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第五章 オオカミと護衛の本領発揮

 「ちょっと!わたくしまだ戦えますのよ?」
 イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)にお姫様だっこされ、レティーシアは口を尖らせて抗議していた。背を向けるようにして、護衛の面々がオオカミと対峙している。
 逃げ道は切り開いた。武装しているならともかく……レイピア一つで走り回るお嬢様をこれ以上一緒に戦わせるわけにはいかなかった。
「ああ。街の警備員などよりよっぽど強いのだな。驚いたぞ」
 契約者には遠く及ばないものの、一般人としては及第点……ということなのだが、不意に褒められてレティーシアは口ごもった。イーオンは続けた。
「……それに、レディがいつまでもそのような格好をしていてはなるまい?」
「……!!」
自分の格好を思い出したのか、みるみるうちに真っ赤になる。
「ば、ばか!すけべ!見るんじゃないですわ」
ジタバタともがくレティーシアに何度か叩かれながら、イーオンはローブの袖で覆い隠すようにしっかりレティーシアを抱き寄せた。
「これで見えない」
「な……ぅ……」
 レティーシアはますます赤くなって縮こまったが、気遣ってくれている相手の様子に自分の立場を思い出したのか口をつぐんだ。
「……服がよごれてしまいますわよ」
「構わない」
「…………ありがとうですわ
聞こえないほどの感謝に微笑むと、仲間たちに背中を任せてイーオンは戦線離脱していった。


 「喧嘩するのではないぞ」
 林田 樹(はやしだ・いつき)に微笑まれ、ジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)は装甲を盾に走り出した。その後に緒方 章(おがた・あきら)が続く。
「樹様がああ言うから力を貸してやるのです。やぃ餅ぃ!なりたてだからって剣士の技失敗して、足引っ張るんじゃねぇよーなのです」
「ほぁ?……カラクリ娘が偉そうなこと言ってくれるじゃないの」
ジーナの体当たりでひるんだオオカミを、章がチェインスマイトで散らしていく。
「樹ちゃんに、僕のほうが格好いいとこ見てもらわないとねっ」
「なにおぅ!のぞき魔のくせに偉そうです」
すかさずジーナが爆炎波でオオカミの足元を薙ぐ。喧嘩腰の割に、その息はぴったりだ。統率のとれていたオオカミの群れが、混乱で崩れてきた。
 ついで、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の光術が目を焼く。背中合わせに樹月 刀真(きづき・とうま)が剣を構えた。
「早く追い払って氷室に行きたい」
「……同感だな」
次の瞬間には刀真の乱撃ソニックブレードが炸裂し、相手の機動力を奪っていた。
「これ以上邪魔をするんなら、死ねよ」
道程が差し支えてちょっぴりおかんむりの様子だ。気に押されて、何匹かが闘志を失って逃げていく。
 視力を奪われていないオオカミが飛び上がり、月夜の死角へと狙いを定める。
「無闇に飛ぶと隙だらけだぜ」
そこをエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が叩きつける。
 三人以上を一組とし、死角をなくす作戦は言わずもがな。影野 陽太(かげの・ようた)は目の前の一匹を撃ち落し、ふぅと息をついた。
「わっ、わわっ……と。……よかった。うまくいってるみたいで……うわっ?!」
倒した一匹の影から亡霊のように、潜んでいたオオカミが牙をむく。その牙は陽太に届くことなく、横から衝撃を受けて逃げていった。
「しっかりしてくださいよ、軍師殿?」
後衛から構えたライフルをおろすと、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)がぽつりと言った。他意はなかったのだが、それだけ陽太が慌てふためく。
「そそそんな、軍師だなんてっ……」
と言いつつ、みんなが作戦に耳を傾け協力してくれたことが嬉しそうだ。
「まったくみんな真面目だなぁ」
面倒くさいと口では言いながら、誰かが傷を負うたびさりげなくヒールを飛ばしているレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)が面白くて、柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)は妖艶に微笑んだ。
「……何を笑っているんだ?」
「いいえ、別に」

 ガサッ

 そうして確実にオオカミを倒したり、追い払っている最中、山の木立が大きく揺れた。
「何だぁ?!」
身構える面子の前にぬっとその巨体を現したのは――
「……なっ?!」
「ふむ、オオカミの群れが現れたというのはここで正しいようだ」
突如出現した正義のロボことレイオール・フォン・ゾート(れいおーる・ふぉんぞーと)に、その日普段は冷静沈着なロボットマニア、エヴァルトの貴重な絶叫が聞けたという。
「ッロボが助けに来たぁあぁああぁーーー!!!」
5メートル強はあろうかというレイオールの右肩に腰掛け、真理奈・スターチス(まりな・すたーちす)が確実にオオカミの頭を狙っていく。
 敵わないと踏んだのか、その頃にはオオカミたちは傷を負ったものをのぞいて方々の体で逃げ出していた。

 「倒したオオカミ、闇鍋の具材にもらっていくぜ」
レイオールの左肩から飛び降りると、篠宮 悠(しのみや・ゆう)がその遺体を担ぎ上げる。
「グルルルル……」
 足をひきずりつつ威嚇するように生き残りが牙を剥く。
 ふと、双方の間に巨大なオオカミ……ではなくジャック・フォース(じゃっく・ふぉーす)が立ちはだかった。ぎろりと光る双眸に気おされ、オオカミの耳がたれる。
「勝負はついた。そちらがかかってこなければ、もう危害は加えない」
何か通じるものがあったのか……オオカミは大人しくなった。
 ジャックの後ろから姿を現すと、まだ息のあるオオカミたちに如月 玲奈(きさらぎ・れいな)がヒールをかけてやる。歩くことができるまで回復すると、彼らはチラリとこちらを伺って木立の隙間へと帰っていった。
 うちの数頭がその場に残ってくりくりとした目でジャックを見つめている。
「オオカミ仲間だと思って懐かれたんじゃない?」
けらけらと無邪気に笑う玲奈に唸ってみせてから、ジャックはオオカミに声をかけてみる。
「あー……これからオレらは涼みに行くが、……大人しくしてるなら、一緒に行くか」
 オオカミは答えなかったが、歩き始めるジャックの後に静かについていった。玲奈はずっと楽しそうに笑っていた。