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学生たちの休日3

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学生たちの休日3

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    ★    ★    ★
 
「お待たせしましたー。特性ジャンボチョコレートブラウニーサンデーなんだもん」
 三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)の座る、メインストリートに面したカフェテラスのテーブルに、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が、巨大な皿をよいしょっという感じで下ろした。
「ええと、なぜ巨大!?」
 空京を模したチョコレートブラウニーケーキの中央には、ラングドシャクッキーを巻いた物で建設中のシャンバラ宮殿が建っている。チョコレートソースをたっぷりとかけられたケーキの周囲は生クリームの雲海によって埋め尽くされ、卵形のバニラアイスクリームでできた飛行船が横に浮かんでいた。
 ちょっと見ただけでも、四人前はありそうだ。
「サービスなんだもん♪」
 喜んでくださいねとニッコリ笑うと、ミルディア・ディスティンはカフェの中へと戻っていった。
「まあいいかあ」
 ちまちまとスイーツをつつきながら、三笠のぞみはぼんやりと自分の思いを巡らした。
 巷では、闇龍だの十二星華だのの話題で持ちきりだが、三笠のぞみとしては、オプシディアンたちの動向が気になる。なにしろ、イルミンスールの森でパートナーがスライムにすっぽんぽんにされているのである。仇はきっちりととりたいものだ。
「いったい、今はどこにいるのかな……」
 イルミンスール魔法学校の大図書室に寄せられたいくつかのレポートの写しをぱらぱらとめくりながら、三笠のぞみはつぶやいた。
 世界樹にスライムをけしかけた一連の騒ぎの後は、彼らの動向はあまりつかめていない。唯一目撃されたのがヒラニプラの闇市だが、そこで何をしていたのかは謎のままだ。何か巨大なパーツを飛空挺で運んでいったらしいが、正確に何をどこへ運んでいったのかは分かっていない。推進装置らしいという見解もあるが、だとしたら、何を作ろうとしているのか。
 だいたいにして、三笠のぞみとしては実際にオプシディアンと会ったこともないというのが問題であった。被害にはあったが、直接対峙してはいないのである。そのため、顔が一切分からない。写真でもあればとは思うが、素顔の写真はまだ一枚もなかった。
 だいたいにして、いつもは黒曜石ののっぺりした仮面に黒マントでは、特徴的であるがゆえに本当の特徴が分からない。素顔のオプシディアンにザンスカールの町やヒラニプラの闇市で遭遇した者たちも若干いるが、変装しているらしく、その印象はまちまちだ。相棒とされるジェイドと名乗る男に関しては、翡翠色の仮面以外何も分かってはいない。多分、今この向かいの席に二人がいても、絶対に気づかないだろう。
「でも、絶対に何か企んでるんだよね。それが分かれば楽なんだけど。ううん、それが分からないと、また何か起きる気がするし……」
 溶け始めたアイスクリームを転がしてチョコレートケーキの上に乗せながら、三笠のぞみは溜め息をついた。もう、よく分からないと、クッキーの塔を倒して、少しぐちゃぐちゃと混ぜてしまう。
「なんか、凄いの食べてる人がいますね」
 三笠のぞみの前の崩れかけたスイーツを凝視しながら、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が言った。なぜか、ちぎのたくらみで少女化している。
「うん、でもハルカちゃんの方がかわいいよぉ」
 紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)が、後ろからキュッと緋桜遙遠をだきしめた。
「比較する対象が無茶苦茶じゃないですか」
 紫桜遥遠の腕の中で、緋桜遙遠がじたばたともがく。
「でも、ここの制服もかわいいわよねえ」
 注文された飲み物を運ぶミルディア・ディスティンの姿をじーっと見つめて、紫桜遥遠が言った。空色のエプロンドレスに、大きな後衿が羽根のように後ろにのびてひらひらとしている。左の二の腕には、ちっちゃな猫のぬいぐるみが、腕輪代わりにくっついていた。一つに纏めて編まれた長い髪の先には、小さな鈴の束が縛りつけられていて、ミルディア・ディスティンの動きに合わせて小気味いい音をたてる。
「いらっしゃいませー」
 その視線に気づいたミルディア・ディスティンが、すかさず席を勧めた。
「ちょっと休んでいきましょう」
 この体形だと歩くのが大変で疲れたと、緋桜遙遠が誘われるままに席に座った。
「じゃあ、アイスカフェラテを二つください」
「はーい。ありがとうございますですのぉ」
 注文をもらったミルディア・ディスティンが、ひらひらとした制服を翻して店の中へと戻っていく。
「さっきの空京デパートは人が多かったですねえ」
「うん。音楽フロアのマスコットのハルカちゃんとしては、ちょっと仕事が大変ですものね」
「なかなか、他に割のいい仕事も簡単には見つかりませんしねえ」
 空京デパートのバイトがオフの日に、何か他にいいバイトがないかとデートがてら探しているわけだが、簡単に今より気に入ったバイトが見つかるわけでもなかった。まして、ちぎのたくらみで少女化するのがだんだんと様になってきた緋桜遙遠としては、今やマスコットの位置をかなり気に入り始めている。このままだと、本来の男に戻れないまま、男の娘になってしまいそうで若干心配であった。もっとも、紫桜遥遠の方は、緋桜遙遠がかわいければそれでいいようなのであるが。
「お待たせですのぉ」
 ぱたぱたと、ミルディア・ディスティンが飲み物を持って戻ってきた。二人の中央に、数枚のクッキーの載った皿をおく。
「これは?」
「サービスですのぉ。クランチしたマロングラッセを生クリームに混ぜて、ラングドシャクッキーで挟んだものですのぉ。どうぞ、めしあがれー」
 おまけにつけられたオリジナルのお菓子を、緋桜遙遠たちはありがたく頂戴することにした。
「最近、何か面白い出来事とかありました?」
「酷かったのは、世界樹に変な鳥が現れた事件ぐらいですかねえ」
 撲殺天使もどきにされたのを思い出しながら、緋桜遙遠がつぶやいた。しまったと思ったがもう遅い。
「えー、その話聞かせてくださいなんだもん♪」
 ミルディア・ディスティンが身を乗り出して緋桜遙遠に訊ねた。
 
    ★    ★    ★
 
「ここが、シャンバラ宮殿かあ」
 超高層建築を下から見あげてカレン・クレスティアは言った。
 近くの高層ビルなど、まるで玩具に見えるほどの巨大さだ。敷地だけでも、空京ドーム何個分あるのだろう。緑の広大な庭園に囲まれていて、外周にある門から宮殿本体に辿り着くまででさえかなり歩くことになる。
 その宮殿本体はまだ建設途中なのだが、そのてっぺんは雲に霞んでいてよく見えないほどだ。すでに、世界樹イルミンスールの高さを超えているそうである。それでさえ、完成予定の高さのまだ半分ほどであると言われていた。
 さすがに、地球の最新建築技術を総動員しても、これほどの巨大な建築は本来実現不可能のはずだ。このシャンバラ宮殿その物が、パラミタ大陸固有の技術と地球の技術の融合した姿であり、パラミタ大陸に眠る膨大な資源の象徴であるとも言えた。
「探検なのである♪」
「ジュレったら、迷子になっちゃうよ」
 勝手にどんどん突き進むジュレール・リーヴェンディの後をしっかりと追いかけながら、カレン・クレスティアは言った。世界樹もたいがい迷宮ではあるが、整然と内容積を無駄なく利用しているシャンバラ宮殿は、延べ床面積を考えただけでめまいがする。完成したら、この建物だけでちょっとした都市ではないか。
「ここから先は立ち入り禁止となっております」
 まずは地下から探検しようとしたジュレール・リーヴェンディであったが、最深部へと続く高速エレベーターにちゃっかりと乗り込もうとして、あっけなく警備のクイーン・ヴァンガードに止められてしまった。
「この先に何があるのである?」
 ジュレール・リーヴェンディが訊ねたが、警備のクイーン・ヴァンガードは沈黙を守って彼女を睨みつけただけであった。
「こらこら。すいません、うちの子が御迷惑かけて」
 あわてて、カレン・クレスティアがジュレール・リーヴェンディをだきかかえてそこから退散した。
「まったく、せっかくの休みなんだから、ごたごたはごめんだよ」
 めっと、カレン・クレスティアが、ジュレール・リーヴェンディを叱った。
「では、上に行くのだ。我の飛行能力よりも上の世界から、下界を見下ろすのである」
 ちょっと危ない発言に聞こえるが、展望台に行きたいのはカレン・クレスティアも同じであった。
 無数に並んだエレベーターは、その用途で綺麗に分けられていた。各階止まりの物、十階ごとの物、一般に開放された特定の主要階だけ止まる物、逆に、事務所階のみ止まる物、将来的な政府機関のみのフロアに止まる物、展望室直通の物。ほとんど鉄道の急行とか、そういった感じだ。
 特殊な物はカードキーなどがないとドアが開きさえしないが、カレン・クレスティアたちが乗り込んだ展望台直通の物は観光客でごった返すごく普通の大型エレベーターだった。
「本日は、シャンバラ宮殿特別展望台直通エレベーターを御利用いただきまして、まことにありがとうございますですぅ」
 休日の職員補充の派遣にかり出された大谷文美が、エレベーターガールの制服でマイク片手に説明を始めた。
「このシャンバラ宮殿は二千二十年完成をめざしていましてー、最終的には三百階にもなっちゃう凄ーい建物なんですぅ。ダークバルキリーさんの怖い空京襲撃なんかありましたけれど、現在もちゃんと建築は進められていまーす」
 へたくそな空飛ぶ箒に相乗りしているかのような、エレベーターの加速減速に辟易しながら、カレン・クレスティアは説明に耳をかたむけていた。さすがに従来方式のエレベーターでは無理があるだろうから、飛空挺の技術でも応用して高速化しているのだろう。
「つ、着きましたぁ。御順番に、あわてずお進みくださあーい」
 ちょっとゼイゼイとしながら、大谷文美が言った。さすがに、日に何度もエレベーターで往復していたのでは、身体にきついのだろう。
「おお、世界樹の展望台より遠くが見えるのだ」
 またちょこまかと走りだして窓際にひっついたジュレール・リーヴェンディが叫んだ。
 そこからは空京のある浮遊島はもちろんのこと、遥かに広がる雲海やパラミタ大陸本土の様子まで見渡せる。
 さすがにここまで高いと、大丈夫なんだろうかと、カレン・クレスティアは内心ちょっと心配になっていたりもした。倒壊でもしたら、空京全滅の大惨事だ。
「みてみて、世界樹もあるのだ」
「えっ、どこ?」
 さすがにこの距離では、巨大な世界樹も風景に溶け込んでしまって森と判別するのが大変だ。それでも、目を凝らせばザンスカールの森の一部が大きく盛りあがって見える。
「下にもいろいろ見えるよね。あの広い場所が、今度できた空京大学かなあ」
 カレン・クレスティアが、下の方を指さして言った。
「そうみたいであるな。うーん、この位置からレールガンを打ち込めば、位置エネルギーが加味されて校舎の一つや二つ、一撃で……」
「だめだから。撃たないから。撃っちゃだめなんだもん。それに、ここには、レールガン持ってきてないんだから!」
 あわててカレン・クレスティアに釘を刺されて、ジュレール・リーヴェンディはつまらなそうに売店の方へと走っていった。
「カレン、この怪しいゆるゆるマスコット、お土産にほしいのだぁ」
 両手に、よく分からない生物のマスコット人形をつかんで、ジュレール・リーヴェンディは叫んだ。