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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3
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chapter.5 蜜楽酒家に鐘の音を 空賊にかつての心を(2) 


 音が酒場を埋める1時間ほど前。
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)は物怖じすることなく堂々とひとり酒場へ入っていった。酒場がガヤついているのは以前と同じだが、その雰囲気がどこか粗暴な様相を呈しているのを彼は感じる。
「俺が離れてる間に、随分荒れてしまったようだな……」
 マダムに住まいの斡旋を願い出て、酒場にある従業員スペースの一角を借りていたレンにとってそれは、自身の居場所を踏み荒らされたような感覚に近いものがあった。
「だが、荒んだ心でもまったく通じ合うことが出来ないわけじゃない」
 レンはパシ、と拳を軽く鳴らし、店の奥へと進んでいった。
 周りにある程度の数の空賊がいることを確認したレンは、すうっと息を吐く。直後、彼が放った一言で場は一気に騒然となった。
「お前たち、いくら強いからって女の下に付いて恥ずかしくないのか!?」
 突如売られた喧嘩に、空賊たちはざわつき、張本人であるレンを取り囲む。
「あぁ? なんだお前」
「よくこの場所でそんなことが言えたな」
 むなぐらを掴まれるレンだったが、怯む様子もなく言葉を続ける。
「空に生きる男が、その空をいつから他人に売り渡すようになった? 空に上がった時の気持ちはどこにいった?」
 そしてレンは、とどめとばかりに棘のある言葉を放った。
「今のお前たちは、地べたを這い回る犬と同じだ!」
 空賊たちの頭から、糸が切れた音が次々と聞こえた。同時に、いくつもの拳がレンに襲いかかる。レンはそれを避けようともせず、正面からぶつかり合った。次第にその混乱はレンを中心として拡大し、1階は部分的にちょっとした乱闘騒ぎに発展してしまった。飛び交う拳の中で、レンの顔には心なしか笑みにも似た表情が浮かんでいるようにも思えた。
 これでいい。それはまるで、彼がそう言っているかのようだった。事実、レンは自分が思い描いた展開になったと思っていた。
 喉から出す言葉だけでは届かない場合もある。男の言葉とは、拳を使った命懸けのものだろう。だから、好きなだけ暴れたらいい。そして余計なものを取っ払った頭で、気持ちを確かめればいい。レンもまた、体を張って空賊たちに訴えかけようとしていたのだ。
「このグラサン野郎が!」
 バキッとレンの頬を、空賊の拳が襲う。レンはぶっ、と血を吐き捨てると、勢い良く空賊を殴り返して声高に呼びかける。
「思い出せ! 空に生きる者の誇りを! 乗りたい風を起こすのは、いつも自分自身だったことを!!」
 その真っ直ぐな訴えに、空賊たちの動きが一瞬止まった。
 同時に、レンのパートナーであるメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が店内に入り、レンのそばへと走りよってくる。
「外から様子を見ていました。どうやら頃合いのようです」
何かのタイミングを計っていたらしいメティスは、不意に近くの窓ガラスを割った。ガシャンという音と共に外から風が入り込んでくる。その風に誘われるように窓の方に目を向けた空賊たちが目にしたのは、まだ暗さを見せない空に浮かぶ彼のもうひとりのパートナー、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)の姿だった。
「な、なんだ? あの子供は……」

 1階で乱闘騒ぎが起きている頃、ひとつ上の2階では七瀬 歩(ななせ・あゆむ)「伏撃」のソルトと向かい合っていた。
「俺に用があるなら早く言え。ないなら、国へ……」
「国へ帰るんだな、お前にも家族がいるだろう、ですよね?」
 ソルトの言葉を奪うように、歩が続きを当てた。
「えへへ、前にも言われたから憶えてますよ。もちろんソルトさんだけじゃなくて、他の空賊のみんなのことも」
 蜜楽酒家でアルバイトをしていた歩は、今まで多くの空賊と触れ合ってきた。多くの時間を蜜楽酒家で過ごしてきた。彼女は、この場所が大好きだったのだ。だからこそ、いつもと違う今のこの酒場をどうにか変えたかった。
 そんな彼女が見つけたのが、ひとつの空賊団を治めていたソルトであった。影響力のある人を説得出来れば、他の人たちも楽しかったあの時に戻ってくれるかもしれない。そう思った歩は居ても立ってもいられず、ソルトの元へ足を進ませたのだった。
「あたしの故郷は日本です。でも、あたしにとってはここも大切な、第二の故郷なんです!」
 歩は普段の緩い雰囲気からは想像も出来ない真剣な表情でソルトに言う。
「たしかに荒っぽい人も多いし、怖そうな人とかもいたけど……それでも、優しくあたしを受け入れてくれたここが好きなんです。ソルトさんや他の人たちだって、この場所に対する思いは一緒なはずです!」
 ソルトはクシで金髪を逆立てながら、黙って歩の言葉を聞いていた。
「だから……あたしに帰れって言うんならソルトさんたちだって帰らなくちゃいけないんです!!」
 彼女がソルトに示そうとしたのは、おそらく心の場所。歩はモップを構え、凛々しい声で告げる。
「それがダメなら、力尽くでも帰ってきてもらいます!」
 戦う姿勢を見せる歩を、パートナーの七瀬 巡(ななせ・めぐる)は付かず離れずの距離から珍しそうに見ていた。
「あれ? ねーちゃん説得しに行くって言ってたような……ねーちゃんも戦う時あるんだー」
 歩に付いて回る形でここに来た巡は、てっきり酒場を溜まり場にしている悪者を追い払うために来たのだと思っていた。が、歩が説得をするのだと知ると、自身の役目を決め直した。倒すことではなく、守ること。
「……でも、手助けはいらないって言われちゃったしなー。むー、ボク何のために来たんだろ」
 やや手持ち無沙汰になってしまった巡は、仕方なくふたりの勝負に邪魔が入らぬよう周囲に気を配ることにした。そんな巡をよそに、歩は先手を繰り出す。彼女が取り出したのは、勝負の前に作り置きしておいた謎料理だ。材料もよく分からず、匂いからも味が想像出来ないこの不可解な食べ物を、歩はソルトの前に置いた。
「万全の状態で勝負したいんです。だから、それを食べてからがスタートです」
「……」
 もちろん、そんな怪しいものを勝負前に食べる愚か者はいない。ソルトは料理を無視し、すっとしゃがみ込んだ。これが彼の得意戦法、「待ちソルト」であり彼が「伏撃」の異名を持つ由縁である。ひたすら相手の攻め気を誘い、飛び込んできたところにカウンターを食らわせるのだ。
「どうした、かかって来い」
 が、彼もまたある読み違えをしていた。それは、歩が酒場の空賊とたくさん接してきたということである。その過程で様々な情報を得た彼女は、ソルトの戦術についても事前に知っていたのだ。歩は迎撃されるのを避けるため、光学迷彩を発動させた。一瞬のうちにその姿が消え、ソルトは意表を突かれる。そして歩だけに注意を向けていたソルトは、謎料理が目の前からなくなっていることに気付かなかった。
「っ!?」
 ソルトがすぐ近くに気配を感じた時、既に歩はソルトの後ろに回り込んでいた。ソルトの背後から伸びた彼女の手が、彼の口に謎料理を放り込む。思わず飲み込んだソルトは、異物でも胃に入れてしまったかのように腹を押さえだした。これ以上の勝機はない。歩は確信し、モップを振りかぶる。
「ま、待つんだ、お前にもかぞ……」
 ソルトの視界が暗転した。
 数十分後、酒場中に大きな音が鳴り響き彼は目を覚ます。それは、同じ2階のバルコニー方面から聞こえてくる鐘の音だった。
「これは……空賊の大号令……」
 そう、酒場に轟いた低音の正体は、昔大号令の時に使われた大鐘であった。歩の言葉と鐘の音に揺さぶられた脳は、彼の腕にある命令を与えた。ソルトの手が、ぎゅっと歩の手を握る。
「これは、感謝の握手だ。お前が俺を、戻してくれた」
 手のひらに感じる温かさに自然と笑顔になった歩が、明るい声で言った。
「お帰りなさい、ご注文はいかがなさいますか?」
「ふっ、その手に持ってる謎の料理以外を頼もうか、ウエイトレスさん」
 つられるように、ソルトの顔にもシワが増えた。

 一方、1階では。
 突如窓の外に現れた少女の姿に、空賊たちは目を奪われていた。隙を窺っていたメティスはその空白を利用し、メモリープロジェクターを起動させる。プロジェクターが映し出したのは、どこかの教会の映像。空にその映像が映されると同時に、すぐ近くからごうん、と大鐘の音が響いてくる。教会を背景に舞い降りる少女――ノアはアイテムにより翼を生やしており、ここが酒場とは思えぬほど神秘的な光景を生み出していた。さらにノアは、この空気でなければ恥ずかしくてとても言えないだろうポエムを朗読し始めた。
「駆け抜ける風のように。届かない声のように。夏の日の陽炎のように。帰らない歌のように。空に生きる輩よ、古の約束を果たす時がきた」
 おお……と空賊たちが見惚れ声を上げる。中には「聖女だ、聖女が来た」と錯乱気味に叫ぶ者もいた。わざわざ教会の映像を映し、雰囲気を出しただけはある。ノアは気分を良くしたのか、さらにポエムを披露する。
「空に生き、空に死すことを約束し、今を生き、その先に広がる未来を信じた強者たちよ。汝らを縛る者はない。あるのは同じ風に乗ろうとする友との絆のみ。恐れるな。流れる星を呼び寄せて、我らは歌を謡うのだ」
 沸き起こる聖女コール。もちろんこの演出のお陰でもあるが、一番は彼女のスキル「驚きの歌」によるものだった。
「たとえこの命が散ったとしても、我らの血潮は風に乗り、この空を包むだろう。我らはこの空の風となるのだ」
 歌い終えたノアがふわり、と窓から酒場の中へと降り立つ。同時に拍手喝采が鳴り響き、さっきまでの暴動が嘘のように場は一体感に包まれた。その様子を見たレンは満足気に呟く。
「無事鐘も鳴り、空賊たちの心にも風が起こった。これで安心して発てるな……」
 そして、周りの空賊たちは酒場を後にした。



 大きく、低く鳴る鐘の音で、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は目を覚ました。アリーセがいるのは酒場付近の船着き場にあるヨサークの船、その船橋部分であった。
「ん……寝てしまってたみたいですね」
「アリーセ殿! いくら起こしても起きないから大変だったのであります……!」
 パートナーのリリ マル(りり・まる)が慌てて言う。数日前に乗船して以来、ただひたすらアリーセは船の整備や掃除をしていた。カシウナ侵攻前から続けていたことも考えると、ゆうに100時間はこの作業を続けていたのだ。深い眠りに落ちるのも無理はない。あくびを噛み殺し、アリーセが問う。
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
「これを見るであります!」
 リリはメモリープロジェクターでシャンバラの地図を映し出す。たちまち緑色をした立体スクリーンのように地図が投影された。
「おお……」
 眠気が吹き飛んだかのようにその光景に見惚れるアリーセ。
「感動してる場合ではないであります! 今空峡が、ツァンダが危険なのであります!」
 リリはアリーセを注意しつつ、現在の状況を説明する。一通り聞き終えたアリーセは、特に顔色を変えずに言ってのけた。
「……まあ、大丈夫でしょう。ご覧の通り、船の整備は完璧です。ヨサークさんが戻ってき次第、すぐにでも決戦に行けますよ」
「そ、それはヨサーク殿が目を覚ました場合で、もしこのまま戻って来なかったら……!」
「それはそれで、この船の所有権を……いえ、何でもありません。第一、いくら私たちが焦ったところで、ヨサークさんが地上にいる以上ここからではどうすることも出来ないでしょう? 人手がなければ船も動かせないですし」
「う……確かにそうでありますが……」
 リリが言葉に詰まった時だった。
「良かった……まだ船は生きてたのね!」
 突然、船に向かって女性の声がした。不思議に思ったアリーセが下を覗くと、そこにはカシウナから脱出してきたリネンとヘイリーがいた。
「何です?」
 アリーセの当然の疑問に、ヘイリーが答える。
「決戦に備えて、船を調達しに来たの! 一隻でも多くの船が必要だから。酒場あたりはザクロ軍に占領されてるって聞いてたから船の奪還は難しいと思ってたけど……見張りも警備もいないのは好都合ね。何があったか知らないけど、今がチャンスよ!」
「それは、この船に持ち主が戻るのを待つんじゃなくて、この船をここから動かすということですよね?」
 早口気味に告げるヘイリーに、アリーセが冷静に返した。
「けれど、ここにいるのは全部で3人。ましてや操縦士もいません。どうやって船を?」
「それは……」
 ヘイリーが困った表情を浮かべると、彼女の後ろから声がかかった。
「俺らが、船を動かす」
 バッ、とヘイリーが振り向く。そこに立っていたのは、操縦士をしていた元団員、レッタスだった。彼の横には、ネギーやカーボスなど他の元団員も並んでいる。
「さすがにこう何度も尻を叩かれては、足も動くさ。それにさっき聞こえたのは大号令の大鐘だろ? この音を聞いたからには、お頭を迎えに行かないわけにはいかねえだろう」
 生徒たちの度重なる説得が、鐘の音が、空を脅かす今の状況が、彼らを動かした。レッタスたちは急ぎ船に乗り込む。それですぐに、船の整備が行き届いていることを視認した。
「これは……嬢ちゃんがやったのか?」
「ええ、まあ」
 心なしか、がっかりした様子でアリーセが答えた。リリはそんな相方に気付いていたが、気のせいだと信じ元団員たちを歓迎した。
「これで、船が動くでありますな!」
「どうやら無事、持ち主のところに着きそうね。持ち主が目を覚ましているかどうかは知らないけど。そうだ、出来れば他にも船があれば……」
 ヘイリーが安堵の表情を浮かべ、周りに目を向ける。すると、ヨサークの船よりも小さい、そこまで大人数でなくても動かせそうな飛空艇が目に入った。船には白い文字で「オクヴァー号」と書かれている。
「誰の船か分からないけど、あまり使ってなさそうな船ね。リネン、ちょっとだけこれを借りることにするよ」
「そ、それって窃盗……」
「きっと廃棄船よ、こんな古そうなの! それに大事の前の小事って奴よ!」
 リネンの制止も聞かず、ヘイリーはその船へと乗り込んでいった。一応中は一通りの設備があるらしく、無線も使用出来た。
『嬢ちゃんたちも、一緒に来るのかい?』
 ヨサークの船から、無線を通して声が聞こえる。二つ返事で返したヘイリーに、声は驚くべきことを告げる。
『時間もあんまりねえから、飛空艇を垂直に落下させて地上ギリギリの高度で飛ばし直すぞ。大丈夫か?』
 えっ、と声を漏らしたリネンをよそに、ヘイリーは勇ましい返事をする。
「望むところよ!」
『元気な嬢ちゃんだ。よし、じゃあお頭のとこに行くぞ!!』
 そして、2隻の飛空艇は船着き場から発進すると、すぐさま動力をオフにした。途端に、墜落したかのような速度で飛空艇が地上へ向けまっ逆さまに落ちていく。
ヨサークは目を覚ましているのか。もう一度自分たちを受け入れてくれるのか。今、その問いに答える術を彼らは持たない。しかし閃光のようなスピードで急降下する船が、全てを頭から取り払った。ヨサークに会いたい。自分たちが持つ感情はそれだけで充分なのだと、加速を続ける船が示していた。