼らに早速指示を出す。
「よしおめえら、積もる話は後だ! まずはこの船で一気に空に上がんぞこらあ!」
 嬉々として船に乗ろうとするヨサーク。だが、思わぬところからそれを止める声がかかった。それは、ヨサークが本当に自信を取り戻したのか真実を確かめようとした総司だった。
「おいオッサン、ちょっと待ちな。これから空で行われるのは、命を懸けた決戦だ。アンタにその覚悟はあるのか?」
「……あぁ? あたりめえだろ!」
「ならその覚悟、見せてもらおうか。勝負だヨサーク。麻雀でな!」
「あ?」
 ヨサークだけでなく、その場にいた全員が首を傾げた。この状況で、なぜ麻雀なのか、と。そもそもなんで勝負する必要があるのか、と。そんな周りの「雰囲気読めよ」的な視線を物ともせず、総司はひとりでマットと牌を取り出し、準備を始める。
「メンツがあとふたりいるな……椿さん、来てくれ!」
「せ、拙者でござるか!?」
「あとは……」
 総司が生徒を見渡していると、ひとりの老人が名乗りを上げた。
「わしが打つ。麻雀と聞いては黙っておれん」
 梓のパートナー、ディだった。よく分からないが、彼も麻雀がしたかったらしい。なし崩し的にメンツが決まり、総司は強引にヨサークを卓につかせた。
「勝負は一局のみ。オレとオッサンのサシウマだ。オレが勝ったら覚悟が足りないってことでビンタでも食らってから船に乗ってもらう。オレが負けたら、どこにでも行きな。オレは一緒に船に乗ってそれを見届けてやる」
「何よく分かんねえ話してやがんだ。そもそも俺は麻雀なんてたいして知らねえぞ」
「開局前に降参か? もうサイは振られてるんだぜ」
 総司が勝手に対局を始めた。各々が配牌を取り、手牌に目を向ける。総司の手に、三元牌が2枚ずつあった。すかさず彼は下家の薫にサインを送る。ふたりはコンビ打ちだった。互いの手が卓下に伸びる。素早く牌をすり替え、総司の手牌に白と中が加わった。
「さあ早く切れよヨサーク、アンタが親だ」
 大三元目前の総司が、ヨサークを急かす。しかしヨサークは、少し考えた後バタリと手牌を倒してしまった。
「おい、切るもんがねえぞ」
「なにっ……まさか!?」
 そこには、きちんと4面子と頭が揃っているヨサークの手牌があった。総司は一瞬驚いた後、くつくつと笑みを零した。
「天和……ね。よっぽど天がアンタを求めてるんだろうよ。変に水差して悪かったな。早く船に乗りな」
「あ、待つでござるヨサーク殿! 乗る前にこれを!」
 薫がそう言ってヨサークに渡したのは、蒼空学園の制服と薫がつけていたお面だった。おそらく飛空艇が届かなかった場合に備えて変装用に準備したものと思われるが、船が無事運ばれてきたため残念ながらこの道具が日の目を見ることはなさそうだった。それでもせっかくだから、という気持ちで薫はヨサークに渡さずにはいられなかった。
 何がしたいんだこいつらは。そんな疑問が浮かんだが、ヨサークはとりあえず余計なことは考えずに、船へと乗り込もうとする。その直前。
「おっと、どうやら間に合ったみたいだね」
 ヨサークに駆け寄る男がひとり。駿真のパートナー、セイニーだった。鍋を抱えた彼はその鍋をヨサークに手渡す。
「移動中にお腹が減ってはいけないし、せっかくまた空賊団がひとつになれたんだ。同じ釜の飯を食べたいんじゃないかな? よかったら、船内で食べてほしい」
「お、おう、すまねえな」
 どうやらセイニーはこんな時のためにと、皆で食べられるものは何かとずっと考え、用意していたらしい。鍋を受け取ったヨサークは、今度こそ船へと乗り込んだ。
「こっちの方が小さい分人数は限られるけど小回りは利くし、ある程度素早く飛ぶことも出来るけど誰かこっちには乗らないの?」
 隣では、ヘイリーが運転する飛空艇「オクヴァー号」が飛ぶ準備を始めている。小型飛空艇を持つ数名の生徒がこちらに移り、全ての準備が整った。
「よし、ゴタゴタはあったけどいよいよ離陸すんぞおめえら! 目的地はツァンダだ!」
 飛空艇が再び風を起こし、高度を上げていった。



 夜も深まってきた、ツァンダ近郊。
 新たに町をひとつ制圧し終えたザクロ大空賊団の魔手はいよいよツァンダに、そこにいるミルザムのところに伸びようとしていた。おそらく到着まであと5、6時間もかからないだろう。30隻近い船の群れは小さな町に停泊し、深夜の出立に向けて小休止を取っていた。そんな一団の、否、正確にはザクロの下に箒と小型飛空艇に乗ったふたりの生徒が向かってくる。
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は、そのまま真っ直ぐザクロの近くまで来ると地面に足をつけた。突っかかっていこうとする周りの空賊たちを手で止め、前へと歩み出たザクロに遙遠が話しかけた。
「お久しぶりですね、ザクロさん」
 以前にも酒場で接触し、助力を願い出たことのある彼は涼しい笑みを浮かべて言う。
「やっぱり面白いことをしでかしてくれてるじゃないですか。この際使ってくれとはもう言いませんから、せめてそばで見届けさせてくれませんか? 邪魔になるようなことはしませんよ」
 その後に続くように、垂も付き添いを志願する。
「俺も一緒に参加させてくれよ、面白そうだ」
 どうやら彼女は、テレビに映ったザクロを見て何かを感じ取ったらしかった。そんなふたりをザクロは口元を緩めながら、しかし冷たい目で見て言った。
「そんなにそばにいたいのかい? ならその望み、叶えてやろうじゃないか」
 ザクロは周囲の空賊に目配せをする。遙遠と垂が危機を察知した時には、既にふたりの周りを多くの空賊が取り囲んでいた。その中心にいるふたりのところにゆっくりと足を進め、ザクロは笑う。
「大方、味方になる振りして潜入しようってとこだろう? あたしは生憎他人を信じない性質でねえ。あんたら、そのへんの船にでもこの子らを閉じ込めときな」
 ザクロの指示に従い、空賊たちはふたりを船へと連行しようとする。この状況で歯向かっても無駄な抵抗と悟ったふたりは、黙って捕まることを選んだ。
「ツァンダにはお利口な生徒さんたちがいっぱいいるんだろう? いい手土産が出来たねえ」
 盾か、人質としてか。見せしめとしてか。捕らえたふたりをどう使おうかザクロは愉快そうに考えを巡らせた。しかしこの時ザクロには、ふたつの誤算があった。ひとつは、遙遠と垂がザクロのそばに、空賊団の輪の中にいれさえすればいいと思っていたこと。従って、捕まっているという状況であれど一団の船内に入れたこと自体はマイナスではなかった。そしてもうひとつは、彼らがひと悶着を起こしている間に、ザクロ船団の中の一隻に侵入者が入り込んでいたということだった。その数、5名。遙遠と垂を含めたこの7名が後に戦局に変化をもたらすことを、まだ誰も知らない。



 辺りを覆う暗闇に紛れるように、不穏な空気をまといながら船の群れが進む。
 ザクロ空賊団はツァンダに向け、陣形を保ったまま直進していた。母船となるザクロの船を囲むように、上下左右を護衛戦艦が固めている。遙遠と垂はそのうちの一隻、ザクロの上に位置する船に収容されている。そして偶然か狙ったものか、5名の侵入者もこの同じ船に忍び込んでいた。そのうちのひとり、閃崎 静麻(せんざき・しずま)はザクロに惚れた一技師としてさりげなく空賊に紛れ込んでいる。ザクロがいくら鋭くても、彼女の部下全員が用心深いわけではないという彼の判断は当たっていた。
「それにしても、ザクロの動きがこんなに早いとはな」
 船内を目立たぬよう自然に歩きながら、静麻はぽつりと呟いた。彼はカシウナの襲撃時も船に乗り込み、ある噂を流していた。それは、ヨサークに良からぬ風説を立て大空賊団の分解を狙うものだった。が、彼の想像よりも早くザクロがヨサークを切り捨てたため、静麻は軌道修正を図ろうと再び潜入し、流言を用いる策に出たのだった。以前は、ヨサークへ不信感を募らせるデマだったが今回の対象は彼ではない。ターゲットは、この船にいる空賊全てだった。
「うまくハマって、疑心暗鬼に陥ってくれればいいが……」
 と、そこに彼のパートナーである服部 保長(はっとり・やすなが)が音を立てずに現れた。
「保長か、そっちはどうだ?」
「うむ、きちんと数日前に配した偽の親書に手を加えて来たでござる。今回は時間もあまりないゆえ、途中でわざと分かりやすい場所に残しておいたでござるよ」
 保長もまた、静麻同様にある策を以前から張り巡らせていた。それは、配下の空賊の下へ偽の親書を届けるというものだ。ツァンダと内通している旨の内容が書かれたそれはヨサークが目にすれば、互いに不信感を募らせてしまうような文書である。しかしヨサークに成り代わりザクロが頭となった今、方向転換を余儀なくされ保長は文面をいじり再度親書を船内へと忍ばせた。
「この前は確か、『ヨサークから白虎牙を奪い、ツァンダ家に渡せばタシガン空峡やその周辺の領主として認める』といった書面だったな。不自然のないようちゃんとすり替えられたのか?」
 静麻の確認に、保長は自信満々に答える。
「ばっちりでござる。ここからが楽しみでござるよ」
 その時、ポン、とふたりの肩を後ろから神曲 プルガトーリオ(しんきょく・ぷるがとーりお)が叩いた。思わずびくっと振るわせた静麻たちは後ろを振り向き、そこにいたのが自分のパートナーだと分かるとほっと息をついた。
「リオか……驚かすなよ」
「私がいない間に、なーに静麻君は長保といいことしてたわけ?」
 じとっ、とプルガトーリオが静麻を見つめる。楽しそうなことには首を突っ込みたがる彼女は、ふたりが数日前からこそこそと動いていたことに少しへそを曲げているようだった。
「リオはこういうことに向いてないと思ってだな……」
「それは偏見ってものよ? あたしだって、ちゃんとやることやってきたんだから」
 その言葉の意味を問う静麻に、彼女は明るい顔で答えた。
「過激な炎使いさんのとこに行って、ちょっとイタズラしてきたの。彼きっと、この後面白く踊ってくれるはずよ。味方から銃の喝采を浴びそうなくらい、ね」
 どうやら、彼女は彼女でどこかの空賊に何か裏切りを連想させるような罠を仕掛けてきたようだった。こうして保長とプルガトーリオらによって蜘蛛の糸のごとく仕掛けが張り巡らされたことを確認した静麻は、さらにその糸を強固なものにするべく空賊たちのいるところに足を向けた。

 彼らがひそひそと会話をしている頃、船内にいたひとりの空賊が見慣れない手紙が管制室に置かれていることに気付く。空賊は不審そうにそれを手に取ると、中身を広げ目を走らせた。
「『ザクロの寝首をかき、白虎牙をツァンダ家にもたらせば以前約束した以上の恩賞を与える』……なんだ、これは?」
 手紙を懐にしまうと、空賊はすぐさま管制室を出て通信室へと向かった。
「船員に告ぐ、船内に不審な親書を発見、内通者の疑いあり。繰り返す、船内に不審な親書を発見、内通者の疑いあり!」
 船内のスピーカーから流れるその言葉に、船員たちがざわつく。
「なんだ? こんな時に……!」
「そういえばさっき俺も、長い黒髪を後ろで結った男から変な噂を聞いたぞ。こないだヨサークに関する変な噂が流れたろ? 地盤固めを終えたら俺らを処罰するとか何とか言う話。アレって、なんかツァンダ家と繋がってるヤツが流したデマだとか何とかって噂をよ」
「てことは、やっぱり内通者はこの船内に……?」
 無意識のうちに互いが互いと距離を置き、不穏な空気が漂い始める船内。それは、到底ツァンダ襲撃を目前に控えた者たちの雰囲気とは思えないものだった。しかし護衛戦艦内部でそんなことが起きているとは知る由もなく、ザクロの船を含めたその他の船団はツァンダへと到着する。時刻は5時37分、空はもう白み始めていた。
「いよいよ着いたねえ……さあ、邪魔な女王候補さんを始末させてもらうよ」
 扇を手にしたザクロが、妖しくツァンダの街を見下ろす。と、船団を待ち構えていたかのようなタイミングでそこから小型飛空艇の群れと中型の飛空艇数隻が姿を現す。中型飛空艇のうち一隻には、「オクヴァー号」と書いてあった。同時に、純潔を思わせるように白く塗装された大型飛空艇が一隻、小型飛空艇に囲まれるように船団の前に浮かび上がる。それは、ユーフォリアらが生徒たちと共に戦艦島から掘り起こした古代戦艦、「ルミナスヴァルキリー」の勇姿だった。
「待ち構えて迎え撃とうってのは立派だねえ。けど、たかだか数隻の船と蝿みたいな飛空艇の集まりでこの数相手にどうにかしようってのは、随分と貧弱な姿勢じゃないのかい?」
 ザクロが無線で周囲の戦艦に指示を出すと、それを受けた数隻の戦艦から轟音と共に砲撃が放たれる。爆煙に埋められた空は、一瞬にして焦げ付いた。爆ぜた砲撃の後から湧き出るように、空に煙を描きながらいくつもの船が、ルミナスヴァルキリーが自軍に向かって飛来してくる。元より最初の爆撃は威嚇。これだけで船を沈めたとは思っていなかったザクロは、高々と無線へ声を通らせた。
「あたしの上を飛ぶことは許されないって、教えてあげるよ」