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リアクション
第10章 そーなんですよ、その2
巨大鷹の急襲にあい、フレデリカの声に従ってその場を逃げだした壮太と真希だったが、逃げる途中、真希が誤って足を滑らせ、川に落ち、右足をくじいてしまっていた。
助けを呼ぼうにも、元いた場所に戻るわけにもいかず、かといって降りる事も出来ず、途方にくれるばかりだ。
壮太は真希のために、風を凌げそうな岩穴を見つけると、彼女を支えて座らせた。
すぐに彼女の靴と靴下を脱がせ、くじいた足の様子を見ると、そこはひどく腫れていた。
「大丈夫か?」
壮太が聞くと、真希は青ざめた顔で健気に頷く。
(とりあえず、固定しないと……)
副え木を探そうと立ち上がる壮太を、真希が引きとめた。
「待って…っ、おねがい。ひとりになりたくない」
真希は痛いのと怖いので思わず壮太の腕を掴んだが、迷惑をかけているのではないかと思い直し、泣きそうになった。
「わかった」
壮太はそう言って真希を安心させると、見える範囲で、一番副え木に適した物を彼女のために選んだ。
しかし、副え木を固定する紐など持ってはいない。どうしたものかと悩んでいると、
「くしゅんっ」
真希が小さくくしゃみをする。見れば冷えた服が彼女の身体から熱を奪い取ろうと張り付いており、真希の両手は身体の震えを止めようと、一生懸命自分をこすっていた。
壮太は火を起こそうとも思ったが、火の出るような道具は持ち合わせていない。
なおも震えの止まらない真希を見かねて、壮太は彼女に服を脱ぐように言った。
「真希、そのままじゃ風邪ひくから、服脱いじまえよ。俺、向こうむいてるからさ」
真希に背を向ける壮太の頬が赤くなっている気がして、真希も顔を紅潮させる。
「そ…そうだね。壮太さんが、そう言うなら……」
真希は、やっぱりそのままでは恥ずかしいので、右足に負担にならないように身体を移動させて壮太に背を向けると、肌に張り付く服を、震える手で外していった。
見られていないとはいえ、好きな男の子のすぐそばで肌を晒していくドキドキ感は、真希の心臓を強く刺激する。
「全部、ぬいだ方がいい…かな?」
真希の言葉に、壮太の耳が真っ赤に染まる。
「任せる」
真希は、お互いの心音が聞こえて来そうな薄闇の中で、生まれたままの姿になった。
「壮太さん、ぬ…脱いだよ」
それを聞いた壮太は、自分のジャケットを急いで真希の方向へ差し出した。
「これ、着てろよ」
真希はジャケットを受け取り、素直に袖を通した。ジャケットに残る壮太の温もりが、真希の素肌を包む。
「あ、でも、今度は壮太さんが寒くない?」
「………。」
「よ、よかったら、一緒に……」
真希はそこまで言って、かなり大胆だったかと赤くなってうつむいた。
「バーカ。」
真希がちゃんとジャケットを着たのを確認した壮太は、からかうように言って真希の額を小突いた。
「考えなしにそういう事、言うなよな」
笑って言う壮太の声には、真剣なものが含まれていた。
壮太は真希の脱いだノースリーブの上着使い、副え木をして足首を固定した。ちょうど上着が冷えているのでアイシングにもなるだろう。
手当を終えた壮太は真希を背後から抱き締めるようにして座り、まだ体温が戻らずに震える手を、自分の両手で包みこんだ。
「えへ…、あったかいね」
真希が、ほっとした顔でほほ笑んだ。
先日も、真希を連れまわして風邪をひかせたと彼女のパートナーに責められていた壮太は、その笑顔に罪悪感を覚える。
「こんな場所に誘っちまってごめんな」
また自分のせいで真希に何かあったらと、後悔がにじんだ。
「ううん、あたしこそ、ケガしちゃってごめんね」
真希は、くすりと笑った。
「でも、私、不謹慎かな。こうして、壮太さんとふたりでいれるから、やっぱり、……うれしい」
真希の言葉に、壮太の腕に力がこもった。
真希は、無言で自分を抱きしめてくる壮太の胸に頭を預け、眼を閉じた。
「壮太さんがいっしょでよかった。…ありがとう」
その時、
「え……っ?」
ゴロゴロドーンと音がして、フリードリッヒが熊とともに斜面を転げ落ちてきた。
「な、なんだっ!?」
壮太が慌てて外へ出ると、意識を失っている熊とフリードリッヒ、そして、
「人の恋路を邪魔するのはマナー違反なんだから!」
と逆切れする湖畔に、
「そうですわっ、もうちょっとで初々しい濡れ場が見られると思いましたのに!」
どこまで本気なのか悩むが、悩まずともどこまでも本気だとわかる主張をするジュリエット、
「いやぁ、あの軟弱さじゃ、こんなとこで最後までは無理じゃん?」
そう言って笑うアンドレの3人が、腹いせとばかり熊とフリードリッヒにケリを入れていた。
そして、近くの茂みの影では、具合の悪さにうなされているジュスティーヌもいる。
(こいつら、いつから覗いていやがった……)
壮太の睨みに気づき、3人は不自然に眼をそらす。
「ぉおーいっ! 大丈夫かぁ?」
やがて社と寺美、イリーナと鳳明とヒラニィがフリードリッヒを追って山を下りてきた。
「なんだ、ここにも遭難者がいたのか?」
それぞれから事情を効いたイリーナ達は、意識を取り戻した熊を山へ追い返し、救難信号を打ち上げた。
「あ、救難信号ですぅ」
ベースキャンプの伽羅が、お茶をすすりながらのんびりと言った。
「出番でござりますな」
嵩が手早く内職道具を片づけ、立ち上がるのに、長門と協、うんちょうも倣った。
伽羅が団に連絡しようと無線を手にすると、十名弱の団員がこちらへやってきた。
「あらぁ、お早い到着ですぅ。今、救難信号があがって……」
伽羅が説明しようとするのを、ひとりの団員が制止した。
「山に、危険人物が入り込んだ。山狩りをするので協力してもらいたい」
思ってもみなかった言葉に、伽羅が目を丸くする。
「どぉゆう事でしょうぉ?」
伽羅が教導団員達と話しているのを、長門はイライラと見ていたが、やがてドレッドヘアーをガシガシと揉むと、気合いを入れ直して伽羅に言った。
「オレは、助けを求めている人が待ちょぉるけぇ、先に行くんじゃ!」
長門は、救難信号めがけて走りだした。
「はぁい、よろしくお願いしますねぇ」
伽羅は鉄扇をひらひらと振って長門を見送ると、邪魔者がいなくなったとばかりに、再び教導団員達の話に耳を傾けた。
彼らの話によれば、騒動を企むパラ実生が、追われてこの山に逃げ込んだという。武装もしていて、かなり危険なようだ。
「わかりましたぁ。直ちに登山者と連絡をとり、安全を確保しますぅ。情報提供を呼びかけて、可能であれば、上から下への探索を手伝って頂くという事でよろしいですかぁ?」
「よろしく頼む」
山狩りの準備へと戻って行った教導団達を見送り、伽羅はパートナー達とともに、それぞれのトナカイのそりに乗りこんだ。
「ひとまず、頂上まで行ってみましょう!」
さて、教導団員達の探している『騒動を企む危険なパラ実生』達こと、羽高 魅世瑠(はだか・みせる)、パートナーで剣の花嫁のフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)、シャンバラ人のラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)、獣人のアルダト・リリエンタール(あるだと・りりえんたーる)の4人は、ヒラニプラで受けたひどい仕打ちに文句を言いながら山を登っていた。
あれは、フレデリカの伝言を見てヒラニプラに駆けつけ、道具を用意しようとホームセンターで登山用品を買い整えていた時の事だ。
「やっぱりピッケルは頑丈なのがいいよな。ドタマかち割っても壊れないような奴」
魅世瑠がピッケルをいくつか手にしながら選び、
「アイゼンもしっかりした奴が要るよな。しかし、登山用具ってのは強そうでいいねぇ。こいつなんかも、いざとなりゃ蹴り入れるのに使えるぜ? あ、刺さっちまったら抜けねぇか。そん時ゃ、血ぃどくどく流したまま踏んで歩くんかね?」
フローレンスが見本の靴の底に取り付けられたトゲトゲを指でなぞりながら、物騒な想像をしてくすくすと笑った。
「ハーケンは、じょうぶなほうがいいよねー。刺したあとで折れたり曲がったりしたらたいへんだもんねー。ぐさっとよく刺さって、ゆすったくらいじゃ抜けないのがいいよねー」
ラズもいつになく真剣な顔で、パートナー達を支える大事な道具を一生懸命選んでいた。
「ザイルはわたくしがしっかりした物を選びますわね。いざという時に、きちんと身体を拘束出来るものでなければ。それこそ、首吊り縄くらいに丈夫でないといけませんわ。まあ、縄には他にも色々と使い道がありますもの、多めに持っていってもいいですわよね? うふふふふ」
アルダトは、ともすれば趣味の買い物に走りそうだったが、ロープに関しては一番の目利きだ。
「噂に聞いたけど、いつ何が起こってもおかしかねぇって話らしい。いざってときの備えはきっちりしとかねぇとな」
途中、仲間達から、この山にはモンスターが出るという話を聞いた魅世瑠が、パートナー達に伝える。
物騒な単語が混ざってはいるものの、本人達としては、非常に和やかにハイキングの用意をしていたのだが、フレデリカに喜んでもらえるかと季節外れのサンタ服を引っ張り出して着て来たのも逆効果だったようで、不審人物として店側に通報されてしまったのだ。
その後、街中警備の教導団員による職務質問などがあったが、ハイキングの集合時間に遅れるからと振り切って走ったがために、逃走の烙印を押され、とっくに出発してしまったフレデリカ達を追いかけ山を登っているだけなのだが、山狩りされるハメに陥っていた。
「とにかく、早いとこ合流して、ハイキングと行こうぜ!」
魅世瑠達の言葉に、パートナー達はうなずき、共に頂上を目指した。
その頃、長門は、ムキムキと筋肉を見せつけながら、救難信号の上がった場所に辿り着いていた。
「遅くなってすまんかったのぉ! お待ちかねの筋肉救助隊じゃ! さあ、要救助者は誰じゃ? 今ならムキムキ抱っこかムキムキおんぶが選べるけん!」
長門の言葉に、壮太は素早く真希を背に庇い、ジュリエット達はジュスティーヌを差し出した。
ジュスティーヌは苦しい息の下、不幸はすべて神の試練と涙をのみ、ムキムキ抱っこで麓に戻るハメになった。
途中、フェルをおぶったショウと合流した。ベースキャンプに戻ろうとしていたらしい。
遭難者やけが人が多いとは思えない和やかな雰囲気で、皆は山を下りていく。
そんな中、真希は壮太におぶられながら、そっと自分の頬に手をやった。
(あの時……)
フリードリッヒが落ちてくる直前、確かに真希の頬を壮太の唇が掠めたのだ。
(夢じゃないよね?)
そっと様子をうかがっても、壮太の態度は今までとなにも変わっていない。
(少しは、好きって思ってくれてるのかな……?)
真希は、少し身を乗り出して壮太の首に腕を巻きつけると、小さな声で彼の耳元に囁いた。
「今日のことは、みんなにはないしょねっ」
壮太が笑って頷いた。誰にも邪魔されたくない事は、内緒に限るのだ。
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