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学生たちの休日3

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学生たちの休日3

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    ★    ★    ★
 
「ここが大図書室か。さすがに、蒼空学園とは別物のように違うなあ」
 初めて見るイルミンスール魔法学校の大図書室に、神野永太が目を丸くした。三階ほどの高い場所の本を、魔法の箒を使って自分で取りに行くなど、蒼空学園では想像だにしなかった光景だ。
「高い位置の本が必要でしたら、わたくしが取ってきますが」
「いや、今はいいよ」
 飛びあがろうとする燦式鎮護機ザイエンデを、神野永太が止めた。
 
「じゃ、この本返却でお願いします」
「はい、確かにお受け取りしました」
 鷹野栗は、借りていた本をカウンターで返却すると、レテリア・エクスシアイとともに展望台へとむかった。
 
「うーむ、レポートをまとめればまとめるほど、何か怖い物を感じるぜ」
 図書館の一角でレポート用紙の束を横におきながら、本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は書き物に集中していた。
 というのも、この間の小ババ様の一件以来、どうも空飛ぶ箒の調子が悪かったからだ。調べてみると、箒の穂の方に何かが囓ったらしい大きな穴が開いていた。その小さな歯形は、どうにもある物を連想させる。
 小ババ様だ。
 一応、蒼空学園における小ババ様騒動は、分裂元の小ババ様を倒すことになよって、他の小ババ様も同調して消えてしまい、事なきを得たはずなのだが。
「もし、消滅していない小ババ様がまだいたとして、そのうちの一匹がこの世界樹に紛れ込んでいたとしたら……」
 本郷涼介は、無数に再増殖した小ババ様に根元を囓り尽くされて倒壊していく世界樹を想像して、思わず冷や汗をかいた。もしそんなことになれば、小ババ様を世界樹内に持ち込んだ者として、どんな制裁が待っていることやら……。
「なんとしても、小ババ様の特性を明らかにして、発見する方法と駆除する確実な方法を見つけださなければ……」
 もちろん、彼は、侵入した小ババ様があっけなくアーデルハイト・ワルプルギスに捕獲されたことも、今現在大神御嶽によってシャンバラ教導団に運ばれて簡単には消滅しないための猛特訓を受けているなどということも、欠片も知らなかった。
「とにかく、レポートが完成したら、アーデルハイト様に御相談だ」
 
    ★    ★    ★
 
「うーん、やっぱり、ここの展望台の眺めは最高です」
 世界樹てっぺんの展望台のテラスに出て、鷹野栗が気持ちよさそうにのびをして言った。
「天気はあまりよくはないけどな」
 暗い空をさして、レテリア・エクスシアイが言う。
「またそういうことを言う。ちゃんと遠くまで見えるじゃないですか。あら、あんな所にジャワさんが、ゴチメイのみなさん、また世界樹に来ているのでしようか?」
 飛空挺発着所にジャワ・ディンブラ(じゃわ・でぃんぶら)の姿を見つけて、鷹野栗がおーいと手を振った。
「そういえば、世界樹って、イルミンスールの他にもあるのかなあ。同じぐらいの大きさなら、ここから見えたっていいのに……」
「あわあわあわ、それは禁句です」
 鷹野栗が、あわててレテリア・エクスシアイの口を塞いだ。なんだか、風もないのに展望台がゆれたような気がする。
 イルミンスールにとって、他の世界樹、特にユグドラシルあたりの話題は禁句らしい。どうしてなのか本人に問いただしてみたいところだが、まだそんな無謀な勇気を持つ生徒はいなかった。いや、いなかったことにされているのかもしれない……。
 
    ★    ★    ★
 
「では、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)、参ります!」(V)
「ようし、いつだってこいだよ!」
 修練場で、ナナ・ノルデンとズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)は対峙していた。
 ナナ・ノルデンの魔力が本来のレベルまで上がってきたので、ここで初心に返って、さらなる魔法の練達を目指しているのである。
「我が手に集いし炎よ……、気高き赤の煌きを持って、我に仇名す悪意を浄化する光とならん!」(V)
 ナナ・ノルデンが、ズィーベン・ズューデンにむかって火球を放った。
「甘いよね」
 あっさりと、ズィーベン・ズューデンが片手でナナ・ノルデンの放った火球を払いのけた。あさっての方向に飛んでいった火球が、ズィーベン・ズューデンの背後で炸裂する。
「いつの間にそんな魔法防御力を……」
 予想外の出来事に、ナナ・ノルデンがちょっと唖然とする。
「違うよ。今のは防御したんじゃなくて、カウンターで攻撃したんだよね」
 さも当然のようにズィーベン・ズューデンが言った。
「魔法攻撃力って、なんだか力押しの方が強いって勘違いしている術者って多いんだよね。たとえば、火術だったら、大きな火球を作りだせた方が強いって」
「そうじゃないの?」
 不思議そうにナナ・ノルデンが聞き返した。
「そりゃあ、直撃したらそうだけどね。でも、今みたいに、あたらなきゃ、関係ないんだよね。もっと凄い奴、たとえば、この修練場その物を焼き尽くすような炎だったら話は別だけど……」
「じゃあ、今のはどうやったのですか?」
 素直に、ナナ・ノルデンが聞いた。
「だから、火術で攻撃したんだよ。火術は、火を作りだす魔法だけれども、本当に凄いのは火を操れるということさ。敵よりもうまく火を操ることができれば、その攻撃は怖くなくなる。それどころか、反撃に使えたりもするんだよ。でも、これはタイミングや術者の力関係がシビアだから、過信すると何もできずにやられちゃうかもしれない。よほど自信がなければやらない方がいいね。ほかにも、氷術なら、敵その物を凍らせようとすれば抵抗される可能性があるけど、足元の地面なら無抵抗だよね。うまく使えば、敵の足を凍りつかせて、動けなくできるかも。魔法は使い方次第なんだよ」
「ほう。目から鱗です」
 ズィーベン・ズューデンの解説に、ナナ・ノルデンがポンと手を叩いた。
「じゃあ、一度、複合魔法を試してから、ちょっと休憩しようよ」
「ええ、お願いします」
 ズィーベン・ズューデンの言葉に、ナナ・ノルデンがぺこりと頭を下げて教えを請うた。
 離れて立った二人が、同じ紋章の刻まれた掌を、さっと眼前に翳す。
「我が手に集いし炎よ……、気高き赤の煌きを持って、我に仇名す悪意を浄化する光とならん!」(V)
「氷雪の精霊よ……。我の下に集いて、蒼の煌きとなりて、我に仇名す悪意を浄化する光とならん!」
 同時詠唱の下、氷塊と火球が生長しながら目標点へと飛んでいった。本来なら、合流点で、炎が氷をつつみ込んで水に変えるはずである。
 だが、ナナ・ノルデンの炎が強すぎた。柔らかく翻る炎のヴェールとして氷塊をつつみ込むはずが、火としての主張が強い塊として、氷塊の上の部分にぶつかって弾けた。上方が一気に蒸発した氷塊が、水蒸気の力がジェット推進のように働いて、もの凄い勢いで床に叩きつけられて飛び散った。
 術を放ったとたん失敗を悟ったズィーベン・ズューデンが、ガードラインでナナ・ノルデンの近くに駆けつけ、氷術の壁を作りだして破片から二人の身を守った。
「失敗ですよね」
「水の生成としてはね。攻撃魔法としては、ちょっと怖かったけど……」
 ちょっとがっかりするナナ・ノルデンに、ズィーベン・ズューデンが微かに引きつりながら言った。目的としては失敗だが、結果としては、偶然とはいえ、氷塊を敵への質量兵器としてぶつける強力な攻撃になってしまったのだ。もっとも、同じことをしようとしても、大砲のような砲身があるわけでもないから、どちらにむかって飛んでいくかを制御することは至難の業だろうが。無差別攻撃魔法では、肝心なときに使えない。
「とりあえず、一休みしてまた始めようよ」
「そうですわね」
 あまり疲れも見せず、ナナ・ノルデンは元気に答えた。
 
    ★    ★    ★
 
「はい、こちらが最後尾となっております」
 最後尾カードを掲げながら、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメント(べりーとえろひむ・ざてすためんと)が叫んだ。
 世界樹の幹の近くに急造されたテントに、ぱらぱらと人が集まっている。
「こちらでーす」
 もの凄く投げ槍に、ウェイトレス姿の日堂 真宵(にちどう・まよい)が唱和した。せっかくの休日だというのに、休日こそボランティア活動をするのですと主張するベリート・エロヒム・ザ・テスタメントたちパートナーのせいで、やりたくもないことをやらされてしまっている。本当は、図書室で新たな魔道書を研究したかったのだが……。だいたいにして、これは本当にボランティア活動だと言えるのだろうか。単なるカレー屋台ではないのだろうか……。
「なるほど。カレーですか。飲み物ですね」(V)
 さも当然のように、燦式鎮護機ザイエンデが言った。いそいそとベリート・エロヒム・ザ・テスタメントの示す列の最後尾に並ぶ。
「食べるつもりなのか!?」
「カレーがそこにある以上、致し方ありません」
 その悪食だけはなんとかしてくれと嘆く神野永太に、燦式鎮護機ザイエンデはきっぱりと答えた。
「実績を上げて、カレー学科を正式学科にするのデース。さあ、どんどん食べてくだサーイ」
 割烹着を着たアーサー・レイス(あーさー・れいす)は、ここでカレーの普及を進めるのだと、やる気まんまんだった。
「いったい、今度はどんな殺人カレーを作ったのよ」
 過去のいくつもの事例を思い出しながら、日堂真宵がアーサー・レイスに言った。
「心配無用デース! 今回のカレーは普通の材料、そこらのスーパーやイルミンスールの森から調達した自然素材なのデース」
 アーサー・レイスが胸を張った。ますます不安だ。
 だいたい、公共奉仕活動が、すぐに炊き出しによる食糧供給だという、パートナーたちの短絡思考に思いやられる。
「実は地祇を煮込んだエキス入りデース。元気がでること請け合いデスネー」
「それのどこが、大丈夫なのよ!」
 思わず、日堂真宵が叫んだ。
「なあに、何かあれば、また石田散薬が必要とされる。ストックはこの間某教団に下ろした納豆ポリマーがなくなった棚に、すべて石田散薬を揃えたから完璧だ。しかも、今ここで配る物に関しては、特別製のマンガパンフレットがついている」
 これまた抜かりがないと、土方 歳三(ひじかた・としぞう)が言った。だが、いったいなんの抜かりがないと言うのだろうか。
「あー、もう鍋ごと持ってっていいわよ」
 とにかく一秒でも早く終わらせたいと、日堂真宵は叫んだ。
 まったくいつも通りカレーはこの有様だよ状態なのだが、なぜかいつも人だけは集まってくる。その行列に対して、何やらチラシ配りをしている少女がいた。
「お願いしまーす」
「何を配っているの?」
 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)からチラシを一枚受け取って、日堂真宵はそれに目を通してみた。
「行方不明の兄を捜しているんです。もし、何か情報がありましたら、御連絡をお願いします」
 フレデリカ・レヴィが、ぺこりとお辞儀をして日堂真宵に頼んだ。
「お願いします」
 一緒になってチラシを配っていたパートナーのルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)も頭を下げる。
「そういうことなら、これをあそこのマンガに織り込んでおいてあげるわね」
 日堂真宵が、土方歳三の配っているおまけマンガをさして言った。いずれ、あのマンガがついている薬が必要になる……かもしれない。使われるかどうかは別として。
「助かります。どんな情報でもいいんです。お願いします。ルイ、チラシを渡してあげてください」
「はい」
 フレデリカ・レヴィに言われて、ルイーザ・レイシュタインがチラシの束を日堂真宵に渡した。
「行きましょう、ルイ」
 他の場所でチラシを配ろうと、フレデリカ・レヴィはルイーザ・レイシュタインをうながした。
「え、ええ」
 少しうつむきがちに、ルイーザ・レイシュタインが後に続いた。
 本当は、こんなことをしてもフレデリカ・レヴィの兄が見つからないことは、ルイーザ・レイシュタインはよく知っていた。もう、セドリック・レヴィはどこにもいないのだ。けれども、それをフレデリカ・レヴィに告げるだけの勇気は、ルイーザ・レイシュタインにはまだなかった。
「なんだか、元気ないわね、どうしたの、ルイ?」
 フレデリカ・レヴィが、ルイーザ・レイシュタインに訊ねた。
「そんなことはありませんよ」
 ルイーザ・レイシュタインが、作り笑いを返す。
「はい、これ」
「なんですか、これ?」
 渡された小瓶をつまんで、ルイーザ・レイシュタインが聞き返した。
「イルミンタンWよ、元気がでるって言ってたわ」
「誰が言ったんですか、誰が!」
 明らかに怪しいと、ルイーザ・レイシュタインが叫んだ。なんでも、世界樹の樹液から作られた栄養ドリンクらしい。あくまでも、そういう成分だと謳っているだけで、本物かどうかは怪しい。
「元気がでたみたいですね。さあ、頑張って、セドリック兄さんを捜しましょう。きっと、いつかは見つかりますから……。とりあえず、はい」
 栄養ドリンクのキャップをコキュッと捻ると、フレデリカ・レヴィはルイーザ・レイシュタインにさし出した。