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サンタ少女とサバイバルハイキング

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サンタ少女とサバイバルハイキング
サンタ少女とサバイバルハイキング サンタ少女とサバイバルハイキング

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第8章 みんなでごはん。


 アルツールが伽羅から渡された無線機で麓と連絡を取り合う中、皆はようやくハイキング気分を取り戻し、荷物を下ろして疲れた体をほぐした。
 登ってきた場所から離れた所に、2メートル程度の幅の川を見つけたフェルは、リターニングタガーを手に走って行く。
「さ・か・な! さ・か・な!」
 それを見たイングリットも、リュックにぎゅっと詰めていた折りたたみ式の釣り竿セットを引っ張り出し、その後を追った。
「イングリットも、お魚沢山釣るんだにゃ〜♪」
 2人の楽しそうな様子に、ミルディアも川へやって来た。手掴みか道具を使うかで悩み、フェザースピアにロープをくくりつけると、銛に見立てて使う事にする。
 真剣に狙いを定め、銀色に煌めく獲物に向かって細身の槍を放つ。
「お昼ご飯GET♪」
 槍の先で元気良く跳ねる魚に、ミルディアがにっこりとほほ笑む。
 それを見ていたフェルも、負けじと川を睨みつける。野生の五感を研ぎ澄まし、
「ここにゃっ!」
 狙った場所にリターニングタガーを投げつけると、それは魚のお土産付きでフェルの元へ戻って来た。
 フェルは、ショウに渡された『小人の小鞄』を2つ開くと、2人の小人さんを呼びだした。魚を彼らに渡し、ショウの元まで運ぶよう頼む。
「イ、イングリットだって負けないもんっ!!」
 ミルディアとフェルが次々と魚を捕まえるのを見て焦ったイングリットは、何度も釣り糸をあげては川に投げ入れた。
「短気を起こしては、魚は釣れんぞ。」
 イングリットの後ろで、玉藻がからかうように言った。普段ならばのんびりしている頃なのだが、調理の用意をする刀真に食材を探す月夜を見ていて、全く何もしないのもおかしな気がしてそぞろ歩いていたのだ。
「ふん、魚か。……ちょうどいい。どいておれ、小娘。」
 玉藻はイングリットを鉄扇で追い払い、川に向かって雷術を放った。
「我が二尾より、雷が出(いずる)!」
 やがて、気絶した魚が白い腹を見せながら浮いて来た。
「おさかなーっ!!」
 イングリットは、ばしゃばしゃと川へ入り、スカートを受け皿に魚を捕る。玉藻に恩返しを要求され、そのまま彼女の分の魚も獲りに行く。
「ちょっと! いきなり雷術とかやめてよね! 危うく感電しちゃうとこだよ!」
 下流でミルディアが玉藻に抗議する。槍を放った時に雷術をかけられてはたまらない。
 それをつまらなそうに聞いていた玉藻は、イングリットから魚を受け取ると、
「もうやらん。」
 と言い捨て、パートナー達の元へ戻って行った。

 ショウの元に、フェルから魚を預かって来た『小人の小鞄』の小人達が到着した。
「サンキュ。」
 ショウは小人から魚を受け取ると、ずいぶん前に見た古い動画の『魚の内臓が簡単に取れる裏技』を思い出しながら、魚の口に割り箸を突っ込んでグルグルとかき回してみた。
「確かこんな感じだったような……。」
 失敗しても切って洗えば済む事だと割り切った上での実験だ。
 この後、上手く行けば、魚のはらわたを綺麗に洗い流し、竹串に刺した魚に塩を振って焼けば、順調にお昼ご飯が出来上がる予定だ。

 刀真は、フレデリカから簡易コンロと鍋を借り、川原の石でかまどを作って、食事の準備を始めていた。
 月夜はああ見えて料理がヘタだし、玉藻が家事などやる訳がない。
 というわけで、料理に関しては刀真に一任されているのだが、月夜が探してくる食材を見極めないと動けない。
「どうしたものかな。」
 悩む刀真の前に、ぬっと蔦でまとめられた魚が3尾差し出された。
「刀真、これで昼餉を作れ。」
 玉藻が得意げに言う。
「魚? 玉藻が動くなんて…どうしたんだ? 珍しい。」
「気が向いただけだ。」
「ありがとう、助かるよ。」
 刀真に礼を言われて満足した玉藻は、今度こそのんびりしようと木陰に腰を下ろした。
「刀真、いっぱい集めてきたよ。」
 食材集めから戻ってきた月夜は、袋の中の山菜や木の実を刀真に見せる。中には見た事のない草もあった。
「これ、本当に食べられるのか?」
 刀真が聞くと、月夜は、小脇に抱えていた分厚い本を刀真に差し出した。
「大丈夫。ちゃんと図鑑で調べたから。」
「図鑑か、そうか。………道理で重い訳だ。」
 刀真はいまだに強張る上腕筋を、労うようにさすった。

 未沙は、飲料用水を確保しようと、川へ向かった。
 一度火術で蒸発させて殺菌・除菌した水を、氷術を使って凍らせ、出来た氷を火術で徐々に溶かしてペットボトルへ入れていくという手順だ。
 なんとか動けるようになった未那が、お手伝いしてくれる。

 翔が、布や花で岩や倒木をテーブルや椅子に仕立てていくと、野原のティールームが出来上がった。
「お嬢様方、どうぞこちらへ。」
 翔の招きで、フレデリカ達が倒木で作られたテーブルと、岩と木で出来た席に座る。
 そのテーブルの上に、万願がお弁当として、ラズベリージャム、ターキー、シーチキン等の猫華特製サンドイッチを広げた。女の子たちから歓声が上がる。
「毎年子供達の為に頑張っているであるフレデリカ殿の息抜きも兼ねて、今日は腕によりをかけて美味しい料理を振る舞うであるぞ! 皆、遠慮なく食べて欲しいである。」
 万願が、翔にお茶を渡しながら皆に言った。フレデリカが万願に笑顔で礼を言う。
 まだ若い、少女のフレデリカには、色々と楽しい思いをしてもらいたいと、万願は切に願っていた。
 万願は、そのまま席につかず、食べられる野草や花といった食材を探して、新鮮なサラダや天ぷらなんかも出してやろうと考えていた。それに特製ドレッシングをつけて出す事を考えると楽しくて仕方がない。
 万願が用意してきたお弁当には、ドーナツやクッキーといった別腹も控えている。
 翔は、うきうきと食材探しに向かう万願の代わりに、託されたお茶を持って来た手付き紙コップで皆に振る舞った。
「俺も手伝うよ。」
 ガレットが、ひとりで給仕をかってでた翔を手伝い、持って来たサンドイッチを並べると、お茶の用意を手伝った。
 パートナーの終夏は、手ごろな石を足で蹴り寄せ、フレデリカ達の輪に混ざる。
「世界樹の上に吹く風も気持ちいいけど、ここの風も気持ちいいねー。道が思ったよりハードだったけど、ハイキングっていい気分転換になるよね。誘ってくれたフレデリカに感謝だ!」
 終夏がフレデリカに言った。
「私の方こそ! いつも1人だったから、皆と登るのがこんなに楽しいなんて思わなかった!」
「ニコラスさんは、クリスマス以外はしょっちゅうこんな事してるのか?」
 エヴァルトが聞く。
「うん、修行は大事だもんね!」
「フレデリカさんはがんばり屋さんなのです〜」
 明日香が感心して言うのに、フレデリカは照れた笑みを浮かべた。

 お弁当を多めに持って来た女の子は多かった。
「私、サンドイッチ作って来たんだ。皆で食べよ!」
 美羽が、大きな四角いプラスチック容器にサンドイッチを詰めたものを、どんと真中に置いた。
「こっちは、お姉ちゃん特製のお弁当なの! おにぎりの中身は、鮭とたらこと明太と、ごま昆布だよ。こっちのお弁当箱には、卵焼きと、唐揚げと、お漬物なの! いっぱいあるの。食べてなの!」
 未羅がテーブルの隙間を重箱で埋めていく。
 お留守番のパートナーに大量のお弁当を持たされた郁乃達は、テーブルについていない現地調達組にも昼食を分けて回った。
「お昼もって来てない人はこっちにあるの、貰ってぇ〜〜!」
 このまま誰かの腹に収まらなければ、再び担いで登る事になりかねないため、郁乃、マビノギオン、千種は必死だった。
 今なら受け取ってくれた人には、もれなく千種が冷たいお茶をわけてくれる。水筒も多めに持たされているのだ。
「よろしかったら、おにぎりどうぞ〜」
 明日香も皆におにぎりを渡して回った。
「皆さん、お配りするのは私がやりますから、どうぞお昼を召し上がって下さい。」
 翔が執事スマイルで、収集のつかなくなりそうなお弁当の分け合いを治める。
 皆はその言葉に甘えて、ようやく落ち着いて食事をとり始めた。
 テーブルの横では、いつの間にか戻ってきた万願が簡易コンロで山菜の天ぷらを揚げ始めている。

「でも、すごいよね! こんな所でこんな優雅な気分を味わえるとは思わなかったもん!」
 フレデリカが翔の手腕を褒める。
「ありがとうございます。心の余裕を失っては、山登りも苦行にのみなってしまいます。至りませんが、皆様に楽しんでいただけるよう、精一杯のおもてなしを心掛けさせていただきます。ところで、フレデリカ様は、普段どのような食事をなさっているのですか?」
 翔の問いに、周りの皆も興味津津だ。
「えっと、手に入った物とか、出された物を食べてるかな?」
 何一つ具体的ではなかったが、フレデリカらしい返答ではあった。
「フレデリカさん」
 リュースのパートナーのレイがフレデリカに声を掛ける。
「私、本当は最初にご挨拶しなくちゃいけないのに、機会がなかったものだから、今になってごめんなさい。改めて、始めまして。先日は、リュースが大変お世話になりました。」
 レイの言葉にフレデリカが驚く。
「違うよ、お世話になったのはこっちだよ?」
「リュースから話を聞いて、私もサンタさんに会いたいと思っていたの。お会い出来て嬉しいわ。」
 レイはそう言いながら、自然な形でフレデリカ達の輪の中に溶け込んだ。
 アルメリアは、今さらフレデリカが本物のサンタクロースだという事に驚き、去年のクリスマスにフレデリカと出会った者達から、その時の話を聞くことになった。
 その後も、レミ、メイベル、セシリア、フィリッパ、アルメリア、アリア、郁乃、マビノギオン、千種、終夏といった女の子達に囲まれ、他愛もないおしゃべりに花が咲く。
 特に、涼子は、フレデリカの衣装に興味津津だった。
 その格好で寒くないのかとか、服の素材についてや、スカート丈のこだわりに至るまで聞きたがり、コスプレイヤーの血が騒いている様子だった。
「ミニスカサンタの衣装って、一度着てみたいなぁ。本物のサンタさんの服の実際の着心地とかも研究したいし。それでね、私の制服と交換して、一緒に写真を撮るの……。」
「いいよ。」
 フレデリカは、うっとりと語る涼子に軽い調子で返事をした。
「ほっ、ほんとっ!?」
 涼子の目がいっきに覚める。
「うん。頂上に着いて、余裕があったらやってみようよ! 制服って一度来てみたかったんだ!」
 その言葉に、演習服と長袖は嫌がった癖にと皆は思ったが、誰も口には出さなかった。
 涼子はぐっと拳を握りしめた。
「お兄さん……、」
 呼ばれて、隣の席の正悟が顔を上げると、涼子の眼が見た事ない程に激しく燃えている。
「私、ぜったい登るから。死んでも頂上に立つから! 力を貸してね!!」
「わ、分かった。」
 とても断れる雰囲気ではなかった。
「皆様、キノコを見つけましたの。ご一緒にいかが?」
 フレデリカ達の所に、ジュリエット達がやって来た。
「ボク、網焼きしてマヨネーズがいいな!」
 湖畔が無邪気にねだる。
「あたし達、頑張ってキノコ狩りしたじゃん! 料理してくれてもバチはあたらないじゃん! ついでに他の料理も美味そうじゃん!」
 アンドレは、テーブルに並べられたご馳走に手を伸ばした。
「だめだ!」
 リュースの声に、アンドレが驚いて手を引っ込める。
「あ、いや、そちらではなくて。」
 リュースはアンドレにおにぎりを勧め、ジュリエットに向かってもう一度だめだと言い直した。
「山菜ならまだいいとして、キノコはいけません。種類が多い上、見分けが難しいんですよ。毒を持っていたらどうするんですか。」
 子供をしかるような言い方が気にさわったジュリエットは、つんとして言い返す。
「でも、わたくし、こう見えても特技は『サバイバル』ですのよ。食料調達なんてお手のものですわ。」
 リュースはジュリエットが集めてきたキノコをひとつ摘んだ。
 綺麗なピンク色に白い斑柄の笠を持つそれは、なぜかビクビクと脈打っている。アンドレの言う『キノコ狩り』は、もしかすると本当に狩りだったのかもしれない。
「こういう得体の知れないものは、食べないのが一番なんです。」
 リュースはジュリエット達にも、その場に居合わせた面々、特にフレデリカとレイには、勧められても決して口にしないようキツく言い聞かせた。
「お弁当ならいっぱいあるから、よかったらこっちをどうぞ。」
 郁乃がジュリエット達に弁当を渡した。
 空腹だったため素直にそれを受け取ったが、ジュリエットはまだキノコに未練があるようで、弁当をつつきながら、脇に置いたそれらを名残惜しそうに見た。

「何をする。」
 開けたばかりの配給のレーションの蓋を横から伸びてきた手に閉じられたクレアは、手の持ち主を睨みつけた。
「あのな、わざわざこんなとこまで来て、こんなもん食ってどうすんだよ。」
 エヴァルトが、負けじとクレアを睨む。
「食事も鍛錬のひとつだ。」
 生真面目に言うクレアからレーションを奪い取ったエヴァルトは、彼女の荷物の中にそれを突っ込むと、手近にあった、美味しそうなサンドイッチが乗った紙皿を、彼女の前に押しやった。
「たまには美味いもん食う鍛錬でもしたらどうだい。味覚だって情報収集の役に立つんだろ?」
 エヴァルトに目でけしかけられ、クレアは瑞々しいトマトとレタスの挟まったハムサンドを口に運んだ。
「美味いか?」
 同意するにはなんだか悔しいが、事実は曲げられない。クレアは無言で頷き、サンドイッチを頬張った。

 クロトとオルカは、結局見つからなかった行方不明の探索を切り上げて戻って来ていた。
 皆の近くで、仲良く並んでオルカお手製のお弁当を広げる。
 オルカはクロトが食べるのをじっと見ていた。
「うん、美味い。」
 クロトの言葉に喜んだオルカは、自分の弁当に手をつけ、回って来たおかずを食べては、作り方や料理のコツを聞いたりしている。
 珍しくよく話すオルカの声を聞きながら、クロトはこういうのもたまにはいいものだと思った。

 ミヒャエル達もフレデリカ達の近くで休憩をとり、おすそ分けを貰いながら、今までの撮影のチェックと、これからの撮影計画に余念がない。

 テーブルから離れた場所では、芳樹がパートナー達の作ってくれたお弁当にようやくありついていた。
「悩んだのですが、おにぎりとおかずというありふれた組み合わせになってしまいました。」
 アメリアが申し訳なさそうに言い、芳樹にお箸を渡す。
 アメリアが悩んだというのだから、本当にずいぶんと悩んだのだろう。
 一緒にお弁当を作った玉兎とマリルも芳樹の反応をどきどきしながら見つめている。
 芳樹はぱくりとおにぎりにかぶりつく。
「美味しい!」
 その言葉に、アメリア達は手を取り合って喜んだ。

 橋で踏み板を作ったルイも復活を遂げ、パートナーの魔道書、シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)と共に、『ルイ特製お弁当』を食べ始める。

 壮太は、郁乃達に分けてもらったお弁当を持って、真希と2人、見晴らしの良い所で寄り添って食べている。

 葉月は、ミーナの選んだ木陰の下で、作って来たお弁当を彼女に渡した。
 中身は、梅と焼き鮭とたらこのおにぎりに、定番の玉子焼きと唐揚げだ。
「美味しそう!」
 言葉通りおにぎりを頬張るミーナに微笑ましく見つめる葉月は、その口元についた米粒をとって、ぱくりと食べた。
「ん、我ながら上手く炊けてます。」
 いつもなら絶対にこんな甘い行為に及ばない葉月に、ミーナは感動していた。
(ワタシ、この瞬間を、死ぬまで忘れない!)

 彩蓮は、皆に分けてもらったお昼を早めにすますと、見晴らしの良い場所に座り、さっそく趣味のスケッチを始めていた。
 構図に迷っていると、斜め上から鉛筆が伸びてきて、ヒントをくれるように薄い滑らかな線が描き足される。
 見上げれば、眠たそうな顔の珂慧と目が合い、彩蓮は礼の代わりに微笑んだ。
「白菊、お昼にしましょう!」
 パートナーのクルトに呼ばれて、珂慧はのんびりとそちらへ向かった。
 クルトは、ハイキングの経験がない珂慧のために、おにぎりに玉子焼きと漬物という、定番のお弁当を用意していた。おにぎりの具に昆布が多めなのと、玉子焼きの味付けが甘めな所に家庭的な愛情を感じられるのだが、残念な事に、珂慧がそれに気づくとは思えない。
「ヴィアス嬢のお弁当はこちらです」
 クルトは、様々な葉物と色鮮やかな野菜を組み合わせたサラダ弁当をヴィアスに渡す。
 可愛らしい食用花の彩りが、ヴィアスの瞳をとろけさせた。
「とってもおいしそうだわぁ」
 ヴィアスはさっそく可愛らしいトマトの花を口に入れる。
「いい香り。とっても美味しいわ〜。クルトんは天才だわねぇ」
 ヴィアスの褒め言葉に、クルトはほっと胸をなでおろす。
「味に自信がなかったので、とてもうれしいです。」
 そんなクルトに、珂慧が手を差し出した。
「おかわり。」
 クルトは昆布のおにぎりをもう一つ、珂慧に渡してあげた。

 橋のあたりから具合の悪さが続いているアーガスを気遣い、女の子達が差し入れをもってグランの元へやってきた。
「パートナーさん、大丈夫ですかぁ?」
 明日香が気遣うと、グランは安心させるように笑った。
「いま手当もしてもらってるから、大丈夫じゃよ」
 見れば、ミルディアがアーガスに『ナーシング』を使い、持って来た水分補給にとスポーツドリンクを与えている。手当を終え、ミルディアがグランにアーガスの容体を伝えた。
「なんか、体中の筋肉が緊張して疲れたみたい。もう少ししたら、よくなると思うけど、本人がつらいようなら下山も考えた方がいいと思うよ」
 グランがミルディアのアドバイスに耳を傾けていると、オウガがフレデリカから借りた鍋に、未沙から氷水を分けてもらってやって来た。
「アーガス殿、今、これで額を……っ!?」
 ミルディアとグランの目の前で、喜劇よろしくオウガが石につまづき、氷水が煌めく弧を描いて、ぐったりと横になっていたアーガスの顔に鍋ごと落下する。
 ばしゃり、ガランと派手な音がした。水浸しで鍋で顔を強打したアーガスが無言で怒りを堪えている。
「もっ、申し訳ないでござるぅっ!!!」
 そのまま微動だにしないアーガスに、オウガは昼中、土下座し続ける中、アーガスは思った。
(やはり、山は我輩の敵である)

「あのぉ、もしかして、お弁当、ないんですかぁ?」
 おすそわけのおにぎりを配って歩いていた明日香が、皆から少し離れた岩陰にぽつんと座りこむ変熊を見つけてしまい、声を掛けた。
「べ、弁当ならあるわっ! ほれ! 良く見ろ!」
 虚勢を張って変熊が見せたのは、サンタの袋いっぱいに入った鹿煎餅の山だった。
 トナカイの事で頭がいっぱいで、持ち物は餌付け用の煎餅いっぱい。弁当の事など、皆が食べ始めるまで忘れた事にすら気付かなかったらしい。
「こっ、これが俺様の好物なのだ! あ〜、鹿煎餅は実に美味いな〜!」
 バリバリと小気味の良い音をたてて鹿煎餅をがっつく変熊は、当然のように煎餅を喉につまらせた。
 飲まず食わずの喉に、乾いた煎餅が張り付き、さらに呼吸を妨げる。
「もふっ、もふっ!!」
「もふもふ?」
 明日香が首を傾げる。変熊は、苦しい息の下で、コップで水を飲む仕草を見せた。
「ああ、水っておっしゃりたいんですねぇ。……っ!? どなたかー、お水くださぁい!」
 のんびりと事態を把握した明日香は、慌てて水を探しに行った。
 川で明日香の声を聞いた未沙は、未那にペットボトルのひとつを渡し、走らせた。
「お水ならありますぅ!」
 未那が持って来た水をいっきに飲み干し、変熊の命は助かった。
 明日香と未那の好意で、おにぎりとおかずを手に入れた変熊は、ようやく人並みのお昼御飯にありつけた。

 やがてお昼を食べ終えた者達が、のんびりと休憩に入る。

 手製のかまどの片付けや、食事の後始末を終えた刀真がようやく草の上に腰を下ろすと、
「刀真、眠くなってきた膝を貸せ」
 あくびをした玉藻が、刀真の許可を聞く間もなく、ごろりと彼の膝に頭を乗せた。
「あ〜玉ちゃんずるい! 刀真、私も膝枕して」
 月夜も駆け寄り、玉藻と反対側の膝に頭を乗せて寝ころんだ。
「……動けない」
 刀真はぼそりと呟いてみたが、気持ちよく目を瞑る2人の意識には届かなかったようだ。
 気持ちの良い風が、3人の傍を通り過ぎる。
「まあいいか」
 刀真は膝を貸したまま、月夜が投げ出した図鑑を拾い、それをのんびりとめくり始めた。

 ショウも、フェルと共に草の上に寝転がって、伸びをした。
 青空に、もこもこした小ぶりの雲がゆっくりと流れて行くのを見ながら、クリスマスの時の事を思い出す。
「そういえばもう半年になるんだな」
 ちらりと横を見れば、『小人の小鞄』から出されたままの小人達が、目を細めて気持ち良さそうに風に吹かれている。そういやこいつらはあの時、パートナー手製のサンタの衣装を着せられてたっけ、なんて考えて、そういえば、フェルにまだフレデリカが本物のサンタクロースだと教えてなかった事に気がついた。
 それを教えてやると、
「サンタ? サンタってあの前ポケットからなんでも出す……じゃなかった、袋から欲しい物を何でも出してくれるって言うあの?」
「まあ、だいたいそんな感じかな」
 ショウの言葉に、フェルがきらきらと目を輝かせる。
「じゃあ、ボク、ミルクが欲しいにゃ。焼き魚と交換してほしいにゃ!」
 そこでフェルは、焼き魚がすでにお腹の中に入ってしまった事に気づき、愕然となった。
「いや、交換とかいうシステムじゃないから。っていうか、プレゼントにミルクはないだろ」
「ボク、ダメもとで頼んでみるにゃーっ!」
「いや、何もそこまでしなくても」
 その後、フレデリカにミルクのプレゼントをおねだりにいったフェルは、翔からミルクティー用のミルクを分けてもらい、ご満悦だった。

「いくよー!」
 ルカルカはセルフタイマーを押すと、ザカコの元にダッシュし、ポーズをとる。
「笑って!」
 カシャ。シャッター音を聞いて、ルカルカがすぐにカメラで今写した写真を確認する。
「ん、いい感じ!」
「記念撮影もなかなか大変ですね。思ったんですが、誰かに撮ってくれるよう頼めばいいのではありませんか?」
 ザカコの意見に、ルカルカは首を横に振った。
「せっかくセルフタイマー機能ついてるカメラ買ったんだから、使いたいじゃない!」
「なるほど。」
 ルカの力説に、ザカコはあっさり納得した。
「それじゃ、今度は川のトコね!」
 ザカコは、まだまだ撮る気のルカルカに引っ張られ、川へ連れて行かれた。

「そんなの撮ってないよ。」
「嘘つけ。男なら撮ってるはずだ。」
 周はコハクのカメラに目をつけ、自分が見逃したあんなものやそんなものがカメラの中に収まっているはずだから、分けて欲しいと頼み込んでいた。
「じゃあ、自分で確認しなよ!」
 コハクは、カメラの液晶を確認モードにして、周に見せた。
「んだよ、これ! パートナーや皆の顔ばっかりじゃん!」
「当たり前だろ、それを撮りに来たんだから!」
「そんなの男じゃねぇっ!!」
 嘆く周に、コハクがむっとして言い返す。
「女の子のぱっ……ぱ、ぱんつを狙って撮ろうなんて、人間としてどうかと思うよ!」
 純情派のコハクは、周の言い様に腹を立てながらも、ぱんつという単語すら大きな声では言えなかった。
「くそっ、俺の理解者はいないのか……。」
 この状況に、真剣に苦悩する周だった。

「うふふ、やっぱり美味しそうですわね。」
 せっかく獲って来たキノコを諦め切れなかったジュリエット達は、枝の先にキノコを先、焚き火であぶり焼きにしていた。
「いい匂いじゃん!」
 アンドレがにこにこと焼きあがりを待っている。
「そろそろいいかしら。」
 ジュリエットはキノコの焼き加減を確認して、そのままジュスティーヌに差し出した。
「はい。ちょうど良く焼けましたわよ。」
「え?……私が、先にいただくんですか?」
 ジュスティーヌの微笑みが強張る。
「可愛い妹に、先に美味しいものを食べてもらいたいと思う姉の気持ちに、何か問題があるかしら?」
「い、いえ……」
 ジュスティーヌはジュリエットに渡されたキノコに顔を近づける。
 確かに、香ばしくていい匂いはする。するのだが、得体のしれない緑色の液体が中から染み出して来ているのが不気味だった。
(危険な香りがふんぷんしますわ……)
 女王の加護が、ジュスティーヌの背筋に冷たい汗を落とす。ちらりと目を挙げれば、ジュリエット、アンドレ、湖畔の3人が、期待を込めてジュスティーヌを見つめていた。

「いや〜、片付いてよかったわ」
 郁乃は心底ほっとして、来た時とはまるで違うリュックの重さにほっとした。
「でも、思ったより荒い行程でしたから、ちょっとお弁当の汁がリュックにこぼれてしまいましたね」
 マビノギオンが、リュックの中の匂いをくんと嗅いでみた。やっぱり、お弁当の匂いがする。
 その時、つん、とリュックが下に引っ張られる感じがした。
「主、いたずらしないで下さい」
 また郁乃がからかっているのだろうと思い顔を向けると、郁乃はこちらに背を向け、千種が全部持とうとしている空の水筒のいくつかを奪い返している所だった。
「何か言った?」
 郁乃でないとすれば……。マビノギオンがリュックの底を覗くと、仔トナカイが、お弁当の汁のついた部分をはむはむと噛んでいた。

 仔トナカイが紛れ込んだという話は瞬く間に伝わり、皆がこちらへ集まって来た。
 中でもいち早く駆けつけたのは、変熊だ。
 変熊は、高鳴る胸のときめきを抑えつつ、持参した鹿煎餅をそっと仔トナカイに差し出すと、仔トナカイがぱくりと食べた。
「この子、ケガしてるね。」
 コハクが仔トナカイの怪我に気づき、『獣医の心得』を使おうと手を伸ばすと、びしりとそれを変熊に払われた。
 まるで動物が子を守るために威嚇する時のように鼻息あらく、仔トナカイを背に庇っている。
 仔トナカイは、変熊に安心して守られながら、鹿煎餅を食べていた。これではどちらが手負いの獣かわからない。
「大丈夫。治療するだけだから、ね?」
 コハクは仔トナカイというよりも変熊をなだめて仔トナカイの治療にかかった。
 クレアがコハクの指示で、ヒールを使うと、仔トナカイの怪我は良くなった。
「よかったなぁっ!」
 すっかり仔トナカイに夢中の変熊は、仔トナカイを抱き寄せ頬ずりすると、袋いっぱいの鹿煎餅を仔トナカイに食べさせていく。
 なんだか和めるひと騒動だった。
「それにしてもこの子、どこでこんな傷をつけたんだろう?」
 コハクはぼんやりとそんな疑問を抱いた。