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今日は、雨日和。

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今日は、雨日和。
今日は、雨日和。 今日は、雨日和。

リアクション

 
 
 雨の日と生活と 
 
 
 晴れでも雨でも、毎日の生活は営まれる。
 そして生活を営む為に日用品は必需……となれば。
「マスター、日用品の買い出しに行きませんか?」
 この家で家事を一手に引き受けているフィアナ・アルバート(ふぃあな・あるばーと)は、買い置き品を確かめながら橘 恭司(たちばな・きょうじ)を買い物に誘った。
「買い出し……ですか。しかし結構雨が降っていますよ」
 雨脚は強まったり弱まったりを繰り返していたが、一向にあがる様子はない。
 何もこんな日に、と言う恭司に、フィアナはきっぱりと言った。
「今日の買い物は外せません。だってほら……雨の日はトイレットペーパーと玉子が特売になるんですよ」
 雨の日には客足が落ちる。
 その対策の為、雨の日だけの特売品を設けている店もあり、フィアナはそれを狙って買い物に行こうというのだ。
「特売……」
 普段、家事で世話になっているだけに、恭司にはその申し出を断ることが出来ない。
「マスターに拒否権はありませんからね。さあ、行きましょう」
 もうすっかり買い物に行く気になっているフィアナに、少しだけ時間をくれと請うと、恭司は車をレンタルしてきた。
 これなら雨の日の買い物も大丈夫だ。
「トイレットペーパーはお1人様お1つ限りなんですよ。マスターも一緒に並んで下さいね」
「う……」
 晴れでも雨でも生活はしなければならない。
 雨だからといって日用品の消費が止まるものでもないのだ。
 先に立って車に乗り込んだフィアナにちらりと目をやって、恭司は思う。
「これもまた戦場……か」
「マスター、早くしないと売り切れてしまいます」
 フィアナにせかされつつ、恭司は車を発進させたのだった。
 
 
 そうして恭司たちが特売の列に並んでいた頃。
 フォン・アーカム(ふぉん・あーかむ)も生活用品の買い出しに来ていた。
 セオドア・アバグネイル(せおどあ・あばぐねいる)の為に粉ミルクやオムツ等を買った後、3日に1度の自分の食事……モモ缶を購入する。
「……やっと飯が食える」
 くっつきそうな胃が、久方ぶりの食料を前にぎゅっと痛んだ。
 買い物袋を大切そうに抱えると、フォンは帰路についた。
 頭の上にはいつもながらにセオドアがしがみついているので、高く傘をさして歩く。
 雨の恵みを受けて雑草が生い茂る河原を通っている時、ふと、セオドアと契約した時のことを思い出した。
(あの時も雨の降る河原だったな……)
 そう、あれは――。
 
 雨の中、フォンは逃げ回っていた。
 拉致されて人体実験を受けるうち、フォンの記憶は欠落し、今では名前も何もかも思い出せない。
 ただ、逃げなければ、その一心で脚を動かしている。
 どこをどう逃げ回ったのか、それすらも定かでない。
 けれど気づけば、彼は雨の川に流されていた。
(もういい、か……)
 過去のない自分なのだから、未来なんてどうでもいい。後少し……そうすればこの身体も勝手に死ぬだろう。
 緩慢に動かしていた手足から力を抜いた……その時、フォンの目に川を流れる段ボール箱と、そこに乗っているモモの缶詰が映った。
(アレを食えば、まだ生き残れる!)
 それはフォンの生への渇望か。
「待ってろよ、モモかーん。ヒャッフォー!」
 力を振り絞ると、フォンはモモ缶を段ボールごと岸にあげた。
 中には切望したモモ缶と、そして何故かドラゴニュートの赤ん坊が入っていた。
「だぁー」
 赤ん坊は無視して、フォンはモモ缶を手に取った。ああ、モモ缶……。
「あぶぅー!」
「何だ? ああああもうどうでもいい、分かったから。だがモモ缶はやらんぞ!」
「ばあぅ…………うわーーーん!」
「な、何だ? 熱ちちちちちっ! 俺を焼くな!」
 ――それが、フォンとセオドアの契約……となった。
 
「過去のない俺が生きているのは、モモ缶の為……いや、セオドアを一人前に育てるためだな」
 しんみりと呟いたフォンの頭を、セオドアはぺちぺちと触った。
「だぁーだあぁー」
「ママが欲しいだと? 『ママがなくとも子は育つ』覚えておけ……って泣くな」
「ふぇっ……うあぁー、うわぁーん!」
「あぎゃ! 人を燃やすな! 落ち着け、服代だって……熱っ!」
 セオドアに燃やされた火を消そうと、フォンは慌てて服を叩きまくった……。
 
 
 
 雨の日の小さな依頼 
 
 
「冒険屋の私が引き受けたからにはもう大丈夫。任せておいて」
 雨の中、心細げに歩いていた兄妹から、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)が飴玉1つで引き受けたのは、母親の待っている家に帰りたい、という依頼。
「こういう時に大切なのは、まず情報よね。おうちについて覚えてること、何でもいいから教えてくれるかな?」
 兄妹と視線をあわせて尋ねるフレデリカの張り切りぶりを、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)は目を細めて見守った。
「うーん……迷子になったのは、お使いの帰りなのね? お買い物したのはそのパン? ちょっと見せてくれる?」
 パンの袋にかいてある店名を確かめると、フレデリカは地図と睨めっこ。そして。
「わかった! 1つ角を曲がり間違えて、違う方向に来ちゃったのね。そこまで戻って曲がり直せば、おうちに帰れるよ」
 不安そうに寄り添いあっている兄妹に笑顔を向けた。
「ほら、リジー、もう大丈夫だから、ね」
 泣きそうになっている妹を励ます兄の様子に、フレデリカは自分と兄の過去を思い出す。
「あの時もこんな天気だったなぁ」
「あの時?」
「うん。私がいじめっ子に虐められちゃって、兄さんが助けてくれたことがあってね……結局、多勢に無勢でボロボロになっちゃってたけど、兄さん恰好良かったなぁ……」
 大きくなっても今みたいに仲良くいてね、とフレデリカが兄妹に声をかけているうちに、ルイーザはそっと婚約指輪を見つめた。
(セディ……)
 心の中で呟くだけで、ルイーザの胸は鼓動を早めた。
(フリッカがセディを慕う理由、なんとなく分かった気がします……)
 そして自分がセドリックをどれほど愛していたのかも。
 兄妹を連れて家への道を歩き出したフレデリカに、ルイーザは兄の昔のことをいろいろ聞かせて欲しいと頼んだ。今日だけは、セドリックを偲びたい。
「ルイ姉がそう言うのって珍しいわね」
 フレデリカはそう言いながらも、兄との昔話をあれこれとルイーザに聞かせてくれた。
 
 無事に兄妹を送り届けた帰り道。フレデリカは上機嫌だった。
「うふふっ、私、良いこと思いついちゃった」
「何ですか? 良いことって」
「内緒っ! 兄さんが見つかったら教えてあげる」
 きっとお似合いだろうなぁ、と呟くフレデリカはとても嬉しそうだ。
「もう……フリッカったら仕方ありませんね」
 その日が来ないことを知りながら……ルイーザは溜息とない交ぜになった笑みをこぼした。
 
 
 
 タシガンに降る雨 
 
 
「うん? 雨か……」
 雨粒がガラスを叩く音に気づいて、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は窓へと顔を向けた。口元に運びかけていたオレンジティーをソーサーに戻し、携帯電話に手を伸ばす。
 タシガンは他の地域より雨が多い。けれど、今日は降らないと言われていたから黒崎 天音(くろさき・あまね)はおそらく傘を持たずに出かけているはず。今頃、思わぬ雨に降り込められていることだろう。
 迎えに行こうかと携帯を鳴らしてみたのだが……出る様子はない。
「ふむ……気づけば折り返してくるだろう」
 鳴ればすぐに分かるように携帯をテーブルに載せ直すと、ブルーズは本を広げた。普段は諸事に取り紛れ、ゆっくりと読書を楽しむ時間も取り難いけれど、こんな雨の日ならば。
 ぽつぽつとあちこちを打つ雨音を聞きながら、ブルーズは本の世界へといざなわれていった……。
 
 買い物に来たのは良いけれど、店を出た2人を待っていたのは雨に白く煙る風景。すぐにやむのかと思って歩き始めたけれど、空は灰色に垂れ込めて、雨の滴を落とし続ける。
 雨に追われるように、天音と鬼院 尋人(きいん・ひろと)は軒の広い建物の下へと飛び込んだ。
「まさか雨に降られるとはね……」
 どこか面白がっているような様子で天音が天を見上げる。尋人の目はその横顔をなぞり、水を含んで艶を増した黒髪が貼り付いている首筋で視線を止めた。
 魅入られたように視線を外せずにいる、と……。
「くしゅんっ」
 雨に濡れて冷えたのか、くしゃみが飛び出した。
「このまま軒先にいたら本格的に風邪を引いてしまいそうだね。屋根のある、そう喫茶店で温かいものでも飲もうか」
 天音はこれまでにも何度か利用したことのある喫茶店の名前を出して、尋人を誘った。
 
 喫茶店でタオルを借りて雨をぬぐうと、尋人はホットコーヒー、天音はココアで身体を暖める。
 天音と向かい合わせに座ると緊張してしまい、尋人は目も上げられず立ちのぼるコーヒーの湯気に視線を据えていた。が、ふと言わなければならない大事なことがあったのを思い出す。
「そうだ……黒崎、イエニチェリおめでとう」
 いろいろ大変だろうけど、と付け加えはしたけれど、天音を祝えることへの喜びは抑えられない。
「黒崎がイエニチェリになったとき、オレが嬉しかった。本当によかった」
 手放しで喜ぶ尋人に、ふ、と天音は息だけで笑った。
「ありがとう。……しかし鬼院がそんなに嬉しがるとはね」
 当然、と答えかけた尋人の口はしかし、天音の喉元に留めてしまった視線の為に動かなくなった。
 天音がイエニチェリになったきっかけの事件に、尋人も少し関わっている。その際、吸血幻夜を彼に対して使ったことを思い出したのだ。
 不自然に留めた尋人の視線に気づいてか、天音がさりげなく喉元に指先を触れる。
 かっと頬に血が上るのから必死に意識を逸らすと、尋人は天音に気づかれまいと平静な顔つきを装った。
「イエニチェリの立場、プレッシャーだったりしない?」
「ふふ。プレッシャーを全く感じないのも、鈍感すぎると思うけどね……」
「黒崎ばかりに負担がかかることのないように、何でも協力する。だから1人で抱え込んだりしないで欲しい。黒崎には薔薇の学舎の仲間がいるんだから」
 そう一気に言った後、尋人はコーヒーカップを持つ手に力をこめる。
「……オレが、いつも側にいるから。ちょっと頼りないかもしれないけど……」
 真剣に励ます尋人に、天音は面白そうに目を細めた。
「ん、頼りにしてるよ。でも、本来君は僕のライバルになる『イエニチェリを目指す』人間だということ、忘れてはいけないよ」
 尋人が置き損ねたコーヒーカップが、皿とぶつかってカチャンと音を立てた。
「ライバルだなんて、考えたこともなかった」
 驚きながらの尋人の答えを聞いて、天音は小さく笑う。
「イエニチェリになるという事はそういう事だよ。でもそれで自分の道を曲げたりしないでしょ?」
 細い金のスプーンを取ると、天音はカップの中を掻き回した。
 くるり……くるり……スプーンが動けばココアも回る。逆に回せばココアは波立ったあとに再びスプーンに従う。
 手すさびにスプーンを回しながら、天音は窓を叩く雨音に耳を澄ませた……。
 
 天音が帰宅したのは、一向にやまぬ雨と鳴らない携帯にブルーズがさすがに腰をあげかけた頃だった。
「何故電話なりメールなりしてこない?!」
 濡れ鼠になっている天音に怒鳴ったけれど、天音はそれを完全に無視して、靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ捨てた。そのままぽとぽとと雨を垂らしながら、パンツ、下着、髪を結んでいた黒いリボン……と、順に脱いだものを床に落としていった。
 それをブルーズは律儀に1つずつ、拾い上げてゆく。
 最後にバスルームの前でシャツを脱ぐと、天音はそこでやっとブルーズを振り返る。
「一緒に入る?」
 頭から湯気を噴き出しそうなブルーズの様子に、嘘だよ、と付け加えると、天音はバスルームに入っていった。すぐにどしゃ降りの雨音のようなシャワーの音が聞こえ出す。
「……馬鹿め」
 ブルーズは溜息をついて手の中の洗濯物を眺め……。
 ひっくり返して洗濯表示を確かめつつ、仕分けていったのだった。