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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3
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リアクション


chapter.9 アッパーホリゾントライト・メイド・サンシャイン 


 日の光が甲板に降り注ぐ。
 ハルバードを構え一気に滑空するフリューネは、その速度を刃に乗せ一気にハルバードを振り抜く。だがその瞬間、ザクロの姿は幻のように消えた。それと同時に強烈な衝撃がフリューネを襲った。ペガサスの上から弾き飛ばされ、甲板を跳ねるように転がる。
「くっ……これが白虎牙の力……!」
 すぐに体勢を立て直すフリューネだが、超高速移動を続けるザクロを追うことが出来ない。
「どうしたんだい、フリューネ。あんたも空賊と変わらないねえ、威勢ばっかりよくて、力がない」
「ザクロ……ひとつ聞いてもいいかしら?」
「冥土の土産って奴かい? いいねえ、そういうお遊びは好きだよ」
 声は遠くから聞こえる気もするし、耳元で聞こえる気もする。正確な位置は掴めない。
「3年も過ごした蜜楽酒家を裏切ってまで、どうしてこんなことをしたの……?」
「時間なんてなんの意味も持たないさ。ただ、あたしのすることに都合が良かったから利用したまでだよ。噂を流し、空賊たちに女王器を探させる……まあ、余計な子猫が紛れ込んだのは誤算だったけど、概ね上手くいったよ」
「マダムを騙していたことをなんとも思わないの!?」
「くだらないねぇ……でもフリューネ、あんたに礼を言っておくよ。あんたが白虎牙を見つけてくれたんだからね」
 周囲を漂う殺気が、急に密度を増した。
「さて、充分だろ。死出の旅路に持っていく土産なんだ、欲張っちゃいけないさね」
 フリューネはまがまがしい風に抱かれ、体を震わせた。死の匂いが、一瞬フリューネの近くを通る。
 その時だった。
 ルミナスヴァルキリーに負けず劣らずの大型飛空艇が、陣形を整え直していたザクロの護衛戦艦の真っ只中にダイブしていった。飛空艇はそのまま直進し戦艦群を通過し、囲みを脱出したところで一時停止した。直後、中から数十機の小型飛空艇がまっしぐらにザクロへと飛んでいく。
「なんだい、次から次に……?」
「アレは……!」
 ザクロとフリューネが同時に小型飛空艇の群れに目を向ける。その中心にいたのは、紛れもないヨサークの姿だった。
「ぶっ耕すぞ、こらあ!!」
ヨサークは一際速度を上げると、強引に船の甲板に着陸させた。機体が擦れるか否かのタイミングで飛び降りた彼は、そのままの勢いでザクロに鉈で切りかかった。
「まさか、この空から生身で落とされて生きてるとはねえ。でもまた戻って来ちまってよかったのかい? 次に落とすのは、体だけじゃ済まないよ」
 扇で鉈を受け止めつつ、ザクロが警告を告げる。しかしヨサークの心は、もう揺れなかった。
「なんてことはねえ、ただの二毛作だろうが!」
「意味分かんないけど……ヨサーク、そのまま!」
 翼を広げて距離を詰めたフリューネは、ザクロの背後からハルバードを振り下ろす。
「やれやれ……忙しない連中だ」
 星扇を開き、その場で舞を舞うように旋回した。
 螺旋を描く深紅の閃光が、ヨサークの鉈を弾き飛ばし、フリューネのハルバードを受け流した。
「な……っ!」
 フリューネは思わずヨサークを睨みつける。
「ちょっと何やってんの、ちゃんと押さえておきなさいよ! そのままって言ったでしょうが!」
「ああ!? なんでおめえがしゃしゃり出てくんだ、ここはヨサーク空賊団の畑だ、すっ込んでろ!」
 ふたりは歪み合うものの、すぐにザクロに向き直った。
「……って、言ってる場合じゃねぇか、クソメス」
「あんたにしては気付くのが早いわね。それについては、私も同じ意見よ、田舎モン」
 ふたりは顔を見合わせ、足並みを揃えてザクロに斬り掛かる。
「ふたりがかりなら、勝てるってかい……ちゃんと地獄を見せてやらないと分からないのかねぇ」
 ザクロの宣言通り、希有な連携を見せたフリューネとヨサークの攻撃も通用しなかった。
 そもそも病み上がりの体では無理があったのか、それともザクロの力が強大すぎるのか、劣勢へと追いやられていくヨサークとフリューネ。そこに、少し遅れてヨサークと共に来た生徒たちが甲板に降り立った。
「出番交代だ、ヨサーク!」
「これが私たちからのお礼だよ!」
 先陣を切ってザクロと対峙したのは、国頭 武尊(くにがみ・たける)如月 玲奈(きさらぎ・れいな)だった。しかし、その対決に水を差すべく船内から空賊たちが溢れ出てくる。
「ふ、船の中にまだこんなにいたの!?」
 これではザクロとの勝負どころではない。玲奈が空賊たちのところに足を向けようとする。が、それより早く彼らの元へ駆け抜けていったのは高月 芳樹(たかつき・よしき)アン・ボニー(あん・ぼにー)港町 カシウナ(みなとまち・かしうな)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の4人だった。
「こっちは任せてくれ! 僕たちが花道をつくる!」
 ライトブレードを手に勇ましい声を上げた芳樹が、空賊に切りかかっていく。白虎牙を手にした十二星華の彼女を倒すには、一致団結することが必要不可欠。それを肌で感じていた芳樹は、自らサポート役へと回った。今背中の向こうにいる彼らなら勝てると信じて。
「はっ!」
 ライトブレードから放たれた爆炎波が、空賊に襲いかかる。剣から相手の服へと燃え移った炎は直後に爆ぜ、空賊を丸焼きにした。
「まだまだ!」
 芳樹は軽快な身のこなしで、近付く空賊たちを次々と炎で包んでいった。
「野郎、よくも仲間を!」
「仲間、か……君たちの口からそんな言葉が出てくるのはちょっと意外だね。でも、仲間なら僕にだっている! その仲間が花道を歩けるようにするのが、僕の役目だ!」
 たとえ有象無象の空賊といえど、ザクロの配下の者。少しでも気を抜き、手加減すればやられるのは自分だと芳樹は剣を交えながら思っていた。それでなくても目の前に広がる空賊の数は2桁を超えているのだ。体力の続く限り、戦うしかない。芳樹は、ただひたすらに剣を振るい続けた。
「なかなかいいこと言うじゃないか! その道、あたしもつくらせてもらうよ!」
 芳樹の言葉をそばで聞いていたアンは、不敵に笑うと右手にハンドガン、左手に短刀を携えそれを一回転させた。
「カリブの海賊の魔技、見せようか!」
 前傾姿勢だったアンはそのまま重心を前に傾けると、空賊の足元へと飛び込むように前転した。
「……ってぇ!」
 体を転がしつつ放ったハンドガンは、正確に空賊の足の甲を打ち抜いた。それを確認する間も惜しむかのようにアンは銃をしまい、空いた右手を地面について体を支えた。ぐっとバネのように腕を縮めると、そのまま反動を活かし足を苦しそうに押さえている空賊をひょいと飛び越えた。空賊の背後に着地したアンは、今度は全身をバネにしようと腰を深く落とす。足の裏から伝わってくる船の微妙な揺れが、アンの気分を高揚させた。
「船と共に戦うのが、海賊流さ!」
 左手に持った短刀がギラリと逆光を浴びて光る。船上だろうと影響を感じさせない、むしろ船上でこそ本来の力を発揮しているようなその跳躍力は、まさしくカリブの海賊の名にふさわしかった。刃が、空賊の胸に勢い良く刺さった。
 そのすぐ横では、ベアトリーチェがおとなしそうな外見とは裏腹にライトニングブラストで空賊を感電させていた。
「後で邪魔が入ってしまわないよう、今のうち動けなくなってもらいます!」
 彼女はどうやら、自分の契約者が後ほどザクロに戦いを挑む際、ザクロ以外の敵に阻まれることを危惧していたようだった。
「このアマ!」
 力で強引に押し倒そうとする空賊の体当たりをひらりとかわし、ベアトリーチェは再び空賊を痺れさせる。その動きは、後のことなどまるで考えていないような加減のなさだった。
「私が、サポートしてみせます!」
 汗を流す彼女、そして芳樹やアンたちといつでも連携を取れるような距離ではカシウナがヌンチャクで3人のフォローをしていた。
「数的に分が悪い! みんな、しっかり連携を取って敵に当たって!」
 ヌンチャクを振り回しつつも、仲間たちへの叱咤激励は欠かさない。襲い来る斬撃をすんでのところでよけながら、時にはヌンチャクで受け止めながら彼女は思い起こす。数日前、その街の地祇であるにも関わらずカシウナを守れなかったことを。
「今度こそ、守るのだもの!」
 刀を押し返し、カシウナが真っ直ぐな声で叫ぶ。芳樹やアン、カシウナが空賊たちを押しとどめていることにより、他の生徒たちはザクロとの勝負に集中して臨むことが出来た。

「ザクロ……許さない。オレはてめぇをどんなことがあっても許さないぞ」
 武尊は両手にハンドガンを構え、今にも乱射しそうなオーラを漂わせていた。
「武尊、随分ご立腹じゃねぇか」
 隣で火炎放射器をザクロの方に向けながら、パートナーの猫井 又吉(ねこい・またきち)が真意を尋ねる。
「当たり前だ。オレがヨサーク空賊団に入るため、今までどれだけ苦労してきたと思ってんだ! 時には敵船に侵入し、時には敵の乗り物の破壊を目論み、時にはプロモーションビデオをつくり、時にはパンツを盗んだオレだぞ!」
 明らかに入団に関係ない行為がひとつ混ざっているが、武尊の怒気を孕んだ声に誰もつっこむことは出来なかった。
「なのに、空賊団の乗っ取りなんて舐めた真似しやがって……許さない、許さないぞ!」
「これまた、初対面なのに偉い嫌われようだねえ。十二星華ってのはやっぱり、好かれないもんなんだね」
 どこか他人事のように返すザクロを睨みつけ、武尊は十二星華プロファイルの情報を思い浮かべつつ啖呵を切った。
「てめぇみたいな年増のどこが十二星華なんだ? 他のヤツらの情報があるんが、十二星華ってのは皆若い娘なんだよ! くそっ、年増のくせに乙女座だと……? 舐めんじゃねーぞ!」
「……そんなに命がいらないなら、もらっといてあげるよ」
 ザクロが扇を構える。武尊までの距離は約10メートル。白虎牙の超高速移動なら瞬きの間に到達するであろう距離だ。が、同時にその距離は武尊の攻撃の射程範囲でもあった。武尊は両手のハンドガンで弾幕を張るべく銃口を突きつけた。
「うおおっ!」
 しかしここで思わぬ事態が武尊を襲う。彼は二挺拳銃のスキルを得ていなかったため、彼が思い描くような華麗な銃捌きにはならなかったのだ。ぱらら、と淋しそうに銃弾が数発放たれたが、よけるまでもなくザクロにそれは当たらなかった。
「武尊……」
 又吉がちょっとかわいそうな目つきで見る。だがこれでめげる武尊ではなかった。
「ちっ、精神を集中させる必要があるな……!」
 そう言うと、彼は何を思ったのか懐からパンツを取り出した。そう、カシウナ襲撃時に入手した、フリューネのパンツだ。武尊はさらに何を思ったのか、それをずぼっと頭に被りすうはあと深呼吸をし出した。が、パンツを被っているため当然思うように息は吸えない。従って、吐く回数が自然と増える。
「はあ……はあ……」
「武尊……」
 又吉がちょっと、いや、大分かわいそうな目つきで見る。その瞳に映っていたのは、見紛う事なき変質者の姿であった。ザクロも残念な人を見るような蔑んだ目で武尊を一瞥すると、武尊がはあはあ言ってる間に距離を縮め、扇で顔面を殴打した。体を浮かせた武尊は、そのまま甲板から落下していった。
「あんたも危ないもん持ってるじゃないか」
 武尊の隣にいた又吉に向かって、ザクロが囁く。その声に危機感を覚えた又吉は、反射的に火炎放射器をザクロに向けた。
「消し炭になれ! いくら速かろうが固かろうが、知ったことか!」
 しかし、炎が発射される前にザクロは又吉の前からその姿を消していた。一瞬にして背後に回り込んだザクロに対応出来ず、又吉は振り返る間もなくその扇に小突かれ、その場に倒れこんでしまった。
「速い……! これが女王器の力なの!? どうやってこのスピードについていけば……!」
 武尊たちから一番近い距離にいた玲奈は、その速度を至近距離で感じ驚愕していた。
「そ、そうだ、こんな時は落ち着いて素数を数えるんだ……! いや違うっ、計算するんだ。この速さを!」
 やや混乱状態になりかけた玲奈だったがどうにか落ち着きを取り戻すと、財産管理の能力を活かしザクロのスピードを算出し始めた。具体的な数字が分かれば対策も立てられるかもしれないとの目論見である。
「ザクロは10メートル先のA地点にいた。そこからこのB地点に移動するまでにかかった時間は、たぶん1、2秒。人が五感から仕入れた情報を脳に伝え、脳が体を動かすまでにかかる時間は平均たぶん1、2秒くらい。魔法を使う場合は詠唱から着弾までの時間がさらにプラスされ、なんとなくだけどそれが3、4秒もしくは5、6秒。ああもう、このままじゃ分かりづらくて仕方ない! もっと計算しやすくした方がよさそうね!」
 玲奈は何やらひとりでぶつぶつと長いこと呟き続けていた。そしてそれははたから見たら、実は結構気持ち悪かった。
「そうよ! こんな時はKUMON-STYLEよ!」
 どうやら玲奈は何か閃いたようだった。KUMON-STALE。それは経験者なら誰もが「やっててよかった!」と思えるような恐るべき流派らしい。
「今なら春の無料たいけ……」
「ちょっと、そろそろ静かにしとくれよ」
 ひたすら近い距離で独り言を喋られ、ザクロはちょっとうんざりしていた。その鬱憤が込められた扇は、玲奈を空の彼方へと飛ばしたのだった。
「れ、玲奈ーっ!」
 小さくなっていく契約者の名前を、ジャック・フォース(じゃっく・ふぉーす)が叫ぶ。
「くっ、玲奈がやられただと……こうなったらオレが相手だ!」
 悲しみを振り払うように、ジャックは玲奈が消えた空から甲板にいるザクロへと向きを変えた。と言っても、これだけの強敵を相手にどう戦えばいいのか分からない。圧倒的な速さ、鋼のような硬さ……。
「硬さ……そうか、その手があったぜ」
 ジャックは何かを閃いた。大体玲奈もジャックもろくなことを閃かないのだが、今回もその予想が裏切られることはなかった。
「ザクロ! オレと硬さ勝負だ!」
 清々しいほど大声をあげたジャックは、おもむろにチャックに手を当て、下へとおろしていった。その隙間から出た何かに、彼は熱を込める。
「おおおっ、オレの光条兵器の硬さを見ろ! いっそ触って確かめろ!」
 ジャックの手に一層力が入る。彼の体に隠れて何をしているか他の生徒たちからはよく見えないのが残念だった。が、どうやら彼の言う光条兵器の硬度を上げているらしいことはその言葉から推測出来た。
「どうだ、これが強化型光条兵器だ! 剣の花嫁は光条兵器を納めるためにいるんだろ? ならオレのを……」
「どこに兵器があるんだい? 短刀しか見当たらないねえ」
 ザクロに冷たくあしらわれたジャックもまた、玲奈と同じ方向に吹っ飛んでいった。チャックを開けたまま。
「さて、お遊びはここまでにしとこうかね。あんたたちも、そのつもりなんだろう?」
 ザクロが生徒たちの方を向き直り、扇をはためかせる。彼女の言葉通り、甲板に残っている生徒たちの表情は真剣そのものだった。やや離れた距離を少しだけ縮めたザクロは、扇の名を呼ぶ。
「さあ『澪標(みおつくし)』、船の航路を示す杭のように、この子たちに無慈悲な未来を示してあげようか」
 呼びかけに呼応するかのように、扇の発する赤い色が濃さを増す。周りに広がる、朝日が溶けたような澄んだ青空と真逆のそれはザクロのまがまがしさを存分に主張させていた。