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今日は、雨日和。

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今日は、雨日和。
今日は、雨日和。 今日は、雨日和。

リアクション

 
 
 
 雨の日の手紙 
 
 
 雨の日の時間はゆっくりと流れる。
 雨上がりに病気予防でバラに散布する薬剤の準備を済ませると、藍澤 黎(あいざわ・れい)はリビングで雑誌を広げた。
 フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)は掃除や常備菜のおかずの作り置き、といった家事にいそしみ、エディラント・アッシュワース(えでぃらんと・あっしゅわーす)あい じゃわ(あい・じゃわ)と差し向かいでチェスの勝負。
 リビングにある音は、そうして誰かがたてる音……包丁を使ったり、チェスの駒を置いたり、という物音と、わずかに聞こえる雨の音……それだけだ。
 そんなまったりとした空間の中、フィルラントは落ち着かなげに黎の手元を眺めていた。雑誌を広げてはいるものの、黎の手はさっきからずっとページをめくっていない。一体どんな物思いに耽っているのか……と考えて、フィルラントは地上から届いた黎宛の手紙のことを思い出した。
(5月の連休にも地上に戻らんかったし、その事でも言われたんやろうか……でもなんやあったとかは、あの人からも黎からも聞いてへんし……)
 悶々と、黎とその祖母……2人っきりの家族のコミュニケーション不足について思い巡らせた後、
「よし、これや!」
 フィルラントはぽんと手を打ち鳴らした。
 
 それからしばし後。
 唐突に写真を撮りに行こうと言い出したフィルラントに、特に予定が無かったが為に流されて、皆は写真館でポーズを取ることとなった。
 案外時間がかかってしまった撮影と現像の後、昼食を取ろうと喫茶店に向かう。その間も、じゃわは跳ね回りっぱなしだった。
「パラパラ、音が降ってくるのです!」
 お気に入りのチョコレート色のレインポンチョに当たる雨音。
 水溜まりに広がる水紋。
 そして何より、皆が揃った外出。
 何もかもが楽しくてたまらないじゃわだけれど、見ている方からしたら危なっかしい。エディラントが押さえつけようとしているけれど、それよりもじゃわのわくわく気分の方が勝っているようだ。
「じゃわ、濡れるよ」
 フードもはね飛ばしてしまっているじゃわの頭にエディラントが手を伸ばした……時。
 ぷるぷるぷるぷるぷるぷるっ!
「うわあっ」
 じゃわが振り飛ばした水気をかぶり、エディラントは顔をぬぐった。
 ワンコじゃあるまいし、と言うエディラントにじゃわは元気いっぱいで答える。
「犬さんではないのです。じゃわはじゃわなのですよー」
「喫茶店に行ったら、タオル借りてやるさかいな」
 びしょ濡れになったエディラントを慰めつつ、これが写真を撮った後で良かったと思うフィルラントだった。
 
 喫茶店でタオルを借りて落ち着いた後、のんびりと遅めの昼食を取る。こんな時間に食べる昼食も、雨の休日ならではだ。
 食べ終えてひと息ついたのを見計らい、フィルラントは今日の外出の本当の目的を切り出した。
「皆で撮った写真な、あの人に送ってみたらどないやろ」
 たまに無事な姿を届けてもバチは当たらないと勧めると、黎は写真館で貰ったばかりの写真を出して眺めた。
 ベルベットの絨毯の上に置かれたクラシカル・アンティークのソファ。そこに畏まって座った皆。
 自分の顔がややこわばって写っている気がして、慣れないことをするものではないなと思う。
 けれど、写真を送ろうというフィルラントの提案は素直に受け入れることにした。
 雨の日特有の、しっとりとまとわりつく涼やかな空気。
 飲み物のぬくもりに、黎が万年筆を少し休めて窓外を見れば、一群の紫陽花が雨に揺れている。
 知らず深く息を吐いて写真を見つめれば、そこにはまるで家族のように写っている姿。
 写真に添える手紙には、何と書いたら良いだろう。
 考えている黎の前に、綺麗な色彩が散った。
「黎にあげるです。それも手紙に入れればいーのです」
 店主にもらった紫陽花の花びらを黎に渡すと、じゃわはまた嬉しそうに跳ねた。
 パラミタからの季節の便りを、黎は写真と共に封筒に入れた。
 書いても、行間に忍ばせても、それでも書ききれない想いがある。けれど、雨のおかげで揃って写った写真に垣間見える何かと、パラミタに咲く紫陽花の花びらが、それを伝えてくれもするだろうか。
 雨の日にしかしたためられない言葉たちの詰まった手紙と共に――。
 
 
 
 雨宿りも3人で 
 
 
 軒から落ちる雨だれが、ぽちゃん、ぽちゃんと水溜まりに水紋を描いている。すぐ目の前には一群の紫陽花が、雨を受けて生き生きと咲いていた。
 雨に濡れる紫陽花はとても綺麗だ。けれど、だからこそ。
(桜と一緒に見たかったな……)
 雨宿りをしながら、そうアルフ・グラディオス(あるふ・ぐらでぃおす)が思った、まさにその時。
 ぱしゃぱしゃと水を跳ね返しながら、軒下に走り込んでくる者1人。
「こんなに降ってくるとはなぁ……って、あれ? アルフ?」
 濡れた腕を払いながら話しかけてくるのは、まさに今アルフが思っていた飛鳥 桜(あすか・さくら)だった。
「何だ君も傘を持って来なかったのかい?」
 極めて普通に話しかけてくる桜の態度が無性に悔しくて、アルフは怒鳴る。
「うるせえ! 持って来なくて悪かったなこのやろっ!」
 怒鳴った途端に後悔する。こんなの好きな相手に言う言葉じゃない。
 アルフにいきなり怒鳴られた桜は、驚いたように目を見開いた。
「いきなり怒るなよぉ。別にからかったんじゃないのに〜」
 分かってる。だけど、ままならないのが自分の心というもの。
(……素直にならないと)
 そう思うのと裏腹に、黙りこくってしまったアルフと桜の間に、気まずい空気が漂い始める。
 と、そこに暢気な声が掛けられた。
「2人とも何してんの?」
 傘をさして雨の中のお散歩を楽しんでいたロランアルト・カリエド(ろらんあると・かりえど)が、雨宿りをしている2人の前を通りかかったのだ。
「見りゃあ分かるだろ。雨宿りだよ。……って今度はお前かよ。丁度良かった傘よこせ」
「親分? な、Nice鈍感KY! ついでに傘貸してくれ」
 アルフと桜に続けて言われ、ロランアルトは呆れ顔になった。
「2人ともそう来るかいな。俺、お前等の親分やねんで」
 それに傘は自分がさしている1本だけ。どちらかに貸してしまったら、自分も雨宿りする羽目に……でも、それも良いかも知れない。
「楽しそうやから、俺もしてみよか」
 ロランアルトは傘を畳むと、2人と並んで軒下に入った。
「勿論さ! みんなの方が楽しいんだぞ☆」
 桜は歓迎してくれたけれど、アルフは仏頂面で、変な奴、と呟いた。
「変かなぁ。だって1人でおるより、子分と一緒の方が楽しいに決まっとるやん。俺は親分やからな」
 素直に言葉を紡げないアルフと逆に、ロランアルトはさらりとそう言い切ってしまう。そんな素直さを羨ましく思いながらも、照れてしまうのがアルフのお年頃。
「お、お前、さらりと恥ずかしいこと言うなこの鈍感KY!」
「何で怒るん? しかも鈍感KYって関係あらへんよね?」
 ロランアルトに冷静につっこまれ、余計にアルフの頭に血が上る。と今度はそれを桜に指摘される。
「あれ、アルフが真っ赤なんだぞ。もしかして照れてるのかい? はははっ、素直じゃないなぁ〜」
「べ、別に照れてねぇ!」
「あははっ、やっぱアルはかわええなあ」
「やっぱり君はツンデレなんだぞ!」
 アルフの必死の否定もむなしく、両側からロランアルトと桜に頬をつつかれてしまう。
「頬をつつくな阿呆畜生がー!」
 アルフは腕を振り回して2人を牽制した。
 
 3人揃って雨宿り。
 雨宿りする目の前に咲く一群の紫陽花は、さっきより一層鮮やかにアルフの目に映るのだった。
 
 
 
 絵本を抱えて雨宿り 
 
 
 いつものようにお気に入りの絵本を借りたミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)が、いざ帰ろうと扉を開けると。
「あ、雨……」
 ぱらぱらと軽い音を立てて雨が降っていた。
 絵本を持っているから傘無しで雨の中には出られない。
「今ミルムにいるんだけど、雨が降ってきちゃって。収まるまで待ってから帰るから、ちょっと遅くなるよ〜」
 心配するかも知れないからと、ミレイユは家に電話を入れた。
 
「それなら迎えに行きますから。……ええ。……では中で待っていて下さい。……はい。……それでいいですよ」
 ミレイユからの電話を切ると、シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は早速出かける用意を始めた。
「せっかくだから、相合い傘でもしてくれば〜?」
 クッションを抱いて転がりながら、顔だけ上げてルイーゼ・ホッパー(るいーぜ・ほっぱー)がからかうと、しませんよ、とシェイドは軽く返事した。
「2人分の傘を持っていきますから」
 優等生なその言葉がルイーゼにはあまり面白くない。
「好きなんだったら、相合い傘でも何でもしてくればいいのにぃ〜」
「そんなことをしたら、絵本が濡れてしまいます」
 ルイーゼの言葉をシェイドははぐらかす。けれど、それしきでルイーゼの追及はかわせない。
「ミレイユのこと、好きなんでしょ〜? そろそろ気持ちを隠すのやめたら?」
 ずばりと真ん中に斬り込んでこられて、シェイドは苦笑した。言わずにおかせてはもらえないらしい。
「……壊したくないんですよ」
「壊すって何を〜?」
「家族を亡くしたミレイユは、私に対して家族的な感情を向けていました。ミレイユはそれによって安心感を得られているようなので、その関係を壊したくないんです」
「でもそれってさ、ずっと家族でいるつもり、ってこと?」
 ぎゅうぎゅうとルイーゼは抱えているクッションを締め上げる。
「それは……」
「最近、ミレイユのシェイドくんに対する態度が変わってきたの、気づいてるでしょうよ〜。今までと同じ場所に留まっていられなくなって来てるんじゃないの〜?」
 分かっている。けれど……とシェイドは小さく溜息を吐くと、話し始めた。
 ミレイユに契約を持ちかけたのは、自分の復讐の為に利用しようとしてのこと。その後、何の疑いも持たずにあっさりと承諾されて毒気を抜かれたのと、自分の身体を気遣ってくれたことでミレイユを利用しようという気が失せ、本当のことを話して家に帰そうとしたのだけれど……最初の経緯がミレイユを利用するのが目的だったことは、今でもシェイドの引け目となっている。
 自分が吸血鬼であり、吸血によってミレイユの身体にかなり負担をかけてしまった、という負い目もある。
「……これ以上、ミレイユに迷惑をかけたくないんです」
 そう言うシェイドに、ルイーゼはぽいっとクッションを投げた。
「まあ……こんなめんどくさい性格だからこそ、ミレイユが懐いたんだろうしね。いいからさっさとミレイユを迎えに行ってきたら〜?」
 ルイーゼの指摘に、随分話し込んでしまったことに気付き、シェイドは慌てて傘を2本持ち、ミレイユを迎えに出かけていった。
 
 ミルムで絵本を読みながら待っていたミレイユは、迎えに来たシェイドを見ると嬉しそうに立ち上がった。
「シェイドが傘持ってきてくれたおかげで絵本が濡れずにすむよ〜。ありがとう」
 そのお礼に含まれている『照れ』に、シェイドはやはり、ミレイユとの関係性が変化の時を迎えていることを感じた。
「遅くなってすみません。……帰りましょうか」
「うんっ」
 2本の傘は、ふらりふらり、寄っては離れ、離れては寄る。
(この先、どうすれば良いのでしょうね……)
 ミレイユとの距離を測りかねているシェイドの心の位置を示すかのように。